連星のアクルクス ~星渡る稀人~   作:南天 ヤスカド

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誰そ彼時

「…………タマモクロス!!!!」

そう叫びながら伸ばした彼の右手は、

消えていなかった。

手の先には白い天井が見える。

 

──なんだ!?今の夢は……?

 

一人称視点の生々しい夢だった。

─だがあんな記憶は─「ない」。

 

「…!トレーナー!?

 ウチ、ここやで!トレーナー!!」

彼の右手をタマモクロスは

小さな両手で強く握りしめた。

 

「……タマモ……?どうしたの、その怪我!?」

意識が戻ったばかりというのに

彼は自分の身よりもタマモクロスの心配をした。

「…ようやく起きたか、トレーナー」

反対側の枕元にいたナリタブライアンは

珍しく、安堵のため息をついた。

「一応聞くが私たちがわかるか?

 どっちがどっちだ」

問うた側のウマ娘を見つめ、

「………ナリタブライアン」

反対側に目線を移し

「タマモクロス」

と、彼は2人の名前を正確に答えた。

 

「……えーと、ところで、俺は…」

彼は病室をきょろきょろと見渡した。

「雷に打たれて病院送りだ」

「………そうか………」

どうやら先ほどブライアンたちを

認識ができなかったのは

落雷を受けたことによる

一時的な記憶の混乱だったのだろう。

 

「どこか痛むか?気分は?」

「右足が痛いかな…

 頭もちょっとぼんやりする…」

「雷を食らったんだ。よく無事で済んだな。

 今、医者を………」

 

タマモクロスは、握っていた彼の手を離した。

 

 

「……あんた、誰や?」

 

「え?誰って…」

 

彼は戸惑うように視線を泳がせたあと、

助けを求めるようにブライアンを見る。

ブライアンはその顔を無理やり

タマモクロスの方に向きなおさせた。

「……ブライアン??今、首、ゴリっていったよ?」

「ほれ、どこからどう見ても

 この暑苦しく泥臭い顔、うちのトレーナーだろ」

「ひどいよブライアン…なんで俺起きがけに

 すごい悪口言われてるの…?」

「なにゆうてんねん、トレーナーはな、

 仕上がってるときは

 昭和の銀幕スタアみたいやで。

 仕上がってるときはな、高倉健さんや。

大事なことやから2回言うわ。」

「仕上がってないときは!?」

「昭和のパリーグで長打はないけど

 攻守でいぶし銀の活躍をする

 私服のダサい内野手ってとこやな」

「わけわからんけどとりあえず俺の顔は

 昭和と泥臭さから離れられないのはわかったよ…」

ショックだったのか顔を手で覆う。

「…こういうアンタらの阿呆なやり取りも

 いつもと変わらんように思えるんだが?」

 

「ちゃうねん…」

 

「違うって言われても…

 どうしちゃったの、タマモ」

苦笑いを浮かべながら

タマモクロスの頭をその無骨な手で撫でる。

これもトレーナーがタマモクロスの癇癪を

なだめるときにやる動作だ。

その手をタマモクロスは払う。

 

「…ありゃ、タマモに嫌われたかな………」

彼はしょぼん、とうなだれた。

 

─むっ…?

 

タマモクロスが否定し続けるせいか、

ブライアンもトレーナーに違和感を持ち始めた。

 

このパターンだといつもなら

なおもトレーナーが食い下がって

拗ねたタマモクロスが絆されるはずだ。

だが妙にあっさりとトレーナーは引いた。

 

─ささいなことではあるが…

 

 

「…ほらな」

 

タマモクロスは膝の上でぎゅっとこぶしを握り、

トレーナーの方を睨みつける。

 

「…トレーナーはうちのことタマって呼ぶねん。

 タマモ、とは呼ばへん」

 

「…!それは………」

トレーナーはあからさまにしまった、

という顔をしている。

 

「面倒くさい彼女かアンタは」

「そんならブライアンは急にトレーナーに

 『ブライアンちゃん』て

 呼ばれたらどないすんの?」

 

「絶対許さん」

 

「…ブライアンちゃん…」

 

言われたにも関わらずぼそりと呟く。

「いい度胸だ」

ブライアンの容赦ないアイアンクローが彼を襲う。

 

「痛い痛い、ブライアン、俺、怪我人!!」

 

このようにタマモクロスと

トレーナーの痴話喧嘩……いや、すれ違いと、

それに大概巻き込まれる

ブライアンがコントを繰り広げるのは

チームアクルクスの日常である。

 

「どう考えてもうちの通常運転だが?」

 

右手でアイアンクローを仕掛けたまま、

ブライアンは左手を腰に当て仁王立ちになると、

タマモクロスの疑念を一蹴した。

自分の中の疑念も含めて。

「ほんならトレーナー、約束覚えとるか?

 うちが卒業したら、

 必ずかなえてくれるっていうたやつ」

 

「えーと、えっと、…みんなで温泉行く!!」

「…なーんもしてへんわ約束なんて!」

「ちょっ…それずるいんじゃないの

 タマモ!…、いや、タマ!」

「もうええわ!」

 

丸椅子を蹴倒す勢いでタマモクロスは立ち上がる。

 

耐えきれなくなったのか、弾かれたように

タマモクロスは病室を飛び出して行った。

 

「タマ!待って!!…ぐっ…!」

 

咄嗟にベッドから降り、

タマモクロスを追いかけようとしたものの、

床に右足ををついた途端、彼は崩れ落ちた。

 

「おい、大丈夫か」

ブライアンが支えながらベッドに戻す。

「ブライアン、…タマが!」

 

タマモクロスを心配する

様子そのものに嘘はなさそうだ。

 

─だが………なんだこの違和感は。

 

「…やつのことはほっとけ。落ち着くまで。

アンタはとにかく寝てろ」

無理やり布団をかぶせた。

「で、でも……やっぱり行かないと…!」

 

─やはり食い下がったか。気の所為か…?

 

 

「うわっ」

「あっ…堪忍やで、ミラクル!」

廊下の先の方でタマモクロスたちの声がした。

ぶつかりそうになったのだろうか。

 

少し間をおいてケイエスミラクルが病室に入ってくる。

 

「…タマさん行っちゃったけど

 どうしちゃったんですか?…あ!」

 

ベッドの上でじたばたとかぶせられた布団を

引きはがそうとしているトレーナーが

やっとそこから顔を出し、彼女の方を見た。

 

「……ケイエスミラクル…………」

 

「……!トレーナーさん!

 目が覚めたんですね。よかった」

記憶喪失が一次的なものとわかり

ケイエスミラクルも安心したようだ。

「…うん」

「まだ寝てなきゃだめですって。

…なんだか、すごくつらそうな顔してますよ。

 無理しないでください。

 俺、先生呼んできますね!」

 

嬉しそうに再び病室を出ていく

ケイエスミラクルを見送るトレーナーのその顔を、

ブライアンはなぜか、

まともに見ることができなかった。

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