FEエンゲージ イルシオンの希望   作:あじさいファン

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第7章-6:異形竜との戦い・その6

「やったか!?」

 

 それまで陸地から薄赤髪の剣士を後方支援していた男装の麗人が、少年たちのもとへ駆け寄ってきた。逆側からも、子爵令嬢を援護していた薄緑髪の弓使いが合流する。

 

「……まだ、なんとも」

 

 異形竜たちが吐いた極大の火炎ブレスによって、再び浅瀬の水が急激に熱され、大量の水蒸気となって竜たちを覆い尽くしている。

 分厚い霧のせいで薄っすらと影も見えないが、動き出している様子もない。倒したのだろうか。

 

 実に、綱渡りの作戦であった。情報量が圧倒的に足りず、憶測で盤面を組み立てるしかない局面も多かったのだ。

 

 まず、引きつけている間、途中で炎を吐いてこないかどうか。

 

 近寄らず遠ざかりすぎずの間合いを徹底させたが、奴らには遠くを攻撃する『火炎の塊』という手段がある。湖へと誘導している間にそれを連発されていれば作戦は破綻していたが、運よくそうはならなかった。

 

 だが、少年には「そう頻繁には撃ってこないであろう」という確信もあった。

 

 もし連発できるのであれば、湖を挟んで存在する村に向かって、さっさと撃ち込んでいるはずだからだ。それをしないということは、異形竜にとっても、おいそれと何度も使える攻撃手段ではないのだろう。

 

 最初に距離を離して挑発し、あえて一発撃たせたのも、その仮説を実証するためだった。

 事実、奴らは追跡中に何度も発射してはこなかった。じわりじわりと獲物を追い詰めてから焼き殺すのが目的なのだと、少年は冷静に判断していた。

 

 次に、接近後も『火炎の塊』を選択してくるのではないかという懸念。

 

 有り得ない話ではなかった。あの威力の攻撃を至近距離で撃てば、確実に標的を爆散させられる。

 

 それに、あの弾速だ。

 もし向かい合った両者がそれを撃てば、先に撃った方の攻撃が勝ってしまい、結果として一匹が生き残って盤面が破綻してしまう。

 

 あるいは、両方が同時に撃ったとして、塊同士が互いの威力を相殺してしまったら。そうなれば二匹とも無傷で残ってしまい、それこそ絶望しかない。

 

 これに関しては、不測の事態が起きないよう、ただ祈るしかなかった。

 

 最後に、『火炎のブレス』について。

 実際にその攻撃がいかなるものなのかを見ていない以上、範囲も威力も未知数。それこそ火炎の塊の時の懸念と同じだ。威力の相殺が起こってしまうかもしれない、と。

 

 だが、事前に子爵令嬢が御伽噺(おとぎばなし)のことを語ってくれていた。

『竜のブレスは溜めた後に、一気に吐き出す深呼吸のようなものである』

──と。

 

 異形竜のブレスが、実際にそのように吐かれるかどうかはわからない。だが、子爵令嬢が幼き日に読んだというその情報に賭けてみたのだ。

 

 結果として、少年の作戦は成功した。死の恐怖に打ち克ち、盤面の上で完璧に奮戦してくれた仲間たちのおかげだ。

 あとは、二匹が黒焦げになって倒れてくれていれば。

 

 やがて、風が吹き、霧が晴れていく。

 

 そこには、二つの巨大な黒い塊。

 

 それは。

 

 

 どちらもまだ、生きて蠢いていた。

 

 

 湖畔の岸辺に離脱した少年たちを見据え、ゆったりと、だが確実に歩いてくる。物言わぬ化け物であろうとも、その巨体から立ち上るどす黒い瘴気から、こちらへの明確な怒りが渦巻いていることはわかった。

 

「……ウソでしょ……」

 子爵令嬢が顔を青ざめさせ、その場にいる者全員の感情を代弁した。

 

 もう、同じ手は使えない。

 あれほどの同士討ちを誘発したというのに、砕け散った鱗は、胸元のほんの一部分だけだった。

 

 絶体絶命。

 

 ……しかし、少年は動じなかった。

 

 全員を生存させるため、そしてこの妖精の村の住人を救うために、すぐさま次なる策を脳内で組み上げる。

 

「胸元を狙いましょう! 先ほどの同士討ちで、そこが弱点となっているはずです!」

 

 砕けたのは一部分だとは言ったが、槍や剣を突き入れるには十分な面積だと感じた。

 それに、竜たちがブレスを吐くのにも、火炎の塊を放つのにも、大きな『溜め』が必要なことはすでにわかっている。

 

「攻撃を叩き込む隙は、きっとあるはず!」

 少年は、絶望の淵に立つ仲間たちを力強く鼓舞した。

 

 その声を聞いて、仲間たちは再び目に希望の光を宿した。

 僅かとはいえ、もはや奴らの無敵の装甲は打ち砕かれているのだ。

 勝機はある──各々が武器を強く握り直し、再び化け物二匹へ立ち向かおうとした。

 

 と、そのときだ。

 

「これ以上、よそ者ばかりに面倒はかけさせられん!」

「私達に任せて! 妖精の村の底力を見せてあげるんだから!」

 

 声が響き、少年たちの背後に次々と人影が現れた。

 

 遠巻きに戦いを見ていた、妖精の村の住人たちだった。

 村人総出とも言えるほどの数が、全員、武器や魔導書、杖などを構えて立ち並んでいる。

 

 そうだ。

 彼らは過去の人体実験の影響で、老若男女問わず、その全員に底知れぬ魔力が備わっているのだ。

 

 精鋭を殺された絶望で凍りついていた彼らの心に、少年たちの命を懸けた戦いが、確かな火を点けたのだろう。

 

 まさに、これ以上ない頼もしい援軍。

 防御を失った部位があり、さらに異形竜たちの足場は泥濘(でいねい)

 この人数で一気に押し切れるならば、きっと勝てる。

 

 少年は、即座に指揮官として声を張り上げた。

 

「後衛の魔法使いは、竜の頭部を狙って視界を奪い、牽制を! 近接の戦士たちは、奴らが泥に足を取られている隙に、胸元の鱗が剥がれた箇所へ一斉に攻撃を叩き込んでください!」

 

「了解だ! 軍師殿の言う通りに動け!!」

 村の戦士の一人が呼応し、集団による怒涛の連携攻撃が開始された。

 

 宙を舞う無数の魔法が竜の顔面で弾け、視界と行動を完全に封じ込める。

 奴らにブレスも炎の塊も吐き出すような余裕は、もはや一切与えられなかった。

 逃れようにも、ぬかるんだ浅瀬に深く足を取られ、その重たい体を満足に動かすことすらできない。

 

──いける。完全に制圧した。

 

「よし、ちゃんと槍も矢も刺さるぞ! いっけええぇぇッ!」

 

 果敢にも異形竜の胸元へと飛び掛かった村の若者が、渾身の力で武器を突き立てて叫んだ。

 それを皮切りに、村人たちの怒りと悲しみを乗せた刃が、次々と露出した弱点へと吸い込まれていく。

 

 断末魔の咆哮が、湖畔にこだました。

 

 そこから、二匹の巨大な異形竜が完全に沈黙し、水の中へと崩れ落ちるまでに、そう時間はかからなかった……。

 

 

*****

 

 

「犠牲は、出てしまいました。我々を守るために勇敢に戦って散った三名には、深く追悼せねばなりません。……しかし、貴方がたがいなければ、我々妖精の村の民は一人残らず、なすすべもなく滅んでいたでしょう。皆さんのおかげです。本当に、ありがとうございました」

 

 村の中心にある広場へと招かれた少年と一行は、そこで村人総勢に取り囲まれながら、村長から深々と頭を下げられた。

 

 聞けば、彼らを突き動かしたのは、ロサードの両親だったという。

 二人は、村人全員分の武器を荷車で急いで運んできて、湖畔で黙って見ている村人たちの前へ、それを乱暴に放り投げてみせたというのだ。

 

『よその人たちが村を守ってくれてるのに、何黙って見てるのさー。歴史に囚われてるくせに、歴史上で王家に対抗した時の妖精たちには、あやからないわけー?』

『都合がいいねえ。まあ、このままあなたたちが行かなくとも私たちはいきますよ。誇り高き妖精ですもの』

 

 その痛烈で挑発じみた台詞にハッとした村人たちは、ついに一念発起し、戦いの場へ馳せ参じたというわけだ。

 

「……ですが、ひとつ疑問なのです。私は最初、貴方がたの協力要請を冷たく突っぱねました。見捨てられたのだからと、見て見ぬふりをして帰ることも出来たはず。何故、そうしなかったのでしょうか? やはり、食糧を得るために戦い抜いた、と?」

 

 村長は真っすぐな目で問うてきた。

 

 ……少年は確信していた。この手の質問をしてくるはずだ、と。

 

 このまま「そうです」と肯定しても、彼らは恩を仇で返すような真似はしないだろう。

 どうあっても、砦の人間を救うための協力を申し出てくれるはずだ。

 

 しかし。

 少年には、ここでどうしても解決しておきたいことがあった。

 

 そのために今から口にしようとしている言葉は、もしかしたら王家への反逆とも取れる、許されないことかもしれない。

 後でそれを聞いた『関係者』から怒られるだけで済めばいいが、最悪の場合、不敬罪で処断される可能性すらある。

 

 そんなことをする人物であるとも実は思えないのだが、少なくとも、発言すれば後戻りは出来なくなる。

 公言してしまうことの恐ろしさが未知数であることが、背筋を這う冷や汗となって襲い掛かってきた。

 

「──自分は」

 それでも。少年は意を決した。

「イルシオン王家に連なる者です。……王族の、未来の伴侶となります」

 

 妖精の村の長きに渡る確執(かくしつ)は、古のイルシオン王による暴虐に端を発したものである。

 

 しかし、それを終わらせたのもまた、暴虐の王の息子なのだ。

 

 ハイアシンスは、確かに狂気に魅入られた愚王だった。

 しかし、第一王女アイビーや、第二王女オルテンシアが、あれと同じような無慈悲な暴君になるとは、少年にはどうしても思えなかった。

 

 だからこそ、少年はこの確執(かくしつ)をどうにかしたいと願ってしまったのだ。二人の王女が──特に愛しいオルテンシアが、あの愚王や古の暴虐王と同類だと思われ、憎まれ続けることに、どうしても耐えられないと思ったからだ。

 

 そのために、極秘であった第二王女との関係をここで明かし、村人を説得するために利用することにした。

 

「直接的な血縁ではありません。しかし、僕の言葉は、イルシオン王族の意志を代表するものなのだと、そう認識してください」

 

 少年の突拍子もない宣言に、その場にいる誰もが驚愕の目を向けていた。

 

 横に並んでいる仲間たち。

 

 事情をある程度知っていたはずの子爵令嬢も。

 まったく知らなかった様子の救護班の老人も。

 王家の事情などまったく疎い、薄緑髪の弓使いも。

 

 そして、妖精の村の住民たちも。

 

 吟遊詩人は……今、どんな顔をしているのだろうか。

 彼だけ、少年の目からはちょうど死角になっていてわからなかった。

 

「確かに、砦で待ってくれている二百人を救うため。そういう打算があったことは認めます。ですが……僕は、妖精の村の皆さんが抱える、王族への嫌悪をどうにか振り払えないかと思ったのです。王族は決して、悪人だけではない。アイビー様も。そして、僕を見初(みそ)めてくださった第二王女オルテンシア様も、人を救うための確かな優しさを備えている。身を削り、今も尚、狂ったイルシオンの兵を抑えるべく、最前線で命懸けで戦っている。……それを、どうしても知ってほしかったのです」

 

 ……これを、かつてハイアシンス王への復讐を果たすため、王女を暗殺しようとすら考えていた自分が聞いたら、一体どう思うのだろう。

 

 とても同一人物が吐いている台詞とは思えない。少年は内心で、ひどく自嘲した。

 

 少年の真摯(しんし)な発言に、村人たちの間が騒然となっていく。

 

 やはり、長年染み付いたイルシオン王族への嫌悪は、そう簡単には取り払えないのだろうか。

 言わない方が、波風を立てなくて良かったのだろうか。

 

 そう後悔しかけた少年の耳に、低く、力強い声が届いた。

 

「静粛に」

 村長が、杖を突いて村人たちを静めさせた。

 静まり返った広場の中、村長はゆっくりと近づき、少年の両手を、自らの手でしっかりと握りしめた。

 

「過去のイルシオン王の過ちを、我々が『無かったこと』として赦すことはありません。それを赦してしまえば、迫害に耐えた先祖代々への冒涜に繋がりますから」

 

 そこで一度言葉を切り、村長は深く、痛切なため息を吐き出した。

 

 老いを知らぬ滑らかな肌に(しわ)が刻まれることはない。

 しかし、伏せられたその瞳の奥には、長きにわたり村を縛り付けてきた暗い呪縛が崩れ落ちていくような、激しい悔恨(かいこん)の色が確かに浮かんでいた。

 

「しかし……我々は、迫害の恐怖と憎しみの歴史に囚われるあまり、一番大切なことを忘却していました。かつて、狂乱した父王の首を()ねてまで我々を救いあげ、この安住の地と『妖精』という誇り高き名を与えてくれたのは、他でもないイルシオンの王子であったというのに。……その多大なる恩義をすっかり忘れ、十把一絡(じっぱひとから)げに『イルシオンの者はすべて悪である』と決めつけていたのは、他でもない我々の(とが)です」

 

 村長は、少年の横に立つ子爵令嬢へと向き直り、静かにその目を合わせた。

 囮として先陣を切り、異形竜の炎を掻き潜った彼女の服は所々が焼け焦げ、頬には煤や泥がこびりついている。

 村長は、村のために戦い抜いたその姿へ、自らの非を恥じるように深く敬意の眼差しを向けていた。

 

「そこの娘さんの言う通りでした。恩を忘れ、目を背け、見捨てようとした我々は、憎んでいたはずの古のイルシオン王と、同じことをしていました」

「村長……」

 

 予想だにしなかった完全な謝罪を受け、子爵令嬢は小さく息を呑んだ。

 

 常に彼らへ反発心を剥き出しにしていた彼女の表情から、攻撃的な強張りがスッと抜け落ちる。

 己の投げつけた容赦のない正論が、長きにわたる彼らの凍てついた歴史の扉を本当にこじ開けてしまったという事実に、彼女はただ圧倒され、言葉を失っていた。

 

「我々は、生まれ変わらなければなりません。かつて我々の先祖が心優しき王子から受けた恩も、そして、若き軍師から受けた恩も。全て今、返さねばならぬようです」

 

 村長は、決意に満ちた顔で村人たちへと向き直った。

 

「彼らは、砦で待つ二百名の仲間を救うため、命懸けで戦っているとのこと。今度は我々が救うべき番です。村長として命令します。今日は徹夜で、二百名が十日生き延びられるだけの食事を作りなさい! そして、彼らを目的地まで、総員をもって送り届けるのです! そのために得た、この忌まわしき力……これは、人を、イルシオンを護る力なのだと、そう思うことにいたしましょう。──反対する者はもちろん、いませんね?」

 

 静寂。そして。

 誰一人として否定する者など、いなかった。

 

「妖精の村、万歳!」

 誰かが叫んだ。

「王家の軍師殿に、感謝を!」

 

 歓喜と決意の歓声が、妖精の村の晴れやかな空へ向かって、いつまでも、いつまでも響き渡っていた……。

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