FEエンゲージ イルシオンの希望   作:あじさいファン

52 / 54
第8章-9:籠城戦・その9

「なら、話してちょうだい。ガランサスさんたちが聞いた『裏切った』というのがなんなのか」

 子爵令嬢は、煮え切らぬ吟遊詩人を怒るでもなく蔑むでもなく、ただ淡々と声をかけた。

 

 他の者たちも、吟遊詩人が次の言葉を発するのを待っている。ただ一人、男装の麗人だけが、いつでも射抜ける態勢を崩すことなく警戒し続けていた。

 

「妖精の村で、ゼラ殿が仰っておりましたな。クレマチス辺境伯……ペラルゴ様は、王家や城下の人間を助ける気はないのだと。その件と何か関係がおありなのでしょうかな」

 

 救護班の老人がそう尋ねる。妖精の村についていかなかった者たちにとって、吟遊詩人がそんな発言をしていたことは初めての情報だった。

 

 その言葉に真っ先に驚愕してみせたのは、辺境伯本人と何度も顔を合わせたことのある老騎士だ。

 

「馬鹿な……! 何故ですか。ペラルゴ様は王家への忠義が厚きお方。ハイアシンス陛下も、その前王も、ブロディアとの最前線での対応に追われるペラルゴ様の立場に強く心を痛めておられた。如何なる理由で、恩を仇で返すと言うのです!」

 

 慌てふためく老騎士の言葉を引き継いだのは、冷静でマイペースな緑髪の兵士だった。

「吟遊詩人殿。ローダンに『邪竜との盟約を破る気か』と聞かれ、きみはさっき、こう言っていたね。『父はセピア様との約束を破るつもりはない』と」

 

 そこで、少年は妙な違和感を覚えた。

 受け答えが少しばかりチグハグな印象を受けたのだ。

 

 セピアは邪竜ではない。魔竜族なのだと、オルテンシアは語ってくれている。

 『邪竜との盟約を』と聞かれたならば、()()()()()()と返すのが自然ではないか。

 

 つまり、辺境伯は邪竜を恐れて服従したのではないのだ。その手足として動いていた四狗(しく)──セピアとの間に、何らかの直接的な契約が交わされていた。

 

 そう考え、辿り着いた結論を、一足先に緑髪の兵士が口にしようとした。

「クレマチス辺境伯は、何か『絶対的な見返り』と引き換えに、四狗(しく)に協力しているのではないのかな? たとえば……そう──」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()、とか」

 少年が、言い淀む緑髪の兵士の代わりに、その残酷な真実をぶちまけることを引き継いだ。

 

 今いるロビュスト砦は辺境伯の管轄外にあるが、ここから北西へ歩き、関所を隔てた先には辺境伯の領地である国境沿いが広がる。少年の記憶では、歩き慣れた自分の足なら三日もかからぬ程度の距離だ。そう遠い位置ではない。

 

 吟遊詩人が言うには、付近の住民は国境の方に逃げたらしい。

 

 だが、それもまた不自然だ。しつこいようだが今、イルシオン王国は国全体が異形兵による無差別な蹂躙(じゅうりん)を受けている。

 

 隔絶された妖精の村のような場所ならともかく、安全な場所などほとんど残されていないような状況だ。国境に行くということは、異形兵のみならず、ブロディアとの戦いに巻き込まれかねない危険性も意味する。

 

 第一王子や第二王子、そしてその近衛も含めて神竜の軍勢に加わって戦っているとのことで、今のブロディアにも余裕がない印象を受けるが、それを市井(しせい)の者たちが熟知しているとも思えない。

 

 危険を承知の上で、あえて北西に逃げる理由。

 少年がその推察を口にするより前に、吟遊詩人が重たい口を開いた。

 

 

「推察の通りだ。ボクの……父の領地は、ほとんど異形兵の襲撃を受けていない。いや、見逃してもらえているんだ」

 

 

 それがセピアと交わした密約なのだと、吟遊詩人は震える声で言った。有事の際は、邪竜ソンブルの力となることを絶対条件として提示されているのだと。

 

 ローダンと、もう一人まだ姿を現わしていないネルーケという男が使者として遣わされ、領地を襲わぬ異形兵の軍勢をもって、今回の動きに備えてずっと沈黙を保ち続けていたのだそうだ。

 

 この全てはセピアの案であり、それをより強固にしたのが邪竜の娘ヴェイルであったのだという。

 

 『導き手の指輪』が奪われたのがきっかけでこの策を練ったらしい、と、吟遊詩人は詳しい事情もわからない様子であったが、たどたどしく説明してくれた。

 

「ペラルゴ様は何を考えておられる! 神竜を討つための戦力として挙兵に応じるならともかく、異形兵を使って同胞の惨殺だと!? 我が国に対する完全な背信行為ではないか!」

 

 あまりの内容に激昂したのは、無骨でいつも静かな重騎士であった。彼は国家に対する忠義がとても厚い男であり、それを裏切る行為をする者は誰であろうと許さない気概を持っている。

 

「領民を守るためとはいえ……いくらなんでもそれは」

 子爵令嬢もまた、言葉を失っている様子だった。

 

「アイビー様が知れば迷いなく断罪するでしょう。覚悟の上か!?」

「いや……カラバッシュ。公的には、アイビー王女殿下は戦死されたことになっているんだ。生きてる事実は俺らも二日前、城で知ったばかりだったろ」

 

 怒りに任せて吟遊詩人に掴みかかりかねない重騎士を、赤髪の兵士は必死に制止しながら言った。

 

「王族がいねえ今、四狗(しく)こそが、邪竜ソンブルこそが王だ。というか、イルシオンにとっちゃ大恩人の神様だろうが。だから、辺境伯も忠義のために命令に従ったんじゃないのか?」

「……何を擁護しているグラディオ。我々は殺されかけているのだぞ! 領民を守るためならば、他はどうでもいいと仰せだ! お前も母を異形兵に変えられているだろうが!」

「そうだ! でもな! ゼラを責めるのはお門違いなんじゃねえかって言いてえんだよ、俺は!」

 

 赤髪の兵士の悲痛な叫びに、重騎士も含め、その場にいるもの全員が黙ってしまった。赤髪の彼だけが、肩でハアハアと息をしながら重騎士を睨みつける。

 

「悪いのは邪竜だけだ。ゼラやその父さんは被害者、なんじゃねえのか。全部ちゃんと知らされねえで、これをやるしかなかった、領民の命を守るために。そうだろ! 俺だって辺境伯の立場なら、同じことをしてたかもしれねえッ!」

 

 自分の周囲の人間を守る代わりに、それ以外を犠牲にするか。

 遠き地の者を守る代わりに、自分の周囲を犠牲にするか。

 

 そんな二択を突き付けられ、三択目を手繰り寄せる手筈もない極限状態で、後者を選べる者など果たしているのだろうか。

 

 赤髪の魂の叫びは、少年には痛いほど理解できた。吟遊詩人を仲間と信じているからこそ、彼の全責任を押し付けるような真似はしたくないのだ。今彼は、理不尽に肉親を悪く言われる痛みを、自分の感情と重ね合わせているに違いない。

 

 そんな彼に、追い打ちをかける真似はしたくはない。しかし、ここまで掘り下げた以上、真実を全て明るみにしなければ立てられる策も立てられないのだ。

 

 意を決して、少年は口を開いた。

 

 

「……いえ。ゼラさん、貴方は知っていましたね。アイビー殿下が生存していたことを」

 

 

 思えば、違和感だったのだ。

 

 少年は妖精の村において、彼らの過去の因縁をどうにかしたい一心で、自らが王族の将来の伴侶であることを公言し、そのわだかまりを振り払おうとした。その際、王族が現在も最前線で戦っていると告げてはいる。

 

 しかし。アイビー王女がかつてブロディア強襲の失敗の責任を取らされる形でハイアシンス王に国境沿いで戦わされ、戦死したという報はイルシオン全体を駆け巡っているはずだ。

 

 それは世俗に疎い妖精の村であろうとも、食材を売り捌き、塩を買い出しに外に出てくる以上、耳にしていないわけがない。

 

 そして、オルテンシアは死亡説こそ流れていたものの生死不明であり、生きていると信じている者も多くいた状態。

 

 さて、客観的に、少年の放った言葉を聞けば、どのように認識するのか。

 

 

──オルテンシア様が生きていて、この少年はそれと結婚するのだ。

 

 

 普通はそうとだけ捉えるものではないだろうか。

 

 少年自身、このとき、「オルテンシアに見初(みそ)められた」という発言をしているのだから、余計その結論となって不思議ではない。だが、アイビーの所在についての話題は、村の中ではついぞ出なかったから、第一王女は死んでいると思ったままの者が多数なのだ。

 

 彼女の生存を知るのは、城で少年の口からその真実を聞かされた者と、無骨な重騎士から聞く形となった老騎士のみであるはず。

 

 しかし。

 吟遊詩人はあの夜にこう言ってみせた。

 

 

『──アイビーのような下衆を選んでいるのなら、キミを殺さなきゃいけなかったところだ』

 

 

 これは、アイビーが死んでいると思っている者の発言としては不自然である。

 

 知っていたのだ。アイビーもオルテンシアも生きていて、そして、恐らくは神竜の軍勢について戦っていることさえも。

 

「そうだ。全て知っていた」

 

 観念したように。

 吟遊詩人は拳をグッと握り締め、強く歯を食いしばった。

 

「ボクらは戦力増強を要求されていてね。近日中に行われるであろうフィレネでの決戦が万が一失敗した時、神竜の軍勢は再びイルシオンまで上ってくるだろう。キミたちの死体を捧げて戦力とした上で、父が大部隊を指揮し港に陣取り迎え撃つ。あるいは想定以上に神竜らの足取りが早く、王城まで攻め上ったとしても、背後から奇襲をかける。……こういう策であるらしい」

 

 強い怒りと、深い悲しみ。それらが込められているような響きだった。

 

「……何故ですか」

 老騎士もショックを隠せない様子で、吟遊詩人に問うた。

「ペラルゴ様は四狗(しく)の提案になど乗らない。乗るはずがありません。たとえ自分の領民でなくとも、イルシオンの民全てを慈しまれるお方だったはずです。ブロディアとの軋轢(あつれき)ですら、常に言葉で分かり合えないかと苦心しておられた。そんなお方が、何故!」

 

 再び沈黙が走る。

 吟遊詩人が(うつむ)き、嗚咽(おえつ)を漏らしながらガタガタと震え始めた。

 

 少年は、その辺境伯の人となりを知らない。今しがた聞いたばかりだ。しかし老騎士が語った言葉と、重騎士がその通りだと頷いている様子を見るに、相当な大人物だったはずだ。

 

 全てのイルシオン国民を愛する人物が、領民のみを守ろうとする。

 四狗(しく)やヴェイルから相当な脅しを受けたのは予想ができる。

 

 だが、多少の脅しに屈するとも思えなかった。優しさを口にしながらも、国境戦には身を投じ、理想ではなく現実を見て武器で応じていたような男だというのだから。

 

 そんな人物が、四狗(しく)に膝を屈し、何もかも言いなりになっている。当然、何か決定的な裏があると考えてしかるべきだが……。

 

 まさか、と。少年はある最悪の結論に辿り着いた。

 

 その結論を元に考えると、全てに辻褄が合ってしまう。だが、そんな残酷な……と考え口ごもっていると、ついに吟遊詩人が自らの口でその真実を口にした。

 

「ボクの、父は……」

 

 少年の考えていた通りの、身の毛のよだつ真実だった。

 

 

 

「ヴェイル様……いや、ヴェイルが作った、異形兵となってしまったんだ」

 

 

 

 ……ようやく、吟遊詩人は語ってくれた。

 

 

*****

 

 

 邪竜が復活するよりも、だいぶ前のこと。(あるじ)であるヴェイルすらまともに姿を現さなかった時期に、セピアは邪竜復活の悲願を実現させるため、そしてイルシオン王族との繋がりを得るための足掛かりとして、辺境伯の領地へ身を寄せ、人知れず暗躍していたのだという。

 

 その活動の具体的内容が何であったのかは、彼にも判然とはしていない。

 

 だが、気が付けば彼女の策は全てうまくいっていたようで、今の四狗(しく)のメンバーと、(あるじ)であるヴェイルも領地に揃っていた。

 

 邪竜を復活させ、悲願を果たすためのピースは全て整ったのだと、彼女たちは笑っていた。

 

 これが、今年に入る直前の出来事だったのだ。

 

 裏で進められていた事態の事実関係を洗い出した吟遊詩人の父は、激しく憤っていた。手ひどく利用された、と唇を噛み締めていたという。

 

 何に、どのように利用されたのか、具体的なことは息子に一切話してはくれなかったが、ただこれだけを告げたのだ。

 

『儂は、王家に殉じなければならん。たとえこの身が滅びようとも、自らの領地から火種となった邪竜復活の芽は、絶対に食い止めなければならんのだ。それが、代々王家のため仕え続けたクレマチス辺境伯としての義務である』

 

 当初、吟遊詩人は父が何故そこまでの悲壮な覚悟を抱いているのか、本当の意味では理解できていなかった。邪竜復活は国民の悲願ではないのか。そんな疑問すら湧いてきた。

 

 ただ、武門の長としては当然の気概なのだろうと──そんな漠然とした感覚で、どこか他人事のように受け止めていたのだ。

 

 そう言い残し、行き先も告げずにわずかな手勢だけを引き連れて出陣していった父。

 

 年が明ける頃に帰還した時、父は一人であった。いや、正確には、彼を連れたヴェイルとセピアが一緒だったのだが。

 

『あまりに(うるさ)(はえ)でしたので、強制的に黙らせました。どうです? 貴方のお父様。凄いでしょう? 生前と全く変わらぬ思考回路、思想です。ただの骸だというのにね』

 

 父は、確かに以前と何一つ変わらない様子でそこに立っていた。

 

 身体の中心に、強大な雷の魔法で撃ち貫かれたような致命的な大穴が開き、その両の瞳に生の信念が一切宿っていないこと以外は。

 

 ヴェイルは、自らの創り出す異形兵には生前の意志を与えることができ、辺境伯の異形兵は今後のための『試作品』なのだと楽しげに言ってのけた。意志を持たぬ、ただの化け物にすることもできたが、使い道があるからあえてこうしたのだと。

 

 吟遊詩人は、目の前で何を言われているのか、全く理解ができなかった。

 

 ただ、直感的に悟ったのは。

 

 自分も同じように、自我を保ったまま死の淵を彷徨(さまよ)う化け物にされてしまうのではないかという圧倒的な恐怖。そして、尊敬していた以前の父を永遠に失ってしまったという、絶望的な悲しみだった。

 

『心配なさらずとも大丈夫ですわ、ジェラニウム様。貴方まで異形兵に変えるつもりはありませんの。これから起こる聖戦に向けて、少しばかり協力して欲しいだけですのよ』

『協力……? なぜ、お前たちに──』

 

 吟遊詩人が、セピアの妖艶な笑みに対して首を横に振り、激しく拒絶しようとしたその時、ヴェイルが一歩前に踏み出した。

 

『拒否権はありません。まだ状況が分かっていないようですから、教えて差し上げましょう。貴方のお父様ですが、私の意志一つでいつでも粉微塵にすることができます。ほら、試しにやってあげましょうか』

 

 ヴェイルは無邪気な子供のような邪悪な笑みを浮かべると、ぽん、と父の肩に触れた。直後、父の絶叫と共にその肩の肉がごっそりと抉り取られ、黒い瘴気となって瞬時に消滅したのだ。

 

『や、やめてくれッ! わ、わかった! なんでも言ってくれ! 協力するからッ!』

『もう死体だと聞かされているのに、それでもお父様を愛しているのですね。ふふっ、お気持ちよーく分かります。私も父ソンブルを敬愛し、深く愛しているのですから』

 

 ヴェイルはずいと顔を至近距離まで近づけ、憔悴しきった吟遊詩人に氷のような声で警告した。

 

『この愛する骸を完全に失いたくなければ、クレマチス辺境伯家は貴方も含め、これより我々の手足となって働きなさい。いずれ我々は国境からブロディアを攻め、指輪を奪います。その際、兵を貸し与え、我々の行軍を決して邪魔しないように。求めるのはそれだけです。簡単でしょう?』

 

『それから』

 セピアが横から口を挟み、補足した。

『これから世界各地に、数え切れぬほどの異形兵が現れることになりますが……貴方が我々との約束を守っている間は、貴方の領地だけは襲わせないと、こちらも約束して差し上げますわ』

 

 この日から、現在に至るまでの一年足らずの間。

 彼はただ、彼女らの言いなりになり続けるしかなかったのだ。

 

 無惨な骸となった父を守るため。そして、何も知らない領民を守るためだと、自らの感情をひたすらに殺し続けて。

 

 

*****

 

 

「でも、もう限界だったんだ……」

 

 全てを語り終えて。

 吟遊詩人は、全身から糸が切れたように深く崩れ落ちた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。