連星のアクルクス ~星渡る稀人~   作:南天 ヤスカド

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始まりの稲妻

「居眠りとはいい度胸だなトレーナー」

 

「ブライアン…?あれ、ステイゴールドは…」

「何を言ってるんだ?寝ぼけているのか?」

トレーナーは眉間を指で

マッサージしながら頭を軽く振る。

そもそも、ステイゴールドというウマ娘は

名前は知ってはいるが直接の関係はない。

 

─なんだか、妙な夢を見たような…

 

ナリタブライアンは部室の椅子に乱暴に座る。

相当機嫌が悪いようだ。

「…まだ怒っているのかい?」

トレーナーの問いへの答えのつもりか

そうでないのか、ナリタブライアンは

「チーム・アクルクス」のトレーナー室の

天井を見つめながら

口にくわえた葉をゆらゆらと揺らす。

ちなみにこの葉っぱについて

トレーナーは初見で「それ豆苗?」

と尋ね大いにブライアンの不興を買った。

 

「しかしね、ブライアン。天皇賞の後、

 君はダメージが残っていたよ」

シニア級となったブライアンは阪神大賞典から始動、

天皇賞春を制したものの疲労を鑑み、

宝塚記念への出走は見送られたのである。

淀で行われたその宝塚記念では

天皇賞春でメジロマックイーンを抜き去り

ブライアンにあわやというところまで

迫ったライスシャワーが制している。

「…チッ」

「舌打ちはやめなさい。前から言ってるでしょ」

口を利くのも不快、というような威圧的な

三冠バの態度もトレーナーは慣れたものである。

「アンタは最近慎重すぎる。

 私は平気だと何度言えばわかるんだ」

阪神大賞典後から、嫌な予感がする、

と言うトレーナーに引っ張られブライアンは

何度も病院であちこち検査を受けさせられたのである。

結果はいつも「異常なし」。

ならば、と出走するも─

「本当は天皇賞春も出てほしくなかったんだよ俺は」

「馬鹿を言うな。いつのまにそんな

 気の小さい奴になったんだアンタは。

 大体、アンタの予感や予想とやらが

 当たったところを見たところがないぞ」

「うう、痛いとこつくねえ…」

黄色いウインドブレーカーを羽織っている

小柄な体をさらに縮めて項垂れた。

黄色の地に背に黒い丸が五つ散っている

特徴的なその服はトレーナーの恩師に由来するもので、

可能な限り身にまとっている。

ウマ娘たちの勝負服のように特別な意味があるのだろう。

 

─どこにいるかすぐわかるでしょ?

 

彼のその言葉通り、どれだけの人込みでも

その服はよく目立った。

 

 

ちなみにこの服についてブライアンは初見で

「脱皮したてのテントウムシみたいだな」と言い放ち

トレーナーの顔を大いにひきつらせた。

 

「邪魔すんでえ!!」

 

ノックとほぼ同時に芦毛のウマ娘が

トレーナー室のドアを勢い良く開けて入って来た。

「邪魔するんやったら帰ってー」

トレーナーがいつもの応答をする。

この入室の際のやり取りはトレーナーと

芦毛のウマ娘─タマモクロスとの「お約束」であった。

最もブライアンには何が面白いのかわからない。

 

「大阪や!はよあけんかい!」と怒鳴りながら入ってくる

「大阪府警家宅捜索バージョン」もたまにあるが、

そちらも何が面白いのかブライアンには理解できない。

 

できないが毎度毎度二人が楽しそうに

じゃれあい笑っているのを見ると

─まあいいか…

となんとなし流してしまうようになった。

「お、ブライアン!そろそろ夏合宿ちゃうか?

 ちゃんと準備しとるか?おやつは300円までやで?」

「ほっとけ。アンタこそドリームトロフィーリーグはどうした」

「夏巡業前のお休みや。それより忘れ物したらあかんで?

 なんぼ暑いゆうても、冷たいもんばっか食うたらあかんで。

 ぽんぽん痛なるからな?」

まるで妹や弟にいい聞かせるかのようだ。

 

 

─ああ、たしかタマモクロスも─

 

「…芦毛の世話焼きはたくさんだ」

その言葉にタマモクロスとトレーナーは一瞬キョトンとしたが、

合点がいくと二人は顔をほころばせた。

「ああ、うちが言わんでもお姉ちゃんがおったな」

「たしかにそうだねえ。ビワハヤヒデも芦毛だ」

「姉ってやつは世話を焼かんと気が済まんのか?」

「うーん、まあ下の面倒見るのが当たり前やしなあ」

「俺末っ子だからわかんないなあ」

のんびりとトレーナーが言うと

せやったなあ、どうりでほっとけなかったはずやわ、

とタマモクロスが笑う。

「いつもお世話になっております」

ぺこりと頭を下げる。

「うんうん。感謝を忘れたらあかんでえ」

腰に手を当てて小さな体をわざとらしく反り返す。

 

腕はいいものの長らく大レースを勝てなかった

このトレーナーにG1タイトルをもたらしたのが

白い稲妻、タマモクロスだ。

しかし実際のところ、彼らの出会いは

どちらかと言えばトレーナーが

タマモクロスを放っておけなかったようなものであった、

というのをブライアンはちらりと

誰からとなく聞いたことがある。

小柄で貧相で気ばかり強いため、

他のトレーナーに見向きもされず

自暴自棄になっていたタマモクロスに

「もう一回だけ走ろう」

と根気強く基礎からトレーニングをさせ、レースを教えた。

 

─そういえば、初めからしつこい奴だったな。

 

ブライアンのスカウトの時も、一度は

トレセン学園を去ろうとしたブライアンに

それこそストーカーの如く付きまといつつ

自らのトレーナー資格まで投げ出す勢いで

説得してきたのである。

─なにがそこまでさせるかわからんが、

  ─ある意味、見上げた根性だ─

理解はできずとも受け入れているブライアンだった。

 

「…で、アンタは何しに来たんだ。夫婦漫才しにきたのか」

「めめめめめめめ夫婦て!」

「式いつにしようか、タマ」

「アンタもなにゆうてるんやあああああああ!!

 シャレにならんわああああああああ!!!」

顔を真っ赤にして耳を寝かしながらトレーナーをどつく。

割と鈍い音がしているがこれもよくあることなので

ブライアンは気にしなかった。

「いててて、痛いよタマ…。

まあタマはいいお嫁さんになると思うけどねえ。

あ、こういうの言っちゃいけないんだっけ」

 

「今の御時世、ほぼセクハラだな」 

ブライアンはトレーナーに

コンプライアンス上の不備を指摘した。

「せやせや!ウチ相手やからよかったものの」

「タマ以外には言わないから大丈夫」

「そういうことちゃうねえええええん!!

 ウチやったらええと思っとんのかい‼」

こいつはわかってて言ってるのかそうでないのかと

ブライアンは冷ややかに

からからと笑うトレーナーを横目で見る。

 

前者でも後者でもたちが悪いが、おそらく後者だ。

「いててて。…君さ、冷蔵庫に粉取りに来たんでしょ?」

タマモクロスにどつかれつつトレーナーは冷蔵庫を指す。

この部屋の、普段はスポーツドリンクなどの

飲み物を入れている備え付けの冷蔵庫に

白い粉の入った袋が鎮座していれば

ほぼタマモクロスの所有物だ。

「この白い粉持って帰ってよ」

トレーナーは冷蔵庫から小麦粉を取り出すと、

タマモクロスに渡した。

「そういうとなんか非合法なもんみたいやんか。

 タコパの材料ちょっと置かせてもろただけやん」

「場所取るんだってば…。みんな私物は

 あんまり置かないでほしいんだけどな…」

 

小麦粉は一キロはあるだろうか。

 

「ところでこれで足りるの?」

「うん、オグリおらへんし」

この度のたこ焼きパーティーは

大食漢で有名なオグリキャップが

不在ということでこの量で済むという。

「ブライアンも来るか?寮でやるんやけど」

「行かん」

つっけんどんな断り方ではあるが

ブライアンの通常運転なので

タマモクロスもトレーナーも気に留めなかった。

「残念。寮だったら行けないなあ」

「女子会やもん。トレーナーはまた今度な」

「うん」

「ほな!」

大事そうに小麦粉を抱えるタマモクロスを

トレーナーはドアを開けて見送る。

「気を付けて」

 

にぎやかなウマ娘の足音が遠ざかると、

トレーナー室に静寂が戻った。

 

「全く騒がしい…」

 

ブライアンは頭をかきながら深くため息をつく。

「小さい嵐みたいな子だよ・・・・っと」

窓の外、乾いていた地面にぽつぽつと水玉模様が広がる。

 

「ありゃ、降ってきちゃったねえ」

先ほどまで晴れわたっていた空は一面、

 暗い雲に覆われている。

「今日降るなんて言ってたかな」

「さあな、ゲリラ豪─」

閃光が走るや否や、轟音があたりの空気を振るわせ、

それを皮切りに滝のような雨が降り注いできた。

「…ッ!!!!!」

ブライアンは思わず身を縮める。

「ブライアン、大丈夫か?」

ウマ娘の聴覚は人間より鋭い。

それに加えナリタブライアンは本来、自らの影にすら

驚いてしまうような繊細なウマ娘なのだ。

「問題ない…。それにしても…

 近いな。今の音と光の感じだと、

 雷雲が真上くらいじゃないのか?」

ブライアンは怯えた姿をさらしたことを

 ごまかすように言葉を並べた。

「そうだね、すぐ止むとは思うけど…。あ、見て見て」

トレーナーが示したスマホの画面には

現在地の雨雲レーダーが表示されていた。

「…このあたりだけ紫色だな」

「俺、赤より強い雨雲の表示初めて見たよ」

窓の外は雨脚のせいで白く煙り、

まるで滝を裏側から見るようである。

この部屋からは普段は三女神の像が見えるのだが、

その像も雨のしぶきで辛うじてシルエットが見える程度だ。

 

「…あれ?タマ?」

 

芦毛のウマ娘が三女神を見上げ、

傘もささず立ち尽くしていた。

全身ずぶ濡れだ。

いくら悪天候の中でもレースをするウマ娘といえど

雨に打たれるのは体によくはない。

「おーい、タマ、体が冷えちゃうぞー」

「…トレーナー?何を言ってる?あれは…」

トレーナーの呼びかけも雨の音にかき消されるのか

芦毛のウマ娘は微動だにしない。

「傘もささずになにやってんだか。

 ちょっと行ってくるね!

 あ、タオル何枚か出しといて!」

ブライアンにそう指示するや否や、

トレーナーはビニール傘を二本手にすると

部屋を飛び出して行った。

 

ブライアンはもう一度窓の外を見る。

 

佇むウマ娘の灰色の髪や尾は

飛沫くように降る雨と同化して消えてしまいそうだ。

 

─だが、あれはどう見ても─

 

雨に打たれるままのその芦毛に、

見慣れた黄色い上着の男が走り寄り、

傘をさしかけようとした。

 

 

『駄目だ!戻れ!』

 

 

ブライアンはその背にあらん限りの大声で叫んだ。

 

 

─!?

 ─いま私は何を言った?…「私」が言ったのか?─

 

彼女は愕然とした。

 

─今の言葉はなんだ。

 

 

自分の口から、自分のものではない言葉が叫ばれたのである。

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