Fate CROSS strange FAKE 作:N40
力と力の激突。そこから生じる余波は全ての物を吹き飛ばす。
アルケイデスの九発同時に放たれる拳。真バーサーカーの振り抜いた足から飛ばされる魔槍。近距離で衝突した結果、魔術工房の天井が一瞬にして消えた。
壁も柱もまとめて破壊され、食肉工場であった工房を支えるものが無くなる。
「あら? 崩れるわね」
二人の余波のせいで乱れた髪を整えながら他人事のように言うフィリア。彼女の後ろに隠れていたお陰で無傷で済んだハルリは、フィリアの言葉に慌てる。
「じゃ、じゃあ逃げないと!」
「そうね。埃っぽいのは嫌いだし」
フィリアはハルリの腕を掴み、階段でも駆け上がるかのように空へ昇っていく。
「え、ええ!?」
地面から足が離れたかと思えば、どんどん地面が小さくなっていく。重力の鎖から解き放たれたかのように上昇し、気付けば食肉工場を見下ろしていた。
そして、ハルリが見ている中で食肉工場は完全に倒壊。これによりスクラディオ・ファミリーの魔術工房を潰した。
だが、倒壊した工場の瓦礫はすぐさま宙に舞う。大小様々な瓦礫がフィリアとハルリがいる高さまで打ち上げられた。
食肉工場だった場所ではアルケイデスと真バーサーカーが向かい合っている。ハルリは視力を強化し、二人の状態を確認する。
互いの攻撃を近距離で受けたせいで互いに無傷では済まなかった。
アルケイデスは魔槍を受け、手足や腹部に穿たれた痕が出来ておりそこから出血。真バーサーカーも片腕が歪に変形し、体の何箇所か抉られた箇所がある
アルケイデスは傷そのものを気にしていない。一方で真バーサーカーの方は変形した腕が目で分かる速度で修復。ハルリがそれに目を奪われている間に抉られていた箇所も治っていた。
神の力以外攻撃は通らず、攻撃を受けたとしても一瞬としか言えない速さで治癒する。ハルリはますます自分が喚び出したものが分からなくなる。
「──あっ!」
「何? 急に大声を出して?」
召喚のことで思い出した。常にハルリの傍にいた金髪の少年の姿が無い。魔術工房が倒壊する直前まで手を繋いでいたことは覚えているが、そこからフィリアに引っ張られて空に脱出した時には既に居なくなっていた。
「あ、あの! フィリアさん! あの子が!」
「ああ、そんなこと。ハルリが心配する必要なんて無いから」
金髪の少年の行方について尋ねようとしたが、フィリアは素っ気無い対応をする。まるで心配していなかった。
「で、でも!」
尚も食い下がろうとするハルリ。フィリアはそんな彼女をジッと見つめる。その視線にハルリは体を震わせた。しつこく思われたのかもしれない。フィリアが少しでも不快に思えばハルリなど即座に消し飛ばされる。
しかし、恐れるハルリの考えとは裏腹にフィリアは口角を吊り上げていた。
「ハルリ。貴女ってお人好しよねー。あの子の心配までするなんて──
怖い癖に。事実を突き付けられ、ハルリは黙ってしまう。フィリアが言っていることは正しい。得体の知れない金髪の少年のことをハルリは恐れていた。同時に同じくらいフィリアのことも恐れている。しかし、フィリアと金髪の少年に向ける感情が全て恐怖に満ちている訳ではない。一握りの恐怖以外の感情、短い時間ながらも共に行動したことでそれが芽生えており、この状況でそれが表層に出てきた。
「ふふ。そんなに酷い顔をしないでくれる? まるで私が貴女をいじめているみたいじゃない。私、貴女のその人間らしい所はとても評価しているのよ?」
赤子を慰めるようにフィリアはハルリの頭を撫でる。もしくは愛玩動物に機嫌を取っているようにも映る。
「まあ、貴女が彼を心配するのはちょっと烏滸がましいだけよ。大丈夫、大丈夫。世界が破滅しても多分生き残るタイプだから」
心配無用と言っているがハルリは簡単には割り切れない。
「それよりも、今心配するのはあの子じゃない?」
フィリアはそう言い、下を見る。ハルリも釣られて視線を下げた。眼下ではアルケイデスと真バーサーカーが殴り合いを続けている。だが、攻撃の手数は明らかにアルケイデスの方が多い。真バーサーカーは防御しつつ時折反撃を出している程度であった。
「ほら、続けて命令をしなさい。あの子、魔術工房を潰しちゃったから積極的には動かないわよ?」
「え? 急に言われても……!」
あの時は人死をなるべく出したくなかったので攻撃対象を魔術工房にしたが、潰れたとなると次に攻撃する対象に悩む。
「どうするの? 皆殺しにしろって命令しちゃう?」
フィリアが揶揄うように言ってくるが、それが試し行為なのは既に知っている。ここで素直にフィリアの言葉に乗っかれば、フィリアは即座にハルリの手を放して地上に落とすだろう。短い付き合いながらもそういう負の信用が既に出来ていた。
「こ、ここは敵の拠点です! まだ何か隠しているかもしれません! バーサーカー! 徹底的にここを破壊して下さい!」
攻撃対象を魔術工房から周囲の工場にまで広げる。それが今のハルリから出せる妥協──もとい精一杯の案であった。
ハルリからの命令が下されると同時に真バーサーカーの顔面にアルケイデスの拳が打ち込まれる。しかし、真バーサーカーはただ受けるだけではない。額でその拳を受け止め、両眼が揺らぐことなくアルケイデスを見ている。
アルケイデスの拳により額が割られ、鮮血が流れ落ちていくが真バーサーカーは拭いもせず、また眼球に血が入っても瞬きもしない。
真バーサーカーは拳を受けたまま全身から魔力を迸らせると、それを一気に解放。魔獣らを撃ち落とした時に見せた光線状の魔力を四方にばら撒く。
地を抉り、建物を貫き、無差別に撒かれる暴力。ハルリから与えられた命令を愚直に遂行し、この一帯を更地に変えようとする。
「私よりもマスターからの命令が優先か──舐められたものだ」
戦神の軍帯を巻いた拳が真バーサーカーの顔を殴る。ダメージは通る。しかし、殴り飛ばすには至らない。神を否定するアルケイデスは戦神の軍帯の神気を体内に取り込んではおらず、拳に乗せて真バーサーカーに叩き付けるに留めている。これでは十分な威力が発揮出来ず、真バーサーカーの肉体を破壊するに至らない。
仮にアルケイデスが戦神の軍帯の神気を体内に取り込んだ状態で『射殺す百頭』を放っていたら真バーサーカーはもっと大きな傷を負っていただろう。しかし、それが分かっていても神を拒むのが復讐者であるアルケイデスである──そして、代償を払うことも覚悟の上であった。
「──っ」
攻撃したアルケイデスが呻く。真バーサーカーは殴られた直後に自身の拳をアルケイデスの腹部にめり込ませていた。命令以外の事に関しては積極的に動かない真バーサーカーだが、攻撃されれば反撃する程度の自衛はオートで行う。
腹に大穴を開けられたような感覚がアルケイデスを襲う。何度受けても慣れることはなさそうな真バーサーカーの拳。嘗ての栄光を捨てた大英雄であってもその拳に対して『逃走』という選択と『畏怖』の感情が湧いてくる。だが、それらがあっても無視することが出来る精神を持つ。己の栄光を唾棄しても大英雄としての矜持の残滓があった。
そこから足を止め、殴り合いが始まる。互いの血飛沫が舞い、攻撃の余波で周りが壊されていく。
アルケイデスは真バーサーカーを殴りながら機会を窺っていた。アルケイデスの
真バーサーカーはアルケイデスが命令を実行する上で邪魔だと判断し、排除を試みる。相手が動かなくなるまでただ殴り続ける。
「良い眺めねー」
高みから見下ろしながら二人の殺し合いを嬉々として愉しむフィリア。飛び交う血飛沫も周りを破壊し尽くす暴力も演劇でも見ているかのような無邪気さ。一方で神への復讐者であるアルケイデスが傷付く様子もサディスティックな笑みを浮かべ、嘲りと蔑みの眼差しを向けている。
無邪気と邪気が混合しているフィリア。ハルリは両極端な表情が出来るフィリアが恐ろしくたまらない。
フィリアの表情から目を逸らし、戦っている真バーサーカーを見るハルリ。真バーサーカーはフィリアとは対照的に全く表情が変わらない。どれだけ血を流そうとも苦痛で表情が歪むことなく無表情のまま。これはこれで人間味が感じられないので怖い。
「──
「え?」
フィリアが急に不機嫌な声を出したのでハルリは慌てて顔を上げる。何か気に障るようなことをしたのか内心ビクビクしながら。
顔を上げたフィリアの視線の端から弾丸が飛んできた。
「──ッ!?」
意識と視覚の外からきた弾丸に当然ながら防御結界は間に合わない。撃ち抜かれる──と体を硬直させるが着弾の衝撃は待っても来なかった。
ハルリの頬を貫通する筈であった弾丸は、数センチ手前で停止している。弾丸の回転は維持されたまま前進だけが出来ない状態であった。
銃弾の方向を凝視し、ハルリは息を呑んだ。バズディロットが銃口を向けたまま
こちらを見ている。
魔術工房の崩壊に巻き込まれることなく脱出し、息を潜めてハルリを攻撃する機会を窺っていた。
戦闘の破壊音により発砲音は完全に掻き消されていた。そもそも拳銃で狙えるような距離ではない。バズディロットの位置からハルリを狙うには狙撃銃がなければまず当たらない。
ハルリへの奇襲が失敗したバズディロットだが、表情一つ変わらない。元々、バズディロットはハルリを殺すつもりはなかった。そんなことをすれば真バーサーカーがハルリの制御を離れ、どんな暴走をするか予想が出来ない。最初に痛みを与え、情報かもしくは令呪による自害に行ったら、後はその痛みから速やかに解放させるつもりであった。降伏という選択肢は当然のようにバズディロットの中には無い。
バズディロットの反転した眼が上空のフィリアとハルリを睨む。強化した視力によりフィリアの唇が動いたのが見えた。
興醒めさせないでよ。魔術師風情が
そう読み取れるとハルリの前で停止していた弾丸が向きを変え、バズディロットに撃ち出した時以上の速度で戻ってくる。
バズディロットが放った弾丸が、今度はバズディロットの額を狙う。
だが、簡単に殺される程バズディロットは柔な男ではない。構えていた拳銃で咄嗟に弾丸を払う。
強化を施していた拳銃が木っ端微塵に砕け散り、払われた弾丸も砕けて飛び散る。
破片の幾つかがバズディロットにも飛んできた。バズディロットは魔術で肉体を強化していたので弾丸の破片はバズディロットの体表で止まり、それ以上先に進めず威力を失って地面に落ちる。
バズディロットは懐から新たな拳銃を取り出す。一度ダメだったからと言って諦めるような男ではない。機械のように与えられた指令を遵守する。それがバズディロットの強みであり恐ろしさでもあった。
しかし、バズディロットは拳銃を出したが構えることを止めた。凄まじい密度の魔力がアルケイデスと真バーサーカーの方から感知したからだ。
この場に居れば巻き込まれる。バズディロットは使命を果たす為に退く。戦いに於いてバズディロット個人のプライドなど関係無い。バズディロットにとってガルヴァロッソ・スクラディオから与えられた命令は全てにおいて優先される。
× ×
薄暗い部屋の中に唯一ある光源。映像が映し出されるモニターにはアルケイデスと真バーサーカーの血みどろの戦いが流されている。
フランチェスカの工房内で同じ顔の二人はベッドの上でお菓子を食べながらそれを見ている。
「うーん! スペクタクル! お金を払わずにこんな殺し合いショーを見られるなんて罰が当たっちゃいそう!」
「拷問や魔術で血や肉を撒き散らすのは慣れているけど、偶にはこんな風に原始的で暴力的な出血シーンも有りだね。僕たちじゃ到底真似出来ないし」
アルケイデスと真バーサーカーの殺し合いを寸分の違いの無い笑みで観戦しているが、やがてフランチェスカは抓んでいたポップコーンを真上に弾き、それを口でキャッチする。
「で、もー、序盤でこんなに素敵な戦いをされても困っちゃうんだよね、私としては」
その言葉を聞き、真キャスターは菓子を運ぶ手を止めてジト目でフランチェスカを見る。
「あ、これから言うこと分かっちゃった? 流石私ー」
「僕としては外れて欲しいと少しは思っちゃうけどね。苦労するのは僕だから」
「私と貴方は元は同じ。貴方の苦労は私の苦労。つまりはイーブンだね!」
「言っていることは間違ってないのに詭弁にしか聞こえないって不思議だなー」
フランチェスカの理屈に肩を竦めながら真キャスターはベッドの上から降りた。
「さてさて。マスターらしく命令しなよ、僕。サーヴァントらしく答えてあげるから」
「それじゃあ、マスターとして命令しちゃうね。サーヴァントのプレラーティ君、今からあの工場の血みどろ大決戦を上手く丸く収めてもらおうと思います!」
命令した後、フランチェスカはケラケラと笑う。
「自分で自分に命令するって何だか倒錯的! しかも、命令の内容が内容だからサディストにもマゾヒストにも思えちゃう! 私はどっちかな?」
「どっちもいける口でしょ? そんなの今日の気分次第で選んじゃえば良いのさ」
「じゃあ、今日はちょっとSな気分だから……」
フランチェスカはわざとらしく令呪をちらつかせる。
真キャスターは溜息を吐きながら壁に寄り掛かった。
「普通のサーヴァントならそれを使うしかない案件なんだけど……」
「でも、行ってくれるでしょ? 私だったら」
フランチェスカはあざとく、可愛らしく、小悪魔のように笑うと真キャスターも同じ笑みを返す。
「分かっているじゃないか」
了承を得たフランチェスカはベッドに置いていた傘を拾い、先端で床を叩く。真キャスターが寄り掛かっていた壁が左右にスライドして開き、工房と外界を繋げると真キャスターは寄り掛かった体勢のまま外に出る。
外に出た真キャスターは重力に引かれて落下。フランチェスカの魔術工房は空にあり、魔術と科学の結晶である巨大飛行船によって吊られていた。
成層圏からの自由落下の刹那、真キャスターの目に映るのは地球の青が宇宙の黒へと変わっていく自然が生み出すグラデーション。
数秒の間、その光景を楽しんだ後、視線を真下に向ける。指で輪を作り、その中に収まってしまうぐらい小さな工場地帯。そこでは栄光と名を捨てた大英雄と名も知らぬ謎の少年が今も戦っている。
目に映るとこんなにも矮小なのに、地球を脅かしかねない力と力がぶつかっていることに真キャスターはゾクゾクとした快感を覚える。
「アハハハ! いいね! 最高だ! 最高だよ!」
性格破綻者であり快楽主義であり鉄火場へ嬉々として飛び込んでいく被虐性愛者は、こんなものを呼び出してくれた世界にありったけの感謝と祝福を捧げる。
「僕は捧げよう! この壊れた世界に祝福と感謝と犠牲を!」
空に響く真キャスターの悪趣味な詩。
「狂気の塊としてこの世界に産み落としてくれた母に伝えたいこの悦びを!」
生まれながらに狂っていた自分を心の底から肯定する。
「人のはらわたの中に眠る狂気を見せてくれた友に愛を!」
そして、狂気を持つのは自分だけではないことを教えてくれた親友に。
「ああ! こんなにも世界は狂っていて、おかしくて、愛おしい!」
呪詛のような詩を唱えながら真キャスターの周囲が歪み出す。
「捧げよう! この壊れた世界に僕という生贄を! だからもっと見せて欲しい! 果ての無い犠牲を! 終わりのない破壊を! 見たこともない狂気を!」
世界に歪んだ愛を語りながら落ち続ける。歪みはどんどん大きくなり、真キャスターを中心に世界が張り替えられていく。
近付いてくる大地を見上げながら真キャスターは己が宝具の名を叫ぶ。
「|螺湮城は存在せず、故に世に狂気の果てはなし《グランド・イリュージョン》!」
× ×
真キャスターが出撃し、フランチェスカはその雄姿をモニターで確認する──筈であった。
スナック菓子が入った袋を持つ手が止まる。常に人を喰ったような笑みを浮かべているフランチェスカはこの時真顔であった。
自分以外存在しない筈の魔術工房。そこに全ての防衛魔術を反応させずに現れた人物が居れば薄ら笑いの一つも消える。
車椅子に足を組んで座る老人。少し色褪せた金色の長髪を後ろに撫でつけ、病人のように白い肌には深い皺が刻まれており、逆に身に纏うスーツには皺一つ無い。
ヤギの頭蓋骨の装飾が付けられた杖を揺らしながら車椅子の老紳士はフランチェスカを見ている。
フランチェスカが車椅子の老紳士への最初の印象は闇そのもの。一切光が見えない暗く、濃く、黒い闇が人の形をしているだけの存在。
触れれば、見つめれば、何処までも深く堕ちていくような底の見えない闇に
「アハッ」
──思わず
「貴方はだあれ?」