「あの……オルテンシア王女、だいじょ……な、泣いてる!? 僕のせいですか!? ご、ごめんなさい!」
次に現れたのは、やけに自虐的妄想が激しい、暗い青髪と赤い瞳が特徴的な弓使いの男性。
ブロディアの第二王子、スタルークであった。
彼は以前、自分への自信のつけ方を教えて欲しいとオルテンシアに懇願したが、「いいところはいくらでもあるのだから、ありのままの姿を仲間として受け入れる」と彼女に言われ、すっかり仲良くなった経緯がある。
ブロディアの人間というだけで当初は彼が苦手だったオルテンシアも、今やすっかり打ち解けている。
スタルーク側も、彼女がまだ幼さの残る出で立ちだからか、かつてアイビーに対してはあった拒絶とは違って、当初から「イルシオンの王族だから」と忌避する様子はなかった。
「こら。逃げないでよ。あたしを慰めに来てくれたんでしょ」
「あ、その……そ、そうです。一人で来る勇気はなかったので、フォガート王子と一緒に……」
スタルークは後ろにいる同伴者に目をやった。
黒めの茶髪に浅黒い肌、そしてソルム王族の証である光の模様が目に刻まれている、自由奔放を具現化したような一見軽そうな男。
ソルム王国第一王子、フォガート。
女王制の国である故、王位継承権を持たない彼はどこまでも自由人であり、臣下二名を率いて平民たちに混じり、ソルムの自警団などをやっている。自警団とは名ばかりで、実際は国中を飛び回っているようだが。
幼い頃から父親と共に旅して回っていて、王族としての顔があまり知られていないのをいいことに、諜報活動を得意としているアグレッシブな男だ。
「大好きなオルテンシア王女が塞ぎ込んでるからね。いっそ
「あはは。こんな状況でも変わらず口説くのね、フォガート王子は」
誰にでも構わず開けっぴろげに好きだと言うフォガートの気質。
しかし、彼がソラネルにいる避難民の悩み相談に乗ったり、常に誰かのために動こうとする優しき人物であることをオルテンシアは知っている。変わらぬままでいる彼の様子に、少しばかり張り詰めていた気持ちが解きほぐされる思いだった。
「……さっき、カゲツとセリーヌ王女にしてた話、聞こえてた?」
「自分の家族が異形兵になったら、ってやつだよね。聞こえてたよ。俺は耳には自信があるからね。……多分、二人と変わらないんじゃないかな。俺は国のためなら、鬼になるよ」
軽いノリで、笑って言うフォガート。
しかしながら、その目に宿る光は真剣そのものだった。
次期女王である姉のミスティラや、母スフォリア現女王がもし異形と化したら。王族として、家族への情ではなく国を優先して討つ。そんな決意が秘められていた。
もちろん、そんな悲劇が起こってほしくないに決まっている。彼の強さの秘訣は、家族を守るための意志なのだから。しかし、情に絆されず非情になれることもまた、フォガートの持つ強さだった。
彼の言葉に強い同意を示すように、セリーヌが静かに首を縦に振っていた。
不意にオルテンシアが向き直る。
「……というか、ごめん、スタルーク王子。あなたの前でするべき話じゃなかったわ」
ことブロディアの王族に関して言えば、これがただの例え話ではない。彼らは実際に、その状況を経験しているのだ。
もう二、三ヶ月前のこと。邪竜ソンブルへの供物として捧げられた彼らの父、ブロディアの覇王モリオンは、異形兵として蘇らされ、デスタン大教会に足を踏み入れた神竜の軍勢と戦わされたのだ。
それを、スタルークは兄ディアマンドと共に討った。奇しくも今回のイルシオン王女姉妹と同じ地獄の構図を、先んじて彼らは経験しているのだ。
今回とあの時での明確な違い。それは、父ハイアシンスの命令に従って、当時オルテンシア自身が敵として神竜の軍勢と相対したという点だ。あのときの因果が巡り、今回は自分たちの番となっただけ。スタルークが、こちらに同じ思いをさせられて良かったと強く憎んでいたって、何らおかしくはない。
しかし、スタルークは言った。
「本音を……言いますね。オルテンシア王女には、そしてアイビー王女には。僕たちと同じ痛みなど、味わって欲しくはありませんでした……」
彼の目は潤んでいた。
それが紛れもない本心なのだと告げている。
「父が正気を保てず狂っている。その様を見せつけられるのだって苦しいのに……殺さないといけないなんて」
「……もうこれ以上、同じ思いをする者が現れないように、わたしたちがこの戦いを終わらせなければなりませんね……」
スタルークの震えるような願いを引き継いで、セリーヌが強い意志を固めて海の遠くを見つめていた。
フルルの港町のような凄惨な惨状を、そしてモリオン王とブロディアの王子たちや、ハイアシンス王とイルシオンの王女たちのような、大切な家族同士を殺し合わせる悪趣味な連鎖を、終わらせないといけない。
今この場にいない仲間たちも、決意は同じだろうと、今
「……っ! はぁっ、はぁっ……っ!」
その確信の最中、オルテンシアは不意に最悪の想像をしてしまった。
異形の父と戦うのすら、いくら彼自身が蒔いた種とはいえ、あれだけ心が張り裂けそうになったのだ。
もし、悪いことなど一切していない、大好きな彼氏くんとも戦わされたら……?
そうなったら、自分からは生きる希望など塵のように掻き消えるだろう。以後、心を持たない廃人のように生きるしかなくなるのではないか。それくらい、オルテンシアはあの侍従の少年を愛している。
「うっ、ううっ、うっ……ぐすっ、う……」
嫌な想像は留まるところを知らない。涙が止まらず、呼吸も恐ろしく乱れていく。
──あたしには、彼氏くんに対しては、今この場にいる友人たちのように非情になることは絶対に無理だ。
それでも他に方法がないから、半狂乱になって炎を投げつけて焼き払おうとする。すると彼氏くんは、きっと恨むどころか優しく微笑みかけてくれるだろう。
『僕を殺してくれるのが、オルテンシア様で良かった』
彼なら、きっとそんな優しすぎる呪いの言葉を吐いてしまう。そのリアルすぎる絶望の映像が、彼女の脳を完全に支配した。
身体がガタガタと震え、視界が涙でぼやけていく。
「オルテンシア王女!? 大丈夫ですか!?」
セリーヌが慌てて駆け寄り、オルテンシアの背中を撫でた。
そうされることで彼女は少しだけ落ち着きを取り戻したが、顔は真っ青なままで、今にも嘔吐しそうだった。
「ど、どうしちゃったの!? パンドロ呼んでこようか!? パンドロのリカバーならすぐに治るかも!」
神官として腕のある臣下を呼ぼうとフォガートが声を上げたが、当のオルテンシア本人に弱々しく制止させられた。
「う、うぅん……だいじょ、ぶ。ケガとかじゃ、ないわ……」
「で、でも、本当にどうしたんですか。まさか僕、何か余計なことを言ったのでしょうか……?」
オルテンシアの息が荒い様子を心配そうに見つめるスタルークは、自分のせいなのではないかと震え上がってしまう。
唯一、その理由に察しがついたカゲツだけが、冷静に分析して口にした。
「自分の恋人が異形兵になったのを想像し、戦々恐々としたのじゃろう。余はあまり交流をもたなんだが、筋肉もつかぬような、可愛らしいおなごのような侍従じゃったからなー」
「……えっ!? 恋人!? 侍従の子って、オルテンシア王女の恋人のことだったんですか!?」
直属の臣下クロエの影響でその手の話に聡くなってしまったセリーヌが、オルテンシアの背中をさすりながら目を丸くして驚いていた。
先程カゲツの口にした「侍従の子」とは、てっきり城に残した使用人全体とか、オルテンシアから見て年下の、女子の友人くらいに思っていたのだ。
オルテンシアにそんな人物が居たとは知らなかったフォガートやスタルークも、目を見開いている。
「あー! だから俺とのお茶会断ってたんだ! 納得! でも安心してよ! 俺にやましいこととか特にないからさ!」
フォガートが何やら一人で腑に落ちていた。
スタルークは「自分には恋愛の話など縁遠いし早い」などと言って顔を赤くしている。
自分の臣下に淡い恋心を抱かれているくせに……とセリーヌは思ったが、そこは黙っていることにした。
「ん? もしかしてこれ、言ってはいけない話だったんじゃろうか?」
「か……隠してたのは、事実だけど」
この甘ったるい空気に包まれて、オルテンシアはだいぶ落ち着きを取り戻したようだった。呼吸も安定し、顔色も少しずつ良くなってきている。
「申し訳ないオルテンシア様! それは知らなんだ! どんな罰でも受ける所存! 王族の秘密を漏らしたのじゃから至極当然じゃ!」
「あはは、そんなに怯えなくてもいいわ。あたしがこんな様子じゃ、そのうちお姉様あたりが説明してたと思うし」
必死に頭を下げるカゲツの様子が、オルテンシアにはなんだか少しおかしかった。
無理にでも笑顔を作ろうとしている彼女の様子を見て、スタルークは何やら決意をしたようだった。
「……僕らはこの後、
「そうなるね。ここからが正念場になりそうだ」
スタルークの確認に、フォガートが同意する。
それを受けてスタルークは言葉を続けた。
「オルテンシア王女の……その、恋人。イルシオンでの戦いが終わったら、僕らにも会わせてくれませんか。ぜひ、お話ししてみたいんです」
「……スタルーク王子」
目を見開くオルテンシア。
きっと彼は、仮に生きているとしても大変な状況にあることは予想される。
だから、『絶対に生きて再会できる』と信じての申し出はありがたかったが、どうして突然そんなことを言い出したのか不思議だった。
「僕、その、感謝してるんです。僕に、いいところがいっぱいだと言ってくれて……自信を、わずかにでもつけさせてくれたこと。だから、オルテンシア王女を支えてくれているその方にも、直接お礼を言いたいな、って」
「た、大したことしてないわ。それに、いつ会えるかもわからないのに、スタルーク王子にそんな気を遣わせるわけには……」
「ちょっとオルテンシア王女。まさか俺、紹介から仲間外れにされちゃわないよね?」
フォガートが笑顔で自分の胸を張ってみせた。
セリーヌも、オルテンシアの柔らかい頬をぷにぷにしながら優しく微笑む。
「オルテンシア王女の恋人。わたしも会ってみたいです。きっと、素敵な人なんでしょうね」
「みんな……」
誰もが、彼が生きていることを微塵も疑わず、笑顔で会う日を楽しみにしてくれている。
彼氏くんはかっこよくて可愛くて優しくて、あたしの自慢なんだと、今すぐ胸を張って
先程までの最悪な想像で凍りついていた心が、彼らの言葉の温もりでじんわりと溶かされていく。
彼氏くんは、仮に無事に城から逃げていたとして、今どこにいるかわからないし。邪竜との戦いが控えている以上、私情を優先させるわけにはいかない。みんなの優しさに甘えるどころか、自分一人で飛び立つのもやってはいけない。さっきやろうとしたけれど。
でも、絶対に生きて再会できるって、信じてもいいよね。
そんな胸に込み上げた感謝の言葉が喉から出かかっていたが、口にする前に、この温かい空気は一旦強制終了させられた。
「カゲツ。ここに『居た』か」
目が金色なこと以外、服から肌に至るまで黒一色を
「むっ、ゼルコバ。どうしたのじゃ?」
カゲツは相棒の突然の登場に驚いた。
彼は集団で騒いでいるのをあまり好まない傾向にあるから、この場に自ら来るのは、よほどの事情がなければあり得ない。それを示すように、ゼルコバは少し切羽詰まったような表情をしていた。
「『生存者』が見つかった。『男の子』なのだが、『瓦礫』に挟まっていて身動きが取れていない。神竜様や他の者たちも『必死』に救助を試みているが、『人手』が足りん。近くにいたお前を呼びに来たんだ。……『王族』の方々も手伝っていただけますか」
それを聞いて、断る者など神竜の軍勢にはいない。
何かに集中できそうになかったオルテンシアも、周りの制止を拒否して「あたしもその子供を助ける」と、ゼルコバの案内についていったのだった。
*****
「……なんて、
男の子が埋まっている瓦礫の周囲を見渡し、その凄惨な状況にセリーヌは思わず口を手で押さえた。
無惨に転がる死体の山。どれも、人としての原型をとどめていないものばかりだった。
セリーヌは視察でフルルの風車村をたびたび訪れていたから、この倒壊した家が、朗らかで子沢山の大家族であったことをよく覚えていた。先程までオルテンシアに対して見せていた気丈な虚勢は全て吹き飛び、彼女はその場にへたり込んでしまった。
実は兄のアルフレッドは、優しすぎるセリーヌがこの惨状を見てこうなってしまうことを見越して、彼女に「オルテンシア王女を慰めるべきだ」と伝えてあったのだ。もちろん、オルテンシア本人が心配だったのもあるのだが、一番の理由は妹への配慮だった。
「ああっ、セリーヌ様……! オルテンシア王女のところにいたはずでは……!?」
へたり込んだセリーヌの下へすぐさま駆け寄ったのは、直属の臣下であるクロエだった。
腰まで伸びるウェーブのかかった水色の髪と、少し垂れた翠の瞳を持つ女性。
かつては天馬に乗っていたのだが、現在は部隊の戦略的な判断により、兵種を変えてグリフォンの扱いに長けるようになっている。当のグリフォンは、離れた場所で
もう一人の臣下でありクロエの相棒でもある重騎士のルイは、黙々と瓦礫の撤去作業に集中しており、こちらへやって来る気配はない。
「……ごめん、あたしが来ちゃったから」
「いいえ……オルテンシア王女のせいではありません。わたしは……見ておかなければならない光景でした。真にフィレネを思うならば、決して目を背けてはなりません……」
セリーヌは、オルテンシアを心配してそちらへ気を逸らすことで、無意識のうちにフルルの惨状から目を背けようとしていたのだと語った。
そんな彼女の痛切な姿を見て、オルテンシアは理解した。誰かがパニックに陥ると、傍にいる者はやけに冷静になってしまうということを。先程のセリーヌのあの余裕は、自分の様子が目に見えておかしかったからなのだと。
「……お前っ、見たことある、ぞ……!」
未だ瓦礫の山から抜け出せていない男の子だが、上半身だけはかろうじて動かせる状態だったようだ。必死の形相で、真っ直ぐにオルテンシアを指差していた。
「お前っ……イルシオンの王女だろうッ! ぼくのねえちゃん……お前の城の、じじゅう……侍従長の家に、お嫁にいったんだぞ……!」
「えっ……マグノリアの……?」
イルシオン王城の侍従長。
父ハイアシンスの即位以前、祖父の代から既に仕えている、三十年以上も侍従を務める大ベテランで、ソルムとの国境沿いに故郷があると言っていた。顔付きがいつも険しく、若い侍従たちからは恐れられているようだが、根は温かい人物。確かに彼女は、フィレネから息子の嫁を迎えたのだと嬉しそうに語っていた覚えがある。
「結婚式でイルシオンに行った時……ぼくは、そこでお前を見たんだ! 間違いない!」
血を吐くような少年の叫びに、オルテンシアは息を呑んだ。言われてみれば五年ほど前、侍従の詰所あたりをうろちょろしていた見知らぬ男の子がいたような気がする。それが彼だというのか。
そういえばあの時、式の準備で慌ただしい両家族に代わり、侍従長が城で一時的に彼の面倒を見ているのだと、そんな説明を確かに聞いた記憶がふと蘇った。
「お前らが……お前らイルシオンが、ぼくの家族を……! みんなを! 殺す……イルシオンの奴ら、絶対に殺してやるッ!」
まだ幼さの残る男の子の瞳には。
イルシオンという国そのものに対する、強烈な憎悪と復讐心が宿っていた。
突然ですが第1回オリキャラ人気投票・主要キャラのみ。投票期間は2026年8月中。1位のキャラは朱鷺夜が絵にしてくれるぞ!
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少年:主人公
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子爵令嬢:ライラ
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吟遊詩人:ジェラニウム
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赤髪の兵士:グラディオ
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緑髪の兵士:ローレル
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無骨な重騎士:カラバッシュ
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青髪の天馬兵:バニラ
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老騎士:ガランサス
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薄緑髪の弓使い:ナスタ
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救護班の老人:リフレクサ
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男装の麗人:アデルファ
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薄赤髪の剣士:アザレア
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幼き侍従・双子の姉:スズ
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幼き侍従・双子の姉:ラン