FEエンゲージ イルシオンの希望   作:あじさいファン

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第6章-6:妖精の村へ・その6

「……妖精の村の方々が王家を快く思っておられないのは、理解できます。しかし、我々にも後がないのです」

 

 救護班の老人は物腰穏やかに、男装の麗人に向かって語りかけた。

 

 イルシオン王家が、何故妖精の村の民にこれほど毛嫌いされているのか。

 彼はその深い因縁をよく知っている様子だった。

 

「お願いします。せめて話だけでも聞いていただけませんかな」

「……なんと言われようと、我々は貴様らに干渉する気はない。と言いたいところだが……」

 

 男装の麗人はそう言って、少年と、薄緑髪の弓使いを交互に見つめた。

 

 無垢で必死な子供たち。

 彼らにまで憎しみを向けるのは筋違いだとでも言うように、彼女は毒気を抜かれた様子で、はあ、と深くため息をついた。

 

「気が変わった。いいだろう、村長に会わせてやってもいい」

「え……いいんですか?」

 

 あっさりとした心変わりに、弓使いが驚いて目を丸くする。

 

「おれには貴様らの要求を呑んでやれる権利もないが、独断で跳ね除けられる権利もない。全ては村長様次第だ。だが、勘違いはするなよ。村長様も外部との接触は好んでおられない。行ってみてダメでも、責任は持ってやれんからな」

 

 そう吐き捨てると、男装の麗人は地面に伸びている吟遊詩人を、つま先で容赦なく蹴り飛ばして叩き起こした。

 

「おい、起きろ、たらし。貴様なんかここに放置して行ってもいいんだが、そうするとそこの子どもたちが悲しむだろう?」

 

 言われるが早いか、吟遊詩人はバネ仕掛けのようにいきなり跳ね起きた。

 気絶など最初からしていなかったのではないか。そう疑いたくなるほどの、見事な変わり身である。

 

「えっ、結婚してくれるって!?」

「……そこの女。もう一回殴っていいぞ。今度は二度と起き上がれんようにな」

 

 男装の麗人の冷酷な許可が下りる。

 子爵令嬢は無言で槍を振り上げたが、少年に必死に泣きつかれ、渋々といった様子で手を下ろした。

 

 

*****

 

 

 男装の麗人が先導すると、分岐路に施された術式は性質を変えた。

 端的に言えば、「どの道を選んでも正解になる」状態へと切り替わったのだ。

 森を抜けた先の湖に向かって、ただ直進すればいいだけの道程になる。

 

 これは外敵──特に、イルシオン王家の関係者や兵士を跳ね除けるための強力な結界なのだという。

 その恩恵で、これまで異形兵すら一度も迷い込んできたことはないそうだ。

 

「もう少し歩けば、湖畔が見えてくる」

 そう語る男装の麗人の横顔には、どこか憂いが帯びていた。

 

「最近は、忌まわしき歴史を忘れ、外部へ旅立ってしまう者が多くてな。無理もない、イルシオン王家との確執も大昔の話だからな。いいんだか悪いんだか……」

 

 話を聞く限り、妖精の村の派閥は大きく二つに分かれているという。

 

 外との交流を増やすべきだと主張する若者たちと、過去の因縁を忘れず村を閉ざすべきだと考える保守派。

 男装の麗人も後者に属している。

 

 長年の話し合いの末に出た折衷案が、「出たければ出ろ。ただし外部の人間は基本的に招き入れるな」というものだった。

 

 それでも完全な拒絶をするのは村の寿命を縮めるという現村長の判断により、どうしても事情のある旅人は、監視つきという条件での来訪を許可しているという。この恩恵にあやかった者は限りなく少ないのだとか。

 

 若者たちが村を出た結果、妖精の村の住人の特殊な体質は、イルシオンのみならず他三カ国にも「知る人ぞ知る」噂として広まることとなった。

 

 ある一定の年齢から、どれだけ暴飲暴食をしても、徹夜をしても体型が変わらず、肌荒れすらしない。

 そして皆一様に、中性的で儚げな容姿をしているという特徴だ。

 

 放浪時代が長かったはずの少年だが、実はそれらは全て初耳だった。

 かつて王城で、同僚の口から「妖精の村」という単語を耳にしたことがある程度だ。

 

「すごい体質なんですね」

「すごい、か。少年、貴様はどう思うんだ? 我々について」

「どう、というのは──」

「率直に答えろ」

 

 答えの内容によっては、村との交渉に決定的な亀裂が入ってしまうかもしれない。

 そんな凄みすら感じながらも、少年は怯まず、率直な意見を述べてみせた。

 

「ただの個性……だと思いますけど。でも、大変そうですよね。それって、どれだけ鍛えても筋肉が全くつかないってことじゃないですか」

 

 少年自身も、どれだけ過酷な環境に置かれても筋肉がつかない。

 彼が妖精の村の出身ではないかと一部で疑われてしまうのも、この容姿と体質ゆえだろう。

 しかし、少年の出身は間違いなくイルシオンとブロディアの国境沿いにある寒村だった。

 

 復讐心に塗りつぶされていたせいで母親の顔すらよく覚えていない。

 もしかしたら母が妖精の村の出身だったという可能性もゼロではないが、今となっては確かめようがない。

 

 ただ、なんとなく……とても美しく、優しい人だったような気がする。

 

「……気味悪いとは、思わんのか」

 

 その微かな声色で、少年は男装の麗人の質問の真意を理解した。

 多くの外部の人間が、その不変の性質を「気味悪がる」ということなのだろう。

 

 聞けば、外界へ旅立ったものの、その手の中傷に傷ついて村へ逃げ帰ってくる若者も少なからずいるとのことだった。

 

「気味悪いなんて思いませんね。でも、羨ましいとも思えないです。自分も、一向に(たくま)しくならないこの体型を嘆くことが多いので」

「そうか。そういう考え方もあるのだな」

 

 少年の飾らない答えに、男装の麗人は少しだけ毒気を抜かれたように感心した様子を見せた。

 

 こうなると、ますます気になってくるのはイルシオン王家との関係だ。

 特殊な体質を持つ民族が、何故イルシオン王家だけを名指しで毛嫌いするのか。

 

 少年だって先王ハイアシンスを憎み、復讐を誓った時期はあるが、それは「村を焼かれ、居場所を奪われた」という明確な事実があったからだ。

 しかし、今の会話から推察するに、妖精の村の住人たちが物理的に住処を奪われたわけではなさそうだった。

 

 少年の疑問に、男装の麗人は答えにくそうに視線を逸らした。

 そこへ、「私が語ってもよろしいかな」と静かに名乗りを上げた者がいた。救護班の老人である。

 

「……止める権利はない。話すなら話せ。間もなく着くから手短にな」

「では……」

 

 

 

 

 

 長年続く、西の隣国ブロディアとイルシオンの小競り合い。それはハイアシンス前王の時代よりも、さらに遥か昔から続いているという。

 

 救護班の老人がまだ子どもだった頃には、既に国境での争いは日常茶飯事であったそうだ。

 

 老人が生まれるより前の、ある代のイルシオン王がこのようなことを提唱した。

 

 人間は老い、衰える。

 それは全人類共通の理であり、憎きブロディアとて例外ではない。

 

 しかし、この世界には特例が存在する。

 

 そう、()()だ。

 

 竜族は長命であり、見た目も戦闘能力も劣化しないどころか、長く生きれば生きるほどその能力は研ぎ澄まされていくとされている。

 この完璧な種族を、魔道国家であるイルシオンの叡智を集め、人工的に生成することは出来ないだろうか。

 完成した暁には対ブロディアの戦力とすれば国の守りは盤石なものとなるだろう……と。

 

 こうして莫大な資産が投じられ、「人工竜族」の生成計画が始まったのだという。

 

 実験の被検体として有志を募り、直接魔力を注入していく。

 有志といっても、大半は死罪にならぬ程度の犯罪者や、身寄りのない孤児といった、実質的に拒否権を持たない者たちばかりであった。

 

 肝心の王族や貴族連中は、技術が完全に確立されてから不老長寿の恩恵にあやかろうと目論んでいたため、当然ながら初期の実験体に自ら志願するはずもなかった。

 

 やがて、極めて高い戦闘能力を持ち、見た目の変わらぬ者たちが確かに完成した。

 彼らが子を為すことで、後世への遺伝も確認される。

 

 しかし、そこには致命的な欠陥がいくつも潜んでいた。

 

 まずその戦闘能力だが、ある地点で完全に頭打ちとなってしまうのだ。

 

 多くの実戦経験を積み、効率的な武器の振るい方や死なぬための立ち回り術を身につけても、肉体に筋肉がつくわけではないため、未来を見据えた伸び代はひどく薄かった。

 

 そして最悪なのはここからだ。

 彼らは、決して()()()()()()()()()のである。

 

 通常の老化というものは、目に見えて肉体が衰えていくため、「いつ死ぬのか」という死期がある程度予測できる。

 それが、この種族の場合、老衰の兆候が外見に一切現れず、限界を迎えたある日、唐突に死に至るのだ。

 

 研究を重ねた結果、成長が固定化される体質になったとしても、寿命そのものが延びるわけではないという事実が判明した。

 

 この時点で、彼らは「人工竜族」にはなり得ない。ただ見た目が変わらないだけの、普通の人間なのだ。

 

 それどころか、全員に当てはまるわけではないらしいのだが、普通の人間に比べて短命になる傾向すらあった。

 直接魔力を注入されたことによる重篤な後遺症が、子々孫々にまで呪いのように受け継がれてしまっていたのだ。

 

 自分たちの失敗に気づいた王と、結託していた貴族連中は、あろうことか被検体への補填や謝罪を一切行わなかった。

 挙句、『邪竜信仰の国にあって、神竜の加護を得た不浄の化け物』『ブロディアからの刺客』などとあらぬ罪をでっち上げ、彼らをまとめて断罪し、処分しようと図ったのだ。

 

 しかし、彼らもただ黙って殺される種族ではなかった。

 

 魔力注入によって限界まで戦闘能力を高められていた彼らは、一個師団をほぼ無傷で壊滅させるほどの凄まじい力を発揮し、反旗を翻して王家を破滅の淵へと追いやったのである。

 

 そのときのイルシオン王子は、父王の悪辣な所業を何も知らされていなかった。

 だが、事の顛末と彼らの深い怒りを知ると、王子は容赦なく父王の首を()ね、ふざけた悪評を吹聴して回った貴族たちをも徹底的に断罪し、自ら彼らの前へ(ひざまず)いて謝罪した。

 

 自らの首すら差し出さんばかりの覚悟を見せた王子に、激昂していた彼らもさすがに毒気を抜かれた。

 

 しかし和解の絶対条件として、『今後誰からの干渉も受けぬ穏やかな土地を寄越すこと』、そして『彼らの名誉回復に、王子の人生の全てを費やすこと』を約束させた。

 

 結果として、前者はこの飛行生物すら来訪しにくい深い森の奥、湖畔の地に村を営むことで納得した。

 

 そして後者は、現代においてその忌まわしい歴史の真実を「知る者がほとんどいない」こと。

 知っていたとしても救護班の老人のように「イルシオン王家の闇にして罪」として正しく認知していることが、約束が果たされた何よりの証左であった。

 

 また、「妖精」という美しくも儚い名称を与えたのも、そのときの王子だったそうだ。

 

 ……王家による禁忌の魔道実験の犠牲者。そして、その末裔。

 それが、「妖精の村」の住人の正体である。

 

 

 

 

 

 少年は、老人の話を聞いていて腹の底から静かな怒りが湧いてくるのを感じた。

 歴史から何も学んでいない。やっていることは、その時代と全く同じではないか、と。

 

 そう、都合の悪い存在を「神竜の加護」などと結びつけて断罪する、その卑劣な手口だ。

 

 愚王ハイアシンスは、少年の故郷の村を「神竜信仰をしているから」という理由で焼き払った。

 しかし少年の故郷は、邪竜も神竜も崇めてなどおらず、貶めるなどもってのほかで、ただ自由な気風が流れるだけの平和な村だった。

 

 何か王家にとって都合の悪いことが起きれば、強引に宗教の対立にすり替えて断罪する。

 そんな腐敗した体質だからこそ、長年ブロディアが邪竜信仰を咎め、大義名分を得て戦いを仕掛けてくるのではないか。そう思えてならなかった。

 

「……忘れられるほど、遠い過去の話だ。当然、今の村に生き証人など一人もいない」

 男装の麗人は、ひどく険しい表情で呟いた。

「しかし、その痛みは脈々と受け継がれている。いや、受け継がねばならんのだ。王族は悪だ。いつ、全てを覆して我々の村を焼き払うかわからん。この警戒心を失えば、必ず痛い目を見る。外部に憧れる若者たちは、その真の恐ろしさを理解していない」

 

 彼女の抱く恐怖と警戒心は、少年にも痛いほどよくわかった。

 

 イルシオン王族は、平気で裏切る。

 民に対して優しい顔をしながら税の返礼品を届けたその数年後に、悪魔のような冷酷な顔で村を焼き払うのだから。

 

 だが。

 今生き残っている王族は、アイビーとオルテンシアだ。

 あの二人が、神竜の軍勢に(くみ)し、イルシオンの正規兵とすら刃を交えるあの二人が、この村を焼き払うなど絶対にあり得ない。

 

 彼女たちこそが、かつて妖精たちの名誉を守るために血を流したという、気高き王子と同じ側に立つ人間のはずなのだ。

 

 しかし、今ここでそれを訴えたところで、彼らにとってはただの感情論に過ぎないと少年も理解していた。

 少年は喉まで出かかった言葉を静かに飲み込み、反論するのをやめた。

 

 

「……さあ、着いたぞ」

 

 

 視界が開け、森を抜けた先に、辺り一面の緑と、目を見張るほど美しい湖畔が広がっていた。

 

 真昼の日差しに照らされ、水面が宝石のように輝いている。

 

 一年の大半を雪に閉ざされる常冬の国イルシオンにあって、そこは信じられないほど一面の緑に覆われていた。

 

──結界の力によるもの、だろうか。

 

 爽やかな風が頬を撫で、どこからか甘く優しい草花の匂いが立ち込めている。

 湖を挟んで、向こう岸には木造の可愛らしい家々が何軒も立ち並んでいた。

 

 妖精の村。

 

 その名に一切の偽りはなく、過酷な雪国から一転、まるで童話の異世界に迷い込んだかのようだった。

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