連星のアクルクス ~星渡る稀人~   作:南天 ヤスカド

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セントサイモンと猫

「………セントサイモンに蹴られたか」

 

どうやら右腕を痛めたようだ。

鞭を左手に持ち直した。

どちらでも扱えるようには訓練されている。

 

URA空挺部隊。

 

彼らは「一応」、私設部隊であるため

銃火器の装備は持たない。

代わりに標準装備しているのが

「鞭」なのである。

部隊章も威嚇するハチワレ猫に

交差した鞭の意匠である。

 

猫は一見、精鋭部隊に似つかわしくない

シンボルのようではあるが、

ウマ娘と猫は関係が深い。

三女神の一柱、ゴトルフィンバルブと

その愛猫、グリマルキンの神話は

子供でも知っているし

ハンガリー最強と言われた

ウマ娘キンツェムも猫を愛した。

他にも猫とウマ娘の逸話は多く、

現在でも猫を拠り所にするウマ娘は多い。

隊のシンボルである猫は

自分たちは彼女たちに

常に寄り添い守る存在である、

という意味である。

猫と名ウマ娘との逸話が多いように

ウマ娘はほぼ皆猫好きとされる。

 

だが、セントサイモンという

ウマ娘だけは別だった。

 

セントサイモンは現在でも

偉大なウマ娘の一人とされる

19世紀末にイギリスで活躍したウマ娘である。

 

彼女は「煮えたぎる蒸気機関車」と

呼ばれたほどの苛烈な性格で、

猫すら蹴り飛ばしたという逸話がある。

 

件の猫は蹴り「飛ばされ」ただけで

済んだのかどうかは諸説ある。

 

それにちなんで猫を意匠とする

空挺部隊隊員が訓練や

作戦行動で負傷することを

「セントサイモンに蹴られた」

と彼らの間で呼ぶようになった。

 

その彼らが作戦行動中に

ウマ娘愛護活動家と─

─もはやテロリストの類であるが─会敵。

交戦するも活動家の中にウマ娘がいた。

 

人とウマ娘なら当然彼女らの方が力がある。

なんとか攻撃を凌いだものの、

高所から落下する羽目になってしまった。

 

根岸レース場跡の特徴的な

一等観覧所の三つの塔のうち

真ん中の塔の最上部から、である。

 

ウマ娘の保護を掲げ

URAとレースの廃止を訴える活動家たちが

日本での西洋式レース発祥の地である

根岸レース場跡を占拠した。

もはや廃墟とはいえURAの所有する施設である。

「警察の介入で施設を破壊されることはあってはならない」

との判断で突入したのがURA空挺部隊であった。

 

ちなみに彼らの主張がこの手の活動家にありがちな

当事者の意見を全く聞かない

独善的なものであったのは言うまでもない。

 

のちに「根岸事件」もしくは

「根岸暴動」と呼ばれる出来事だ。

 

URAに自衛隊並の私設部隊があることが

公になった事件でもある。

 

 

─油断した。

 

若い隊員は己の読みの甘さに舌打ちする。

まさかその活動家の中に

ウマ娘がいるとは思いもよらなかった。

 

のちに、彼女はレースで挫折したことによる

逆恨みから活動に参加していたことが判明した。

 

体勢を立て直した隊員は、根岸の塔を見上げる。

腕は痛めたが、この高さを堕ちてよく無事でいたものだ。

 

がさり、と背後で雑草を踏みしめる音がした。

 

「‼」

反射的に鞭を構える。

 

直前まで気配すらなかった。

足音も。

突然そこに現れ、地に降り立ったように

彼女はそこに、いた。

 

喪服をまとい、ベールで顔は覆われているが

頭頂部の耳や背後に揺らめく尾が見えた。

ウマ娘であることは確かである。

その姿は荘厳にして豪奢な廃墟である

根岸レース場の建物には

ふさわしいようにも見えた。

 

黒いレースの隙間から

銀色に光る髪がのぞく。

芦毛なのだろうか。

 

 

「今ここにいるということは

 …君はテロリストの仲間か…?」

彼女はその問いに答えない。

「…ああ、やっとここまで来れた…」

そうつぶやくと隊員に近づいてくる。

戦闘態勢である空挺部隊隊員の間合いに

あっさりと踏み込んできた。

「…!」

隊員は後ずさりしようとするも足が動かない。

足だけではなく、全身が金縛りにあったようだ。

「もう少し、あと少し…」

彼女は手を伸ばすと隊員の頬に触れようとする。

 

『暗視スコープをつけているものは外せ!』

 

イヤホンに指示が入る。

その声がきっかけとなったか、体の自由が戻り

隊員は彼女の手から逃れるように退く。

 

 

刹那、頭上で爆発音がし、

それと共にとともに閃光があたりを包んだ。

特殊閃光弾だ。

部隊支給のゴーグル越しでも凄まじい光量である。

 

その光が消えたとき、彼女の姿はもうなかった。

 

周囲を捜索したものの発見はできず、

また、犯人グループの中にも該当する人物はいなかった。

彼女の姿を目撃したのも落下した隊員のみである。

 

「幽霊でも見たんじゃないか?」

隊の上司や同僚はそう言った。

根岸レース場跡は心霊スポットとしても語られる場所だ。

「お前が嘘をついてるとは思わない。

 怪我してたとはいえお前に気づかれなかったのと

 お前の間合いに入れる奴なんて『この世にいない』」

隊員たちに教官、と呼ばれている部隊を率いる人物は

手塩にかけて育てた精鋭である部下をそうなだめた。

結局、該当人物は事件とは無関係、という形で処理された。

しかし唯一彼女を見た隊員は、

レースの奥に垣間見た、

彼女の海色の瞳を忘れることができなかった。

 

「しかし、最後の出動でとんだ災難だったなお前も」

「なんとも後味が悪いですよ」

 

ここまでの大規模な作戦行動はなかった。

彼らの普段の任務は各地のレース施設や

トレセン学園の警備、

暴徒化したマスコミ関係者への対応等だ。

「師匠…いえ、教官、こちらをお返しします」

URA空挺隊員の象徴である鞭を丁重に返そうとするが

それを押し返される。

「その鞭はもうお前のもんだよ。

 …そうだな、トレーナー試験の合格祝いといったところだな」

「師匠…ありがとうございます」

 

「これからはな、それで自分のウマ娘を守れ。

 トレーナーの方のお師匠さんによろしくな。

 …さあ、行ってこい、バカ弟子‼」

 

隊員─元隊員となったトレーナーは

鞭をいわゆる「捧げ銃」のように持つ、

空挺部隊式の最敬礼を持って応えた。

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