FEエンゲージ イルシオンの希望   作:あじさいファン

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第10章-2:絶望、そして・その2

 ローダンは自らの身体を顧みることなく、異形兵の大量召喚を強行した。けたたましい絶叫と共に、その全身へ無数の亀裂が走っていく。

 

 (くら)んだ目を徐々に闇へ慣らしながら、ネルーケは相棒へ回復の杖を振るい続けた。随伴していた武闘僧(マスターモンク)は、先ほど吟遊詩人が単身で森へ現れた際、ローダンが全軍突撃を命じたために魔力の炎へ呑まれ、すでに消滅している。

 

 そのことを思い出し、今なお燃え盛る山麓の村を見下ろせば、ネルーケの内に忌々しさが込み上げた。何故、俺がこれほど必死にならなければならないのか、と。

 

 だが、少しでも手を緩めれば、ローダンの身体は今度こそ崩壊しかねない。ここで敗走すれば、(あるじ)たるヴェイルの怒りを買い、その父ソンブルによって跡形もなく処断されるだろうことは、想像に(かた)くなかった。

 

 セピアの『トロン』に背後から撃ち抜かれた、あの最期。同じ末路を繰り返すわけにはいかない。

 

()()()()()だ……! 逃げられると思うな……ッ。馬ごと皆殺しにしてやる。決戦だ、逃亡者ども!」

 肩で荒く息をしながら、ローダンが雪上へ膝をつく。

 

 限度を超えて召喚したため、周囲に潜む異形兵の残数は千を大きく下回り、彼自身の身体にも深刻な損傷が及んでいた。回復にはしばらく時間を要するだろう。

 

 だが、召喚した三百五十という数は、砦の周囲に展開する敵の総戦力の三倍近くに達する。

 

 そして、今しがた自分たちの目を焼いた、辺境伯の息子による曲芸じみた大魔法。その()()()()()を、ローダンもネルーケも理解していた。

 

 実際に目にするまでは、あれが(くだん)の術だとは知らなかった。だが、あれはブロディアとの国境に領地を構えるクレマチス辺境伯本人へ合図を送るための連絡手段──『花火』と呼ばれるものだ。

 

 辺境伯とローダンたちは、作戦上、密に連絡を取り合っていた。故に当然知っている。辺境伯もまた、(あるじ)ヴェイルの手で作られた、意志ある異形兵であることを。自分たちと同じ存在なのだ。

 

 彼へ合図を送ってしまった以上、二日と経たぬうちに、辺境伯は大部隊を率いてここへ現れるだろう。その時まで避難民が残っていれば、不出来な息子もろとも皆殺しにする算段を立てるはずだ。

 

 奴らは、自らの手で自らの首を絞めた。あとは、ここで足止めに徹すればよい。

 

「感謝する……ネルーケ。貴様がいなければ、今の大量召喚には二の足を踏んでいただろう。貴様は、私にとって欠かせぬ相棒だ」

「カカカ! やーめろ、気持ちわりィ! お前はいつもみてェに、憎まれ口を叩いてりゃいいんだよ!」

 

 毒づきながらも、ネルーケは満更でもなさそうだった。照れ隠しとばかりに、振るっていたリライブの杖の先で、ローダンの身体をこつんと叩く。

 

 やがて、(くら)んでいたネルーケの視界もすっかり元へ戻った。

 相棒へ杖を(かざ)したまま、山上から砦の方角を見やる。

 

「奴らも馬鹿な連中よ。急いで荷車なんざ出して、大事な馬を外へ晒しちまうもんだから、ここに釘付けになっちま──うん?」

 

 その時、ネルーケは異変に気づいた。

 

 見間違いか。それとも、まだ目が闇へ完全に馴染んでいないのか。

 そう疑い、山麓から順に、視界へ映るものを一つずつ確かめていく。

 

 いまだ燃え盛る森と、村の家屋。炎には、そろそろ自然に鎮まりそうな気配がある。

 

 最前線で戦う異形兵に続き、突撃する予定の騎兵と歩兵部隊。

 

 弓と魔道を扱う遠距離部隊。すでに砦の屋上から浴びせられる攻撃の餌食となったのか、その数は大きく減じている。

 

 さらに、重装兵をはじめとする歩兵部隊。軽装の者から、敵の精鋭どもに次々と消滅させられていた。後回しにされている重装兵も、時折飛来する魔道によって一体、また一体と焼き払われていく。

 

 そして──門の内側。堅牢な扉の前に並べられた、大量の荷車。

 

 

「馬はどうした!? 馬の死体がねえぞ!?」

 

 

 そうなのだ。

 

 今回の大量召喚は、敵の前線が数に押されている間に、魔道や弓、飛行兵の手槍や手斧によって、()()()()()()ために行われたものだった。

 

 初めは外へ出されていた馬を、すでに砦内へ避難させたのか。

 

 否。異形兵の大群が門を突破しようとしている最中に、悠長に扉を開いて馬を入れる暇などなかったはずだ。

 

 ならば、答えはもっと単純だった。

 

「連中……またしても、我々を(たばか)ったのかッ!」

 

 あの目眩ましが敵の増援を大量に呼び寄せる諸刃の剣であることを、術を放った本人が知らぬはずもない。連中は、辺境伯が来援するという破滅の危険を背負ってでも、こちらに『逃亡の準備をしている』と錯覚させ、この大量召喚を誘い出したのだ。

 

 これもまた、敵の軍師とやらの策なのか。

 

 自らを背水の陣へ追い込みながらも、こちらを確実に破滅させようとする執念。それは、敵ながら見事と認めざるを得なかった。

 

 何としてでもその軍師を見つけ出し、首を刎ねてやる。連中の抱く希望を、絶望へと塗り潰してやる。

 ローダンもネルーケも、同じ憤怒に駆られていた。

 

「この知略を前にしては、我々ばかりか、後から来る辺境伯すら手玉に取られかねん! やはり私が異形兵の群れへ紛れ込み、将の首を直接取るしかない!」

「馬鹿言うんじゃねェ! またジェラニウムの野郎の魔道に焼かれるのがオチだ! 今度は助けてやれねえかもしれねえぞ!」

 

 ネルーケが持つレスキューの杖。その有効範囲に砦の入り口が収まるかどうか、まさに際どい距離だった。山上からでは、なおさら厳しい。

 

 重装兵であるローダンが闇雲に突撃したところで、他の異形兵もろとも討ち取られるだけなのは目に見えている。

 

「……俺が行くぜ。リライブの杖も、そろそろ壊れちまいそうでよ。お前も、これ以上の召喚はきついんだろ?」

 

 前線に立つ異形兵がすべて消滅してなお、後続の兵力には余裕がある。だが、肝心のローダンの身体が、それまで持ちこたえられそうになかった。

 

 ならば、自分たちの死地をここに定め、あとは辺境伯へすべてを託した方がよいのではないか。ネルーケはそう考えた。

 

 辺境伯の率いる兵は優に三千を超える。記憶に間違いがなければ、人間と異形兵がほぼ半数ずつだったはずだ。この地に潜む異形兵の残存戦力にも気づき、合流させれば、三千七百を超える大部隊となる。

 

「何を言っている! ヴェイル様から寵愛を(たまわ)るのではなかったのか!?」

「お前こそ、アビュームちゃんはどうするんだよ。ケッ、想い合ってる奴らはいいよな。……わかってんだよ。俺が戻ったところで、ヴェイル様にとっちゃ、ただの駒でしかねえってな」

 

 二人は互いを睨みつけた。

 

 即席の相棒だけでも、何とか生き延びさせられないか。どちらも胸中で、同じことを考えていた。

 

 できることなら敵を殲滅し、二人揃って生還したい。だが、そのような都合のいい策は、もはや残されていなかった。

 

 奴らの思惑どおりに踊らされ、この場で全滅するか。このまま逃げ帰り、邪竜の親子や四狗(しく)に命で責任を取らされるか。あるいは、どうせ命を散らすのであれば、敵へ一矢報い、託すべき相手へ後事を託すか。

 

「……本当は俺ぁ、逃げてェんだがなあ」

 生前にそうしたように──ネルーケは、小さく呟いた。

 

 ここにセピアはいない。ヴェイルへ背くのは心苦しいが、誰も知らぬ土地へ逃げおおせれば、このように神経を張り詰めた戦いなどせずに済むのではないか。

 

 しかし、ネルーケは逃亡を選ばなかった。

 

 当然、イルシオンへの忠義などではない。(あるじ)たるヴェイルへの想いですらなかった。

 

 目の前の相棒と共に、自分たちを虚仮(こけ)にした軍師とやらへ、一泡吹かせてやりたい。ただ、それだけだった。

 

 そして、その思いはローダンも同じだった。

 

「カカカ。もう後戻りはできそうにねェなあ。まーったく、嫌な奴と組まされたもんだ」

「同感だ。組んだ相手が貴様でなければ、こんな死に方を選ばずに済んだかもしれん」

 

 互いに悪罵(あくば)を投げつけながらも、そこに憎しみはなかった。

 

 最後の策を練る。

 忌々しい敵を、確実に討ち取るために。

 

 

*****

 

 

 吟遊詩人が三属性を融合させた目眩ましを放ち、ローダンによる異形兵の大量召喚が行われてから、二刻ほどが経過していた。

 

 こちらは致命傷を負わぬことを最優先とし、無理に敵を切り伏せようとはせず、砦の門へ群がる異形兵を順に仕留めている。

 

 裏口側も同様だった。正門と比べて敵の数は少ないものの、防衛に当たるのは妖精の中でも実戦経験に乏しい若者が多い。少年は、砦の屋上からの援護射撃を活用し、何より自らの命を優先して戦うよう命じていた。妖精たちも、その指示へ素直に従っている。

 

 厄介な敵の遠距離部隊に対しては、三人の騎兵が突出して孤立せぬよう互いを支えながら、着実に各個撃破を重ねていた。

 

 飛行兵への対処は弓兵に委ねられている。だが、妖精の射手たちも、薄緑髪の弓使いもあまりに優秀で、敵をまともに近寄らせることすらなかった。

 

 第一陣の背後を目指して防衛線を抜けようとする騎兵が、一体として現れなかったことも、少年たちにとっては僥倖(ぎょうこう)だった。すべての敵が、砦を陥落させることだけに躍起となっている。最初に離脱した者たちを今さら追っても無駄だと、ローダンたちも判断したのだろう。

 

 あと一刻足らずで、再び日を跨ぐ。

 

 ローダンたちとの戦いは、間もなく三日目へ突入する。度重なる遅延戦術がじわじわと効き、戦闘員たちの身体は限界へ近づいていた。五日間を戦い抜くという目算は、やはり無謀に過ぎたらしい。

 

 それでも、仲間たちは誰一人として音を上げなかった。大量召喚を誘発できた以上、たとえ敵にまだ異形兵の残弾があろうとも、次の召喚までには相当の猶予を要するはずだからだ。

 

 目視で推定した二百ほどという数は外れ、実際にはその倍近い敵が潜んでいた。だが、現在の兵を召喚して以降、ローダンの叫びは響いていない。

 

 ネルーケが回復を担っている以上、まだ生きてはいるのだろう。しかし、無事では済んでいないはずだ。それが、この絶望的な戦場に残された最大の希望だった。

 

 砦で待つことしかできない民たちも、恐怖に打ち克ち、外で戦う者たちへ懸命に声援を送り続けていた。

 

 少年の策は、必ず成る。自分たちは勝てる。

 誰もが、そう強く信じてくれていた。

 

 この二刻の間に、敵の残数は百をわずかに上回る程度まで減少した。実に二百五十体近くを(ほふ)ったことになる。目障りな遠距離部隊と飛行兵は壊滅。残るは歩兵、重装兵、騎兵。そして、素早く動き回る隠密(シーフ)が複数体といったところか。

 

 いまだ砦を包囲されている状況に変わりはない。だが、こちらは数人が軽傷を負ったのみで、大きな損害を出してはいなかった。

 

「妖精の村を救っていただいた時から思っていましたけれどっ! 貴方たちの軍師、本当にこれまで戦場へ出た経験がありませんの!?」

 

 砦正面の防衛に当たる部隊の中には、薄赤髪の剣士と、その死角を補うように戦う子爵令嬢の姿があった。

 

 その後方では、妖精の近接部隊と共に、無骨な重騎士が分厚い盾を構えている。迫り来る軽装の異形兵を受け止め、手にした斧で着実に傷を負わせていた。

 

 敵は、いまだ一体として砦内へ侵入できていない。盤石の防御陣である。

 

「ええ、そうよ! 仕事がっ、いつも完璧な、私の侍従仲間で! 大事な友達っ! オルテンシア殿下のことが、とっても大好きな! 一途な男の子よ!」

 

 子爵令嬢は、敵を決して自らの間合いへ踏み込ませない。投擲武器が飛来しても、天性の戦闘勘でひらりと避ける。避けきれぬものは、薄赤髪の剣士が華麗な剣技ですべて受け止め、武器ごと叩き落とした。

 

 妖精の村長宅で初めて顔を合わせた、わずか数日前。それが嘘であったかのように、二人の連携は長年の戦友にも比肩するほど息が合っていた。

 

「……貴女、彼のことが、好きなんですの!?」

 

 薄赤髪の剣士は、斧を振り回して突進してきた異形兵を難なく(かわ)す。均衡を崩したその胴を、容赦なく剣で薙いだ。

 

 大量召喚された異形兵は、どれも異様なほど生命力が高い。いかに強烈な一撃を浴びせても、一度では仕留めきれない。

 

「ええ、好きよ! 皆、彼のことが好きなの! 私の後輩なのに、私が彼を支えた回数よりっ、彼に支えてもらった回数の方が多いし! 彼を嫌っている侍従なんてっ、一人もいないわ!」

 

 背を切り裂かれ、怒り狂った異形兵が振り返る。その動きよりも早く、子爵令嬢の鋭い刺突が敵の胸を貫いた。

 

 微塵のぶれもない、槍による強撃。穂先は的確に急所を穿(うが)ち、異形兵は全身を痙攣(けいれん)させながら金切り声を上げ、絶命した。ほどなく、その亡骸が灰へと変わっていく。

 

 これでも、早く仕留められた方だった。正面には、まだ多くの敵が残っている。

 

「そう、じゃ、なくってっ!」

 

 子爵令嬢の隙を狙い、二体の異形兵が迫る。得物は、どちらも小振りの剣。

 

 その凶行を阻むべく、薄赤髪の剣士が跳躍した。時計回りに身を翻しながら二体を斬り抜け、鮮やかに雪上へ着地する。

 

 手傷は負わせた。だが、浅い。

 

「何よ、恋愛的な話!? ないわよ! 彼は可愛いけどっ、異性愛の対象じゃない! 私の好みはね、がっしりしていて、頼り甲斐のある人なんだから!」

 

 怯んだ二体へ止めを刺そうと、子爵令嬢が踏み込む。しかし、危機を察したのか、二体の異形兵は共に後方へ宙返りし、その刺突を回避した。

 

 この曲芸じみた動きが実に厄介だった。こちらに蓄積した疲労も相まって、戦闘がここまで長引く一因となっている。

 

「……カラバッシュさん、みたいな!?」

「はい!?」

 

 思いもよらぬ名を出され、子爵令嬢は身体ごと薄赤髪の剣士へ振り向いた。

 

 後方で防衛を続ける、無骨な重騎士。イルシオン王家へ仕える忠義厚き人物であり、父祖の代から重騎士として国を守り続けてきた騎士家系の男である。

 

 言われてみれば、確かに好みかもしれない。子爵令嬢は、そう思った。過酷な数日間の戦いにあって、そのようなことを考える余裕など一度もなかったのだが。

 

──その時。

 

 こちらへ飛来する鋭い殺気に気を取られ、子爵令嬢の反応が一瞬遅れた。

 

 銀光を放つ投げナイフ。

 隠密(シーフ)狼騎士(ウルフナイト)が得物とするそれは、刃に毒を塗り込めた危険な武器だった。

 

「しまっ──」

 槍を振り上げて弾こうにも、間に合わない。凶刃は、子爵令嬢の鼻先へ迫った。

 

 雑談を続けながら戦うよう促したせいで、彼女を危険へ晒してしまった。薄赤髪の剣士は顔を青ざめさせ、庇おうと咄嗟に飛びついた。

 

「ライラちゃんッ!」

 

 だが、彼よりもなお速く、疾風のごとく駆け込んで子爵令嬢を突き飛ばした者がいた。

 

 口を開けば求婚の言葉ばかりを並べる、あの吟遊詩人である。風魔法を緩衝材として、砦の屋上から迷わず飛び降りてきたのだろう。

 

 子爵令嬢が立っていた場所へ入れ替わるように、吟遊詩人が銀のナイフの射線へ身を晒す。

 

「ゼラ!? 貴方、どうして!」

 子爵令嬢の脳裏に、数日前の光景が蘇った。

 

 砦へ辿り着く以前。デスタン大教会にある王家の墓所から秘密の避難通路へ入ろうとした直前、ソンブルが送り込んだ五体のグリフォン兵と戦った時のこと。

 

 戦う力を持たぬ次期侍従長が、今と同じように自分を突き飛ばした。敵の攻撃から、自らを庇うために。

 

 あの時は、老騎士が神速の馬術でグリフォン兵を足止めし、赤髪の兵士が馬もろとも宙へ躍り上がる剣技で敵を叩き殺してくれた。

 

 だが、今、その二人は緑髪の兵士と共に少数の遊撃隊を組み、厄介な兵種を引きつけて戦っている。助けを求められる状況ではなかった。

 

 しかし、吟遊詩人は次期侍従長とは違う。確かな力を持つ、れっきとした戦士である。

 

「残念! ボクに入刀できるのは、可愛い女の子だけなんだ」

 訳の分からぬ軽口を叩きながら、吟遊詩人はナイフが届くより早く、小規模な風の障壁を展開した。その風圧で、刃の軌道を逸らそうと試みる。

 

 わずかに逸れた。

 深々と突き刺さることだけは避けられた。勢いを失った投げナイフは、後方の重騎士や妖精たちへ届くことなく、その場へ落下していく。

 

「……く……っ!」

 だが、刃は吟遊詩人の頬を浅く掠めていた。

 

 毒が塗られている。頬へ刻まれた一文字の傷は瞬く間に膿み、その周囲がどす黒い紫色へ変色していった。

 

 強烈な神経毒が全身へ回り、吟遊詩人は膝をついて、一瞬意識を失いかける。その姿を好機と見たのか、十体近い異形兵が、それまで重騎士たちと交戦していたことすら忘れ、一斉に彼へ襲いかかろうとした。

 

「ジェラニウム!……わ、わたくしが助けないと!」

 薄赤髪の剣士が身を翻した。

 

 体勢を崩した子爵令嬢には、彼を守りに行くことができない。

 門前で戦っていた妖精たちも、重騎士も虚を突かれ、反応が遅れている。

 

 なにより、敵の数が多い。ならば、多少の無茶をしてでも自分がやらなければ。

 

 だが、人は焦燥に駆られた時ほど、周囲への注意を失う。

 

 薄赤髪の剣士の死角から、二本の手斧が飛来した。

 

「アザレア!!」

 

 子爵令嬢が咄嗟に叫ばなければ、薄赤髪の剣士は凶器の接近に気づかぬまま、首を刎ね飛ばされていたかもしれない。

 

 顔の真横へ迫った手斧を、瞬時に身を沈めて回避する。二本の凶器は頭上を通り過ぎた。射線上には、子爵令嬢も吟遊詩人もいない。

 

 しかし、そのわずかな隙が命取りとなった。

 

 吟遊詩人の救援へ向かう機を、完全に逸してしまったのだ。

 

「いやっ、ジェラニウム!」

「待って、私が助け──」

 

 子爵令嬢が、手にした槍を投げ放とうとする。

 だが、間に合わない。

 

 吟遊詩人にも、咄嗟に魔法の障壁を張り直す余裕など残されていなかった。

 

──終わりか。

 

 迫り来る無数の凶刃を前に、吟遊詩人は死を覚悟するしかなかった……。

 

 

 

 

 

 だが。

 

 天は、この軍勢を見放してはいなかった。

 

 虚空から飛来した複数の手槍が、異形兵たちへ的確に突き刺さり、その動きを封じ込める。

 

 致命傷へ至らなかった者の方が多い。だが、吟遊詩人の命を繋ぐには十分だった。

 

 稼がれた一瞬を逃さず、吟遊詩人は掌から炎を放ち、至近距離に迫っていた異形兵たちを焼き払う。

 

「さ……三体は仕留めた、けど。なかなか、しぶといねえ……」

 火炎を放った反動を利用し、吟遊詩人は後方へ──薄赤髪の剣士の隣へ着地するように──跳び退きながら体勢を整えた。

 

 今の手槍は、誰が放ったのか。薄赤髪の剣士は周囲を見回す。

 

 手槍の扱いに長ける緑髪の兵士は、まだ離れた場所で交戦を続けている。

 

 ならば──。

 

 

「みなさあん! ご無事でしたかあああ!」

 

 

 夜空を仰ぐ。

 そこには、誇らしげに翼を羽ばたかせる天馬と、その背で満面の笑みを浮かべる青髪の少女の姿があった。

突然ですが第1回オリキャラ人気投票・主要キャラのみ。投票期間は2026年8月中。1位のキャラは朱鷺夜が絵にしてくれるぞ!

  • 少年:主人公
  • 子爵令嬢:ライラ
  • 吟遊詩人:ジェラニウム
  • 赤髪の兵士:グラディオ
  • 緑髪の兵士:ローレル
  • 無骨な重騎士:カラバッシュ
  • 青髪の天馬兵:バニラ
  • 老騎士:ガランサス
  • 薄緑髪の弓使い:ナスタ
  • 救護班の老人:リフレクサ
  • 男装の麗人:アデルファ
  • 薄赤髪の剣士:アザレア
  • 幼き侍従・双子の姉:スズ
  • 幼き侍従・双子の姉:ラン
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