修学旅行二日目。古都・京都の朝は、抜けるような青空と、どこか張り詰めた「暗殺の空気」と共に始まった。
各班がそれぞれに割り振られたルートを回り、ターゲットである殺センセーを同行させながら、防衛省が事前に配置したプロのスナイパーたちの射線へと誘導する――それが今日のメインミッションだ。
連、業、渚、茅野、神崎、奥田の班も、予定された作戦行動ルートへと向かって京都の街を歩いていた。しおりの重さは相変わらず鈍器レベルだが、クラスメイトたちの表情には、昨日大浴場での「バグ(覗き未遂事件)」を経てどこか連を意識してしまう女子たちの視線も含め、独特の緊張感と高揚感が入り混じっている。
渚「……あ、ごめん。みんな、ちょっとそこのコンビニ寄ってもいいかな?」
大通りの角に見えてきたコンビニを指差し、渚が足を止めた。
連「ああ、いいぜ。ついでに水分補給のアイテムでも補充しておくか。京都の夏ステージは地味に体力を削る仕様だからな」
連がそう言って、皆で自動ドアを潜ろうとした、その瞬間だった。
連のポケットの中で、スマートフォンがけたたましく振動を始めた。画面に表示された発信者の名前は――『暁 玲奈』。
連「チッ、ババアか……。おい、お前ら先に中入って買っててくれ」
渚「うん、わかった。連君の分も何か適当に選んでおくね」
渚たちが店内へと消えていくのを見届け、連は通話ボタンをスライドさせて耳に当てた。
連「……何の用だ、ババア。こっちは今、部活(暗殺)のミッション中なんだけど」
玲奈『あら、随分と冷たいじゃない、連。……ちょっとね、急な案件が入っちゃって手が離せなくなっちゃったのよ』
受話器の向こうから聞こえる玲奈の声は、世界企業のトップらしい、完璧にコントロールされた冷徹さと、息子をからかうような不敵な余裕を含んでいた。
玲奈『というわけで、代わりに今日の午後、京都支部の定期視察をお願いできるかしら?』
連「はあ? なんで俺が。京都支部の社長なら、重月さんがいるだろ」
玲奈『重月は優秀だけど、本部の“目”が入るという形式が重要なのよ。それに、あなたも将来あそこを攻略するなら、現場を見ておいて損はないでしょう? 大丈夫、烏丸さんには私から一言、企業の社会的公務ということで公欠扱いにするよう手を回してあるわ』
相変わらずの剛腕ぶりに、連は深く溜息をついた。
連「……チッ、相変わらず断る選択肢を用意してねえな。まあいい、ターゲットの誘導時間まではまだ余裕がある。さっさと終わらせて合流するわ」
玲奈『ふふ、よろしくね、連。重月にも連絡を入れておくわ』
ツリッと通話が切れる。
連がスマホをポケットに収めた頃、ちょうど渚たちが両手にドリンクの袋を下げてコンビニから出てきた。
渚「お待たせ、連君。……何かトラブル?」
連「いや、うちのババアからの無茶振りだ。急な仕事の代行で、これから暁不動産の京都支部を視察しに行かなきゃならなくなった」
連の説明を聞いて、杉野や茅野が目を丸くする。
茅野「ええっ!? 修学旅行中に仕事の視察って……流石は財閥の御曹司、やることが次元違いすぎるわ……」
神崎「でも、時間は大丈夫なの?」
神崎が心配そうに覗き込んできた。
連「ああ、まだ暗殺の予定時刻までは2時間以上ある。支部はここからバイクならすぐそこだ。すぐに終わらせて合流ポイントに向かう」
渚「そっか! じゃあ大丈夫だね、行ってきなよ連君。こっちは僕たちがちゃんとターゲットを引き止めておくから」
渚が頼もしく微笑む。
連はヘルメットを被りながら、クラスメイトたちを見回した。
連「悪りぃな、足を引っ張る形になって。……今度、何か美味いもんでも奢ってやるよ。何がいいか考えとけ」
前原「え! マジ!? 財閥トップの奢りとか、期待値MAXなんだけど!」
前原が歓声を上げる中、連は不敵に口角を上げると、虚空からマシンビルダーを顕現させ、凄まじい排気音と共に京都の街へと消え去った。
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京都の古き良き町並みに完璧に調和した、伝統的な町家造りと近代建築が融合した洗練されたビル――それが『暁不動産・京都支部』だ。本部の副社長推薦を蹴ってまで、この京都の街並みを守り、発展させるために志願したという一等地の拠点である。
エントランスの自動ドアを潜ると、そこには既に、黒髪のボブカットを揺らし、年齢を一切感じさせない明るいオーラを放つ美女が待っていた。京都支部社長、葉月重月。44歳。
重月「あーん! 連くーん! やっと来たー!」
連「ぶはっ……!? ちょっと待て、重月さん、苦しい――」
中に入った瞬間、凄まじい勢いで重月がフロントの厚みを伴って連に抱きついてきた。18歳までアメリカで過ごしていた彼女にとって、親しい身内へのハグやスキンシップは未だに抜けないトリートメントのようなものだ。しかも、ガキの頃から彼女に遊んでもらっていた連は、完全に「可愛い弟分」扱いだった。
重月「もー、玲奈先輩から連絡聞いてびっくりしちゃった! まさか連くんが修学旅行のついでに視察に来てくれるなんて! ほらほら、お姉ちゃんにチュッてさせて――」
連「させるかよ! 落ち着け、ここは会社だろ!」
連は冷徹な紫の瞳で彼女を軽く睨みつけながら、その強烈なホールドを力尽くで引き剥がした。
連「……ハァ、相変わらずギャルなノリだな、重月さん。仕事は素早くて部下からの信頼も厚いってババアから聞いてたけど、私生活のバグが多すぎるだろ」
重月「もう、冷たいなー。アメリカじゃこれくらい普通だよ? でも、仕事の顔が見たいなら、バシッと案内しちゃうぞ!」
重月はウインクを決めると、一瞬でプロの経営者の顔へとシフトした。
重月「ここが京都の伝統景観を維持しつつ、最新のスマートシティ構想を組み込んでる開発セクション。そしてこっちが――」
重月の案内は極めて的確で、無駄がなかった。事務作業の特技を活かした書類の整理から、部下たちへの気さくな指示出しまで、彼女が京都支部をこれほどまでに円滑に統治している理由が、連の目にも一発で理解できた。
連「……なるほどな。古風な外観の中に、完全にデジタル化されたセキュリティと導線が構築されてる。仕様としては文句なしだ」
重月「でしょ? 連くんに褒められると、お姉ちゃん鼻が高いなー!」
重月が再び抱きつこうとした、まさにその時。
ブーブーブーブーーー!!! と、連のスマホが再び、狂ったように鳴り響いた。
連は眉をひそめ、画面を見る。表示されていたのは『奥田愛美』。
連「……今度はクラスの奴か? 何だ……?」
通話ボタンを押し、耳に当てた瞬間、受話器の向こうから、涙声と激しいパニックに陥った奥田の叫び声が鼓膜を刺した。
奥田『つ、連君!? 大変なんです! どうしよう、どうしよう……っ!!』
連「落ち着け、奥田。何があった。正確に状況を報告しろ」
奥田『あの……私たちが観光ルートを歩いていたら、急に他校の不良グループ……高校生の人たちに襲われて……! 茅野さんと神崎さんが、車に無理矢理乗せられて、連れていかれちゃったの!!』
連「――何だと?」
その瞬間、連の周囲の空気が、絶対零度へと凍りついた。
隣にいた重月が、その尋常ではない殺気に思わず一歩身を引くほど、連の紫の瞳からハイライトが消え、どす黒い怒りの炎が宿った。
奥田『渚君たちも抵抗したんですけど、相手の数が多くて……! 今、烏丸先生や殺センセーに連絡しようとしてるんですけど……っ』
連「奥田、よく聞け」
連の声は、冷徹な機械のようだった。
連「今から俺らの暗殺計画は一時中止だ。そんなタコを狙ってる場合じゃねえ。……お前はすぐに渚や業たちを叩き起こして、タコに連絡を入れろ。最悪、あいつのマッハ20の機動力が必要になる。……茅野と神崎の足取りは、今から俺がこっちで直接ブチ破って調べる」
奥田『え……? で、でも、どうやって――』
連「いいからやれ! 5分でケリをつける!」
ツリッと電話を切り、連はすぐさま重月を振り返った。
連「重月さん。このビルのメインサーバー、京都中の交通網と防衛省直轄の監視カメラのバックボーンに直結してるよな」
重月「え? ええ、もちろん。暁不動産のセキュリティネットワークは、警察のNシステムとも同期してるけど……」
連「ハッキングする。システムを借りるぜ」
連は重月のデスクの前に陣取ると、猛烈な速度でキーボードを叩き始めた。中卒の夜兎に家事を教わった連だが、エボルトと共生している彼の脳内処理能力とハッキング技術は、地球のサイバーセキュリティなど児戯に等しい。
エボルト『ククク……連、怒り狂っているな。相棒の女を寝取られた気分はどうだ?』
脳内のエボルトが邪悪に唆す。
連「寝取られてねえよ。ただな……俺の目の前で、俺のパーティ(クラスメイト)に手を出したバグキャラどもが気に入らねえだけだ。……見つけた」
画面に表示されたのは、京都の寂れた路地裏、廃棄された倉庫街へと向かう一台の不審なワンボックスカーの映像。ナンバー、車種、移動ルートの予測が、連の脳内で一瞬で弾き出される。
連はすぐさま業のスマートフォンへ、その位置データとナビゲーションのバグを強制同期させた。
連「重月さん、視察は終わりだ。……ちょっと、ゴミ掃除に行ってくる」
重月「れ、連くん!? 気をつけてね!」
重月の静止の声を背に、連はロビーを駆け抜け、外へと飛び出した。
虚空からマシンビルダーを召喚し、シートに跨ると同時に、アクセルを限界まで捻り込む。
連「エボルト、ハザードレベルの測定準備をしておけ。……あの不良ども、ただの肉塊じゃ済まさねえからな」
エボルト『ハハハ! いいぞ連! その怒り、その破壊衝動こそがハザードレベルを上げる最高のスパイスだ! 暴れろ、すべてを壊せ!!』
蒼い火花を散らしながら、マシンビルダーはマッハの速度で京都の街を爆走し始めた。神崎と茅野を連れ去った愚か者たちに、この世の終わりを告げるために。
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