FEエンゲージ イルシオンの希望   作:あじさいファン

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第8章-5:籠城戦・その5

「ランちゃん!? どうして……!」

 

 砦の大広間で民に混じって待機しているはずの彼女が、この危険な最前線に来ていることに、赤髪の兵士は驚愕した。

 

 いや、驚いたのはそれだけではない。彼女の放った魔法は、先ほどまでの儚げなものではなく、分厚い装甲の重装兵を確実に焼き焦がしたのだ。

 

 重装兵はその性質上、魔道に滅法弱いとはいえ、昨日の早朝に短時間だけ吟遊詩人からコツを学んだばかりの彼女が放てる威力のはずがない。

 

 と、そこで赤髪の兵士は、彼女が両手で抱え持っているものに目をやった。

 

──赤い魔導書。

 今し方放った初級の火炎魔法を操るための触媒だ。

 

 表紙がひどく(ほこり)を被っているのを見るに、砦の奥に放置されていた古い武具の中から、双子が見つけ出したのだろうか。

 

 確かに、魔導書という触媒さえあるのなら、よほど魔道という概念に嫌われている者でもない限り、誰にでも魔法は操れる。そう、魔道の才に乏しい赤髪にでも。

 

 吟遊詩人は魔導書もなしに三属性を同時に操ってみせたが、あれは天才の次元を超えた異常な所業だ。

 

 ただ、魔導書を用いるにしても、その攻撃の威力は使用者の魔力に依存する。赤髪が魔道で戦わぬのは、魔力が皆無に等しいからだ。

 

 つまり。

 この幼い少女の身の内には、本職の宮廷魔術師たちすら凌駕するほどの、類稀なる魔力が秘められていたということになる。

 

「……かはっ……!」

 

 しかし、魔道の基礎訓練すら経ていない幼い肉体で、強引に膨大な魔力を引き出した代償は、あまりに大きかった。初級魔法の行使だけでも内臓を焼かれるような激しい反動があったのか、彼女は口から血を噴き出し、雪の上に膝をついた。

 

「ラン!? 大丈夫……!?」

 

 物陰から一部始終を見守っていた内気な姉の方が、救護班の女性たちから借り受けた予備の杖を手に、妹に駆け寄ろうとする。

 だが、妹は開いた手を姉の方向に突き出し、それを強い意志で制止した。

 

「私は大丈夫……! それよりもお姉ちゃんは、ローレルさんをお願い!」

 

 よろめきながらも立ち上がる妹の闘志。それはもはや、庇護されなければならない子供のものではない。滅びゆくイルシオンを護らんとする、一人の戦士としての目覚め。

 

 一瞬、姉はたじろいだが、緑髪の兵士が壁際でぐったりと項垂(うなだ)れているのを見やると、慌てて彼の方に駆け寄り、杖を患部へと押し当てた。

 

「ローレルさんっ……! 大丈夫です、救護班のお姉ちゃんたちが、ガランサスさんたちを呼びに行ってくれましたから……!」

 

 回復魔法を施しながら、今にも泣きそうになっている姉の報告を聞き、緑髪の兵士は安堵した。裏口の救護に当たっていた女性二名は戦い慣れておらず、危険に晒され続けることを危惧した緑髪の兵士が、安全地帯で待機するようにと指示してあったのだ。

 

 遠距離回復(リブロー)の杖は、少年と共に妖精の村へ向かった老人が持つ一本のみ。通常の杖で回復に当たらせれば、どうしても非戦闘員である彼女らを死地に立たせることになってしまうからだ。

 

 だが、彼女らは恐慌状態に陥ることなく戦況を注視し、劣勢と見るや即座に正門へ救援を求めに走ってくれていたらしい。

 

 素晴らしい判断だった。

 誰もが自分のできることを考え、全力で死の運命に抗い続けている。

 こんな幼い子供たちですらも。

 

 その確かな勇気を見せつけられて──

 

「呑気にお昼寝してるわけには……いかないよ、なッ!」

 

 緑髪の兵士は気力を振り絞って立ち上がると、自分が激突した際に生まれた石壁の破片から一際大きなものを拾い上げ、迫り来る剣持ちの重装兵へと投げつけた。

 石は甲高い音を立てて硬い装甲に弾かれ、地面に転がり落ちる。重装兵は、その石の軌道を反射的に目で追ってしまった。

 

 その一瞬生まれた隙が、命取りとなる。

 

「もう……一度……ッ!」

 妹が放った二発目の火球が、隙を晒した剣持ちの重装兵へと吸い込まれていく。

 

 怪物が熱線の接近に気づいた時には、もう遅かった。無様に火の玉の直撃を受け、鎧の内側から丸焦げになって崩れ落ちる。

 

「……あがぁっ……!」

 だが、妹にとってもそれが限界だった。先ほどよりも多くの血を口から噴き出し、ついにその場に倒れ込んでしまう。

 

「スズちゃん! 私はもう大丈夫、ランちゃんのところへ!」

 

 傷は治りきっていないが、動くには十分だ。そう判断した緑髪の兵士の促しに、姉は半狂乱になりながら急いで妹へと駆け寄った。

 

 そこを好機とばかりに、残った重装兵たちが二人の幼子へとにじり寄ってくる。しかし、彼女らを守らんと、赤髪の兵士が立ちはだかった。

 

「てめえら親に習わなかったのかよッ! 多勢に無勢は卑怯、子供を狙うのは卑怯ってなァッ!!」

 

 果敢に剣を振り回す赤髪だが、やはり硬すぎる鎧に剣の刃は通らない。

 だが、重装兵たちの注意が一瞬、赤髪に引かれた。その僅かな時間こそが、すべてを決着させるのに十分であった。

 

「お待たせして申し訳ありません! 若き兵士たちよ!!」

 

 重装兵の群れを挟んだ向こう側から、いななきと共に白馬が突っ込んでくる。正門側から砦の外周を駆け抜け、老騎士が救援に駆けつけてくれたのだ。

 

 しかし、重装兵に特効となるであろう吟遊詩人の姿はない。老騎士のみが、単身で駆けつけてきてくれたということになるが。

 

「ガランサスさん! 無茶だぜ! こいつら、まともに攻撃を通さねえんだ!」

 

 物理攻撃に対しては無敵なのではないかと思わされるほどの分厚い装甲。赤髪の兵士は、馬と共に跳ね上がり、その体重を乗せた渾身の一撃すら弾かれた絶望を老騎士に伝えた。

 

 しかし、老騎士は不敵に笑う。

 

「貴方がたもイルシオンに生まれ、いずれ騎士となるなら知っておくといい!」

 

 老騎士は馬を駆りながら、銀の剣を高々と掲げた。彼の闘気に呼応するかのように、剣の刀身にまばゆい光が収束していく。

 

「たとえ魔力がなくとも! イルシオンに住まう精霊たちは、気高き叫びに呼応する!」

 

 その光は刀身全体を包み込み、ただの剣が、まるで魔を滅する聖なる刃と化したかのような威容を放つ。それは、老騎士の不屈の精神そのものを象徴しているかのようだった。

 

 

「悪しきものを無に帰さん! 『聖者の十文字(ディバインクロス)』ッ!!」

 

 

 煌々(こうこう)と輝く剣と共に、重装兵の群れに向かって神速の馬術で突撃する。

 魔法の光を纏ったその十字の剣閃は、絶対に刃を通さないはずの分厚い鎧を紙切れのようにあっさりと両断し、死の間際の断末魔すら上げさせることなく、立ち並んでいた重装兵の残る全てを、一瞬にして光の中へ消滅させた。

 

──なんだ、今のは。

 

 それを見ていた赤髪も、緑髪も、幼き双子の侍従も、ただただ圧倒されるのみであった。

 

 奥義。

 そんな二文字では到底表現しきれないほどの、絶大な威力。

 

「……ただのおとぎ話ではなかったのか」

 断片的に昔の噂を聞き知っていた緑髪の兵士が、ぼそりと呟く。

 

 伝説の聖騎士ガランサス。

 

 亡きハイアシンスの父の代から仕え、『雷霆(らいてい)』の名を冠する賢者リンデンと並び、ハイアシンスの兄の近衛を務めたという『聖剣(せいけん)』の異名を持つ最強の男。

 

 彼が現役だった頃は、そのあまりの強さに武力大国ブロディアですら彼との戦闘を忌避し、第一王子へ近づける刺客などただの一人も現れなかったと伝わっている。

 

「い、いたた……さすがに寄る年波には勝てませんな。腰痛のせいで、全盛期ほどの威力は出ません」

 

 などと本人はこぼしているが、先ほどまで立ち並んでいた重装兵の群れは、嘘のように跡形もなくなっている。

 これで全盛期の力が発揮されていたら、一体どうなっていたというのか。赤髪の兵士はそれを想像して、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 しかし、まだ終わってはいない。上空に待機していた異形の飛行兵──飛竜とグリフォンに跨る者が合わせて三体、まだ残っていた。

 

 重装兵が裏口の防衛線を突破した頃合いを見て、突撃をかける算段だったのだろう。老騎士の規格外の力でアテが外れ、破れかぶれになってこちらへ急降下してきたのだ。

 

「クソッ、休ませてくれねえなあ!」

「ガランサス殿、ここは我々が対処を致します」

 

 凄まじい奥義の反動で身体が痺れてしまっている老騎士を守るように、赤髪と、回復を受けて動けるようになった緑髪が、それぞれ己の得物を手に前へと躍り出た。飛行兵たちは、それでも構わないと言わんばかりに武器を振りかざして襲い掛かってくる。

 

 

 

 その時。

 空気を引き裂く一本の矢が飛んできた。

 

 音速と言ってもいいほどの速度で飛来したそれは、的確に飛竜に跨った異形兵の額を貫く。絶命した乗り手は衝撃に耐えきれず落下し、(あるじ)を失った飛竜はあらぬ方向へと飛び去っていった。

 

「ナスタか!?……いや」

 

 赤髪は馴染みの弓使いの名を叫ぶが、違った。

 彼にとっては初対面となる──妖精の村から来た名うての射手、男装の麗人であった。

 

「アザレア、残りを頼む!」

「了解、アデルファ!」

 

 彼女の声を合図に、後ろから薄赤の髪をした、スカートを穿いている剣士が跳躍した。

 

 前進してくるグリフォンの目に向かって、彼は今しがた作っておいた雪玉を指で弾く。視界を奪って動きを鈍らせた後、空中で時計回りに回転しながら剣を振り回した。

 

 その遠心力を伴った斬撃で、並走する二体の飛行兵を空中で同時に、何度も切り刻んでいく。グリフォンも搭乗している異形兵もまとめて細切れにし、最後には非常に見事な体勢で浅雪の上へと着地してみせた。

 

「ふう。これで終わりですの?」

 

 薄赤髪の剣士は、すぐさま辺りを確認する。持ち前の地獄耳で不穏な音を聞き分けようとするが、裏口側に残っている敵はもういないと判断したようだ。

 

「すげえな、アンタ! 妖精の村の人か!?」

 

 赤髪の兵士が目を輝かせ、今しがたの曲芸じみた攻撃を手放しで称賛した。妖精の村では、今のような動きができるのが普通であるため、彼は他人からこうして真正面から褒められ慣れていなかった。

 

「えっ、あ、あの……ありがとうございますわ……」

 

 赤髪の兵士の素直な言葉が、気恥ずかしくも嬉しい。

 薄赤髪の剣士は、つい先ほどの勇ましい動きをした者と同一人物とは思えぬほど、頬を赤らめてもじもじとし始めた。

 

「この程度で終わるとも思えんが……食糧は持ってきている。貴様ら、腹を空かしているのだろう? 我々妖精の民がこの砦を守護する。その間、腹ごしらえをするのだな」

 

 男装の麗人の素っ気ない言葉は、この裏口で死線を彷徨(さまよ)っていた者たちにとっての、完全なる勝利宣言に等しかった。

 

 赤髪の兵士はわかりやすく「よっしゃああ!」と歓声を上げて。

 緑髪の兵士も、老騎士も、そして幼き双子の侍従も、皆一様に安堵の笑顔を咲かせた。

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