ロビュスト砦における、少年たち避難民と、ローダンおよびネルーケ率いる異形兵の戦いは拮抗していた。
ローダンは不定期に異形兵を『叫び』で少数、あるいは一気に三十体ほど召喚するという行動を繰り返していた。この不定期というのが曲者で、編成も人数も召喚者であるローダンの気分で変わるものだから、対応策をその場その場で決めなければならない。
やはりこちらを牽制するように、一、二体ほど、機動力のある騎馬やグリフォン兵を単独で飛ばしてくることもある。これにより弓兵部隊の動きが常に釘付けにされ、それ以外の対処に気を逸らすことは許されなかった。
砦に向かってくる者のうち、重歩兵は吟遊詩人を始めとする魔道部隊が、それ以外の歩兵や騎兵は、こちらの優秀な騎兵三人を中心に、子爵令嬢と薄赤髪の剣士が的確に処分していく。未だに彼らの動きに衰えはない。
だが、少年は感づいていた。少しずつ、しかし確実に皆の疲労が溜まっていっている。今のままでは確実に敗北するだろうと。
精神的にも肉体的にも負担がかかりすぎる戦い方を向こうに強いられている以上、このまま寝られないとなれば、当初予定していた『五日間戦い抜く』という想定はおろか、明日、明後日には誰もが戦えなくなってしまっているだろう。第二陣出発後の全滅は必至だ。
雪山に陣取られてしまった以上、敵将に近づいての直接撃破はより困難となっている。元々そうするつもりだったが、こうなれば本当に『叫び』の反動による自滅を狙っていくしかない。
となれば、向こうが理性を失って大量召喚をしたくなるような状況を作り上げるしかないわけだ。
方法はひとつ思い浮かぶのだが、それをいつ行うかということと、そもそもそれを実行するのはこちらにとっても危険すぎやしないかという思考が、少年の脳を支配してくる。
ということで少年は、正面の防衛線の維持を妖精たちに任せ、しんがりを務めることになる者たちを一度、砦内に招集した。空腹状態になっている戦闘員には食事をするよう促しながら、自分の作戦を伝える。
「……以上が僕の策なのですが、どうでしょう。皆さんの意見を伺いたいんですが」
目先の話だけをすれば民には犠牲が出ない方法ではあるのだが、第二陣が逃げる手段を失う可能性を否定できない。そうなると結局犠牲が出てしまう。
それ故に、少年は頼ることにしたのだ。これ以外にいい方法があるなら教えて欲しいし、今提案した策を補強できるのであればして欲しいのだと。
仲間たちはお腹を最低限の料理で満たしながら、少年の案についてあれこれ思考を巡らせた。
「ローダンが焦ってたくさん異形兵をけしかけてくるかもしれねえのは確かだな。むしろそれ以外に方法はねえんじゃねえの」
「私もそう思うわ。厳しい戦いになるかもしれないけれど、こんな状態で寝ずに、じり貧で戦うよりはマシよ」
赤髪の兵士と子爵令嬢は、少年の策を肯定した。
ローダンが動くかどうかという点に関しては、少年自身も不安視はしていない。だが、別のところに懸念点が多すぎるのだ。聡明な仲間たちは、やはりその部分を的確に突いてきた。
「今やローダンは、召喚すれば自分の身体に大きな影響を与えることを知っている。身体が砕け散るギリギリで止め、また回復したら異形兵を呼び出してくるだけじゃないかな」
こう言ったのは緑髪の兵士だ。
ローダンの隣にいるネルーケという男は杖使いであり、野卑な言動と見た目の割にだいぶ冷静な思考回路を持っていると推察される、と吟遊詩人が言っている。この男がいる限り、ローダンに無茶な真似をさせることはないと考えていいだろう。
「ギリギリで留まったとして、回復までに時間がかかるのではないか? その間に、現れた異形兵を全て殺してしまえば、本当に逃げてしまえるかもしれんぞ。それこそ我々がしんがりを務める必要すらなくなる」
男装の麗人が言ったことは、この場に居る者にとって希望ではあった。
ローダンの召喚に反動が多かれ少なかれ存在し、それが異形兵の操作数と比例しているであろう現状では、当然、回復にかかる時間も比例するのだと考えるのが自然なのは確かだからだ。
だが、具体的にどれほどの時間がかかるのかはわからないし、ネルーケの杖により回復速度が速まってしまえば、第二陣と共に出発してもすぐに追いつかれ、身動きが取れなくなることも予想される。
それに。
「向こうはどうにも慎重な立ち回りをしている。我々の軍師が張った『罠』を見抜き、召喚してくる数を適度な数に留めてくる可能性もある。罠だと感づかれれば終わりだ。二度目はうまくいかない」
「確かに……そうですよね。それが今のローダンの全力なのか、手を抜いているのかも判断がつかない状態ですし……」
無骨な重騎士の冷静な分析に、薄緑髪の弓使いはわかりやすく表情を暗くした。
せめてローダンとネルーケの姿を目視できればいいのだが、雪が降り始めている今では、いくら弓使いの素晴らしい視力をもってしても、山の上に人影すら確認することは厳しいとのことだった。
「ともあれ、実際のところ、やる価値はあるでしょうが、揺るがぬ説得力が必要ですな」
「説得力……ですの?」
老騎士がぽつりとつぶやいた言葉を、薄赤髪の剣士が
「ええ。『これは罠ではないか』と怪しまれてはならない。敵将二人に、身体が砕けるほどに叫び、異形兵を大量に動かさなくてはならないと、真に思わせる必要があるということです」
「言葉にするのは簡単ですけれど……実行に移すのは厳しいのではなくて?」
彼の言う通りだった。少年も、その説得力を生み出す方法を色々考えていたのだが、どうにも思いつかないのだ。
慎重な敵将二人の度肝を、これまでに何度も抜いてしまっているせいで、多少の小細工ではすぐに意図が読まれてしまうのがわかる。そんな連中を確実に動揺させ、焦らせ、ある種の自殺行為に走らせてしまう方法……。
重々しい沈黙が流れる。
それ以上建設的な意見は出なくなってしまうかと思われた、その中で。
「……ない、わけじゃない」
険しい顔をして手を挙げたのは、吟遊詩人だった。
「おお、ゼラ殿。少年の策を確実なものとする案がおありなのですかな!?」
目を輝かせる救護班の老人。
だが、なかなか吟遊詩人は言い出せず、真面目な目をして深く考え込んでいる。
少しの時間を置いて、唾をごくりと呑み込んでから、彼は切り出した。
「ボクとライラちゃんが、連中の見えるところで裸となって愛し合えばいごひょおおおおおおっ!?」
言い切る前に、子爵令嬢と男装の麗人と薄赤髪の剣士による怒涛の三連撃が彼の全身を
「真面目に聞こうとした私が馬鹿だったわ」
「貴様はいちいちそういうことを言わねばならん病気なのか? あ?」
「ジェラニウム……いい加減にしませんと、貴方一人を雪山に放ってローダンたちの餌にしますわよ」
呆れ果てて溜息をつく子爵令嬢。
もう一度殴ろうとする男装の麗人。
そして、身体を震わせて怒る薄赤髪の剣士。
「ごみぇんにゃしゃい……真面目に……言いましゅ……」
情けない恰好で倒れ込んでいた吟遊詩人は、何事もなかったかのようにすっくと立ちあがった。本当は殴られても全然痛くないのではないかと、少年に余計な思考が走った。
「奴らをパニックに陥らせる方法は、本当に思いついてるんだ」
……吟遊詩人の真面目な提案を、少年たちは耳にした。
「だけどこれは、今すぐ使える手じゃない。夕方から夜──その上で、どれだけ遅くても、バニラちゃんが帰還するよりは前に行うのがいいんじゃないかと思うんだ」
懸念点がまったくないわけではない。しかし、それでも、このままじりじりと削られていくだけよりは幾分かいいのではないか。
少年は、皆の顔を見た。
特に反対しようという様子は誰にもなかった。
むしろ、どんな危険をも乗り越えてやろうという気概が、そこにはある。
「……では、ゼラさんの力を借りた上で僕の作戦を実行しましょう。明日の……いえ、もう日を跨いでいるので、今日ですね。今日の夜、日が落ちた直後に実行します。それまで、耐えられますか?」
仲間たちは全員、首を縦に振った。
妖精の村出身の二名も、「妖精たちはタフだし、受けた恩を返すためにこの策を嫌がる者などいない」と断言してくれたのだった。
*****
「おいおい、連中よォ。バカの一つ覚えみてェに、ずーっと出てきた異形兵の対処しかしてねェぜ。カカカーッ! ずっと寝てねえよなァ! もうそろそろ一気に決めちまわねェか!?」
……それから、六刻以上が経過。
朝を越え、正午を越え、昼下がりを越え、夕方になっても、砦に籠城している者たちは大きな行動を起こす様子がなかった。
最初に逃げ出した連中さえ守れればいいとでも考えているのだろうか。戦っている顔ぶれも変わらず、ただひたすらローダンが『叫び』により出現させている異形兵を対処し続けている。
しかし、油断したであろうタイミングでこちらが勝負に出ようと四十体ほどけしかけても、あっさりとそれを鎮圧してみせている以上、こちらも大々的に動くことは出来ない。
異形兵を召喚したりしなかったり。
相手の出方を窺うような、遅延戦術。
優勢なのは、本来ならば異形兵側の方であるはずだった。
この戦いが始まってから一日以上経つが、このまま寝ずに戦い抜くつもりなのだとすれば愚かな連中だ、とネルーケは
異形兵は寝る必要がないが、人間はいずれ肉体が限界を迎え、そのうち幻覚を見始める。それがわかっていないはずはないのに、何故無意味に抗うのか、理解に苦しんだ。
「……いいや、まだだ。大量召喚による圧殺は、確実に仕留められると判断した時点で行わねばならん。奴らの時間は有限だが、我らは無限に等しいのだ。焦る必要もあるまい」
「ケッ。良い子ぶりやがって。アビュームちゃんだっけ? お前のオンナに早く会いたくねえのかよ」
そんなネルーケの挑発じみた言葉も、ローダンは冷淡に無視した。
まともに取り合うだけ時間の無駄であると悟ってしまっているからだ。
ネルーケも、無視されたからといって、いちいち傷つくような男でもないし。
「まァいいや。んで、具体的にどうするつもりなんだ?」
「深夜だ。もうそろそろ連中も限界になるだろう。そのときに、身体が砕け散る限界まで吼えて、一気に砦を制圧する」
「オイオイ、気が長ェな。もう決着をつけていいだろうよ」
「……ここから私が召喚するのは、
「で、お前の回復も兼ねるってワケね。カカカ、なるほど。悪くはねえが……向こうも回復しちまわねえか?」
「物陰から隠れての行動を徹底させる。向こうも狙いにくいだろう」
これを少しずつ、今から解き放とうというのだ。連中の苦戦する顔が、遠巻きからではよく見えないのが残念なほどである。
対策するならば、回避能力を無視できる魔道兵だろうが、
「──まァ、そううまくはいかねえよな」
……更に一刻弱。日は完全に落ちてしまっている。連中はかなり
それもそのはず。高い攻撃力があるわけではないのだ。じわじわと削ることに長けていても、重騎士の分厚い盾で防がれてしまえばどうしようもない。
そのために前に出し過ぎないよう、突出している歩兵を狙うように指示していたのだが、
やはり向こうの軍師は臨機応変に戦法を変えてくる、柔軟な思考回路の持ち主だ。あなどってはならない。
「で、どうすんだよ? このまま同じことやり続けるのか?」
「ああ。しかし、半刻に一度へとペースを落とす。もう
数が少ないとは言ったが、たった四回を出して終わりなほど少なすぎるわけでもない。あくまでも他の兵種と比べて少ない、というだけだ。
メインの戦力にすべき異形兵はまだまだ残っている。圧殺し、全てを終わらせる時間は迫っているわけだが、連中は気づいているのだろうか。気づいていてもどうしようもない、というのが正しいところか。
「カカカッ。まァ、俺らの勝ちだよ。戻ったら祝杯でも挙げよう、や──」
ネルーケの気が完全に緩みかけた、そのときだった。
砦の屋上から、何やら魔法の光が打ち上がっている。
やけに魔道に長けている、例の吟遊詩人によるものなのだろうか。こちらの正確な居場所を特定し、遠距離魔法で撃ち抜こうという腹なのかとネルーケは警戒したが、ローダンは否定した。
「いや。あれほどの遠距離からこちらを直接攻撃できる魔法など、規格外の魔導書『メティオ』でもない限り不可能だ。そして奴らはそれを持っていない。遠距離魔法で攻撃される懸念はない」
であれば、あれはいったいなんだというのか。
……その答えを知りたくて、彼の打ち上げた代物に目を向け続けたのがいけなかった。
赤と緑と黄の玉が円を描くように空中を舞い、それが一か所に集まったその瞬間。
「ぐあ……!?」
「ぎゃあああああーっ!?」
鋭い閃光が、二人の目の奥を焼いた。あまりにまぶしすぎる光を、山の上から直視してしまったのだ。
「くそ、目くらましかよ!?」
ネルーケは慌てて、持っていたリライブの杖をローダンに振り
「な……!?」
*****
少年の策は、実に単純なものであった。
──荷車を外に出し、第二陣が出発するように見せかける。
ただし、馬を犠牲にしてはならないから、馬は砦の中で待機。あくまでも荷車のみ。これに慌てたローダンの、理性を欠いた大量召喚を誘発する。
一度これが決まってしまえば、後日本当に出発する際にも「また罠ではないか」と疑心暗鬼になり、大量召喚を
しかし、最初に行うこの『偽装出発』には、敵を本気で焦らせるだけの説得力が必要で、それを補う方法が見つからなかった。
そこで名乗り出たのが吟遊詩人だ。彼が、『三属性融合の花火』を打ち上げて、光の出力を大幅に上げ、これを直視するであろうローダンとネルーケの目を
向こうに杖使いがいる以上、最悪の場合ローダンの目はすぐに回復してしまうだろうが、回復にかかっている『視界が奪われている時間』を利用して、荷車を素早く配置する。すると視力が戻ったローダンは、置かれた荷車を見てこう思うはずだ。
『今の目くらましは、我々の目を盗んで本当に逃げるためのものか!』
まんまとそう思い込んだローダンは……。
「来たぞ! 大量の異形兵だ!」
百以上、いや、二百にも上る異形兵が砦の周囲を完全に取り囲んだことを、屋上にいる吟遊詩人が叫んだ。すぐさま、休養のため砦内に戻っていた弓兵部隊が屋上へ戻ってきて、砦の周囲を守る近接攻撃部隊も一斉に戦闘態勢に入る。
今までは自分たちよりも少ない数で波状攻撃をしかけてきた異形兵だが、今回ばかりは数がこちらを圧倒的に上回った。
だが、定石はわかっている。砦の防御に徹し、騎兵を始めとする遊撃隊が敵の遠距離部隊をいなしながら、歩兵でじわじわ敵を削っていく。
かなりの死闘になるが、彼らの決意と戦闘能力ならきっと凌げると、少年は固く信じていた。
……ただひとつ、吟遊詩人が語った大きな懸念点。
『あの魔法は目くらましになるが、同時に父への合図にもなってしまう。合図を見た父が軍を指揮し、こちらへ来てしまうだろう』
異形兵と化したという吟遊詩人の父の軍と、ローダン率いる異形兵。この両軍勢からの挟撃を食らえば、確実に全員死ぬ。
だから、これは命を張った賭けだった。
ローダンがこちらの意図に気づかず、異形兵を召喚しつづけ、自ら身体を砕いて死ねば勝ち。身体を砕かなくとも、敵の異形兵の残数がゼロになるか、限りなく少なくなってもよい。その結果を、吟遊詩人の父が到着するまでに導き出せなければ、負け。
「僕らに余裕はもうない。今まで互いによく頑張ってきたよね、ローダン。最後の我慢比べをしようじゃないか」
少年は暗闇に沈む
突然ですが第1回オリキャラ人気投票・主要キャラのみ。投票期間は2026年8月中。1位のキャラは朱鷺夜が絵にしてくれるぞ!
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少年:主人公
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子爵令嬢:ライラ
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吟遊詩人:ジェラニウム
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赤髪の兵士:グラディオ
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緑髪の兵士:ローレル
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無骨な重騎士:カラバッシュ
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青髪の天馬兵:バニラ
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老騎士:ガランサス
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薄緑髪の弓使い:ナスタ
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救護班の老人:リフレクサ
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男装の麗人:アデルファ
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薄赤髪の剣士:アザレア
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幼き侍従・双子の姉:スズ
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幼き侍従・双子の姉:ラン