FEエンゲージ イルシオンの希望   作:あじさいファン

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第7章-2:異形竜との戦い・その2

 薄水色の髪をした中性的な人物は、一児の父であるとのことだった。

 

 家に招かれると、これまた透き通るような雰囲気の女性が優しく出迎えてくれて、見ず知らずの少年たちにも豪勢な料理を振る舞ってくれた。

 

 砦に残す者達に申し訳なさを覚えた少年であったが、子爵令嬢が「今、貴方が食事をして怒るような輩なんかいないわ。……あ、一人だけいたような気もするけど」と言ってくれたため、気にせずお腹を満たせたのだった。

 

 ……余計なものを思い出しかけたので、記憶を封印することにする。

 

 夫婦は、外部の者と積極的に接触をするべきだと唱える派閥であった。

 だからこそ、吟遊詩人が何度も結界を抜けてやってくるたびに気にかけ、こうして食事を振る舞ってあげていたのだそうだ。

 

「お二人の食事を砦で振る舞えば、みんな元気になりますよ」

 と、薄緑髪の弓使いが、夫婦に砦へついてきて欲しいと懇願した。

 

 事情を全て聞かされた夫婦は、「協力してあげたいけれど」と言いながら浮かない顔をした。

 

「オレたちの料理、自分()で作ってるから上手く出来るっていうかさー。砦だっけ、多分料理設備ないでしょ? それじゃあ流石に、行って作ってあげるのは無理だねー」

「パンを焼いてあげることは出来るけどねえ。二百人分ともなると……流石に時間が足りないねえ」

 

 確かに、魔法の炎が消えるという時間制限が明確に決まっている以上、この夫婦の二人だけで二百人分を作らせるのは無理がある。

 

 村長の意思が固くとも、せめて村の中で他にも協力者を募れれば良いのだが。

 全ての家が、わずかに食材を恵んでくれるだけでも大助かりなのに。

 

「オレたちが他の家に協力を取り付けるのも無理かなー。昔、息子を外に出すって話になったときに、許可なしでやっちゃったもんだから、保守派に目をつけられちゃっててさー」

「あなた。アデルファがいるんですよ」

 

 この場には、保守派の一員である男装の麗人も随伴している。

 大人しく同席している辺り、この夫婦への個人的で強い嫌悪感はないようだが、保守派の掟を破ったという事実には思うところがあるようだった。

 

「……貴様らの他愛無い発言の一々など、わざわざ村長様には言わん」

「そう? ならいいけどねえ。はああ……わたし、後悔してるんですよ。あの子のワガママを通さなかったら良かったかもってねえ」

「もー、それは言わない約束だったじゃないかー。ロサードの道はロサードが決めるべきなんだよー。保守派に縛られたままじゃダメだって、キミも納得していたでしょ?」

 

 どこの家庭にも、複雑な事情があるものなのだな、と少年は思った。

 

 見るからに閉鎖的な村だ。若者が外へ飛び出したくなるのはわからなくもない。

 しかし、村長達が外を恐れる理由もまた、痛いほど理解は出来るのだ。

 

 かつてのようないわれなき迫害がなくなったとしても、偏見そのものがなくなったわけではないのだから。

 

 

──ん、待て。

 

 

 今、この夫婦はなんと言っただろうか。

 

 

 ロサード?

 

 

 その名前に、少年は強い心当たりがあった。

 

 第二王女オルテンシアの、大切な友人であり直属の臣下。

 自らを讃えながら溜め息を吐く癖のあるゴルドマリーの、明るく頼もしい相棒。

 

 先月、玉座の間で、紋章士ベレトの指輪を奪う際、相棒と共に物理的に結界を破壊してくれて。

 ほどなく現れた四狗(しく)セピアに対し、斧を両手に不敵に煽り続けた。

 

 つい三日前も、玉座の間に邪竜がいることを少年にいち早く教えてくれた。

 そして今は船の上で、命懸けの『紋章士の指輪簒奪作戦』を実行しようとしているはずの。

 

 

──あの、ロサード?

 

 

 言われてみれば確かに、特に父親の方と見た目が似ている気がした。

 薄い水色の髪も、整った中性的な顔立ちも、なんなら語尾を伸ばすあの喋り方まで。

 

「ロサードって……。あの、王立イルシオン学園に通っておられる?」

 恐る恐る尋ねた少年の言葉に、夫婦は目を丸くした。

 

「まさかキミ、ロサードの友達!?」

「あらやだ! あの子、元気にしているなら手紙くらいくれればいいのに!」

 

 ……それを聞いて、少年は全てを理解した。

 この夫婦は、息子が今も尚、学園に通っていると信じて疑っていないのだ。

 

 実態は、つい数ヶ月前、休学してまで友人のオルテンシアの為にハイアシンス王の意向を無視して死地へ赴いており、今も尚、戦争に駆り出されているというのに。

 

 二重の意味で、言えるわけがない。

 

 大事な息子が死と隣り合わせの過酷な戦場にいるだなんて。

 

 そして──彼が命を懸けているのが、この村が心の底から忌み嫌う『イルシオン王族』のためだなんて。

 

「もしかしてー、キミも学園の子なのかなー? まだ若いし、ロサードの後輩ってやつー?」

 

 王城の侍従であると名乗っていなかったことが、ここでは幸いした。

 父親の方は、少年を学園の生徒だと勘違いしてくれているようだった。

 

「あら……? でも、異形兵というのから逃げてるんだよねえ? ロサードはどうしているの?」

 

──まずい。これは、咄嗟に誤魔化す文句が思いつかない。

 

 言い淀む少年に助け舟を出したのは、それまで出された食事に夢中になっていた吟遊詩人だった。

 

「今は学期の替わり目だからね。知ってるかな、麗しき奥さん? 大半の学園は、前期と後期で分かれているんだよ。この美少年は、帰省の最中に化け物の襲撃に遭ってね。でも、ロサード君については知らないなあ。ロビュスト砦に逃げ込んだ二百人の中にはいなかったよ。せっかくの長期休暇だし、別の国へ旅行にでも行ってるんじゃないかな?」

 

 よくもまあ、ここまで淀みなく口から出まかせを言えるものだと、少年は内心で舌を巻いた。

 

 砦にいないというのは事実だ。事実と嘘を違和感なく織り交ぜるのが、実に上手い男である。

 そして、当たらずとも遠からずでもあった。

 今頃、ロサードはフィレネに向かっているはずだ。

 

 無事に指輪を奪還できれば、オルテンシアと合流するためにソルムへ逃げ延びるだろう。

 外国にいる、という点においてだけは間違いないのだ。

 

 夫婦は「なるほど」と納得し、すっかり安心した様子だった。

 疑うということを知らない素直さは、息子のロサードにもしっかり受け継がれているな、と少年は密かに思った。

 

 ……吟遊詩人の言葉に夫婦がすっかり納得して安堵し、場が落ち着きを取り戻す一方で、子爵令嬢は別の問題に限界を迎えていた。

 

「いい加減、はぐらかさないで教えてちょうだい。貴方のお父様なら、二百人分の食糧も護衛の戦力も出してくれそうなものなのに。何故、掛け合おうとしてくれないのかしら」

 

 いつまでもふざけた態度を崩さない吟遊詩人に、彼女は痺れを切らしていたのだ。

 

 道中でもそのことについて問い詰めたが、やれ『結婚してくれたら教えよう』だの『ボクのハーレムに入ってくれないと聞ける権利はない』だのと、全く話にならなかったのである。

 

「あの……すみません」

 薄緑髪の弓使いが、少年の袖を申し訳なさそうに引っ張りながら小声で尋ねた。

「無学で申し訳ないんですけど……辺境伯というのは、子爵様よりも偉いんですか? 辺境っていうくらいだから、田舎の地主みたいな人っていうイメージなんですけど……」

 

 確かに、貴族社会に馴染みのない市井の民は、その字面から「辺境=田舎の貴族」と誤認している者も少なくない。

 

 少年も、かつての放浪生活でそうした誤解を何度も耳にしてきた。

 しかし、少年自身は王族に仕える身。

 貴族の身分制度については熟知している。

 

 弓使いにも分かりやすいよう、端的に事実を伝えた。

 

 辺境伯とは、他国と接する国境沿いの防衛と統治を王家から直接任された、極めて重要な立場であること。

 伯爵の称号でありながら、特権を有するため実質的な権力は全ての伯爵より上位に当たり、場合によっては公爵にすら匹敵すること。

 国家の生命線を預かる大領主であり、強大な武力と権限を与えられている。

 田舎貴族、などという(あなど)りは到底通用しない存在なのだと。

 

「……ロビュスト砦の近隣住民の姿が見えなかった時、僕は彼らが学園に逃げ込んだのではと推理しました。ですが……本当は、あなたが彼らを辺境伯の領地へ逃がしたんじゃないですか? ゼラさ……いえ、ジェラニウムさん」

「んんー、やだやだ! ボクはゼラなんだい! そんな長ったらしい名前じゃないんだい!」

「そこまで誤魔化すというのなら……わかりましたよ。あなたの領地は、僕たちを助ける気はないんですね」

 

 はあ、と少年は深い溜め息を吐いた。

 そろそろ本心を隠され続けることにも慣れてきたかと思ったが、真剣に聞いているのにはぐらかされるのは、やはりどうしようもなく腹が立つ。

 

 もし自分に弓の心得があれば、今すぐこの男の腹を目掛けて一矢報いているだろう。

 そう思うほどに苛立ちが募っていた。

 

 

「……正解だ」

 

 

 少年の危険な思考を読み取ったのか、不意に、吟遊詩人は一際低いトーンで返答した。

 

 その声にも、見開かれた翡翠の瞳の奥にも、凍てつくような冷気が(まと)われている感覚を少年は覚えた。

 

 これまでにも何度か、彼の中に似たような底知れなさを見たことはあったが、ここまで露骨な殺気──あるいは絶対零度の拒絶を向けられたのは初めてだった。

 

 

「ボクの父に──クレマチス辺境伯に。イルシオン王家と、その威光にすがる城下や港の人間を助ける気は、まるでない」

 

 

 いつも彼は、心にもない求婚の台詞と、子どもじみた軽薄な所作で自らの本心を(けむ)に巻いている。

 

 だからこそ、ふとその(まと)う空気が変わった瞬間。

 周囲は、否が応でも思い知らされるのだ。

 

 今のその冷酷な宣告こそが、彼の奥底で渦巻く感情の正体に、最も近い真実なのだということを。

 

「それって……どういう……」

 

 先程まで苛立ちを隠さずに詰め寄っていた子爵令嬢ですら、その静かな威圧感に完全に呑まれていた。

 微かに生唾を飲み込み、額に一滴の冷や汗を滲ませている。

 

 吟遊詩人は不気味なほど一切の表情を消し、値踏みするような冷たい瞳で、ただ真っ直ぐに少年を見つめ返していた。

 

 

 ……と、そのときだった。

 

 

 外が何やら騒がしい。

 最初は遠くのさざめき程度だった喧騒が、急速に怒号へと変わり、こちらへ近づいてくる。

 

 家の中からでは、誰が何を叫んでいるのかまでは判然としなかったが。

 直後、空気を(つんざ)くような一際大きな絶叫が、平和な村を瞬時に恐怖のどん底へと突き落とした。

 

 

「化け物だ! 竜が暴れているぞ!!」

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