Fate CROSS strange FAKE 作:N40
贋作とはいえ宝具を菓子のように貪る光景は悪夢のようにしか見えない。人間が格上の存在に唯一対抗出来る手段を失い、女性警官は啞然とし畏れを抱く。まだ絶望に至っていない所を見るに並ではない芯の強さは窺える。
「『二十八の怪物たち』!」
オーランドからの声が届く。女性警官もその近くにいたジョンもオーランドの声が耳に入ると同時に脊髄反射で動いていた。積み重ねられた訓練により頭で考えなくとも体が動くよう染み込ませられている。
ジョンたちは半ば自動的にカリュブディスから離れた。カリュブディスは武器を奪った二人から既に興味は失せており、さっさと視線を外して偽アサシンを探す。
この期に及んでも偽アサシンは姿を隠すことはせず、ロビー上階からカリュブディスを見下ろしている。
暗殺者の語源というべき『アサシン教団』のハサン・サッバーハ。その偉大なる名を継ぐ数々の先代たち。彼らが人生を賭して創り出した暗殺の極致、それがザバーニーヤ。偽アサシンは敬虔な信者であったが、自らのザバーニーヤを創り出すことが出来ず、代わりに歴代ハサン十八人の御業を習得した。それが彼女の『幻想血統』。
ハサンどころかアサシンでもない怪物がハサンの御業を使うことなど偽アサシンの矜持からして到底許すことも見過ごすことも出来ない。
静かな義憤に燃える偽アサシンの殺気を感じ取ったのか、カリュブディスを持っている巨大鉈──ザルツドラを両手持ちに替えるとその場で回転し、ハンマー投げの要領で偽アサシンへ投げ放つ。
ギロチンの刃がそのまま飛んで来たような投擲。だが、どんなに速くとも偽アサシンの敏捷性に比べれば遅い。偽アサシンはロビー上階の手摺りの上から跳び、別の手摺りへ移動しようとする。外れたザルツドラは手摺りを破壊し、壁に命中。壁は砕かれ、一階まで罅が伸びる。
カリュブディスの原始的な攻撃を難無く回避した偽アサシンは、そのまま着地しようとし──黒衣の端が千切れ飛ぶ。
(これは……!)
視線を下ろした先にはカリュブディス。矢を番った弓を構える姿で立っている。その弓矢は間違いなく女性警官から奪ったもの。
ここまで来れば嫌でもカリュブディスの能力を把握する。
カリュブディスは捕食したものを吸収し自分の力に変える。しかも、完全にコピー出来るのか構えている弓矢から他の警察官の武器と同じ宝具の気配がある。
偽アサシンに向け、カリュブディスの二射目が射られる。知性の足りない振る舞い方をする癖に道具を普通に扱えている。
偽アサシンが二階を駆ける。それを追うようにカリュブディスは弓を射る。二階が倒壊しそうな勢いで手摺りや壁が貫かれていく。
偽アサシンが動き回ればその分巻き込まれる者たちも出て来る。偽アサシンが通り過ぎた後に矢が抜けていくが、矢の先には大盾を持つ大柄の男性警官が居り、男性警官は急いで大盾で自身を守る。
二メートルもある巨漢と同等の大盾が射られた矢を防ぐが、衝撃までは完全に殺せず吹っ飛ばされて壁に激突。そこから跳ね返って手摺りにもたれ掛かる体勢になる。
大盾を持つ男性警官を見たカリュブディスは腹部の腹を開き、伸ばしながら空間を食す。男性警官はカリュブディスの前まで引き寄せられ、手に持っていた大盾を腹部の口によって強引に奪われた。
頑丈そうな大盾もカリュブディスの口の中に入れば食べ物と変わらない。数回の咀嚼で呑み込まれると、カリュブディスは何もない場所から喰らった大盾を出現させて左手に装備。そして、右手にはジョンから奪ったダガーを装備した。
自分の宝具がカリュブディスに使われている光景にジョンは悔しさを露わにする。街の未来を守る為の力が怪物に使われている事実が酷く屈辱的であった。
武装を増やしたカリュブディスの眼中にはやはり偽アサシンしか映っていない。このまま警察署内で両者の戦いが続くかと思われたが──
「アサシンよ!」
──オーランドの声が署内に響く。
「お前も既にこいつの能力を把握している筈だ! このまま戦いが長引けばこの怪物は私たちやお前の宝具を取り込み手がつけられなくなる! この怪物の狙いは英霊だけだ! ここは退け! アサシンの俊敏さならこの怪物から撒ける筈だ!」
偽アサシンに退くように言う。オーランドからすれば一か八かの提案。カリュブディスが偽アサシンを狙っているならそれに便乗する手もあるが、カリュブディスは『二十八の怪物たち』の宝具を奪ってくる。最悪、対抗策の無い状態で偽アサシンを相手にする事態も起きうる。
まだ聖杯戦争は始まったばかり。一週間という期限しかないが焦る必要はない。今は犠牲を最小にし次の戦いまでに立て直す。
偽アサシンは一瞬思案するように目を細めた後、ジョンを見る。いきなり視線を向けられたジョンは身構えるが──
「……その男には借りがある。いいだろう、今宵はお前の提案を呑もう」
義理堅さと真面目さのおかげで話が上手く進んだ。偽アサシンは了承し、最初に入って来た天井から外に出る。
「この聖杯戦争を破壊する以外にもやるべき事が出来た」
性格が死徒ジェスターを倒すことを新たな目標に加え、偽アサシンは夜の闇の中へ消えていく。
カリュブディスは標的を見失うと、その場で透明化。全く見えない状態となりオーランドたちに緊張が走る。それからカリュブディスを警戒していたが、数分間何も起こらなかったので偽アサシンを追っていったと判断して警戒を解く。
負傷者はいるが幸い死人は出ていない。宝具を幾つか失ったことは痛いがそれもどうにかなる。
「はぁ……」
破壊痕が大きく残る警察署内。これを隠蔽する為の情報操作と暗示による改ざん。そして、失った宝具を補充する為にあの無駄口の多い自分のサーヴァントに頼む必要がある。戦いが終わった後にもある山積みの問題にオーランドは小さく溜息を吐いた。
× ×
「む……?」
鎧ではなく派手なスーツを纏い、可視化された状態のギルガメッシュが、キャデラックのオープンカー後部座席で何かに気付く。
前方にある大きな建物──警察署で派手な音が鳴り響いていた。
「……警察署ですね」
そう言うのはギルガメッシュの隣に座る褐色の美少女ティーネ。ギルガメッシュのマスターであるが同時に臣下として彼に仕え、学びを得ている。
何事かと思ったのも束の間、パトカー数台が宙へ舞うという非現実的な光景が造り出される。
パトカーに視線が集まる中、目で追い切れない速度で交差する三つの影。サーヴァント同士の対決が行われているかと思われたが、サーヴァントの気配は一つしか感じられず、ティーネは困惑する。
ティーネは遠視の魔術を使用し、三つの影を観察する。影の内の一人はティーネにとって既知であった。
ここへ来る前、ギルガメッシュが暇潰しで行っていたカジノでのギャングで接触してきた神父──ハンザ。
もう二つの白いスーツの青年とローブを羽織った老人は知らない。
「片方は魔獣か怪異の一種だろうな」
死徒ジェスターに対しギルガメッシュは特に興味を示さない。どちらかと言えばハンザと老人の方に興味を向けている。
「人の業にはほとほと呆れかえるものよ。あのような身体で神の道具に成り果てていないとは」
ハンザを見てあることに気付いたギルガメッシュは皮肉を込めた笑みを浮かべる。そして、老人の方は──
「……ほう?」
僅かな関心を含んだ声を洩らす。
「同じ名を持つ聖剣であってもああも違うとは。星ではなく幻想が磨いた剣か? ふむ……我の宝を原典とした流れを汲まないか……悪くない」
老人の振るう騎士剣を見ただけでそれが持つ性質を理解する。ギルガメッシュの目はティーネには理解出来ない何かを見通している。
ギルガメッシュの赤い目が一瞬輝いたようにティーネには見えた。見間違いでなければそれは好奇の輝き。英雄王すら知らぬ未知への興味。
「退屈はさせんと言ったが……存外、この戦争自体が我を愉しませるかもしれんな」
× ×
ハンザとシドによって両断されていくパトカー。ジェスターはパトカーを大きめの石程度の扱いで軽々と投げ放ち、ハンザとシドはそれら紙のように斬る。
切断されたパトカーから零れたガソリンが引火し、周りを燃え上がらせる。ジェスターは両腕を腹の前で交差させ、未だに繋がりきっていない腹から血を拭い取り、両手を開いて血飛沫を飛ばす。
血は空気に溶け込み激しい風を起こし、その風は炎を取り込んで灼熱の竜巻と化す。魔術か死徒としての能力か、この戦いで怪力以外の異能を披露する。
ハンザはシドを見た。シドは無言で頷き、任せろと言わんばかり詠唱を始める。
「死兆の星の七つの影の経絡を断つ!」
詠唱と共に振り下ろされたシドの騎士剣が地面を割る。
「北斗骨砕打!」
ジェスターの手前の地面から赤い水晶に似た剣気が飛び出す。
回避する余裕は無かったが、自分ならば耐えられると判断して敢えて受けるという選択をする。
ジェスターの胸に突き刺さる赤水晶。思った通り耐えられると思った矢先──
「──うっ!?」
何かがジェスターの中にある命そのものと呼べる部位の傍を通り抜けていった。余波がジェスターの中の死を撫でていくような感触にジェスターの体は硬直する。
今の一撃がジェスターの命を奪うことはなかった──ジェスターの方が
体験したことのない感覚によりジェスターの動きが鈍ると、彼が操っている炎の竜巻も動きが乱れる。
ハンザはほぼノーモーションでトップスピードまで加速し、ジェスターへ拳を放った。
ジェスターもいつまでも硬直しておらず、胴体を千切りながら赤水晶から抜け、ハンザの拳を紙一重で躱す。
だが、その瞬間にガシャリという機械的な音が鳴った。ハンザの拳は空振りしたが、ジェスターの首から血が噴き出す。
ジェスターは首を抑えながらハンザから急いで離れる。そして、見た。ハンザの腕辺りの布が裂かれ、中から黒鍵と同じ刃が伸びている。
「貴様……義手か!」
ハンザは腕に引っ掛かっている布を千切る。肘まで鉛色の金属製の腕が露わになり、伸びている刃を収納する。
「機械の腕か……こちらはかなり進んでいるな」
「おや? 似たような物を見た事がありますかな? 御仁。あのような化物を相手にしているので体の七割程聖別済みのカラクリ仕掛けです」
「仲間に機械で出来た鉄の巨人がいた。因みに胸から光線を出すぞ?」
「良いセンスだ。採用するか検討させてもらおう」
軽口を言い合いながらも全く隙を見せない二人にジェスターは舌打ちし、ジェスターは跳躍して二人の頭上を超えると警察署の壁面に足をかけ、そのまま建物を駆け上る。
シドも追おうとするが、それにハンザが待ったをかけた。
「これまでの協力感謝するが、人目を集め過ぎた。監察官としてはこれ以上英霊に目立ってもらうのは少々困る──監督不行き届きと思われるので」
ハンザが言うように警察署の騒動でかなりの野次馬が集まりつつある。
「──よいのか?」
「残りの
警察署内の犠牲を最小に済ませた時点でシドの目的はほぼ達している。心残りが無いと言えば嘘になるが、後はハンザに任せることにした。
「短い共闘であったが心強かったぞ」
「その言葉そのままお返ししますよ、御仁」
シドは霊体化して消えると、ハンザは警察署を見上げ、脚に仕込んであるスターターを引っ張りチェーンソーを展開するとそれを壁に高速回転させることで壁を垂直に昇っていった。
× ×
警察署の裏口から脱出したアヤカとセイバー。警察署内の騒ぎは外まで広がっている。
「大丈夫かな……シド」
「心配するな」
「いや……あんたが大丈夫だって言っても……シドとはさっきあったばかりでしょ?」
「戦場で修羅場を潜り抜けて来た者の目をしていた。ああいう目をした者は──強い」
シドから戦場を知っている者独特の雰囲気を感じ取ったセイバー。それはセイバーもまた戦場を良く知っていることを意味する。
「まあ、そういう者すらも呆気無く死ぬのが戦場なんだがな」
「私を安心させたいのか不安にさせたいのかどっちかにしてよ……」
「その内戻って来るだろう。彼は聖剣に選ばれし──」
「今戻った」
「ほらな?」
セイバーが何かを言い掛けたタイミングで霊体化を解いたシドが現れる。
「無事……だったみたいだね」
「ああ。協力してくれる者もいた」
「協力?」
すると、建物の屋上で小さな爆発が起こり、何かが隣のホテルまで吹っ飛ばされていく。そして、何かを追う人影が跳躍する姿も見えた。
「どうやら安心して任せられるようだ」
夜が明けて行き、彼方に見えた太陽が空を徐々に白く変えていく。
誰にとっても長い夜がようやく明けようとしていた。
× ×
時間は夜明け前まで戻る。
コールズマン特殊矯正センター。そこを拠点とする魔術師ファルデウス・ディオランドはセンター地下にある自分自身の魔術工房で真なる英霊を呼び出そうとしていた。
ファルデウスはスノーフィールドでの聖杯戦争の黒幕の一人であり、アメリカ合衆国に属している。彼の縁者は冬木で行われた『第三次聖杯戦争』の参加者であり、このスノーフィールドの聖杯戦争を始める切っ掛けを造った。
聖杯戦争を妨げるものを排除する調整役のような立場であるが、いざ聖杯戦争が始まると様々なイレギュラーに何度も頭を痛めていた。
(英雄王ギルガメッシュとエルキドゥの戦いが始まった時はどうするべきかと思いましたが、終わってみれば最低限の後始末で済みましたね)
天変地異が起こってもおかしくない強力な英霊同士の初戦。巨大なクレーターやガラス化した大地を見た時はどう隠蔽するか頭を悩ませたが、最終的には第三者の英霊の介入により全てがなかったことにされた。
隠蔽工作をしないで済んだことが良かったが、あれ程の英霊たちの一瞬とはいえ無力化させる力を持っているのが恐ろしい。しかも、未だに姿を隠し続けている。
あれらに対抗し、尚且つ本当の聖杯戦争を開始する為に一刻も早く英霊を召喚しなければならない。
ファルデウスは魔術工房の中央に立つ。ファルデウスの家系は代々人形を使う魔術師であり、それを証明するように魔術的な装飾が施された人形やただのマネキンにしか見えない人形、子供部屋に飾られていそうな人形など様々な種類の人形が置かれており、それらのガラス玉の目が全てファルデウスへ向けられている。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公──」
英霊を召喚する為の詠唱を開始する。一句一句過ぎて行く度に工房内の空気は変わっていく。
英霊を呼ぶのに用意すべき触媒らしい触媒はない。偽りの聖杯戦争により先に呼び出した六柱の英霊たちを呼び水にし、六柱が召喚されたことで生み出された『波』を利用して追加で英霊を召喚する。
何のクラスのどんな英霊が召喚されるのかファルデウスにも分からない。仮に失敗したとしても補う為のプランはきちんと用意してある。
この時点でファルデウスは知らなかったが、偽りの聖杯戦争で召喚したサーヴァントの大半は未知なる世界からの来訪者たちであった。未知が混じった『波』を利用し、ましてや触媒も無いのだから呼び出される者も高確率でその類が召喚される。
「──抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ……!」
詠唱の完了と共に工房内が光で満たされる。その光が一点に収束し、その光の中から英霊が現れる。
「……貴様か、ワシを呼んだのは」
英霊召喚の為の台座の前で腕を組んで立つ壮年の男。
『お前がマスターか?』という第一声を予想していたファルデウスは、男の探るような問いと射抜くような赤い目に少々面食らう。
「……ええ。私が貴方を呼んだマスターです。良ければクラスを教えて貰えますか?」
「アサシン──らしい」
アサシンのクラスは通常歴代のハサン・ザッハーハから呼び出されるのだが、目の前の男は資料にあるハサンの姿とは大きく異なる。
頬まで覆う葉らしき紋章が入った銀色の額当て。逆立った灰に近い白髪。両頬と顎に入れられた赤い線の刺青。暗い青色の甲冑を纏っており、首周りには白い獣毛らしき装飾が施されている。
その出で立ちは中東のアサシンではなく東洋の──
(これは……失敗しましたか?)
ハサンでもないアサシンを呼んでしまったのでファルデウスはそう考えても仕方がない。
「どうした? 失敗したと顔に書いてあるぞ?」
表情一つ変わっていないファルデウスの考えを容易く見抜く。
「失敗かどうか──その身で確かめてみるか?」
空気が変わる。ファルデウスの全身から冷や汗が噴き出し、周りに置いてある人形たちが真アサシンを恐れるように震え始める。
腕組みをしていた真アサシンの人差し指がゆっくりと持ち上げられる。
(このサーヴァントは危険だ!)
ファルデウスは即座に令呪での自害を選択。別プラン既に用意してあるのでサーヴァントを失っても大した問題ではない。ここで命を失うことの方が支障をきたす。
「令呪によって命じる。アサシンよ、自害しろ」
即断即決によりファルデウスは令呪の一画を使って真アサシンを自害させ──
「その判断の早さは中々のものだ」
真アサシンの声が背後から聞こえた。台座前に立っていた筈なのにいつの間にか消えている。
そもそも令呪で命じたのに自害していない事態がおかしい。
ファルデウスは自分の手の甲を見て戦慄した。使用した筈の令呪が元に戻っている。もしかしたら、使用したと思い込まされていたかもしれない。
(幻術……! いつだ……!? どのタイミングで……!?)
かけられた自覚すらさせない幻術にファルデウスは恐れを抱くと共に自分が勘違いをしていたことを知る。
(失敗どころか大成功だったみたいですね……)
だが、本当に大成功かどうかはこの後の真アサシンと何を話すかによって決まる。
ひとつでもボタンを掛け間違えれば、背後に立つ真アサシンはファルデウスの死神となるだろう。
人生を賭した会話を前にファルデウスは味わったことがない恐怖と不思議な高揚を覚えながら静かに笑う。
(これが……聖杯戦争か)
真アサシンは味方だと頼もしく敵だと恐ろしいあのキャラです。