「あちゃあ、この降りでは折り畳みでは無理やなあ」
急な土砂降りに顔をしかめた。
タマモクロスは教室から空を見上げていた。
女神像の方に向けると、傘もささずに
一人のウマ娘が立っている。
「…あれ?オグリ?帰って来とったんか?
なにしとんねんあんなとこで
傘も差さんと…。風邪ひいてまうで?」
そこに昇降口から見慣れた人物が
傘をさしてやってきた。
「…ホンマにどこいてもすぐわかるなあ」
窓辺に頬杖をついてその姿を見つめる。
上空では稲光と同時に雷鳴が不穏な音を立てた。
周りの音が聞こえないくらいの音量だ。
「うわっ近いなあ…いくら白い稲妻と呼ばれてても
やっぱ雷さんはは怖いわ…」
耳を伏せて後ずさりながら
窓辺から離れようとしたすると、
背中が誰かとぶつかった。
「あっと、堪忍やで!…」
「タマモクロス…」
ぶつかった人物は彼女の名を呼んだ。
「…え…?トレーナー…!?」
タマモクロスが声を聞き間違えるはずがなかった。
だがそんなはずはない。
今しがた広場にいたはずだと後ろを振り返る。
服装はトレーナーと同じ、
黄色いウインドブレーカーだ。
しかし、かなりボロボロである。
フードを目深にかぶっているが
タマモクロスの身長だと下から
見上げることになるためその顔が見えた。
─…あの人に、そっくりや。
だが、黒髪、茶色い瞳のトレーナーと違い
男の髪は白く、瞳も深紅色をしている。
「…ああ、また違った…」
苦し気にそう呟くとタマモクロスに背を向けて
足を引きずって歩き出し、教室を出ていく。
見慣れた黒い丸星が五つ並んだ
服を纏っていた。
「…ちょお、待って、アンタは…」
追いかけようとしたその刹那、
轟音とともに閃光が上空から降り注いだ。
空から駆け下りた雷鳴は地を揺らす。
「ひゃあ‼」
タマモクロスは思わず目をつぶり屈みこむ。
「うわあ、こら近くに落ちたわ…あれ?」
目を開け頭を上げると、男の姿はどこにもなかった。
「どうなっとるんや…?」
教室内を見渡しても誰もいない。
この短時間で視界から消えたというのか。
タマモクロスはトレーナーの所在を
確認しようともう一度階下を見る。
「…いやあああああああああああああああああ!」
彼女は絹を裂くような悲鳴を上げた。
土砂降りの中、倒れ伏している
トレーナーの背中が見えたのだ。
先ほど見たのと同じ、
黄色の地に黒い丸星が五つ散った服を
纏った背中が泥にまみれていた。
トレーナーがさしていた傘が
開いたままで無残にも折れ、
風と雨に弄ばれて地面を這う。
「…トレーナー!!!!!」
昇降口に回るのももどかしく、
ブライアンは窓を開け放ち雨の中に飛び出した。
「おい、しっかりしろ!…おい!」
泥が付くのもいとわず、
ブライアンはトレーナーを抱き起した。
「ブライアン!揺さぶっちゃダメだ!」
雨を割く矢のように走り寄って来たウマ娘が
トレーナーの肩をゆするブライアンを止めた。
「ケイエスミラクル…」
ブライアンと同じ、
チーム「アクルクス」に所属するウマ娘だ。
彼女は手慣れた手つきで脈と呼吸を確認する。
このスプリンターウマ娘が医学の道を志している、
とはブライアンも聞いていた。
「脈もあるし自発呼吸もある。とりあえず屋内に!」
ブライアンがトレーナーを抱き上げると、
その頭を揺らさないようにケイエスミラクルが支える。
騒ぎを聞きつけたか、
すでに誰かが手配したのだろう、
遠くから救急車のサイレンの音がする。
昇降口の下駄箱の前のすのこに
他のウマ娘やトレーナーが
持ってきてくれた大量のタオルを敷き、
トレーナーを静かに寝かせる。
気を利かせたウマ娘数名がが
余ったタオルで周囲から
目隠しをするように立ってくれた。
ちらりと、その隙間から
ブライアンは三女神像を見る。
芦毛のウマ娘の姿はもうなかった。
─あれはいったい…
「うぅ…」
意識が戻ったのだろうか。
トレーナーが苦しそうな声を上げる。
「おい、アンタ、大丈夫か」
「トレーナーさん…大丈夫ですか?」
「…あれ…俺は…一体…?」
トレーナーは目を開けると
二人の担当ウマ娘の顔を交互に見つめた。
ブライアンはその確かめるような視線に─
いや、その顔自体になぜか違和感があった。
よく見慣れたはずの、それこそ
親の顔より見たかもしれないトレーナーの顔なのに。
トレーナーの口から苦し気な吐息と共に言葉がこぼれた。
「…君たちは…誰…?」
「…⁉おい、私たちが分からないのか?」
「トレーナーさん…?そんな…
嘘…ですよね?…」
「………」
答えはなく、再びその瞼は閉じられた。
救急隊が警備員に誘導をされながら
昇降口前まで乗り入れてくる。
ストレッチャーの上に身体を移され
救急車に乗せられる間も
トレーナーは目を固く閉じたままだ。
「付き添いの方は」
「私が行く。後は頼む」
「わかった。俺もあとから行くよ」
救急隊員に問われ、ナリタブライアンが
滑り込むように救急車に乗り込んだ。
「ちょお、どいて…トレーナー…!」
騒ぎに集まったウマ娘やトレーナーの
ひとだかりをタマモクロスが
小柄な体で懸命にかき分ける。
やっと彼女が群衆を抜けたとき、
救急車の後部ドアは閉められた。
「待って…!」
タマモクロスも
走り出した救急車を追いかけるも、
泥に足を取られ転倒する。
車内のカーテンが閉められており、
中からはその様子はわからなかった。
「いったあ…」
泥のついた顔を上げると、
赤色灯は校門を出ていったところだった。
「…トレーナー…!…トレーナー!!!!!」
なおも追いすがろうとする
タマモクロスの肩を抱いてケイエスミラクルが止める。
「タマモさん、俺たちは中に入りましょう。
まず着替えないと…。風邪をひいてしまう」
「…ミラクル、あの人、大丈夫なん…?」
声が震えているのは、雨の冷たさのせいではないだろう。
「…トレーナーさんは大丈夫ですから…。
元々、他の方より鍛錬されてますし…」
先ほどのトレーナーの記憶の混乱を伝えれば
タマモクロスはますますパニックになる。
実際、ケイエスミラクル自身もかなり動揺しているのだ。
─あの人に、忘れられてしまっていたら。
「大丈夫、大丈夫…」
半ば自分に言い聞かせるようにケイエスミラクルは呟いた。