FEエンゲージ イルシオンの希望   作:あじさいファン

10 / 27
第5章-1:強奪(うば)え、風花の紋章士(エムブレム)・前編

──自分に、戦う力があったなら。

 

 そう思わずにはいられない。

 

 重い剣や槍を自在に振るえるだけの筋力があったなら、自分もオルテンシア様と共に戦場を歩めただろうに。

 

 あるいは、自分に魔道の才覚があったなら。せめて回復の杖一本でも使いこなせれば、傷ついた彼女の(かたわ)らで癒し手になれただろうに。

 

 しかし、ない袖は振れない。

 天は自分に、男らしからぬ美貌を与えた引き換えとして、戦闘に関わる一切の才能を剥奪したのだ。

 

 筋肉はどれほど鍛えてもつかず、魔道を操ろうとすれば不発に終わった挙句、数日は寝込む羽目になる。

 

 美貌など、いらなかった。

 そんなものより、彼女を直接守れる力が欲しかった。愛しい第二王女が惚れてくれたこの顔立ちさえ、今は狂おしいほどに忌々しい。

 

 だが、愛する者を守るために必要なのは、力だけではない。

 

 卓越した頭脳か? 何をも恐れぬ蛮勇か?

 否。それらも結局は「力」の一種だ。

 

 何も持たぬ者が誰かを守るためには、赤子すら利用する非情さが不可欠なのだ。

 

 だから、少年は利用することに決めた。

 自分が逆立ちしても持ち得なかった「戦うための力」を持つ者たちを。

 

 

*****

 

 

 ロサードとゴルドマリー。

 

 かつてオルテンシアの手紙に記されていた二人の人物像は、少年の想像通り──いや、実際に対面してみれば、そのアクの強さは想像の斜め上を行っていた。

 

 しかし、ハイアシンス王が戦力としてオルテンシアを学園から連れ戻した際、王の許可も得ずに随伴してきたというエピソードは、彼らの並々ならぬ情愛と、主従の枠を超えた忠誠心を物語っている。

 

(使える……)

 少年は冷徹に確信した。

 この二人ならば、文字通り命を賭してオルテンシア様を死守してくれるはずだ、と。

 

 これが初対面でなければ、茶を()み交わして親交を温めることもできただろう。殺伐としたこの現状が、恨めしくてならない。

 

 少年は、オルテンシアを含む三人にこう切り出した。

 

 四狗(しく)やソンブルが神竜から指輪を奪い取ったのは、世界に散らばる十二の指輪を「すべて」集めることが目的だろう。

 

 世界を滅ぼすほどの力を備えた邪竜が、そこまで指輪に執着する理由。

 

 それは、指輪を揃えれば「どんな願いも叶う」からではないか。

 

 ならば、逆にオルテンシア様たちが四狗(しく)や神竜を奇襲し、指輪を奪い取ることができれば、その奇跡を利用できるはずだ。

 

「──たとえば、亡きハイアシンス国王陛下を、蘇らせることも」

 

 その言葉に、三人は一様に驚愕の表情を浮かべた。

 

(素直に信じてくれて助かった……)

 この推論を、少年はあたかも確定事項のように語った。もし証拠を問われれば返答に(きゅう)しただろうが、今の彼らには疑う余裕などなかった。

 

「で、まずオレたちはアイビー様みたいに、四狗(アイツら)から指輪を盗めばいいわけー? へえ、カワイイ顔してる割に、カワイくないコト考えるじゃーん」

 

 ロサード。

 

 淡い水色の長髪には桃色の差し色が入り、頭頂部を猫耳のように愛らしく結い上げている。

 可憐なフリルスカートに無骨な鎧をミックスした独特の衣装を着こなし、どこからどう見ても少女にしか見えないが、これでもれっきとした男である。

 

 かつて学園で勉強もせず遊び歩いていたのをオルテンシアに「ダサい」と一喝された過去を持つ。

 複雑な思考を好まない彼だからこそ、この強引な仮説を押し通すことができた。

 

「そして次に、神竜様から指輪を奪うのですね……。わたしたちはオルテンシアの願いを叶えるために戦えばいいと……。あまりに察しが良すぎてすみません……」

 

 ゴルドマリー。

 

 明るい栗色の髪に白い羽のような髪飾りをあしらい、片側の束を胸元へ垂らして愛らしく結んでいる。

 おっとりとした垂れ目と黄色を基調とした華やかな装いだが、その出立ちは彼女自身の最大の武器である豊かな谷間と、女性らしい抜群のプロポーションをこれでもかと強調するように作られていた。

 

 そして、事あるごとに己の魅力を誇示する、自己肯定感の塊である。

 温泉地の宿の娘だという彼女がなぜここまで王女に心酔しているのかは不明だが、この手のタイプは「自分が活躍できる舞台」を整えてやるだけで、驚くほど忠実に動く。

 

「『彼氏くん』は大人しく可愛らしい子だと聞いていましたが……なかなか豪快な作戦を立てられますね。わたしの美貌ほど輝かしくはありませんが……」

 

「あのヴェイルとかいう子供にも一泡吹かせるチャンスだねー。どう、オルテンシア? オレは彼氏くんの話に乗ってもいいと思うけどー?」

 

 友人二人に挟まれ、オルテンシアは深く考え込んだ後、少年に向き直った。

 

「……どうして? 彼氏くんはお父様に恨みがあったはずよね。復活なんてされたら、困るんじゃないの?」

 

 憔悴(しょうすい)しきっていても、彼女の聡明さは失われていない。だが、その問いも想定内だ。

 

「オルテンシア様が望まれることが、僕にとっての最優先事項です」

 

 完全なる本音ではないが、完全なる嘘でもない。

 

 嫌だと言って、性暴力をもってまで彼女を留めようとした過去。それを持ち出されたら、「時間を置いて考えが変わった」とでも言って誤魔化すつもりだった。

 

「……とにかく、ハイアシンス陛下のために。オルテンシア様はイルシオン第二王女としての責務を果たしましょう」

 

──なんでもいい。神竜リュールと合流してくれれば。アイビー王女が側にいる以上、十中八九そうなるはずなんだ。

 

 そんな本音を、口にできるはずもなく。

 

 とにかくオルテンシアが余計な邪念を捨て、父親への愛によって盲目的に動いてくれればそれでいい。

 

──本当なら、四狗(しく)から指輪を奪うなどという危険な真似はやめさせたかった。

 だが、それ以外に彼女を神竜の元へ向かわせる大義名分が思いつかなかったのだ。

 

 ただ、もし成功すれば、四狗(しく)の戦力を削ぎ、神竜側を増強することにも繋がる。それが巡り巡って、邪竜を討ち果たす道になるかもしれない。

 

「……わかったわ」

 意を決したように、オルテンシアが表情を強張(こわば)らせた。

「彼氏くんの言う通りにする」

 

 

*****

 

 

 結論から言えば、持ち出せたのは紋章士ベレトが宿る『導き手の指輪』、ただ一つだけだった。

 

 指輪は玉座付近に集められていたが、当然ながら容易に触れられぬよう、一つひとつに強力な魔法の封印が施されていた。

 

 オルテンシアの魔力をもってしても解けぬその術を前に、ロサードは斧が砕けんばかりに打ち据え、ゴルドマリーも槍で何度も刺し貫くという、力任せの物理破壊を試みるしかなかった。

 

 なぜ、数ある指輪の中から最初にそれを選んだのか。

 

 それは、オルテンシアがデスタン大教会で父王から託され、実際にその力を振るったのがこの指輪だったと言うからだ。

 彼女がヴェイルの反撃によって意識を失っている間に、四狗(しく)によって抜き取られていたという。

 

 もし、この強奪作戦において「たった一つしか指輪を奪えない」という最悪の事態に陥ったなら。

 

 正体不明の強力な力を手に入れるより、彼女が一度でもその特性に触れ、使い勝手を熟知している『導き手の指輪』を最優先で確保すべきだ。

 

 オルテンシアが使用した経験がある、という意味で、もうひとつの選択肢『聖王女の指輪』は、アイビー王女の献身によって神竜の手に渡っているとのこと。故に選択の余地はない。

 

 手に馴染んだ武具こそが、極限の戦場において彼女の命を繋ぐ確かな鍵となる──そう確信した少年は、迷わずその一点へと手を伸ばしたのである。

 

 ただ……あまりに手間取りすぎた。その一つだけでも手に取れたことが奇跡だったと言うべきだろう。

 

 

 

「あらあら……妙な鼠が入り込んだかと思えば。おいたが過ぎますわね、オルテンシア王女殿下?」

 

 

 

 (さげす)むような笑みと共に現れたのは、『四狗(しく)』の筆頭、セピアだった。

 

(ここまで手こずるなんて……!)

 少年の額に、嫌な汗が伝う。多少の術式ならオルテンシアの魔力でどうにかなると高を括っていた、己の甘さが露呈した形だ。

 

 こうなっては、戦力外の自分が同行してしまったことが仇となる。他の指輪はもう諦めるしかない。

 

──最優先事項は、オルテンシア様の離脱だ。ここで彼女が捕まるようなことがあってはならない。

 

 少年が言葉にするまでもなく、二人の友人たちの胸中も同じだった。

 

「オルテンシア様、窓へ!」

 少年は叫びながら、最も近い窓へ向かって、万が一に備え、懐に忍ばせていた硬い石を正確に投じた。

 

 遠い記憶にある、子供時代の遊びで得た、硝子(ガラス)のどこを叩けば容易に砕けるかという経験が土壇場で蘇ってくる。

 王城の装飾硝子(ガラス)といえど、構造は同じであることに賭けたのだ。

 

 パリン、と甲高い音を立てて硝子(ガラス)が飛散した。

 

 少年は目で合図する。

 

──事前に打ち合わせていた通り、窓から飛び降りて指笛を鳴らしてください。

 

 だが、彼女は愛する少年の身を案じ、一瞬だけ躊躇(ちゅうちょ)した。

 

「で、でも、彼氏くん……!」

 

「いいから行けッ! 僕たちに構うな!」

 

 普段の敬語すら忘れた少年の気迫に()され、オルテンシアは息を乱しながら窓の外へと身を投げた。空中で鳴り響く鋭い指笛。

 

 どこからともなく飛来した愛騎のペガサスが、(あるじ)をその背に受け止め、上空へと舞い上がっていく。

 

「逃がすとでも?」

 

 セピアが冷酷に掌を向けた。魔力が一点に収束し、強力な雷魔法『トロン』が放たれる。

 直線状に伸びる破壊の光が、逃走する彼女の背を貫こうとした──。

 

 それよりも早く、ゴルドマリーが動いていた。

 彼女は手にした槍を避雷針代わりに突き出し、咄嗟に雷撃を受け止めたのだ。

 

 凄まじい衝撃が彼女の細い身体を突き抜け、苦悶の声が漏れる。

 だが、致命傷は免れた。

 

「ちっ……」

「ふふふ……機転が利いて気立てのいい女で、すみませ、ん……っ」

 

 セピアの舌打ちに、ゴルドマリーは挑発的な言葉を返した。

 しかし、握りしめた槍の穂先は、電撃の後遺症と強者を前にした本能的な恐怖で、激しく震えていた。

 

 少年もまた、恐怖で足が竦みそうだった。まさに蛇に睨まれた蛙。セピアの指先一つで、この玉座の間ごと消し飛ばされそうなほどの威圧感が充満している。

 

「おばさん、一人で来たのー? オレたちも舐められたものだなー」

「あらあら、威勢がいいこと。斧を持つ手が震えていましてよ?」

 

 ロサードの精一杯の煽りにも、セピアは眉一つ動かさない。

 ただ、ゴミを見るような冷徹な眼差しで、こちらを値踏みしてくる。

 

(これが、本物の強者の余裕なのか……)

 

 オルテンシアから聞いた話によると、セピアは人間ではなく、千年以上も生きている魔竜族らしい。

 銀髪から生やす立派な角は装飾などではなく、自前のものだったということだ。

 

 人ならざる威圧感と、魔道の才を持たぬ身でも伝わってくる異様な魔力反応が克明に告げる。その情報が紛れもなく事実であるのだと。

 

 逃げ出したい衝動を必死に抑え込み、少年は思考を加速させる。

 

 全員が、ここを無事に脱出する方法。

 セピアが次の一撃を放つより前に、その細い糸を見つけ出し、実行に移さなければならない。

 

(……なんて無理難題だ)

 戦場の軍師たちは、日常的にこんな極限状態を切り抜けているのだろうか。

 

 自分には到底無理だ、と少年は痛感した。

 

 友人を「利用できる駒」と考えていたはずの自分が、今、彼らの傷にこれほどの自己嫌悪を覚えている時点で、冷徹な軍師には不適格なのだ。

 

「王城に忍び込み、国宝を盗んだ罪人がどのような目に遭うか……知らないわけではありませんわよねぇ?」

 

 その答えを突きつけるかのように、セピアの手元で再び、凶悪な雷のエネルギーが渦巻き始めた。

 

 全身を走る戦慄。あの一撃が放たれれば、今度こそ無事では済まない。

 

 考えろ。泥を(すす)ってでも生き残るための、唯一の道筋を。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。