FEエンゲージ イルシオンの希望   作:あじさいファン

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第9章-2:誰もが己の出来ることを・その2

 時間は少し(さかのぼ)る。

 異形兵ローダンが、レスキューの杖によって窮地を救われた直後のことだ。

 

 

*****

 

 

 少年たちが見立てた通り、ローダンはそれまで拠点としていた村の裏手にある、山間の森へと転移させられていた。あと少しでも救出者の判断が遅れていれば、吟遊詩人が放った極大の炎により、完全に焼き払われていただろう。

 

「ぐ、ぐぐ……だ、だずがっ、だ……」

「いいから喋んじゃねえ。ほら、僧侶の異形兵どもが手厚く回復してくれるってよ」

 

 レスキューの杖を振ったその男は、異形兵でありながらローダン同様、流暢(りゅうちょう)に言葉を操っていた。

 

 先のフィレネ遠征において、四狗(しく)の力も借りず、当然、紋章士の指輪もないままフィレネ王城を単独で落としたイルシオンが誇る将校だった男──もっとも、それは本当は部下の兵士たちの手柄だったようだが。

 

 肝心の『慈愛の王女の指輪』簒奪(さんだつ)に失敗し、セピアに浅ましい命乞いをするも「次などない」と一蹴され、雷魔法トロンで心臓を撃ち抜かれて死亡した。

 

 敵国とはいえ、幼子が健気に守り育てていた『父親の果樹園』を、慰み半分に焼き払うなど、生前から性格に難がある……イルシオン軍の恥とも呼べるような人物であった。

 

 

 名を、()()()()と言った。

 

 

 盗賊上がりの刹那的な思考回路の持ち主であったが、暴力の実力だけはイルシオンの精鋭に並ぶほどであった。

 

 確たる型もなく、達人級の腕を持つわけではないものの、普通の人間なら多少なりとも抱いてしまう『手心』というものが、彼には一切欠落しているのだ。

 

 邪竜に魅入られてしまったハイアシンス王は、実力さえあれば人柄や身分すら問わぬ気質であったから、このような下劣な人物すらも将に成り上がれたのだろう。

 

 セピアに始末された際、たまたま傍にいたヴェイルが気まぐれを起こさなければ、意志を持つ異形兵になるどころか、フィレネの森に棲まう獣や鳥の餌になっていたに違いない。

 

 ローダンは、そして幼馴染にして妹分のアビュームは、この男が心底苦手だった。

 

 ハイアシンス王のことは尊敬していたが、何故こんな男が将として取り立てられ、真面目な自分たちが末端のままであるのか、まったく理解ができなかった。

 

 それが、異形兵と化した今となっては、皮肉にも不可欠な相棒となっていた。

 特に信頼や絆があるわけではない。しかし、アビュームと別行動をさせられている現状、まともに意思疎通が図れる人物は彼だけなのだ。

 

 ネルーケが煙草(タバコ)を二、三服する間に、物言わぬ周囲の異形兵たちの献身により、ローダンは少なくともまともに喋れるようにはなった。

 

 それでも辺境伯の息子が放った炎は凄まじく、身体の下半分が未だ黒く焦げ付いているため、『叫び』で異形兵を呼び寄せられるようになるには、もう少し時間がかかる。

 

 その間にあの砦の逃亡者たちによって、残った異形兵は始末されてしまうだろうが、あくまで一時的な安寧(あんねい)に過ぎないのだから、今のうちはせいぜい浮かれていればいいとほくそ笑んだ。

 

「……何故、貴様も回復に参加しない。杖が使えるんだろう?」

「不本意なんだよ。俺はもともと斧だけを振り回す戦い方をしてたんだぜ? ヴェイル様のご意向じゃなけりゃ、こんなつまんねえもの振んねえっての」

 

 ネルーケは、手に持っている豪華な杖を忌々しそうに睨みつけた。

 

 このレスキューの杖だが、普通の異形兵には到底使いこなせない代物なのだと、ヴェイルは語っていた。

 

 傷ついている者を選ぶだけで済む回復の杖や、突出している敵を手元に引き寄せる『ドローの杖』、身体を凍らせる『フリーズの杖』などは、自我を持たない一介の異形兵でも使用できる。

 

 しかし、『味方を引き寄せる』という性質を持つレスキューの杖は、『いつ、誰を、どのタイミングで使うのか』という高度な戦術的判断を要するため、意志を持たぬ異形兵には扱うことができないらしいのだ。

 

 だから、お気に入りのおもちゃであるネルーケにその大役を与えたのだと──ヴェイルは嗜虐的(しぎゃくてき)な笑みを浮かべてそう言った。

 

 ならば、元々杖使いだった者を意志のある異形兵にすればよいのではないか、という思考も脳裏をよぎったが、それ以上に『(あるじ)から特別に頼りにされている』という事実に、ネルーケはひどく高揚したのだった。

 

「貴様は知っていたのか? 自分自身が異形兵だったのだと」

「あん? 当然じゃねえか。俺はあの女に後ろから魔法で刺されて殺されてんだ。死んだこと覚えてねえほうがムリあるっつーの」

 

 ネルーケの嫌味ったらしい言葉に、ローダンの表情が歪む。自分がとうに死んでいると知ったのは、あの砦を守る重騎士の上司に指摘された時だったというのに、と。

 

「だが、今となっちゃ感謝してるぜ。斧を振り回すよりも、素手で敵をボコボコにした方が楽しいってのは、あの女が殺してくれて、新たな可能性を見出してなきゃ分かんねえことだったからなあ。ヴェイルサマ万歳、だ」

 

 下卑(げび)た笑い声を上げるネルーケ。

 斧を振り回すしか能がなかった盗賊上がりが、どういう采配をすれば武闘僧(マスターモンク)にさせられるのか。いくら(あるじ)の意向とはいえ、ヴェイルの悪趣味さは意味が分からないと、ローダンは困惑するしかなかった。

 

 

「ん、連中、動き始めたみてえだぞ」

 

 

 村を挟んで少し遠く、砦の様子をネルーケは目視した。

 逃亡者たちが荷馬車に乗り込み、移動を開始しようとしている。

 

「カカカカーッ! 馬鹿じゃねえのかアイツら! こっちには馬もグリフォンもいるんだぜ!? 全員で仲良く逃げようってか! そうはいかねえよ、なあ、ローダン!」

 

 勝ち誇って大笑いするネルーケだったが、ローダンは冷ややかな真顔のままだった。

 ノリが悪い、と顔を近づけてきても、表情を崩さない。

 

「もう少し待て。まだ叫べるほど体が癒えていない」

「カーッ! 早くしろよ異形兵ども! 逃げられちまうじゃねえかよ、なあ!」

「そう思うなら、貴様も回復に参加しろ。リライブの杖なら、そこの異形兵が予備で持っているぞ」

 

 本来ならば自分より末端の男からの指図。

 あまりにも腹立たしく、ネルーケは分かりやすく大きな舌打ちをして、異形兵が背中にくくりつけていた予備の杖を乱暴に奪い取った。

 

「感謝しやがれよローダン! 全て終わったら、ヴェイル様の愛を一心に受けるのはこの俺だぜ! お前は参加権、ナシ! いいな!」

「……好きにすればいい。私はただ、任務であの方の役に立てればそれでいい」

「つまんねーヤツ! 騎士ってのはどいつもこいつも堅苦しくていけねえな! お前も意志のない異形兵になってた方が面白かったんじゃねえの!」

 

 悪態をつきながらも、ネルーケは杖に意識を集中させる。

 その込められた魔力は、およそ盗賊上がりとは思えないほど強大だった。

 ヴェイル由来の恩恵により、ローダンの肉体が回復する速度は確実に早まっていった。

 

 

*****

 

 

 そうして回復を果たした直後。ローダンは異形兵召喚のため、おぞましい金切り声を上げた。

 

 間一髪の差だった。あとほんの数分でも回復が早ければ、第一陣の出発という最も無防備な瞬間を背後から蹂躙(じゅうりん)できていたはずだった。

 

 だが、このわずかな時間の差こそが、天が少年たちに味方したという確かな証。

 

 村の裏手から大量に湧き上がった異形兵の群れは、一目散に街道の荷馬車を追いかけようとする。森を抜け、背後からの強襲を目論んだ彼らだったが、少年の指示によって完全に狙い撃たれた。

 

 森から街道へ繋がる村の入り口で、あらかじめ待ち伏せされていたのだ。

 

 空から荷馬車を狙おうとする飛行兵は、男装の麗人を始めとする妖精の民たち、そして薄緑髪の弓使いが放つ矢によって次々と的確に叩き落とされていく。

 

 突進してくる分厚い装甲の重歩兵は、吟遊詩人を中心とした魔道部隊の魔法がことごとくその鎧を貫き、消し炭に変えていった。

 

 ならばと強引に駆け抜けようとする騎馬の異形兵たちは、赤髪と緑髪の兵士、そして老騎士が容赦なくその足を咎めていく。

 

 街道の突破を諦め、砦の民を直接狙おうと群がってくる歩兵どもは、正門の守備に入った無骨な重騎士の堅牢な盾が跳ね返し、その脇を固める子爵令嬢と薄赤髪の剣士の鮮やかな連携攻撃が次々に切り裂いていった。

 

 敵の凶刃によって傷を負った者が出ても、救護班の老人や妖精の回復部隊が、致命傷に至る前に素早く癒していく。

 

 主戦力の大半を村の入り口や砦の正面に割いているため、死角となる裏口側は妖精たちのみで守りを固めてもらっている。何かあればすぐに伝令を走らせるよう少年は厳命していたが、そちらへ向かう異形兵の数は思いのほか少ないのか、今のところ伝令が駆け込んでくる気配はない。

 

 まさに、盤石な防衛態勢であった。

 しかし、倒せど倒せどローダンは叫び続ける。敵は際限なく湧き上がってくる。

 

 すでに荷馬車の群れはすっかり見えなくなっているというのに、それでも街道の北へ走り抜けようとする異形兵は後を絶たない。

 

 その全てを、砦に残る戦力たちは次から次へと叩き潰していった。

 

 どれほど絶望的な波状攻撃を仕掛けられようとも、まるで淡々とした作業であるかのように、一切の隙を見せずに敵を潰し続けた。

 

 

 

 

 ……この過酷な攻防は、ひとまず一刻ほど続いた。

 

 

 

 

 さすがのローダンたちも、逃亡者たちが全員で逃げたわけではなく、強固なしんがりをこの砦に残していったのだという事実に気づいたのだろう。やがて彼が操る異形兵も、すっかり第一陣を追うことを諦めたのか、目先の敵──砦の連中を潰そうと躍起になり始めた。

 

 主戦場は村の入り口から、砦の周辺へと移り変わる。結果として、彼らは再び元の籠城戦を強いられているわけだ。

 

 

「……おかしい」

 この戦況に対し、召喚役であるローダン自身が深い疑問を抱いていた。

 

 

 特に何も考えないまま、ローダンの護衛として突っ立っているだけのネルーケには、その言葉の意味がまったく分かっていない様子だった。

 

「何がおかしいってんだ。いや、おかしいのは確かだなァ。こっちにはまだまだ大量の異形兵がいるんだ。戦えば戦うほど、ヤツらの体力だけがすり減っていく。虚無だ。()()()()()ってヤツだ。俺にはヤツらの足掻きが理解できんなァ、カカカッ」

「……そんな下らないことを言っているのではない!」

 

 的外れなことばかりを口にするネルーケに、ローダンは苛立たしげに声を張り上げた。

 奴らが、()退()()()()()()()()()()()()()()()()()が不自然なのだと説明する。

 

「民を守りてえんだろうが。俺らが先発の連中を追うのを諦めたから、砦の防衛に徹している……何もおかしくねえだろうが?」

「貴様がレスキューの杖を振ったことで、我々の潜伏地はすでに敵に気づかれているはずなのだ。わざわざ村の入り口まで接近してきた以上、そのまま一気に私の首を取りに来ようとしてもおかしくないはずなのに」

 

 だが、実際には彼らは後退した。

 

 厳密には、街道を走り抜けようとする異形兵が現れないよう、それなりの数の軍勢が見張りとして残っている状態ではあるのだが、主戦力の過半数は砦の防衛へと引き返している……。

 

「ローダン。俺がせっかくレスキューして命を救ってやったってのに、俺のせいだと言わんばかりに文句を言うのか? あァ?」

「……話にならん。貴様は黙っていた方がいい。頭が痛くなってくる」

「けッ。大方、この俺が護衛にいるってことが分かってビビって近づけねえんじゃねえのか?」

 

 シュッ、シュッ、と鋭い呼気を吐きながら、ネルーケは大木に向かって連続で拳を突き出している。

 

 人ならざる暴力的な筋力は、まるでボロ細工を殴りつけているかのように、硬い木の幹をいとも容易(たやす)くへこませていった。

 

「何か明確な狙いがあるはずだ。状況を動かすために、こちらから直接仕掛けた方がいいのか……?」

「オイオイ。そりゃあダメだってのは、俺にだって分かるぜェ。俺はお前が気に入らんがなァ、死なれちゃ異形兵の召喚が出来なくなっちまうだろうが。俺もお前も、前に出るべきじゃねえんだよ」

 

 ネルーケは思慮の浅い発言ばかりを繰り返すが、こればかりは(もっと)もな意見だった。

 

 向こうも、召喚者であるローダンを討てばこの無限の軍勢が止まることなど、とうに感づいているはずだ。それなのに、何故無益に見える防衛戦をただ耐え続けるのか。

 

 ローダンにはその真の答えがまるで分からず、苛立ちと共に戸惑うしかできなかった。

 

 

*****

 

 

「く……つられてこないか」

 

 

 一見無謀にも思えるこの泥沼の消耗戦だが、少年には確たる勝算に基づくいくつかの狙いがあった。

 

 まず、相手の陣営は『レスキューの杖』を所持している。

 

 使い手の所在や能力が不明な以上、こちらから森へ闇雲に攻め込んでも、敵将の首に刃が届く直前で逃げられてしまう可能性が高い。そうなれば、地の利がない森の奥深くで、無数の異形兵に精鋭たちが包囲されてしまう。

 

 救護班の老人が所持しているこちらのレスキューの杖は、これまでの酷使もあり、使えるのはあと()()だろうとのことだった。全員生存を絶対の目標として掲げる以上、これはどうしようもなくなった際の最終手段として残しておかねばならない。

 

 だからこそ、少年はあえて砦に留まり、防衛線が疲弊していく様を()()()見せたのだ。

 

 こちらが限界を迎えたと勘違いし、ローダンが嬉々として森から這い出てくればしめたものだった。

 

 今度はレスキューの杖で救助される暇すら与えぬよう、魔道兵を総動員して一瞬で消し炭にする算段。あるいは、危険を察知して敵が杖を使ったとしても、貴重な使用回数を削って逃げ場を失わせることができる。

 

 しかし、ローダンは──あるいはその(かたわ)らにいる杖の使い手は、少年が思った以上に慎重だった。なかなかこちらの罠には嵌ってくれない。

 

 

「でも……これでも構わない。どちらにせよ、貴様は詰んでいるんだ。そのはずだろう?」

 

 

 さらに言えば、ローダンの異形兵召喚には明確な制限があるはずだ、という読みもあった。

 

 吟遊詩人の話によれば、彼の父である辺境伯の身体は、ヴェイルによって直接魔力補給を二度も行われているのだという。ならば、あの無限にも思える召喚能力も、術者であるローダンの魔力──あるいは生命力そのものを、激しく酷使しているのではないか。

 

 ローダンは、自らがすでに死んだ異形兵であるという自覚すら持っていない状況だったという。自分が自滅へ向かっていることにも気づかず、このまま吠え続けて勝手に身体が砕け散ってくれれば、五日以上かかる見込みのこの防衛戦が、たった半日で終わる可能性すらある。

 

 しかし、そう都合よく事は運ばないだろう、とも少年は冷徹に計算していた。

 あの咆哮は、あくまでも伏兵への合図に過ぎず、すでに大量の異形兵がこの一帯に配置されているだけだとしたら。

 ローダンが自滅しても、残された異形兵の群れによる襲撃は止まらないという最悪のケースも視野に入れなければならない。

 

 

 ……その場合は、元々立てていた算段通りだ。

 こちらの体力が尽き、音を上げるのが先か。それとも、向こうの兵力が朽ち果てるのが先か。

 

 

 いや、少年は信じていた。自分たちの確かな勝利を。

 

 死地に残った仲間たちが全員生存を確信してくれているのだから、指揮を執る軍師が不安に呑まれることなど許されるはずもない。

 

 仮に敵の魔力が無尽蔵だとしても、異形兵が元々人間から造られている以上、総数には必ず、限りが存在するはずだ。

 

 また、異形兵の死体を再利用して新たな異形兵にすることもできない。何故なら、彼らの大半は死んだ直後、瘴気の霧となってこの世から掻き消えてしまうのだから。

 

 少年は今、妖精の民たちに守られながら、安全圏から冷徹に戦局全体を俯瞰している。

 

 

 ただひたすらに押し寄せる異形兵を削り続ける。

 変わらぬ過酷な戦況の中で、静かに、しかし確実に時だけが過ぎていく……。

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