FEエンゲージ イルシオンの希望   作:あじさいファン

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第6章はその6まで。ここから1章ごとが長くなっていきます。

感想や評価ありがとうございます! めちゃくちゃ執筆の励みになってます。

ストックは現時点で80話付近のトコまであるため、数ヶ月先まで予約投稿済。需要の有無など知らぬとばかりに勢いで書いてますが、反応があるというのは非常に嬉しいものですね。いっぱい感想ください!


第6章-1:妖精の村へ・その1

 ロビュスト砦は、アイビーやオルテンシアの祖父──ハイアシンスの前王が健在だった頃には、すでに打ち捨てられていたという古い砦であった。

 

 元を正せば、ブロディアとの小競り合いが泥沼化し、イルシオンが敗色濃厚となった際に国境警備隊が撤退、あるいは籠城できるよう作られたものだ。

 

 しかし、ブロディアがこの砦まで攻め込んでくることは歴史上なく、長らく権力の象徴としてただ置かれているだけの代物だった。

 

 空き家となった砦は賊の隠れ家になることが多く、その度に自警団や国境警備隊が駆り出され、近隣住民を不安にさせていた。

 

 いっそ壊してしまえばいいのだが、莫大な解体費用を惜しんだ王家はそれをしなかったという。

 

 一時期は、近隣住民たちが総出で管理し、いざという時の避難場所にしようと手入れを試みたこともあったようだが──それも昔の話。

 

 今ではすっかり朽ち果てていた。

 

 時折、一晩だけ泊まっていく旅人が礼代わりに軽く掃き掃除をする程度で、内部はだいぶ埃が溜まっており、虫も這っている。

 

 無論、先の神竜の軍勢との戦闘でも使われた形跡は皆無だった。

 

 だが、二百人弱を匿う仮の拠点としては十分すぎる。

 

 すっかり深夜。

 山上にあるイルシオン王城よりは気候が厳しくないとはいえ、怪我人や老人には(こた)える寒さだろう。

 止んでいた雪が、またわずかにちらつき始めていた。

 

 少年は、もしこの砦に異形兵が住み着いていれば完全に破綻する、と不安を抱きながらも、今は(すが)る以外に道はなかった。

 

 万が一、化け物の巣窟になっていたら、抗うだけ抗って、ダメならみんなで仲良く死のう──そんな物騒な覚悟を胸に、重騎士を先頭にして砦の中へと突入したのだ。

 

 ……その誓いを真っ向から否定するように、ただ一人、例の侯爵だけが喚き散らしていたが、それは全員が無視。

 

「外で寝てろクズ」

 誰にも聞こえないような声で天馬兵がぼそりと呟いたくらいか。

 もちろん、誰の耳にもそれは届いていない。

 

──異形兵はいない。賊らしきものがたむろっている様子もない。

 

 先行した重騎士からの報告に、集団の誰もが胸を撫でおろした。

 

 ただ。

 先客は、いたようだ。

 

 

 

「おや! こんなにいっぱいお客さんとは珍しい! 劇団の人たちかな!?」

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 どこかの王子がお忍びで旅をしているのかと思わせるような美しい金髪に、透き通る翡翠の瞳。

 

 元気のある侍従たちや町の女性たちが、思わず顔を赤らめて溜息をつくほどの美男子だった。

 

 壁、そして古びたシャンデリアには数々の蝋燭(ろうそく)。そして、壁際には、彼が勝手に使っているのだろう木製の机があり、銀色の竪琴が置かれている。先程まで手入れをしていたようだった。

 

 その私物が指し示す通り、彼は自らを「旅の吟遊詩人」だと名乗った。

 

 曲作りの構想を練るために数日前からここに滞在しているのだと、悪びれもせず無許可であることを公言した。

 

 説明の合間に仰々しく跳ねまわったり、女性を口説いたり、鼻歌混じりで話したりと、とにかく落ち着きがない。

 

 特に、女性への口説きに関してはもはや伝説級だった。

 年齢も身分も伴侶の有無も一切関係なく、手当たり次第に求婚し始めたのだ。

 

 見目麗しい妙齢の子爵令嬢や次期侍従長、青髪の天馬兵から始まり、怪我を負っている恰幅のいい同僚の侍従にまで愛を語り始め、女性侍従たちは全員一様に口説かれた。

 

 その魔の手はだいぶ年配者である老騎士の奥方にまで伸び、顔を真っ赤にする妻の隣で、歴戦の老騎士がただ苦笑いするしかないという一幕も。

 

 だが、幼い双子の姉妹にまで愛を語らい始めようとしたところで、次期侍従長と子爵令嬢の容赦ない鉄拳が同時に顔面にクリーンヒットし、彼はしばらく床で目を回す羽目になった。

 

「黙ってれば王子様みたいでかっこいいのに……」

 

 女性陣の誰かが、心底呆れたようにそう呟いた。

 一部始終を見ていた少年も、というかその場に居た全員が、心の底から同意した。

 

 ……しかし、彼はただのふざけた男ではなかった。

 冗談の合間に、いくつか重要な情報をもたらしてくれたのだ。

 

 まず、近隣の村からは数日前から完全に人が消えていること。

 

 異形兵に襲われたのかと赤髪や緑髪の兵士が顔を強張らせたが、死体は見つからず、家屋の食糧もほとんど持ち出されていたらしい。

 

 国境付近は何故か異形兵の被害が少ないそうで、そちらへ集団で逃げたのではないか、と彼は推測していた。

 

 それを聞いた少年は、国境も有り得るが、備蓄のある学園へ避難したのかもと当たりをつける。

 

 次に、砦の付近には異形兵らしきものが全くうろついていないこと。

 だからこそ安全に創作活動に専念できたのだと、彼は笑って伝えてくれた。

 

 おそらく、周辺に襲うべき人間がまったくいないから、異形兵も寄り付かないのだろうと少年は考えた。

 

 そして最後に。

 

 彼が勝手に空っぽの村々から拝借してきた食糧や水が少々ある。持ち去られなかった残りを全て取ってきたと悪びれもなく言っていた。

 

 しかし、二百人をまかなうには到底足りない。

 

 結局のところ、「安全な寝床」は確保できたものの、「食糧難」という根本的な問題は、何一つ解決していなかった。

 

 少年自身は、数日飲まず食わずでも耐えられる自信がある。

 

 復讐者として牙を研いでいた放浪者時代、小麦粉と水だけで一週間を食い繋いだ経験があるからだ。

 反動が大きすぎて二度とやるべきではないと痛感したが、いざとなれば生き延びる術は知っている。

 

 しかし──避難民の中にはすでに空腹を訴える者が出始めている。

 セピアたちによる城下町と港町襲撃は、昼食の前後に起こっているのだ。

 ここにいる大半が、昼も夜も食事を摂っていない。極限の緊張から解放された今、空腹は最も切実な問題として彼らにのしかかっていた。

 

 水はどうにかなる。

 少し歩けば川があるし、雪解け水を沸かして飲むという選択肢もある。

 しかし、栄養のある食物を摂らねば、老人や子供から順に倒れていくだろう。

 

「川魚はどうだ」

 誰かが問うた。だが、追手がいつ現れてもおかしくない現状で、凍える川で悠長に魚釣りなどしていられるはずもない。

 

「僕が獣を狩ります」

 猟師上がりの弓使いが手を挙げたが、それも不確定要素だ。

 

 付近に都合の良い森があるわけでもなく、少人数で散開しての狩猟は、異形兵と接触するリスクが高すぎる。

 

 何より、獣にせよ魚にせよ、二百人弱の胃袋を満たす獲物を調達するという点で、どの案も現実味がなかった。数人分なら良かったのだが。

 

 

「──そんなわけで! きみたちに残された選択肢は『三つ』ということになるね!」

 

 

 先程まで気絶していたはずの吟遊詩人がいきなり跳ね起き、何事もなかったかのようにその場をぴょんぴょんと飛び跳ね始めた。

 

 目障りだからやめなさい、と子爵令嬢が鋭い睨みを利かせると、彼は「結婚してくれたらやめるよ!」と言って満面の笑みで顔を近づけてきた。

 

 当然のごとく──子爵令嬢の容赦ない足払いが炸裂する。

 思い切りすっ転んだ吟遊詩人は、床の上で派手に泣き真似を始めた。

 

「うえーんうえーん! 気を取り直して一個目! 何も考えず、ここに滞在! 異形兵、世界からいなくなるといいね! その間、ボクと蜜月な関係になろう! 男の人でも大歓迎だぞっ☆」

 

 論外である。

 

 確かに目的地である学園までの道のりは遠い。

 かつてオルテンシアが馬車で向かった際、途中で馬の入れ替えを行ったにもかかわらず、ほぼ休みなしで一日半かかったと少年は記憶している。

 この大所帯の徒歩となれば、やはり十日以上はかかる計算だ。

 

 だからといって、この砦にずっと滞在するのも危険すぎる。

 異形兵の脅威は去っていないし、暖房設備が貧弱なため、食事以前に凍死者が出る。

 

「んじゃー、二個目! もはや今生に救いはありません! 潔く、その命をもって罪をあがなうのです! ってヤツ! 死は救い!」

 

 これも論外。

 やけに芝居がかっていたが誰の台詞なんだそれは。

 

「じゃあ、三個目だ。近隣の村以外の場所から二百人分の食糧を調達するしかないねえ。学園まで無事に辿り着くための、優秀な護衛も、もっと欲しいところだ」

 

「そんな都合のいいものが手に入るなら、誰も苦労しないよ」

 突飛な提案に、緑髪の兵士がやれやれと肩を竦める。

 

 そのとき、吟遊詩人は演劇の主役のように身振り手振りを交えながら、まくし立てた。

 

「いいや、ひとつだけ心当たりがあるんだ。ただし確実とは言えない。彼らはあまり外部と接触しようとしないからね。行ってみて、冷たく断られるかもしれない。そもそも、そこまで行くのにも徒歩なら一日がかりだ。かといって、馬やペガサスは使えない。入り組んだ深い森の奥に彼らは住んでいるからだ。往復で二日。確実性のない交渉……苦労は山盛りだ」

 

 そして。

 先程までのふざけた態度が嘘のように急に真面目な顔つきになると、彼は低く落ち着いた声で告げた。

 

「しかし、今のきみたちに他の選択肢はないはずだ。隊の多くはこの砦に二日滞在し、わずかな食糧で耐え忍ぶ。そして、選ばれた少数精鋭がその地へ向かう。ここの防衛を残す以上、大人数で行くことは出来ない。異形兵の脅威と隣り合わせの、決死行となる」

 

「……一体、どこを頼れと言うんですか」

 

「『妖精の村』だ」

 

 ずいっと少年の目の前まで顔を近づけ、わざと勿体ぶった言い回しに苛立つ彼に対し、吟遊詩人はフッ、と涼やかな笑顔を向けた。

 

 彼が言うには、ロビュスト砦から東へ大きく外れた山間の森を抜け、『神秘の湖』と呼ばれる場所の傍に、その村はひっそりと存在しているのだという。

 

 王城に近い港や城下町に比べれば、戦火から離れている分、異形兵の脅威に晒されている可能性は低いらしい。

 

 そこには、儚げで中性的な男女が暮らしており、歳を重ねても美しい容貌が変わらないという不思議な特性を持つ一族なのだそうだ。

 

 そして、彼らの多くは高度な魔道や武術の心得を持ち、高い戦闘能力を有しているということらしい。

 

 妖精の村。

 少年はその単語に聞き覚えがあった。

 

 第一王女アイビーの「気まぐれ」によって王城へ入り、侍従としての仕事を始めたばかりの頃。同僚からこんなことを言われたのだ。

 

 

『あなたって、妖精の村の出身だったりしない? あの村の出身者って、大体あなたみたいな感じの雰囲気なのだけれど』

 

 

 当時は何かの冗談かと思っていたが、実在するのか──と少年は驚いた。

 

「その『妖精の村』に行って、協力を仰ぐってわけ? 確かに成功すれば心強そうだけど……」

 

「そう、わかるよライラちゃん。きみの考えてることはよーくわかる。素直にご飯をわけてくれないかもしれない、そう思うんだろ? 二百人もいるようじゃあね。あ、それやめようか」

 

 いちいち顔を近づけてくる吟遊詩人の態度に腹を据えかねた子爵令嬢が、拾った槍の切っ先を彼の鼻先に突きつけていた。

 

 吟遊詩人は「ひぃっ」と青ざめてブルブル震えるようなしぐさを見せたが、その実、翡翠の瞳の奥には欠片ほどの怯えも灯っていないことを、少年はすぐに見抜いていた。

 

「さて。美しい少年。きみこそが、この隊の中心──ブレーンなのだろう?」

 

 少年はハッと目を見開いた。

 王城を出てからこの瞬間まで、自分が軍師じみた役割を担っていることを、誰もはっきりと言葉にはしていなかったからだ。

 ふざけてはいるが、恐ろしく優れた洞察力。

 

「あなたは、一体……」

「ただの吟遊詩人☆ 愛しのハーレム作りたい!」

 

 底抜けの笑顔でピースサインを作る男。

 

 少なくとも只者ではないということだけは確かだが、ふざけた言動のせいで、その本心は厚い煙に巻かれたままだった。

 

「言い出しっぺだからね。妖精の村を頼るということであれば、ボクも同行しよう。見目麗しい女の子が──じゃなくて、おいしいご飯はボクも欲しいところだからね」

 

 一瞬、(よこしま)な本音が漏れたことに女性陣の視線は冷ややかだったが、吟遊詩人にとってそれはご褒美でしかなかった。

 

 クネクネと身をよじって悩ましげな声を上げる彼に、天馬兵が「きめえ」と、誰にも聞こえない声でわずかに本性を覗かせた。

 

「足手まといではないか?」

 無骨な重騎士が、ダイレクトにそんな言葉をぶつける。

 

「ヒドいなー! ボクちゃん、傷ついちゃうぞ? 足手まといじゃないモン! 最強の戦力だモン!」

 子供のように口を尖らせた後、彼は両手を仰々しく広げてみせた。

 

「ボクを疑ったアーマー君には、特別に! 吟遊詩人にして大魔道士ゼラ様の素敵なショーをお披露目しよう!」

 その手と手の間に、炎、風、雷──三つの魔力エネルギーが凄まじい勢いで集まっていく。

 

「なっ!?」

 それを見ていた救護班の老人が、思わず驚愕の声を上げた。

 

 三属性の同時操作。それは、この魔道国家イルシオンの王族ですら到底不可能な、神業とも呼べる絶技だったからだ。

 

「魔道士だったのか!?」

 赤髪の兵士も目を見張る。

 

「だ・い・ま・ど・う・し、だって言ってるでしょーが!!」

 集めた膨大な魔力エネルギーを、吟遊詩人は高い天井に向かって打ち上げた。

 

 三属性が融合した破格の威力を、彼は敢えて相殺して『ゼロ』にすることで、「光」の要素だけを鮮やかに抽出してみせた。

 

 蝋燭の微かな灯りしかなかった暗い砦の中が、昼間のようにまばゆい光に包まれる。

 

「わあ……っ♡」

 アイビー直属の侍従である双子の姉妹が、目を輝かせて感動の声を漏らしていた。

 

 少年も含め、その場にいた全員が美しくも恐ろしい魔道制御の冴えに目を奪われる。

 

「……ってワケでね! 暖に関しては気にしなくていいよ。丸一日は消えない炎を置いていってあげよう。ボクもこれで暖を取っていたわけだし」

 指先からぼうっと、温かな火を噴き出して見せる吟遊詩人。

 

 食糧があるとはいえ、一人でどうやってこの極寒の深夜の砦を生き抜いていたのか疑問だったが、その圧倒的な実力を見せつけられれば誰もが納得せざるを得なかった。

 

「さあ、どうするブレーンの美少年。……いや、どうするなんて聞き方は良くないね。選択肢、ないんだろう? きみの目が如実に告げている。『全員を生き延びさせたい』ってね。であるならば、食糧が不安なまま何日も歩き続けるより、二日かけた博打に臨む方がいいはずだ」

 

 ……彼の言う通りだった。

 

 最も安全で確実な策など、もはやどこにも存在しない。

 

 ならば、ここまでの戦いがそうであったように、か細い蜘蛛の糸を手繰るような道であっても、それに手を伸ばすしかないのだ。

 

 少年は、吟遊詩人の「三つ目の案」に乗ることを決断した。

 

 妖精の村へ向かう。

 

 そのために、戦闘員のうち誰をこの砦の防衛に残し、誰を危険な森へと連れていくか──。




CV子安
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