FEエンゲージ イルシオンの希望   作:あじさいファン

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第6章-3:妖精の村へ・その3

「あれ? ここは……」

 

 ……先程まで、極寒のロビュスト砦で寝ていたはずだった。

 だが気がつけば、少年はイルシオン王城の侍従宿舎へと戻っていた。

 

 城で起きた惨劇がまるで嘘だったかのように、いつもと変わらぬ宿舎の光景が広がっている。

 異形兵に無残に殺されたはずの同僚たちが、皆平然とした顔で仕事に向かう態勢を整えていたのだ。

 

「何をぼーっとしているのです。アイビー殿下が貴方を呼んでいるのに。仕事を舐めていますか?」

 

 無理難題を押し付けてばかりくる、意地悪な先輩。

 次期侍従長が「(かかと)落としを受けて即死した」と言っていたのに、目の前でピンピンしている。

 

「戦地から帰ってきたんだよ。邪竜ソンブルを倒したんだってさ」

 

 そう声をかけてきた、そばかすの同僚。

 異形兵と化して暴れ回り、侍従仲間や城兵を惨殺し、最後には花嫁修行中の子爵令嬢に槍で貫かれ、その歩みを止められたはずの彼女が。

 

 いや、それよりも。

 

──邪竜ソンブルを倒した? それは本当だろうか。

 

 それが事実ならば、愛するオルテンシアと無事に再会できるはずだ。

 しかし、アイビーに呼び出されているというのは一体……?

 

 聞けば、アイビーの私室へ単独で赴くようにとのことだった。

 

 少年は(もっぱ)らオルテンシアの世話をする侍従だ。

 第一王女であるアイビーの部屋に足を踏み入れたことがないわけではないが、その回数は極端に少ない。

 

 恐る恐る、彼女の部屋へと向かう。

 

 全体的な色合いを薄い紫で染められた、機能的だがどこか華やかな部屋。

 愛する第二王女がピンクを基調に着飾っている部屋と比べると、随分と落ち着いた空間だ。

 

「……いらっしゃい。あの子の彼氏くん」

 

 アイビーは天蓋ベッドの縁に力なく腰掛けていた。

 どこか酷く寂しげな空気を漂わせている。

 

 声に覇気がなく、心配だった。

 自分が何か致命的な失態を犯してしまったのではと不安になる。

 

 まさか……かつて王族殺しを謀ろうとした過去を完全に暴かれ、密かにこの場で処刑するために呼ばれたのだろうか。

 この状況なら、あり得ない話ではない。

 

「……あの、アイビー王女殿下……?」

 

 少年が不安げに名を呼ぶ。

 

 しばらく反応はなかった。

 

 長い沈黙の後……アイビーが突然、小さな嗚咽(おえつ)を漏らし始めた。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい! 私、私……!」

 

 何が何だか分からなかった。

 

 いや、敢えて理解を拒んでいたのだ。

 気高き第一王女が大粒の涙を流して謝罪する理由と、この異常な状況。

 

 聡明な少年が、その結末を察せないわけがなかった。

 

 そして、その最悪の予感は……正しかった。

 

 

 

「あの子が……オルテンシアが、死んだの。私を、庇って……」

 

 

 

 邪竜ソンブルが最終決戦で呼び出した、『闇の紋章士』を携える異形兵の攻撃はあまりにも苛烈だったという。

 

 神竜の軍勢による総力戦でも五分、あるいは神竜側の方が不利な状況。

 しかし、皆諦めずに戦い抜いたのだ。

 

 オルテンシアは戦場ではペガサスを駆り、魔法攻撃の(かたわ)ら、主に杖でのサポートに徹していたらしい。

 

 アイビーもまた飛竜に(またが)り杖を使うが、妹よりも苛烈な魔法攻撃に徹することが多かった。

 

 しかし、その最終局面において。

 アイビーは火炎魔法の上級である『ボルガノン』の狙いを外し、致命的な隙を晒してしまったのである。

 

 窮地に追い込まれたアイビーを、オルテンシアが咄嗟に庇ってしまった。

 絶対に当たってはいけない強烈な攻撃を、彼女の細い身体がまともに受けてしまったのだ。

 

 オルテンシアを撃った異形兵については、戦列を共にしていたブロディアの第一王子と第二王子がすかさず猛攻をかけ、直後に撃破してくれたという。

 

 しかし、オルテンシアが負った傷は致命傷だった。

 

『悔しいわね……元のイルシオンを……もう一度……この目で、見たかっ……』

『だめ……オルテンシア、だめよ! 回復してあげるから、ほら、じっとしてなさい! 貴方の帰りを待つ者がいるでしょう!?』

 

 必死に回復の杖をあてがうアイビー。

 戦いの最中だが、他の仲間たちも血相を変えて駆け寄ってくる。

 

 臣下のロサードとゴルドマリーは、(あるじ)の惨状にただオロオロと泣き崩れるしかできなかった。

 

 オルテンシアと心を通じ合わせたフィレネ王女セリーヌが、青ざめた顔で力の限り杖を振るった。

 

 いつもは不真面目なソルムの神官パンドロも、死なせまいと歯を食いしばりながらリカバーの杖に己の全魔力を注ぎ込んだ。

 

 紋章士ミカヤを相棒とする、自称謎の流れ者ユナカも迷いなくエンゲージを行い、自らの命を削って周囲を全回復させる『大いなる癒しの手』を行使した。

 

 だが。

 

 

『えへへ……お姉様……あたしね、悔しさでいっぱいだけど……それでも、幸せ……だったわ。あたしの代わりに……彼氏くんを……お願……い、ね』

 

 

 最高峰の治癒の力も虚しく。

 わずかに延命したのみで、彼女はアイビーの腕の中で静かに息を引き取ったのだ。

 

 そこから先、彼らがどう戦ったかは分からない。

 気がつけば邪竜ソンブルは討ち滅ぼされ、長い戦いは終わっていた。

 

 しかし、戦いが終わっても、死んだ者は二度と帰らない。

 

 失意の底に沈んだアイビーは、臣下のカゲツとゼルコバに抱えられながら、ついさっき王城へと帰還したのだそうだ。

 

 オルテンシアの最期の言葉は、愛する恋人を姉に託す内容だった。

 アイビーは妹の遺志を継ごうと決意し、すぐさま少年をこの部屋に呼びつけたのだ。

 

 

 

「……そん、な」

 

 すべてを聞かされて、少年は呆然とするしかなかった。

 

「何かの、間違い、です……よ、ね」

 

 身体に力が入らない。そのまま床にへたり込む。

 

「オルテンシア様が……亡くなられた?」

 

 彼女を最後に見たのは、紋章士ベレトの指輪を奪い、城から彼女を逃がしたあの日だ。

 あの時、自分が指輪を奪う作戦など立てなければ、彼女は戦地に赴くこともなく、死なずに済んだのではないか。

 

「嘘だ」

 

 彼女には未来があった。

 戦争が終わったらまた学園に行き、修める前に終わってしまった最上級クラスを、再履修して立派に卒業するはずだったのだ。

 

「嘘だ……!」

 

 彼氏くん、と呼んでくれた甘ったるいあの声。

 もう二度と、聞けないというのか。

 

『彼氏くん、大好き』

 情事の度に、耳元で言ってくれた愛の囁き。

 もう二度と、その温もりを堪能することができないのか。

 

 

「神竜様や第一王女様がついておきながら、一体何やってんだよッ!!」

 

 

 少年は泣き叫びながら立ち上がり、アイビーに食らいついてその胸ぐらを掴んだ。

 

 ただの八つ当たりであることは、理性では痛いほど分かっている。

 

 オルテンシアが庇わなければ、死んでいたのはアイビーの方だ。

 オルテンシアではなくお前が死んでいれば良かったのだと告げるような真似は、あまりに酷すぎる。

 

 分かってはいたが、絶望の衝動を抑えきれなかった。

 

「……ごめん、なさい……げほっ、彼氏くん、ごめ……」

「僕は! あなたの! 彼氏じゃないッ!」

 

 そう怒鳴りつけ、アイビーをベッドの方へ強く突き飛ばした。

 

 アイビーは苦しそうに息を整えながら、シーツに伏せて声を上げて泣き崩れた。

 

「そうよ! 私が死ねば良かったんだわ! あんないい子が、どうして死ななきゃいけなかったの! あの子じゃなくて、私が! 私が……!」

 

「……ッ! ごめんなさい、アイビー殿下! 違うんです、そんなつもりじゃ……ないんです……」

 

 子供のように泣きじゃくるアイビーの姿に、少年は己の醜い行いを激しく恥じ、彼女の震える身体を強く抱きしめた。

 

 アイビーは少年の暴挙を咎めはせず、(すが)り付くようにその腕の中で理解を示した。

 

「いいの……。分かっているわ、貴方が抱えている辛さは、きっと、私と同じ……ううん、私よりも、ずっと大きなもの……」

 

「だからって、殿下を責めるなど大間違いです。僕はなんてことを……! 不敬罪で始末して……」

 

「するわけないじゃない! 貴方は、あの子が世界で一番大切にしていた男の子でしょう!?」

 

 少年もアイビーも、今はまともな思考など欠片も回っていなかった。

 

 とめどなく涙が溢れる。身が引き裂かれそうなほどの痛みが、二人を縛り付けていた。

 

 少年とアイビーは互いを抱き締め合いながら、大切なオルテンシアの死を悼み、日が暮れるまで泣き続けた。

 

 

 日が落ち切る直前。

 気持ちは沈んだままだが、泣き疲れた二人は落ち着きを取り戻していた。

 

「あの子とは……どこまで進んでいたの」

「……それは、どういう」

「誤魔化さなくてもいいわ。だいぶしていたのでしょう。その……え、エッチな……こと」

 

 淑女であるアイビーから恥ずかしそうに口にされると、こちらも妙な意識をしてしまうものだが。

 

 少年には今はそんな余裕がなさすぎて、「はあ……まあ……」という空虚な返事をするのが精一杯だった。

 

「私……任されたの。彼氏くんをお願い、って」

 アイビーは少年を自身の傍に近寄るよう指示し、そっと抱き寄せた。

 

 オルテンシアの甘い香りとは違う、ほのかな花の香りが少年の鼻の奥をくすぐってくる。

 

「あの子の代わりになど……なれるはずもない。でも、あなたが嫌じゃなければ……その。なんと言えばいいのか……」

 

「アイビー殿下」

 

「……ごめんなさい、忘れて頂戴」

 自らの口走った言葉を恥じたのか、手を離そうとしてくるアイビー。

 

 しかし、少年はアイビーの細い身体を、ぎゅっと抱き締め返した。

 

 自分でも何を考えているか分からない。

 だが、今目の前にいる彼女と、この痛みを分かち合い続けたいと無意識に願ってしまったのだ。

 

「殿下こそ、いいんですか。僕なんかで……」

「っ……そんなこと、聞かないで……お願いだから……」

 

 その表情には、妹に対する凄まじいまでの申し訳なさが色濃く滲み出ていた。

 

 彼女は、あまりにも真面目なのだ。死んだ者にすら、己の身を削って報い続けようとする。

 

 これからイルシオンの女王となるであろう彼女の、一時的な心の杖になれればそれでいい。

 

 最終的に、彼女が身分相応の男と結ばれ子を成すことになるのだとしても、その日が来るまでは、自分が。

 

 これは、投げやりになってしまっているのだろうか。

 オルテンシアという世界の全てを喪失した痛みが、二人を狂気へと踏み込ませてしまったのか。

 

 もう、何も分からなくなっていた。

 

 事実としてあるのは、互いの傷を舐め合うように、二人が服を脱いだということだけだ。

 

 

*****

 

 

「っ……はあっ!」

 

 ……そんな最悪の悪夢から、酷い動悸と共に目を覚ました。

 薄暗い砦の天井。まだソンブルの脅威は去っていない。

 

 妖精の村との交渉すらうまくいくか分からぬ、そんな追い詰められた状況の真っただ中だ。

 

 しかし、今の夢よりは全然ましだ。

 少年は、さっきのがただの夢であったことに心底安堵し、冷や汗を拭った。

 

──それにしても、またアイビー殿下との夢か。

 

 二日続けて彼女を性愛の対象とする夢を見るとは、自分は本当にオルテンシアへの愛が薄れているのだろうか?

 

 死んだ侍従たちが皆平然と生きていたあたり、自分の「失われた日常への願望」が夢として現れた可能性がある。

 

 だとしたら、そんなに自分は第一王女を抱きたいという無意識の願望があるのだろうか。

 

(なんなんだ本当に……誠に申し訳ありません、オルテンシア様)

 

 たとえこの場にいようと、自分の頭の中を覗けるわけでもない彼女に向けて、少年は必死に心の中で謝罪した。

 

 いつもなら、彼女の無事をしばらく祈り続けるところだが、妖精の村へはここから過酷な徒歩だ。寝ておかなければ、明日の交渉に差し支えが出る。

 

 少年は先程見た罪悪感まみれの夢のことなど全て忘れようと、毛布を被って強引に二度寝へと落ちていった。

 




夢での情事についてはR-18版について詳細を記載しています。

今月はここまで。来月も水・金・日で予約投稿済。
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