FEエンゲージ イルシオンの希望   作:あじさいファン

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第8章はその10まで。その上で1ページ毎の文字数も長くなっていく。


第8章-1:籠城戦・その1

 早朝。

 少年一行は、物資と、妖精の村人たちの軍勢を引き連れて出発する運びとなった。

 

 妖精の村からロビュスト砦までは、およそ四刻ほどかかる。

 

 砦で既に凍えているであろう皆を、早く助けてあげたい……。

 そんな少年の焦燥(しょうそう)に呼応するように、村人たちは想定以上の保存食を作り上げてくれていた。

 これであれば、砦の二百人が十日どころか、一ヶ月は優に生き延びられるのではないか。

 そう思えるほど、圧倒的な物量だった。

 

「妖精の民の分もあるからねー」

 

 ロサードの父は笑ってそう言っていたが、それを加味しても明らかに多い気がした。

 村人たちの確かな厚意がそこにあった。

 

 村を出発した大所帯は、大量の荷馬車を連ねて『迷いの森』を進む。

 

 来た時はあれほど苦しめられた道中だったが、そもそもこの森の結界は、分岐を間違えれば森の入口に戻される、という仕様である。

 そのため、村から外へ出る分には適当に進むだけでもあっさりと外へと弾き出される形になり、一行は拍子抜けするほど簡単に森を抜けることができた。

 

 妖精の村人を抱えた状態では全てが正解になってしまうわけだが、村に戻される……わけではなかった。村人の意志に呼応し、出口へと導かれる。原理は不明だが、なんとも都合の良い仕組み。

 村に向かいたい妖精と、森の外に出たい妖精が同時に居た場合はどうなるのだろう、と、少年の興味は尽きない。

 

 しかし、これだけの大所帯。

 先頭集団が森を抜けても、最後尾の荷馬車が結界を越えきるまでにはしばらく時間がかかる。

 一行は開けた雪原の手前で足を止め、後続の到着を待ちながら、隊列の再編成と短い休息をとることになった。

 

 その待機中の出来事だ。

 

「そう言えば……」

 ふと疑問に思ったのだろう。薄赤髪の剣士が口を開いた。

「異形竜はどうして、この森に居たんですの? ジェラニウムが言うには、数日前からうろついていたんですのよね?」

 

「そりゃあもう、ボクらの愛を試していたのさ。ボクがキミを射止める状況──そう、あの絶体絶命の抱きかかえる瞬間を作るために、わざわざ律儀に待っていてくれたということだよ。これはもう、運命なんだ。アザレア君。わかっているね。そう、キミの全てを僕に捧げふんぎゃああっ!

 

 一晩寝てすっかり調子を取り戻した様子の吟遊詩人が、無節操に薄赤髪の剣士の手を掴んでふざけていたところ、後ろから歩いてきた男装の麗人に足を思いっきり踏まれ、情けない悲鳴を上げた。

 

 子爵令嬢も全く同じことをやろうとしていたらしいが、先を越された形だ。

 痛む足を持ち上げてケンケンと跳ねている吟遊詩人を、呆れたように見据える。

 

「……確かに謎だな」

 男装の麗人が、不意に声を落として問いかけた。

「ライラ、砦の付近には異形兵などもいなかったのだろう。それなのになぜ、この森だけに異形竜が……それも二匹も」

 

「私にもわからないわ。ゼラが言うには、イルシオン軍が異形兵と一緒に操るものだってことなんだけど……軍は今、フィレネに攻め込んでいる最中のはずだし、配置しているのなら、異形兵と共に現れないと不自然よね」

 

 そんな子爵令嬢の言葉に、少年も深く考え込んだ。

 

 まず、奴らが結界を突破できた理由についてだが、これは不運が重なった結果としか思えない。

 迷いの森の結界は、分岐路の選択を失敗すれば入口に戻される仕様だが、それはつまり「たまたま正解を引き当て続ければ辿り着いてしまう」ということも意味する。

 

 実際、村人ではない吟遊詩人が何度かここに訪れて、ロサードの両親の食事にありついているのが何よりの証左だ。

 侵入者を完全に弾き飛ばす結界ではなかったことが、今回の悲劇を招いたのだろう。

 

「……あの足の遅さで正解を引き続けるというのは、あり得るのか?」

 男装の麗人が(いぶか)しんでいた。

 

 しかし、現実として、村に辿り着いた以上はそういう結論になるのだ。

 だが……そもそも何故ここにあんな怪物がいたのか、という根本的な部分はどれだけ考えてもわからない。

 

 たまたま迷い込んだ──そんなことが有り得るのだろうか。どこから?

 誰かがここに置いて行った──どんな理由で? 誰が?

 自然に湧いた生物である──そんな根拠は?

 

 どう考えても、明確な正解に行き着く感覚がない。

 

 憂慮すべき点は他にもある。

 道中で出くわしこそしなかったものの、異形竜がいた以上、異形兵も潜んでいる可能性が高いということだ。

 

 思考を巡らせるほどに、砦に残してきた者たちのことが心配になった。

 今頃、砦が襲撃されていないだろうか、と。

 

 王城から逃げ出して、すでに二日が経過しようとしている。

 大教会付近に辿り着いたあの日、追手としてグリフォン兵を放ってきた邪竜ソンブルが、この反逆をいつまでも黙って見ているはずがないのだ。

 

「異形兵というのは人型なのでしょう? でしたらわたくし達に勝てない相手ではありませんわ」

 薄赤髪の剣士が、自らを鼓舞するように得意げな笑みを浮かべ、拳をグッと握り締めてみせた。

「わたくし達、あの異形竜すら倒したんですもの。ね?」

 

「やれやれ。相手はたくさんいるのよ? 竜ほど圧倒的な力はないけれど、数で押し切られたら負けてしまうわ。死の恐怖なんかない連中だし」

 彼女の言葉に肩を竦めてみせた子爵令嬢だったが、すぐに少しだけ口角を上げた。

「でも……そう考えることは、きっといいことなんだわ。怖がって足がすくむよりはいいもの。ね、アザレアさん」

 

 子爵令嬢には、もはや薄赤髪の剣士に対する刺々しい敵意のようなものは微塵もなかった。

 異形竜の気を引く囮という死線を共にくぐり抜けた事実が、二人の間のわだかまりを溶かし、確かな絆を育んだようだ。

 

「ええ……そうですわね。ライラさん」

「仲睦まじきことは良きかな良きかな! 二人ともボクのお嫁さんにしてあげよう。あ、アザレア君はお婿さんになるのかな? まあ、どっちでもいいや。平和になったら三人で一緒に宿に泊まろうじゃないか。生まれたままの姿で愛を確かめ合えばキミたちの絆もより強く育まれおんぎゃあああああ!?

 

 二人の間に割って入り、馴れ馴れしく肩を組んできた吟遊詩人の腹に、二人の容赦ない拳が同時にめり込んだ。

 またも変な悲鳴を上げて吟遊詩人は転倒し、地面でプルプルと震えながら白目を剥いている。

 

 砦に着いた時から、何も変わらぬ軽薄な彼。

 しかし、少年は昨晩の光景を思い出していた。

 

 

 

『──アイビーのような下衆を選んでいるのなら、キミを殺さなきゃいけなかったところだ』

 

 

 

 あれは、紛れもない彼の本音だ。

 冗談の合間に、ときどき見せる凍てついた目。

 全く同じ目で、彼はアイビーへのすさまじい殺意を剝き出しにしていた。

 

 その言葉の真意を、少年は彼から直接聞き出すことは出来なかった。

 しかし、アイビーが彼の言うような『下衆』であるはずがないと、少年は信じている。

 

 オルテンシアへ向けている不器用だが深い愛情。

 そして、自分や、行き場を失った双子の幼き侍従を拾い上げてくれた温情。

 あの不器用で気高い王女を『下衆』と言い捨てるのは、一体どういうつもりなのだ。

 

 かつての自分のように、ハイアシンス王への恨みを、王族全体への恨みに変換しているのだろうか。

 

 いや、それとも違う気がする。

 彼はオルテンシアには明確な好意を示しており、殺意はない。

 あくまで、標的はアイビーだけ、そう見える。

 

 彼女が、彼に対して一体何をしたというのか……?

 その答えがわかる日は、来るのだろうか。

 

「軍師殿。後続もすべて森を抜け、再出発の陣形が整いましたぞ」

 救護班の老人が、ずらりと並んだ妖精の民たちを見渡して報告に来た。

 長年の確執を越え、大量の荷馬車とそれを囲む護衛の群れが一つになったその隊列は、まるで一国を支える巨大な商隊のような頼もしさだった。

 

「こんな状況で不謹慎かもだけどさー、学園に行くの楽しみなんだよねー。ロサードがどういうとこに通ってるか見たかったしー?」

「休暇もそろそろ終わりますよねえ。あの子に会えるかもしれませんねえ」

 

 無邪気に笑うロサードの両親に、少年は胸の奥がチクリと痛むのを感じた。

 彼らにはまだ、最愛の息子が凄惨なフィレネとの戦争へと赴いている事実など言っていないし、言えるはずもない。

 このまま、ロサードが平和な学園の長期休暇を終えて戻ってくるのだと、そう誤解し続けてくれる方が彼らにとっては幸せなのだろうか。

 

 それでも、砦へ向かう少年の足取りは驚くほど軽かった。

 荷馬車に積まれた大量の食糧と、護衛として共に歩んでくれる村人たち。

 これが届けば、きっと過酷な寒さに冷え切った仲間たちの心も、再び温かく燃え上がるに違いない──。

 

 

*****

 

 

 荷馬車での移動は、徒歩よりもだいぶ早かった。

 四刻かかるところ、一刻は短縮できそうな手応えがあった。

 

 これなら、砦で待つ者たちの腹を早く満たしてやれるかもしれない──少年の口元に、自然と笑みがこぼれた。

 

 少年は、ロサードの両親が手綱を握る荷馬車に乗り込んでいた。

 子爵令嬢と男装の麗人、そして薄赤髪の剣士が同乗している。

 

「荷馬車を引いているお馬さんたち、雪道を歩き慣れているんですね。外部との関わりを完全に断っているというお話でしたけれど」

 子爵令嬢による率直な疑問。

 

 確かに、外の世界と全く関わりを持たないのなら、荷馬車という運搬手段自体が必要ないはずだ。

 見たところ、妖精の村は自給自足が成り立っているようだったし、金銭のやりとりが発生するような空間でもなさそうだった。

 若者が外の世界に飛び出すとは言っていたが……。

 

「交易は例外だったんだよー。基本的にはこっちが売る側さ。妖精の村はあの通り、冬とは無縁な独自の空間になってるでしょー? 育つ作物も違うんだよ」

「でも、食塩だけはどうしても採れないからねえ。村でまかなえないものは、王都まで足を運んで買う必要があったんですよ。保守派の中にはそれすら反対する人もいましたけど、村長はその辺り柔軟でしたからねえ」

 

 では、今回の一件で村が外部への扉を開いたことにより、塩を買うための外出に難癖をつける者もいなくなったと考えていいだろう。

 放浪生活の経験から、塩が人の生死に関わる不可欠な代物であることを、少年は痛いほど知っていた。

 

 常冬のイルシオンではほとんど採れず、エレオス大陸で最も塩を産出するのは、熱砂の国ソルムであるという。

 

 ソルムは自由な気風ゆえ、他国への過干渉は行わないが、同時に強い敵対行動をとることもなかった。

 それ故、他国──特にブロディアとの軋轢が絶えないイルシオンに対しても、足元を見て塩の輸出を渋ったり、不当な高値で売りつけたりするような真似はしていないという。

 

 こういった食糧の流通や他国の事情を、市井(しせい)の者たちの多くは知らない。

 恵まれた環境で与えられてばかりの貴族などに至っては、食糧はどこかから勝手に湧いて出てくるものとすら思っている始末だ。

 

 吟遊詩人は昨日、妖精の民を「情報を軽んじる」と評していた。

 彼らが王都で塩を買う際、それがどこからどうやってイルシオンに流れてきたものなのか、その世界情勢にまで興味を持たなかったのも、閉鎖的な村の性質ゆえだろう。

 

──などと。目の前の事態と直接関係ないことへあれこれと思考を巡らせてしまうのは、暇な証拠か。

 

 馬に揺られながら雑学に興じていられるのは、ある種、平和な証でもある。

 だが間もなく、過酷な逃避行が本格的に幕を開けるのだ。

 どうかこのまま、何も起こらずにいてくれればいいのだが……。

 

 

「待て。前が止まったみたいだぞ」

 

 

 不意に、男装の麗人が鋭い声で異変を知らせた。

 確かに、前方を走っていた荷馬車が次々と動きを止めている。

 ロサードの父親も、慌てて手綱を引いて馬を止まざるを得なかった。

 

「……何か起こったみたいですわね。最前列のあたりが騒がしいですわ」

 

 薄赤髪の剣士が、すっと目を細めて耳を澄ませながら呟いた。

 彼は、喧騒の中から特定の声すら正確に聞き分けることができる、並外れた聴覚の持ち主だ。

 

 いかに耳が良くとも、さすがにここから遥か先の砦の音までは聞こえていないだろう。

 だが、前方で上がっている村人たちの声の波長から、それが単なる進行のトラブルなどではなく、明確な『パニック』を伴った異常事態であることは、彼にははっきりと聞き取れているようだった。

 

 彼の顔に浮かんだ緊張の色を見て、少年も即座に事態の深刻さを悟る。

 

 最前列。

 先頭の荷馬車には、薄緑髪の弓使いが乗っているはずだ。

 彼の鷹の如き視力ならば、異変をすぐさま察知できるだろうと考えての配置であった。

 

 自分たちの乗る荷馬車の位置からは前方の様子がよく見えないが、距離的に、そろそろロビュスト砦が目視できる地点に差し掛かっているはずだ。

 

──不測の事態が発生したに違いない。

 

 その嫌な予感の答え合わせは、すぐになされた。

 薄緑髪の弓使いが血相を変え、停滞する荷馬車の隊列を掻い潜って、こちらへ全速力で走ってきたのだ。

 

「大変です! 砦が、異形兵に襲われています!」

 

 息を切らしながら、彼が絶望的な報告を叫ぶ。

 

 その顔は、周囲の雪景色と見紛うほどに蒼白だった。

 異常なほどの狼狽(うろた)えようが、ただの小規模な襲撃などではないことを痛いほどに物語っている。

 

「地上だけじゃありません……空にも、グリフォン兵や飛竜兵が多数群がっています!」

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