FEエンゲージ イルシオンの希望   作:あじさいファン

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第7章は7まで。どんどん長くなっていく。


第7章-1:異形竜との戦い・その1

「申し訳ありませんが、そちらの要求を呑むことは出来ません」

 

 予想はしていた。

 しかし、実際に()ねつけられると、目の前が真っ暗になるほどの絶望しかなかった。

 

 

 

 ……森を抜けた少年たちは、湖畔の村へ到着して間もなく、男装の麗人によって村長の家へと案内された。

 

 吟遊詩人を指して、またあいつが来たのかという呆れ声や、少年たち四人の新顔に対する警戒の視線で村中は一時騒然となったが、男装の麗人が「敵ではない。必要以上に騒ぎ立てるな」と一喝してくれたおかげで、事は荒立たずに済んだ。

 

 通された邸宅で出迎えてくれた村長は、村の最年長だというが、到底そうは見えなかった。

 少年より少し年上くらいに見えるほどの、若々しさと美しさを保っていたのだ。

 

 道中ですれ違った村人も、この家で働く使用人たちも、皆一様に若く、中性的で儚げな空気感を漂わせていた。

 目の前にいる村長も、女性のような優美な容姿をしているが実は男性であり、実年齢は救護班の老人に近いのだという。

 

 村長は「外部を拒絶している」という村の掟が嘘であるかのように、少年たちを手厚くもてなしてくれた。

 長旅は大変だっただろうと労い、温かい紅茶と甘い焼き菓子まで用意してくれたのだ。

 

 交流は極力避けているが、それでも結界を乗り越え、決死の覚悟でやってきた者たちを無下にしたくはないのだと、彼は穏やかに語った。

 そして、男装の麗人が多人数を招き入れた以上、それ相応のっぴきならない事情があるのだろうとも察していた。

 

 少年は自分たちの身の上を、余すことなく訴えた。

 

 先王ハイアシンスが崩御した後、四狗(しく)という者たちが国を牛耳っていること。

 彼らが国民を異形兵へと変貌させたこと。王城に仕える仲間も犠牲となったこと。

 王城にはもはや安全な場所などなく、命からがら逃げ出した二百人弱の避難民が、西のロビュスト砦で飢えと寒さに耐えながら待機していること。

 そして、吟遊詩人から妖精の村の存在を聞き、食糧と加勢を求めてここまで足を運んだのだということ。

 

 村長は全てを聞き終えるまで、静かな相槌以外、一切口を挟まなかった。

 だが、深く考え込んだ後に吐き出された言葉は──冷酷なまでの拒絶だった。

 

「イルシオンの民が滅亡の淵に追いやられていようとも、我々には関係のないことです。かつての歴史のツケが回った、ただそれだけのこと。二百人だろうと二千人だろうと、我々が手助けする道理はありません」

 

「そんな……。あの歴史は、あくまで当時のイルシオン王家による身勝手な悪行ではないのですか」

 薄緑髪の弓使いが、悲痛な声で食い下がる。

 

 道中、救護班の老人の口から「妖精の村の悲惨な成り立ち」と「王家からの迫害の歴史」を聞かされていた彼らだが、それでも引き下がるわけにはいかなかった。

 

 しかし、村長は口元に柔らかな微笑を(たた)えたまま、決して意見を曲げようとはしなかった。

 

「多くの民が、王家と王侯貴族の戯言を真と受け取り、我々を化け物と(さげす)んだのです。その結果、長きにわたり過酷な迫害を受けた。今、その歴史を知らぬ無垢な若者がいるのは、確かにかつての王子の功績でしょう。……しかし、愚かな王家が崩壊したわけではない。我々を異端と祭り上げた愚者どもの血族が、今も尚、大手を振って生きているという事実に、迫害された者の子孫である我々は怒りを禁じ得ないのです。全ては自業自得。彼らには、凍土の中で静かに息絶えていただくしかありません」

 

「……ちょっと。黙って聞いていれば、さっきからなんなの」

 

 それまで村長の静かな怒りを受け止めていた子爵令嬢が、もう耐えられないとばかりに椅子を蹴って立ち上がった。

 

 少年も彼女と同じ意見だった。

 しかし、ここで暴れられては決定的な亀裂が入る。慌てて彼女を止めようとしたが、子爵令嬢の怒りは収まらなかった。

 

「いつの時代の話をしているのよ! 確かに、自分たちの都合のいい存在を作ろうとして、失敗したから貴方たちを迫害した……当時のイルシオン王家がやったことは、絶対に許されないことよ! でも、今、砦で震えながら苦しんでいる皆が、それをやったとでも言うの!? そっちの言い分だって、かつての王家と何も変わらないわ! 自分たちの平穏のために、無関係な他人を切り捨てようとしている意味ではね!」

 

 子爵令嬢の激昂を聞いて、村長の背後に控えていた薄赤髪の使用人が顔色を変えた。

 ふんわりとしたスカートを穿いた中性的な容姿のその使用人は、棚に飾られていた護身用の剣を抜き放ち、殺気を放って子爵令嬢へと歩み寄ろうとする。

 

 しかし、村長の表情は涼しげなままで、手で軽く彼を制した。

 

「アザレア。落ち着きなさい」

「しかし村長! 槍の者、あまりにも酷い侮辱ですわ! 聞いていられません!」

「いいから。落ち着きなさい、ね?」

 

 淡々と諭され、薄赤髪の使用人は不本意そうに唇を噛みながらも、剣を鞘に収めた。

 

「どういう教育をしているの。正論を突きつけられたら武力で解決? 貴方たちが忌み嫌った、野蛮なイルシオン王家と全く同じじゃない」

「ラ、ライラさん。どうかそこまでにしておきましょう」

 

 救護班の老人が、なおも怒りをぶつけ続ける子爵令嬢を必死に抑え込む。

 村長は、少しだけ悲しそうに目線を下に落とした後、再び貼り付けたような微笑を浮かべて少年たちに向き直った。

 

「……嫌な思いをさせてしまいましたね。しかし、私以上に外界へ苛烈な恨みを抱く者も、この村には多いのです。避難民の皆様への支援を独断で決めれば、村が割れる。申し訳ありませんが、どうかお引き取りください。私に出来ることは、何もありません」

 

 ……交渉は決裂した。

 この絶望的な結果を、凍えながら待つ砦の皆に持ち帰れというのだろうか。どんな顔をして会えばいいのか。

 

 少年は深い失意を抱えたまま、一行と共に村長の家を後にした。

 

 

*****

 

 

「……何が妖精よ! 自分が見てきたわけでもない歴史に囚われているだけの、頭の古い連中じゃない!」

 

 村の中心部から少し離れた湖畔の公園に、少年たちは足を踏み入れていた。

 腰をかけるベンチも多く設置されているが、昼時だからか村人の姿はなかった。

 

 それ故に子爵令嬢は湖に向かって怒鳴り散らしているわけだが、万が一聞かれたらまずいと少年と薄緑髪の弓使いが必死に(なだ)めても、彼女の怒りはなかなか収まらない。

 

「やはり、ボクが村のみんなと仲良く結婚するのが一番だねえ。そうすれば、愛の力で過去の因縁なんて軽く乗り越えられるはずだ。そうは思わないかな、ライラちゃーん?」

「……もっと手軽な方法があるわ。ここの連中を今から()()()にするのよ。片っ端から食糧をかき集めれば、二百人が十日生き延びるなんて余裕のはずだわ」

 

 吟遊詩人の不謹慎な冗談に、ツッコミを入れる余裕すらないのだろう。

 

 子爵令嬢は確かに、冷静な顔の下に感情的なきらいを秘めてはいるが、ここまで暴力的な主張をするのは珍しかった。

 ろくに休息もとれず、空腹状態にあるからというのも理由かもしれない。

 

「……あ、あの、ごめんなさい、アデルファさん。ライラさんも本気で言っているわけではないと思います……」

 

 男装の麗人は、一行の監視を続けていた。「万が一にも襲撃なんぞされては敵わんから、村を抜け出るまでは離れられん」と言って。

 今まさに、その襲撃の算段を立てるような物騒な話題が目の前でなされていたが、彼女は怒るどころか、悲しそうに俯くばかりだった。

 

「いや。いいんだ。わかっている。こちらこそ、すまない。実はおれも予想外だったのだ。優しい村長様なんだよ。二百人全員は無理でも、少しは食糧を分ける話にもっていくかと期待していたんだ。それが、あそこまでハッキリと拒絶なされるとは──」

 

 いくら歴史の因縁があるとはいえ、目の前で餓死しようとしている若者や子供を見捨てる決定に、彼女自身も強い罪悪感を抱いているようだった。

 

「おや。おやおや。アデルファちゃんったら優しいねえ。『行ってみてダメでも、責任は持ってやれんからな』なんて勇ましく言ってたくせにい。これはもう、ボクとアデルファちゃんで結婚して、そのついでに食糧をコッソリもらっちゃおうぐべぁっ!

 

 真面目な話に水を差してくる吟遊詩人を、男装の麗人は無言でその顔面に拳を叩き込むことで黙らせた。

 目を回して転倒する彼に、救護班の老人が「杖の無駄遣いをしたくない」とぼやきながらも癒やしの光を向ける。

 

「わかっているのだ。我々がこの特殊な血ゆえに子を苦しめるとわかっていながらも命を繋ぎ、怒りを受け継いでいくのは、イルシオン王家の罪が歴史の闇に埋もれないようにするためだ。村長様は『怒りを忘れないまま伝えていく』という重い役割を一手に引き受けておられる。しかし、無垢な子どもを見ても尚、凍土の中で息絶えろとは……」

 

 男装の麗人は弓使いを一瞥(いちべつ)し、複雑そうな表情を浮かべた。

 

「子ども相手にも容赦なくなれるほどに、過去の因縁は根深いものということですね」

「そうだな。おれもそう教えられて育ってきたから、王家を憎むこと自体は同じ気持ちなのだが……」

 

 弓使いが項垂れながら言う言葉に、男装の麗人は重い溜息をついて返した。

 そして、悲しげな目線を少年に向ける。

 

「すまん、少年。力になってやれそうにはない」

「いえ……アデルファさんが、ここに連れてきてくれただけでも嬉しかったです」

 

 それにしても、ここからどうしたものか。

 

 何の成果も得られなかったと皆が知れば、絶望のあまり自ら死を選んでしまう者も出かねない。

 それほどまでに、今のロビュスト砦は切羽詰まっている。

 

 帰る頃には、吟遊詩人の魔法の炎が消えている。

 自分たちが帰れば一瞬だけ皆の心に火が灯るが、報告を聞いてまた地獄に突き落とされる。

 そんな最悪の光景がまざまざと思い浮かんだ。

 

「……美少年のことだ。諦めるつもりはないのだろう?」

 起き上がった吟遊詩人が顔を上げ、珍しく真面目な顔で言った。

 

「ええ。何か方法はないかと、思考を巡らせています。ですが──」

 

 何も思い浮かばない。

 過去の因縁という壁があまりにも高すぎるのだ。

 

 もし過去に戻ることが出来て、この因縁さえ取り払えれば協力を取り付けられるかもしれないが。

 いや、そんな奇跡が起こせるのなら、そもそもセピアの暴虐を先んじて止めるだけでいいはずだ。

 

 堂々巡りの思考に陥る少年に、不意に男装の麗人が言った。

 

「おい、たらし。そう言えば何故、貴様が彼らの支援をしてやらないのだ?」

 

「……どういうこと?」

 その言葉の意味を理解できなかった子爵令嬢が、湖畔へ向けていた怒りを引っ込め、振り返った。

 

「そんな気はしていたが……貴様。仲間に正体を教えてやっていないのか?」

「正体? 教えたよ。伝説の大魔道士! 麗しき吟遊詩人! ゼラ様だってね!!」

 

 悪びれもなくぴょんぴょんと跳ねながら言う吟遊詩人の姿に、男装の麗人は心底呆れたように深々と溜息をついた。

 

 すると、後ろから声が掛かった。

 

「あれー、ジェラニウムさん。また来てたのー? みんなからアレだけ嫌われてるのに、懲りないね。よかったらまたうちで食べていくー?」

 

 振り返ると、薄水色の髪をした、少年とも少女ともつかない中性的な村人が立っていた。

 だが、その物腰にはどこか柔らかな包容力がある。

 

 その人物は、吟遊詩人を指してはっきりと『ジェラニウム』と呼んだ。

 

「ジェラ、ニウ、ム……?」

 その名前に、子爵令嬢は聞き覚えがあった。脳内で、散らばっていた記憶のピースがカチリとはまる感覚。

 

「あ、あなた!? どこかで見たことがあると思ったら! クレマチス辺境伯の息子じゃない!」

「そう……ジェラニウム=フォン=クレマチス。それが、そのたらしの正体だ」

 

 男装の麗人は冷やかな目で吟遊詩人を一瞥(いちべつ)する。

 当の吟遊詩人は、正体を暴かれたというのに両手でピースサインを作り、楽しげにそこら辺を飛び回っているのだった。

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