波乱に満ちた二泊三日の京都修学旅行から戻り、椚ヶ丘中学校の日常が再び動き出そうとしていた、ある日の放課後。
前原「おい、連! 京都での約束、忘れてねえだろうな!?」
教室を出ようとした連の前に、前原陽斗を筆頭に、渚、業、杉野、茅野、神崎、奥田の面々がぞろぞろと立ちはだかった。
京都での拉致事件の際、連がさらりと口にした「美味いもんでも奢ってやる」というセリフ。それを、ハイエナのようなE組の男子(と、ちゃっかり便乗した女子たち)が聞き逃すはずがなかった。
連「……あ? ああ、あの時の話か。仕様通り、報酬は支払ってやるよ。で、何にするか決まったのか?」
連が気怠げに尋ねると、前原と杉野がニカッと品のない笑みを浮かべた。
前原「へへ、みんなで会議した結果……『回らない、時価の高級寿司』! これ一択だろ! 財閥の御曹司パワー、骨の髄までしゃぶり尽くしてやるぜ!」
連「……高級寿司、ね。まあ、ババアのカード(ブラックカード)を適当に切ればいいか。じゃあ、今日の夜、俺の家に来い」
杉野「よっしゃ……って、そういえば誰も連の家を知らないんだけど」
渚がハッとして首を傾げる。椚ヶ丘の高級住宅街のどこかだろうとは予想がつくが、具体的な住所はクラスの誰も知らない。
連はスマホの画面から目を離さないまま、めんどくさそうに片手を振った。
連「5時に駅前にいろ。……『夜兎(やと)』に向かわせるから。じゃあな」
それだけ言い残すと、連は足早に旧校舎を去っていった。
残された渚たちは、「夜兎……? 人の名前かな?」と顔を見合わせるのだった。
――そして、午後5時。椚ヶ丘駅前のロータリー。
茅野「……ねえ、本当にここで合ってるのかな?」
茅野がクソ分厚いしおり(もう要らない)を抱えるような仕草で、周囲を見回す。集まったのは、渚、業、杉野、茅野、神崎、奥田の6人だ(前原たちは別件で少し遅れるとのことだった)。
渚「連君のことだから、遅刻はあっても嘘はつかないと思うけど……」
渚がそう言った、その直後だった。
静かなロータリーに、場違いなほどの重低音を響かせて、一台の漆黒の高級リムジンが滑り込んできた。流れるようなボディ、完全に中が見えないマジックミラーの窓。
キィ……と静かに車が止まると、運転席から一人の女性が降りてきた。
茶髪を高い位置でカチッとツインテールにまとめ、無駄のない洗練された動き。服装は、クラシカルでありながら動きやすさを重視した、仕立ての良いメイド服(家政婦仕様)。
身長165センチ、モデルのように整ったスタイルだが、その瞳は極めてクールで、冷徹ですらある。
彼女こそが、暁家で住み込みで働くメイド兼家政婦――城崎夜兎(24歳)だった。
夜兎「……椚ヶ丘中学校、E組の皆さんですね」
夜兎は抑揚のない、しかし凛とした声で6人を見据えた。
夜兎「連坊ちゃまの命により、お迎えに上がりました。城崎夜兎と申します。さあ、汚い靴のまま、速やかにご乗車ください」
「「「「「(汚い靴って言った!?)」)」)」」
業以外の5人が、そのクールな毒舌に一瞬で硬直する。
業「あはは、面白いお姉さんだね。じゃあ、お言葉に甘えて」
業だけが面白そうにクスクスと笑いながら、最初に豪華なシートへと乗り込んだ。渚たちも恐る恐る、座るだけで腰が沈み込むような本革のシートへと収まっていった。
車内が静かに発進する。
神崎「あの、城崎さん……連君とは、長いんですか?」
緊張をほぐそうと、神崎が上品に尋ねた。
夜兎はバックミラー越しにチラリと神崎を見つめ、淡々と答える。
夜兎「……中卒で路頭に迷いそうだったところを、玲奈大奥様に『家事が得意ならうちで働きなさい』と拾われて以来、9年ほどになります。ですので、あのクソガキがクソ生意気な厨二病のゲーマーに成り果てるまでの過程は、すべて把握しております」
杉野「ぶふっ……! クソガキ、厨二病……っ!」
杉野が必死に笑いを堪える。どうやらこのメイドさん、連に対して一切の容赦がないらしい。
奥田「ツンデレなのかな……?」
奥田が小声で呟いたが、夜兎の耳は捉えていた。
夜兎「ツンデレではありません。ただの客観的事実の提示です。……さて、到着しました。お降りください」
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茅野「う、嘘でしょ……」
車から降りた茅野カエデの口から、魂の抜けたような声が漏れた。
目の前にそびえ立っていたのは、「家」という概念を完全に破壊する建造物だった。
椚ヶ丘の一等地の丘のトップを丸ごと占有するような広大な敷地。高くそびえ立つ大理石の門。そこから本館へと続くアプローチには、完璧に手入れされた英国風の庭園が広がっている。もはやちょっとした美術館か、海外の政府要人の迎賓館だ。
杉野「これ……家っていうか、RPGのラストダンジョンじゃん……」
杉野が顎が外れそうなほど口を開けて立ち尽くす。
渚も、奥田も、神崎すらも、その圧倒的な「財閥の資本力」の結晶を前に、一歩も動けなくなっていた。
そこへ、本館の巨大なエントランスの扉がガシャリと開いた。
中から現れたのは、部屋着の黒いパーカーを羽織り、相変わらずスマートフォンで格ゲーのフレームデータを確認している暁連だった。
連「――おい。何ボーッとしてんだよ」
連は紫の瞳を画面から上げ、門のところで固まっているクラスメイトたちを睨みつけた。
連「さっさと入れよ。中の中に、もう特等席の準備は出来てんだからな。ゲームのロード時間じゃねえんだから、突っ立ってないで足を動かせ」
前原「連、お前……本当にここで暮らしてんのか?」
前原が震え声で聞く。
連「暮らしてるっていうか、基本俺と夜兎しかいねえから、ただの広いゲーム拠点(セーブポイント)だよ。ババアは基本会社だし、親父は海外で暴れてるからな。ほら、行くぞ」
連の言葉に促され、6人は恐る恐る、大理石の床を踏みしめて中へと進んでいった。
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案内されたのは、全面ガラス張りで庭園が一望できる、信じられないほど豪華なダイニングルームだった。
驚くべきことに、部屋の中央には、京都の一流老舗寿司店からそのまま引っ張ってきたかのような、美しい檜(ひのき)の特設カウンターが設置されていた。その向こう側では、見るからにベテランの寿司職人が二人、静かに頭を下げて待機している。
茅野「……え、待って。お店に行くエピソードじゃなくて、職人さんを家に『召喚』したの!?」
茅野のツッコミが部屋に響く。
連「店に行くの面倒だろ。ここなら他人の目を気にする必要もないし、回らない寿司なら、目の前で握らせるのが一番効率が良い仕様(システム)だ」
連は当然のようにカウンターの真ん中に座り、夜兎に「おい、いつもの炭酸水」と短く命じた。
夜兎は無表情のまま、グラスに透き通った炭酸水を注ぎ、連の前にトントン、と少し強めに置いた。
夜兎「はい、坊ちゃま。相変わらず自分で冷蔵庫を開けることすらできない、我が家の無能な王様のための特製炭酸水です」
連「……一言多いんだよ、夜兎」
夜兎「二言言わなかっただけ、私の慈悲深さに感謝してください」
そんな二人の鋭いやり取りを見ながら、渚たちは圧倒されつつもカウンターの席へと着いた。
業は連の隣に陣取り、職人が差し出した最高級の大トロをパクリと口に運ぶ。
茅野「……んー! 美味しい。脂の乗り方が、そこらの店とは次元が違うね。連君、これなら毎日でも拉致事件の被害に遭いたいよ」
連「バカ言え。あのスマッシュのデバッグ、どんだけエネルギー使うと思ってんだ。……ほら、お前らも遠慮しないで食え。今日は残したらババアのカードから全額引き落とされる仕様だからな」
奥田「わ、わぁ……! じゃあ、いただきます……!」
奥田が恐る恐る、美しく輝く金目鯛の握りを口に入れる。その瞬間、彼女の丸い目がさらに大きく見開かれた。
奥田「おいしい……! 噛まなくても、お口の中で溶けちゃいます……!」
神崎「本当ね。京都の老舗の味が、まさかこんな東京の真ん中で味わえるなんて……贅沢すぎてバチが当たりそう」
神崎も、ウニの軍艦巻きを幸せそうに頬張りながら、上品に微笑んでいる。
連「神崎、お前京都のゲーセンの後は、ちゃんと寝られたか?」
連がガリを口に放り込みながら尋ねる。
神崎「うん、凄くよく眠れたよ。連君との格ゲー、本当に良いリフレッシュになったから」
渚「格ゲー?」
渚が敏感に反応した。
茅野「神崎さんと連君、京都の夜にゲームしてたの?」
連「ああ。こいつ、普段の清楚な見た目のくせに、格ゲーのキャラコンが完全に『プロ仕様(ガチ勢)』なんだよ。俺のラッシュを完璧にフレーム単位でいなしてきやがった」
神崎「ふふ、連君が単調だっただけだよ?」
神崎がさらりと毒を吐く。
連「……ハッ。次はハザードレベルを上げて、完全に見切ってやるからな」
連が不敵に笑う。
その様子を、少し離れた場所でボトルを冷やしながら見ていた夜兎が、ふっと口元をわずかに緩めた。しかし、すぐにいつものクールな表情に戻り、毒舌を添える。
夜兎「……連坊ちゃまが、ゲームの画面以外でこれほど楽しそうに会話をしているのを見るのは、実に稀なバグ(怪現象)ですね。明日は槍でも降るのではないかと、今から家の補強を考えております」
連「夜兎、お前さっきから俺の株を暴落させるセリフしか言ってねえぞ」
夜兎「事実を述べているだけです。渚様、業様、この男が学校で少しでも他人に迷惑をかけるような挙動(バグ)を見せましたら、いつでも私にご連絡ください。暁家の裏メニューである『特製お仕置き(お粥縛り)』を執行いたしますので」
連「それ、ただの兵糧攻めだろ!」
連の珍しいツッコミに、ダイニングルームは一気に大きな笑い声に包まれた。
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職人が次々と握る、最高級の車海老、煮穴子、赤身のづけ。
最初は家のデカさと夜兎のオーラに圧倒されていたE組のメンバーも、美味しい寿司とお互いの他愛のない会話の中で、いつの間にか極上のリラックスモードに入っていた。
渚「……でもさ、連君」
渚が、お茶をすすりながら真剣な目で連を見つめた。
渚「京都で連君が言ってたこと、僕、ずっと考えてたんだ」
連「あ?」
渚「あの化け物(スマッシュ)……連君は『自分にしか倒せない』って言ったよね。……僕たちは、本当に連君に頼るしかないのかな? クラスの仲間として、何か手伝えることはないのかなって」
渚のその真っ直ぐな言葉に、茅野や奥田、杉野も深く頷いた。彼らは単に奢られるためにここに来たのではない。京都で見た、連が一人で背負っている「世界の歪み」に対する、彼らなりの誠実な向き合い方だった。
連は、手元の炭酸水のグラスをじっと見つめ、紫の瞳をわずかに和らげた。
連「……勘違いすんな、渚。お前らが弱いから言ってるんじゃねえ。……ゲームには、それぞれ『適正ステータス』ってのがあるんだよ」
連はグラスをテーブルに置いた。
連「お前らのミッションは、あのタコ(殺せんせー)を暗殺することだ。そのための技術や暗殺の戦術は、お前らの方が圧倒的に仕上がってる。だけど、あのスマッシュってのは、システム自体のバグだ。対先生用ナイフじゃプログラムが通らねえんだよ」
連は不敵に口角を上げる。
連「だから、バグの処理(デバッグ)は、システムを書き換えられる俺の役割だ。お前らは、お前らのメインクエスト(タコの暗殺)に集中してろ。……ただ、もし俺が処理しきれないほど大量の敵(バグ)が湧いた時は……その時は、お前らの『暗殺の技術』で、俺の背中をサポート(護衛)してもらうかもな」
連のその言葉に、渚はパッと顔を輝かせた。
渚「うん! 任せてよ、連君。僕たちの暗殺、伊達に訓練してないからね」
業「へえ、俺のナイフ捌きが必要なら、いつでも言ってよ。連の後頭部を間違えて刺さないように、気をつけとくからさ」
業が邪悪に笑う。
連「……お前は絶対にわざと刺すだろ、業」
カウンターの向こうで、夜兎が静かに次の皿を並べながら、心の中で呟いていた。
夜兎(……巌斬様の過酷な教育と、玲奈様の奔放さに振り回され、ずっと孤独な戦場(ゲーム)に引き籠っていたあの連坊ちゃまが……。こんなにも、背中を預けられる『仲間』を作っていたなんてね)
夜兎「坊ちゃま。少しは成長(レベルアップ)されたようで、家政婦としても安心いたしました。……ですが、食べ散らかしたガリの処理はご自身でなさってくださいね。私はあなたの奴隷ではありませんので」
連「わかってるよ、夜兎。……おい職人、次は大トロ、3貫追加だ! 今日は限界まで仕様を食い尽くしてやる!」
椚ヶ丘の夜の静寂の中、暁家の広大なダイニングには、いつまでも賑やかな笑い声と、職人が寿司を握る心地よい音が響き渡っていた。修学旅行という大きなイベントを終え、彼らの絆は、暗殺という目的を超えて、より強固なものへとアップデートされていた。
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