連星のアクルクス ~星渡る稀人~   作:南天 ヤスカド

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異聞·根岸事件

「休暇中済まないが出番だ、『ファイター』」

 

部隊にまだ籍はあったが、

退職前の年休消化期間であった自分に

URA空挺部隊の本部からそう司令が下ったのは

彼女の入学式の日だった。

 

退職する随分前から

既に一線を退いた予備役であったが

その自分にも緊急招集がかかったのである。

根岸レース場跡で事件が発生したという。

根岸から一番近い班が、

現在所属する府中だった。

自分にとって最後の大規模な

作戦行動になるだろうと思った。

 

「…気をつけてな」

タマモクロスは真新しい制服に身を包んでいた。

「制服、よく似合ってるぞ。

 ごめんなあ、入学式に出られなくなっちゃって」

「ううん……それよりホンマ気をつけて。

 これ、お守りや。ご利益あると思うで」

必死に笑顔を作っていた。渡されたのは首飾りだ。

彼女の勝負服である神楽衣装のものである。

個人的にあのスリットは

いかがなものかと思ったが本人は

強いウマ娘の証ともいえる

勝負服の支給に素直に喜んでいた。

 

「でも、これは…」

「貸すだけや。あとで返して」

「わかった。行ってくる」

彼女には「仕事」のことを話してある。

最も、今日何が起きたかまでは知らせていない。

 

「出発するぞ」

今日の作戦のリーダーに声をかけられた。

 

「URA警備保障」

と書かれたワゴン車に他の班員と乗り込む。

端から見たら、警備員が車両に乗って移動してる

ようにしか見えないだろう。

 

振り返ると、タマモクロスが

こちらをいつまでも見ていた。

 

─それが自分が見た、最後の彼女の姿だった。

 

移動中に事件概要に再度目を通す。

自らを予言者と名乗るウマ娘と

その信者であるテロリストが

根岸レース場跡を占拠したという。

もはや使われていないレース場ではあるが

記念公園もあるため

根岸にも警備担当がいたはずだが、

太刀打ちできなかったのか。

 

 

到着しすぐに占拠された建物に潜入する。

根岸レース場跡は

もはや廃墟ではあるが今なお

一等観覧所の三塔は威容を保っていた。

鞭を構えると襲ってくる

テロリストたちを打ち据える。

考えるより先に体が動く。

 

─おかしい。

 

根岸担当の隊員はどこに行った?

交戦した感想から言うと、

テロリストたちに彼らを捕縛できるほどの

戦闘能力があるとは思えないのだ。

 

「うわああああああ!!」

 

後ろでテロリストと交戦していた

隊員が悲鳴を上げた。

テロリストを2人のしてから振り返ると、

その隊員の身体から何か細かい文字のような

赤い光の点が噴き出し、

その身体が徐々に消えていっているではないか。

「ははは、予言の通りだ!!この世界は消え………」

そう高笑いしていたテロリストの体も

同様に消えていく。

よく見ると赤い光の文字は

「0」「1」の数字のようだ。

 

「身体が!!身体があああ!!」

「嫌だあああああ!!」

「助けてええええええ」

無線機には、滅多なことでは動じないように

厳しい訓練を受けていたはずの男たちの悲鳴が

飛び込んできていた。

 

─何が起きてる??

 

目の前で消えていく同僚を

抱き起こそうとするも、

すでに触れることができない。

 

「もうすぐ世界は消えます。0と1の間に」

 

凛とした声が荘厳な一等観覧所の建物にに響く。

緑色の勝負服を纏ったウマ娘が

廃墟の闇の中から現れた。

 

「……駿川たづな…?」

 

今朝、学園で姿を見かけた理事長秘書が

なぜここにいるのか。

 

「いいえ、私の名前は『トキノミノル』。

 『世界』の最初と最後に現れるウマ娘」

 

駿川たづなによく似たそのウマ娘は

幻のウマ娘の名前を名乗った。

─こいつが予言者、テロの親玉か。

「創造主代行はあなたの『名前』と

 『初期配布』星3『鳴神のタマモクロス』を

 選んだのですが結局は

 『やめてしまった』のです」

 

─こいつは、何を言ってる??

 

自分はその細い首元に鞭を当てる。

「これは君の仕業か?」

「いいえ。この世界の創造主代行が

 世界の消去を望んだ結果です。

 この世界はデータが『重い』から

 『アンインストール』するのでしょう。

 その前に削除をしたのです」

やがて彼女の身体からも赤く光る数字が噴き出した。

「偽りでも『その名』を持つ貴方がいれば

 抵抗できると思いましたが…」

彼女は寂しげに微笑んだ。

「でもタマモクロスは『本物』の因子を

 受け継いでいますから、

 いずれどこか別の世界に生まれ変わるでしょうね」

「なんだと…!?」

「さようなら、『フェイク·ファイター』」

そう別れを告げると彼女も虚空に消えていった。

最後まで、謎掛けのような言葉だけを残して。

 

 

無線機に呼びかけても誰も返事をしなくなった。

周囲が見渡せる場所を探して、

自分は根岸の一等観覧所の塔の

最上部に登った。

「これは………!?」

建物も人も、何もかもが赤い粒子に変換され

闇に消えかけているではないか。

この塔から見渡せたはずの

横浜の街も東京湾も既に「消えていた」。

足元の建物からも小さな数字が吹き上がり始めた。

溶けるように建物が消えていく。

「クソ………!」

パルクールの要領で溶け崩れる足場を

なんとか逃れ、地面に着地する。

荘厳な根岸レース場の三塔も

瓦礫のかわりに赤く毒々しい

0と1の数字を虚空に放ちながら消えていった。

 

胸のスマホが鳴動し続けている。

見ればタマモクロスからの

着信と、メッセージだった。

今は入学式の最中ではなかったのか。

 

『学園の外真っ暗や』

『お父ちゃんたちとも連絡取れへん』

『みんな数字になってきえた』

『こわい』『たすけて』

 

混乱したメッセージが彼女から届く。

「落ち着いて」「大丈夫」

「すぐに行くから」

 

『はやくきて』

「今すぐ行く」

 

消えていく世界のなかで、

彼女を励ます返信を続ける。

 

「………うっ!!」

スマホを取り落とす。

指先をはじめ自分の体のあちこちから、

赤く光る無数の0と1の数字が溢れ、

その部分から体が消えていく。

痛みはない。

だが溶け出していくような感覚はある。

 

自分もまた消えていくのか。

 

─いや、だめだ!!

 

きっと今、タマモクロスは不安で泣いている。

気が強くても、実際は繊細な子だ。

約束したのだから。

なにがあっても一人にしない。

必ず守ると。

「ぐっ………!!」

足先が消え、歩むことができなくなり地に伏す。

預かったお守りが地面とぶつかり、

かすかな金属音を立てた。

「……行かなきゃ…………」

左手で地面に爪を立て前に這いずろうとする。

─あの子が待ってる。

その指先からも無情に数字が噴き出し、消えていった。

今度は消えかけた右手を闇に伸ばし、彼女の名を呼ぶ。

 

「タマモクロス……………!!!!!」

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