連星のアクルクス ~星渡る稀人~   作:南天 ヤスカド

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守るべきもの

ウマ娘の身体能力は人間より高い。

彼女らの拳や蹴りを普通の人間がくらえば命に関わる。

 

 

「人間はウマ娘より弱いから、

 なんぼ腹立っても手ぇ出したらあかんよ」

 

タマモクロスは母であるグリーンシャトーに

常にそう言い聞かされていた。

 

 

同級生の悪童どもにお下がりの中古のランドセルと

ところどころほつれた服を揶揄われたのは

まだ我慢できたのである。

 

「弟生まれたんやってなー

 貧乏な家に生まれて可哀想やなー

 ウチのオカンがあの家は

 貧乏人の子沢山やーって言うてたわ」

 

自分のことはまだしも、家族のことを

言われるのは耐えられない。

 

「なんやて!!もう一遍言うてみい!!」

 

タマモクロスは思わず、拳を振り上げてしまった。

 

「…なんやタマ、ウチ殴る気かぁ?

 ウチ知ってんで?ウマ娘は人間に手ぇ出したら

 子供でも『たいほ』されるって!!

 ウチ殴ったら『けーむしょ』行きや!!

 ほれほれ、殴っってみいや」

 

女児は一瞬ひるんだが、ウマ娘にある「縛り」を

思い出してまた反撃する。

口の減らない子供というのはいるし、

ときに子供のほうが意味もわからぬまま

残酷なことをさらりというものだ。

タマモクロスは振り上げた拳を

わなわなと震わせながら下ろす。

 

「でも『けーむしょ』の『くさいめし』のが

 お前んちの飯よりマシなんちゃうかー?」

 

塾の名が入ったカバンを背負った男児が言うと、

子どもたちは同意するように大声で笑った。

 

子供たちは彼女がやり返せないのを

いいことに自分より一回り

小さなタマモクロスを小突き回す。

耐えきれなくなったタマモクロスが

集団から逃げるように

土手上の道を駆け出した。

 

「なにしとん?ほらチャリで追いかけたって!!」

 

自転車を引いていた子供に

リーダー格の女児が半笑いで指示を出す。

 

ウマ娘とは言えまだ幼いタマモクロスは

立ちこぎの自転車にすぐに追いつかれてしまう。

 

「なんやお前、ウマ娘くせにノロマやなあ!!」

 

タマモクロスは自転車に幅寄せされる形になり、

徐々に道の端まで追いやられる。

 

「……あっ」

 

少年の視界からタマモクロスの姿が消えた。

 

さすがにやり過ぎたと感じたのか

自転車の少年はブレーキをかけて止まるが、

車輪を避けようとしたタマモクロスは

道を踏み外し、そのまま土手を転がり落ちていく。

 

彼女が落ちる先には河川改修工事用の

資材が積み上がっていた。

 

轟音と共に資材の山の一角が崩れる。

 

人より頑丈なウマ娘とは言えあの

下敷きとなればひとたまりもないだろう。

 

「お前、やり過ぎやろ!?」

「……お、俺知らんもん、

 タマモクロスが勝手に逃げただけや」

「………ウチ、帰るわ」

 

いじめっ子たちはタマモクロスの安否を

確認しようともしないまま逃げようとした。

 

「待ちなさい」

 

決して大声ではないがよく通る声が

子どもたちの足を止めた。

 

崩れた資材の一角が動くと、中から人の姿が現れた。

 

黄色い上着を羽織った小柄な青年である。

その腕にはしっかりと庇われるように

意識を失ったタマモクロスが抱えられている。

 

「……まったく、昼寝してたら

 上からウマ娘が降ってくるんだもんな」

 

青年は大事そうにタマモクロスを抱えつつ、

ウマ娘もかくやという素早い足取りで

土手を駆け上がると榛色の瞳で彼女を

追い詰めた子どもたちを見た。

 

静謐で、一切の光のない瞳だった。

 

 

「な、なんや、不審者か!?」

 

「不審者じゃない、トレーナーだよ」

「トレーナー……」

「URA綜合警備保障の人間でもある。

 ウマ娘を守るのが、俺の使命だ。

 ウマ娘が人間に手を出せないのを

 いいことに好き放題悪乗りして

 いじめる奴らからね。

 ………君たちみたいに、な」

 

子ども向けとは思えない容赦ない鋭い視線に、

男児たちは震え上がる。

 

「…なに言うてんのおっさん、

 ………ウチら遊んでただけやで」

 

女児は怯えつつも反論した。

 

「じゃあなんでこの子は泣いてたんだい?」

 

既のところで受け止めた小さなウマ娘が

海色の瞳に涙をためていたのを

青年は見逃さなかった。

 

「それは……勝手に…」

 

話にならない、と言わんばかりに

青年は大きなため息をついた。

 

「さて、とりあえず救急車を呼ばないとね。

 君たちはもう帰りなさい」

 

青年は追い払うように言い放った。

 

これ幸いと、子どもたちは駆け出す。

 

 

「………うぅ………」

 

タマモクロスがゆるゆると目を開けた。

温かいものに包まれているような感覚がする。

 

「ああ、あんまり動かないほうがいい。

 頭を打ったかもしれないから」

 

「うわあ、あんちゃん、誰や??」

 

自分が見知らぬ青年に抱えられてる状況に

タマモクロスは軽くパニックになりそうだった。

青年はなだめるようにとんとんと

彼女の肩を優しくたたく。

 

「怪しいもんじゃないよ。

 君、土手から落ちちゃったんだ。

 見たところケガはないみたいだけど

 一応救急車呼んだからね」

 

その肩越しに見える土手の下に

崩れた資材の山がちらりと見えた。

 

─せや、ウチはコケて、あそこに突っ込みそうに─

 

「…もしかして、あんちゃんが助けてくれたん??」

 

見れば青年の方が傷だらけでボロボロではないか。

「まあ、そんな感じかな」

 

サラリと言うが、見える部分だけでも

真新しい傷がそこかしこにあった。

「………ごめんなさい」

「これが俺の役目だから気にしないで」

「せやけど……」

自分が耐えなかったせいで誰かを傷つけてしまった。

いじめられたことよりも今はそのことが

タマモクロスにはショックだった。

申し訳なさで涙が溢れてくる。

「………ごめんなさい……

 ……ウチが我慢しとけば………」

「……君はいっぱい、我慢したんじゃないかな」

 

子どもたちの様子からすると、

いじめは常態化しているように青年には思えた。

 

「それにね、ごめんなさいじゃなくて、

 俺、ありがとうって言ってほしいかなあ」

 

「……!!!」

「もう大丈夫。君は何も心配しなくていいよ」

「………うん、ありがとう」

泣き笑いの表情で、タマモクロスは礼を述べた。

遠くから、救急車のサイレンが聞こえてくる。

そこからものの数十秒で救急車が到着した。

 

 

「お名前は?」

「何処か痛いところは?」

「吐き気はあるかな」

 

救急隊員たちはそうタマモクロスに質問しながら

手際よく彼女をストレッチャーに乗せる。

 

「……あれ、通報者は…?」

 

保護したウマ娘よりもケガの程度が重いように見えた

通報者の青年は、救急隊員が目を離した隙に

いつの間にか姿を消していた。

 

タマモクロスは軽い打撲と

細かい切傷はあったものの

幸いなことに大きな怪我はなかった。

 

 

「そうか。礼をしたいとこやが、

 どこの誰かわからんのではなあ……」

 

「名前、聞いとけばよかったわ。

 また会えるかなあ………?」

 

病院に駆けつけて事の顛末を聞いた父は

ベッドに寝かされたタマモクロスの頭を撫でる。

 

「……あ」

「なんや?」

 

やや切れ長の瞳のはっきりとした顔立ち。

 

「あの人、ちょっとお父ちゃんに似とるかも」

 

無骨な手もなんとなく似ているように感じる。

 

「おお?ほんならこんな男前めったにおらんさかい、

 すぐ見つかるわ」

「なに言うとんのアンタ…」

生まれたばかりの弟を抱きあやしながら

母が呆れたように笑う。

「ええ〜?おとうちゃんみたいなおっちゃん

 いっぱいおるやん」

妹のミヤマポピーが真顔で父にツッコむ。

「いやいや、おとうちゃんは若い頃

 浪速のキムタクと呼ばれててな」

「聞いたことないわそんなん」

今度は母が父ツッコんだ。

「…いや、おかあちゃん、気持ちはキムタクやってん!」

家族で笑いながらも、タマモクロスの

心の片隅には深い憂いがあった。

 

タマモクロスは両親にはただ、土手を走っていて

転んで資材置き場に突っ込みそうに

なったところを助けてもらった、としか伝えていない。

いじめのことは言わなかった。

 

─学校行ったら、またなんか言われるやろか─

 

小さな胸の内は、不安で溢れかえっていた。

 

だがそれも杞憂に終わる。

 

いじめっ子たちは全員、その週のうちに

「なぜか」家族ごと街を去っていったのである。

 

何かに怯えるように。

 

 

─もう大丈夫。君は何も心配しなくていいよ─

 

 

あの青年が何者であったか、そして

タマモクロスがあの言葉の

本当の意味を知るのはトレセン学園入学後である。

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