Fate CROSS strange FAKE   作:N40

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番人たち

 真の聖杯戦争が始める前夜。一人の青年が沼地を歩いていた。

 彼は魔術師ではあるが、軍用ゴーグルなどの軍用装備を付けており、魔術師というよりも傭兵と呼ぶ方がしっくりくる。

 沼地に生い茂る草を搔き分けて進む彼の手の甲には聖杯戦争のマスターの資格である令呪が刻まれている。

 彼はスノーフィールドの聖杯戦争の黒幕の一人であるフランチェスカが用意した魔術師であり、ファルデウスとも面識がある。

 沼地を抜けた先には一軒の廃屋。青年はこの廃屋内にて英霊召喚を行うつもりであった。

 青年はゴーグルを外し視線の先にある廃屋の洋館を無感情な瞳で見ている。これから英霊召喚をしようとしていることに対する緊張も聖杯戦争に参戦することへの恐れもその瞳には映っていない。

 露わになった青年の顔は十代後半ぐらいに見える。しかし、実際のところは幼い頃から魔術使いたちによって肉体を改造されており、とっくに成人を迎えている。そのせいで実年齢が分かりにくくなっているが、更に本人ですら自分の正確な年齢も把握していないので実際はいくつなのか謎であった。

 ただ、あくまで老化が止まっているだけのこと。肉体をいじられ過ぎたせいで寿命の方は短くなっており、普通の人よりも早く死ぬとフランチェスカから言われている。

 そのことについて彼は自分の人生を悲観しない。淡々とその事実を受け止める。

 物心ついた時には、或いはその前から魔術を扱う者たちによって改造され、魔術や武器の訓練を受け、その魔術使いが仕える政府の為の駒として働き、そして最後に仕えていた政府が無くなり、残ったのは戦う為の技術と記号という名のみ。

 青年の名はΣ。識別する為に割り当てられたギリシア文字が彼の名前代わりだ。

 シグマは指定された洋館に入り、中を確認する。フランチェスカからは事前に準備を済ませてあると聞かされていた。

 洋館地下にある工房。他の魔術師の工房なので本来ならば結界や罠などが仕掛けられているがフランチェスカにより全て排除され、シグマは召喚のみに集中出来る。

 儀式を淡々と進めていくシグマ。その動きは機械的であり、与えられた手順を淀みなくこなしている。

 儀式の準備をしている中、相変わらずシグマは無表情であった。実際の所、聖杯戦争に参戦することに関しては何も思っていない。

 そもそもシグマは願望器である聖杯にかける願いがない。というよりも生い立ちのせいで願望という概念が非常に希薄であった。

 雇い主であるフランチェスカから事前に願いを聞かれた時、頭に浮かんだのは安眠と食事。聖杯で叶えるようなものではなく、日々の心掛けで叶えられる程度の願いである。その安眠と食事すらも薄い欲望から絞り出したようなものであったが。

 準備が整い、シグマは召喚の儀式を始める。

 

「降り立つ風には壁を。四方の門を閉じ──」

 

 儀式をするにあたってシグマは召喚の媒体を用意していない。より正確に言えば用意されなかった。他の魔術師たちとは違い、フランチェスカから与えられなかった。

 全てはフランチェスカの好奇心。

 信仰心はなく、信念はなく、矜持もなく、欲望もなく、希望もなく、絶望もない、死ねば兵士Aとして誰からもすぐに忘れ去られるような希薄な存在。

 そんな真っ白で飾り気のない人間が儀式を行ったら何が来るのか。触媒無しの場合、召喚者の性質に近い英霊が召喚されるが、偽の聖杯は彼にどんな英霊を与えるのか。

 その思い付きの好奇心を満たす為の捨て駒。それがシグマの認識であった。

 シグマと同じく何もない、役立たずな英霊が来るのか。それとも意表を衝いて大英雄が来るのか。どちらにせよシグマのやることは変わらないので、詠唱の声に熱が入ることもない。

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

 

 × ×

 

 

 それの出現に瞬時に気付いたのはごく僅かな英霊たちであった。

 最高クラスの気配感知スキルを持つエルキドゥは異変に気付き、空を見上げる。何もない夜空なのだが、エルキドゥには何かが見えており目を細めた。

 次いで高い感知能力を持つ扉間もまた何かに見られているという感覚を覚えた。しかし、エルキドゥのように空を泳ぐそれには気付かなかった。

 異なる世界から現実世界を監視していた偽ライダーは、それの召喚をはっきりと認識した。だが、向こうが高みから見ているだけだと知り、放置した。

 

 

 × ×

 

 

 儀式の為の祭壇から光と魔力が溢れる。体から急激に魔力が引き出され、その虚脱感に耐える為に力が入り、無表情のシグマの頬が僅かに強張った。

 光が収まり、祭壇を見る。そこに居る筈の英霊の姿はない。視線を動かした時、こちらに向かって伸びる影に気付く。

 部屋の隅、そこで椅子に座る初老の男性。長く伸びた灰色の髪、顔から首元まで達する大きな疵痕。片足が義足になっており、それを支える為の杖を持っている。

 大きな肩幅に深い皺。威圧感はあるが英雄という雰囲気は小さい。

 

「お前が、聖杯戦争のマスターか? ……ふん、覇気の無い面だ」

「……お前は何者だ?」

 

 開口一番に憎まれ口を叩いてくるが、シグマはそれを無視してクラスと名を問う。

 

「俺か? 俺のことなら船長と呼べ。だが、それもすぐに意味がなくなる」

 

 その意味が分からず、シグマは心中首を傾げる。

 

「……俺がお前のマスターだ。真名はひとまずそれとしてクラスは何だ?」

 

 すると、船長と名乗った男は笑いだす。

 

「ふはははは。小僧、お前は何か勘違いをしているな」

 

 思っていない答えに再び心の中で首を傾げると──

 

「僕たちは君に召喚された訳じゃない」

 

 別方向から声がし、体に染み付いた動きでホルスターから銃を抜き、構える。銃口の先には絡繰り仕掛けの羽を装着した青年が立っている。

 

「私達は君に呼ばれた英霊ではない。ただ、その英霊の影法師として君の周りに投影されているだけさ」

 

 機械仕掛けの翼の青年が消え、入れ替わるように現れる白い装束を纏った十代前半の子供。杖を持っており蛇が絡み付いている。

 

「運が悪かったなぁ、兄ちゃん。あんたはもう逃げられねぇぜ」

 

 少年が消え、現れる狩人の青年。

 

「わしらは英霊ではない。宝具も使えん」

 

 侍と思わしき男性。

 

「お前はどうしようもない苦難を召喚してしまった」

 

 十字が描かれた服を纏う少年。

 

「でもね、私達は貴方に期待しているのよ。貴方が全てを貫く槍兵(ランサー)になることを」

 

 飛行服姿の女性から理解不能な言葉。影法師と自称する者たちが次から次へと現れ、シグマに謎の言葉を与えて翻弄してくる。

 

「俺がランサーになるとはどういうことだ? 一体何者なんだ貴方たちは?」

 

 パスが繋がっている感覚はある。しかし、結局何のクラスかすら分からない。

 影法師は再び船長の姿になると、船長は思案するように眉間に皺を寄せる。

 

「そうだな……少し語弊があるが……こちらを高みから見下す役目の……『番人(ウォッチャー)』というべきか……」

 

 既存のクラス、しかもシグマが知る数少ない例外にすらないクラス。

 

「『番人』……つまり、エクストラクラスということなのか?」

「ああ。正確には──」

「ちょっと待ってくれ」

 

 シグマは船長の話を遮り、腕時計を見て現在の時刻を確認する。

 

「何だ? 今更怖じ気づいたか?」

「いや、その話は長くなるか?」

「ああ? まあ多少は時間が掛かるな」

「すまない。俺は日々の安眠を心掛けている。もう就寝時間だ。話の続きは夜が明けてから聞かせてくれ。それに魔力も消費している。重要な情報は万全な状態で確認したい」

 

 シグマはテキパキとした動きで寝床を作ると、船長が呆気にとられている間に寝床に入り、目を瞑る。数秒もかからずにシグマは小さな寝息を立てた。

 

「……覇気が無い代わりに面の皮が厚いらしいな、この小僧は」

「いや、睡眠は健康を維持する上で必須だ。良い心掛けだと私は思う」

「そりゃ、寝られる時に寝るのが一番だが……」

「このタイミングで良く眠れられるね……」

「わしらが思っていたよりも神経が太いようだ」

「苦難を挑む者には見えないな……」

「頼もしいじゃない。先ずはこれぐらいマイペースを貫いてもらわないと」

 

 影法師たちが次々と入れ替わりながらシグマへの印象を語っていく。

 

「お前はどう思う?」

 

 一巡して船長へと戻り、船長は窓際の方へ向かって喋り掛ける。そこに浮かび上がる新たな影法師。シグマの前に唯一姿を晒さなかった影。

 月の光は背に受けて輪郭しか見えないが、ソフト帽子を被り、くたびれたトレンチコートを纏っている。

 その影は無言でシグマは見ていたが、興味が無いと言わんばかりに船長と変わる。

 

「はっ。愛想の無い奴だ」

 

 夜が明け、時計のアラームが鳴る前に起床し、軽い朝食を食べた後にシグマは改めて召喚したサーヴァントに問う。

 

「改めて考えてみたが、やはり意味が分からない。俺がランサーになるとはどういうことだ?」

「言葉通りの意味さ。冬木のシステムそのままなら三騎士の一人のランサーが召喚される。当然、これがエクストラクラスになることはない。僕たちは君が生きながらランサーになることを見守る障壁であり番人として召喚されたのさ」

「もう一度聞いても納得が出来ない。お前たちは俺をランサーにしたいのか?」

「どうだろうね」

 

 作り物の翼を付けた影はやはり曖昧な答えを返すのみ。その影も霧のように崩れ、蛇の杖を持つ少年の影へと変わる。

 

「そもそもこの聖杯戦争がちゃんとしたルールが適用された聖杯戦争であることも疑わしい。僕たちも正しい形でのエクストラクラスとして召喚された訳じゃない。もし、正式な──変な言い方になるが──エクストラクラスとして召喚されるなら例えば『ゲートキーパー』というクラスになっていたかもしれない」

 

 説明だけ聞いても分からない。『門番』のサーヴァントなど想像もつかない。何かを守っているというイメージだが、そのサーヴァントが生み出す影法師との共通点が見当たらない。

 

「偽物だからな。そういう事もある──かもしれない」

 

 便利な言葉で自分を納得させる。そもそもイレギュラーな聖杯を使用してのイレギュラーな聖杯戦争。セオリー通りに行くなど机上の空論に過ぎない。

 

「そう納得した方が早いね。現に、君が喚び出したウォッチャーは、既に街の監視を始めている。そして、もうほころびを見つけたらしい」

「ほころび?」

「三騎士のアーチャーとして喚ばれた筈の英霊が、それこそエクストラクラスの『アヴェンジャー』に変質させられている。それとアーチャーと戦っていたアサシンの英霊の一体もおかしい。こちら側とルールの違う感じがする」

 

『番人』としての目がアルケイデスの異質さ扉間のイレギュラーさにすぐに気付く。

 

「ルールが違う? どういう意味だ?」

「言葉通りの意味さ。彼らはこの世界のルールからはみ出している。きっと僕たちも知らないような未知の技術や技、或いは魔術を使うかもしれない」

「何故そんな奴が……」

「本来なら喚ばれる筈のない存在を喚び出してしまった時点でそれが互いに喚び寄せているんだろうね」

 

 偽物の聖杯のせいか。それが喚び出した英霊のせいか。卵が先か鶏が先かのような起点が分からない原因。

 蛇の杖の少年は渓谷の方をジッと見つめている。

 

「何だろうね。何故かあのアサシンには興味が惹かれると同時に()()()()()()()()()()()……」

 

 シグマは顔も名前も知らないアサシンに好奇心と侮蔑という複雑な感情を抱いている影法師。

 すると、影法師は船長の姿に変わった。

 

「渓谷の奴からは俺と似た気配を感じる……懐かしさを覚えるぐらいのな」

「……似た気配?」

「俺を滾らせる匂いだ。臓腑の奥底から湧き上がる憤怒。もしも、俺が正しく英霊として召喚されたのなら、それこそ復讐者のクラスが相応しい」

 

 船長はアルケイデスに対してシンパシーを抱いている。語る口調は淡々としているが言葉の一つ一つに込められる冷たく燃え滾るマグマのような感情のエネルギー。しかし、シグマの方はそれに共感も興味を持たず、齎される情報の断片を記憶するのみ。

 分かったことは影法師たちの言葉の断片を繋ぎ合わせても、ウォッチャーの真名に届くことはないという事実だけだった。

 

「この戦いを見下ろしていると言っていたが、あれは比喩ではなく本当にこの聖杯戦争を観測しているのか?」

 

 船長から絡繰り仕掛けの翼の青年となって頷く。

 

「正確には僕たちじゃなく、君が喚んだ存在が……だけどね。ただ……」

「ただ?」

「ウォッチャーの目から()()()()()()()()()()が一体だけいる。存在の痕跡は発見出来たけど、肝心の本人は全く姿を現さない」

 

 スノーフィールドの街全体を監視している『番人』の目すら掻い潜る英霊。

 

「可能なのか?」

「不可能とは断言出来ない。──もしかしたら、ウォッチャーの目が届かない、それこそ別空間に身を潜めているのかもしれない」

 

 正体も消息も不明な英霊について記憶に留めておく。

『番人』などという相変わらず良く分からない英霊だが、索敵能力はずば抜けている。戦いに於いて情報の有無は非常に重要であり、他から気付かれずに情報収集を行えるウォッチャーは、その点だけ見れば優秀であった。

 

「一人、二人じゃ済まないぐらいに異質な英霊がこの聖杯戦争に紛れ込んでやがる。……まあ、俺たちも人の事は言えないがな」

 

 影は船長になり、船長は異常を愉しむように笑う。

 

「……?」

 

 シグマは船長が何を指して笑っているのか気付かない。確かにウォッチャーもイレギュラーな英霊に間違いないが、船長の笑みはそれに向けられているものではないように感じられた。

 高みからあらゆるものを見下ろし、監視する存在。考えようによってはそれは神の視点に近いものかもしれない。

 神も仏も信じず、信仰も無いシグマだが、ウォッチャーの目から自分がどう映るのかという今までになかった好奇心が湧き上がる。

 

「一つ教えてくれ。お前たちの視点から見たら、俺はどう見えているんだ?」

 

 虚無のような心を救う神託のような言葉を与えられるのか、それとも存在価値を完全に否定するような無慈悲な言葉を投げ掛けられるのか。それらを全て受け入れる覚悟で訊いてみた。

 船長は片眉を上げた後、試すような笑みを浮かべる。

 

「丁度いい。挨拶がてら()()()に答えてもらうか」

「新入り?」

 

 船長が霧のように形を変える。すると窓際に立つ新たな影。

 ろくに手入れもされていないソフト帽と清潔感の無い汚れが目立つトレンチコート。そこまでならただの不潔な人物だが、シグマはそれよりもその人物の顔に目が釘付けになってしまう。

 白いマスクに浮かぶ黒いインクのような模様。インクを垂らした二つ折りの髪を開いた時に出来る左右対称の模様を彷彿とさせるが、その模様はシグマが見ている前で形を変えていく。

 左右対称のインクの染みが何が見えるかで対象の深層心理を分析するロールシャッハテストというものがあるが、シグマもまさかそれを顔の上で行っている人物とは初めて会う。

 他の影法師たちも大なり小なり奇抜な格好をしているが、この男はその中で頭一つ抜けている。見た目からして常人とは思えない。危険なニオイしか感じられない。

 

「hurm……」

 

 シグマの前に現れたロールシャッハの怪人は、シグマを見るなり威嚇するように唸る。もしかしたら、いきなり表に出されて戸惑っているのかもしれない。

 召喚した時には姿を見せなかった影法師。それがシグマを見ている。マスク越しでも睨んでいるのが分かる視線の圧がある。

 シグマはその視線から逸らすことなく見返す。船長は彼が質問に答えてくれると言った。だからシグマはそれを待つ。

 男からの返答を待っている間、シグマは自然とマスクの模様を凝視する。次々と変わっていく黒い模様。しかし、シグマにそれが蝶や花などには見えずただの模様にしか見えない。

 

「……他の奴らはお前をどう評価しているのか知らんが──」

 

 ようやくまともな声を発する。錆び付いたようなガサガサとした声。声の感じからして三十代から四十代の中年男性と思われる。

 

「俺はお前に期待などしない」

 

 明確な拒絶を突き付けられた。他の影法師たちが親し気な分、マスクの男の存在がますます異質に感じられる。

 シグマは試されたのを感じた。先程のマスクの変化。それに何の感想も抱かなかったシグマを空っぽだと判断し、失望したのだ。

 それにショックは感じない。シグマ自身も自分がそういう存在だと自覚している。

 不思議な気分であった。他の影法師たちはシグマに期待し、可能性を感じていたが、この影法師だけはシグマに何も期待せず、何も為せないと思っている。

 自分が境界の上に立っている気がした。何かに成れるか者、何にも成れずに終わる者か。その間にシグマは置かれている。

 境界からの第一歩としてシグマは気になったことを聞く。

 

「名前は?」

 

 ウォッチャーの一人に初めて名前を問う。

 

「……」

 

 マスクの男は無言のまま船長へ入れ替わる。慣れ合うつもりはないと態度で示す。

 

「それぐらい答えてやれ」

 

 船長は意地の悪い笑みのまま再びマスクの男へ姿を変えた。

 

「……ちっ」

 

 マスクの男は苛立ちながら舌打ちをした後、シグマに背を向ける。

 

「好きに呼べ」

 

 結局、名乗ることはせず代わりに適当な名で呼べという許可を与える。

 好きに呼べと言われたが、マスクの男を見ていて思い付く名など一つしかない。

 

「……ロールシャッハ」

 

 マスクの男──ロールシャッハはゆっくりと振り返る。

 

「俺は……Σだ」

「……」

 

 最初の一歩となる自己紹介は、酷く殺伐とした空気の中で行われた。

 




このキャラクターも再現度が難しい人物ですが何とか書いていきます
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