FEエンゲージ イルシオンの希望   作:あじさいファン

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第10章-5:絶望、そして・その5

 ネルーケ。

 かつてイルシオンの将であり、死後、ヴェイルの手によって意志を持つ異形兵と化した男。

 

 

 

 森の中にある、名もなき村の出身だった。もっとも、その村がどのような景色をしていたのか、今ではまるで覚えていない。

 

 決して、他人から褒められるような人生ではなかった。

 

 どのような両親のもとへ生まれたかで、人の一生は決まる。そう唱える学者もいるらしい。己の来歴を振り返れば、その説は正しかったのだろうと思わされる。

 

 父親は酒乱。母親は淫売だった。家の中では絶えず暴力が飛び交い、その矛先は、日常的に幼い自分へ向けられた。

 

 誰も助けてはくれない。身を守るには、より強い暴力を振るうしかない。痛みの中で、そう学んだ。

 

 父は、酒に酔い潰れている隙に、酒瓶で頭をかち割って殺した。惨状を目の当たりにし、腰を抜かして怯える母の姿を見た時、とてつもない高揚感が全身を包み込んだ。

 

 ああ、だから父も母も、あれほど自分を殴ることが好きだったのか。初めて理解した。

 

 自分へ正(・)し(・)い(・)教(・)育(・)を施してくれた母へ、今度は同じ教えを返してやろう。そんなつもりで、近くにあった包丁を手に取り、滅多刺しにした。

 

 母が、許してくれと懇願する意味は、最後までわからなかった。自分の行いが正しいと信じていたからこそ、青痣ができるほど子供を打ち据えてきたのではないのか。

 それが、自らが暴力を受ける側へ回った途端、浅ましく命乞いを始める。その身勝手さには、どこまでも呆れ果てた。

 

 だが同時に、一つの真理へ辿り着いた。

 

 

 暴(・)力(・)と(・)は(・)、自(・)分(・)が(・)痛(・)め(・)つ(・)け(・)ら(・)れ(・)ぬ(・)た(・)め(・)の(・)、最(・)も(・)優(・)れ(・)た(・)防(・)衛(・)手(・)段(・)な(・)の(・)だ(・)と。

 

 

 両親を殺した自分は、身一つで村を出た。後から訪れた巡回兵は、両親の惨殺死体と、消えた子供の状況を見て、『一家は賊に襲われ、子供は攫(さら)われて身売りに出されたのだろう』と、勝手に判断するはずだ。幼いながら、そこまで冷えた頭が回った。

 

 そうして、生きるために自分が行き着いた先は、ほかならぬ『賊』という生き方だった。

 

 得物には斧を選んだ。初めは家から持ち出したものを使い、それが駄目になれば、襲撃した武器屋から新品を奪った。

 

 まともな型など知らなくとも、力任せに振り回せば人は死ぬ。狙うのは、戦いの経験など持たない民ばかり。正規兵が現れれば、戦わず逃げればいい。それで十分だった。

 

 腹が減れば奪う。欲しい物があれば奪う。そんな悪辣な、その日暮らしの生を、三十年近く続けた。

 

 並の盗賊は欲を掻きすぎ、いずれイルシオン兵に討たれる。だが自分は、必要以上を望まなかった。奪う相手を慎重に選び、勝てない相手からは迷わず逃げる。それを徹底した結果が、このしぶとい命だった。

 

 

 

 そんな自分に転機が訪れたのは、今から僅か一年前のことだ。

 

 時には、賊へ身を落とすしかなかった若者を利用し、徒党を組むこともあった。だが、概ね一人で行動していた自分も、ついにイルシオン兵の罠へ落ちた。

 

 王都で裁きを受けさせるのだと、山上の城にある地下牢へぶち込まれた。

 

 人を殺し、物を奪い続けた悪名高い盗賊。その場で斬り捨てられずとも、いずれ見せしめとして処刑される運命だと、兵たちは嘲笑(あざわら)った。

 

 だが、その窮地から救い出してくれたのは、ほかでもないイルシオン王ハイアシンスだった。

 

 王は、目深にローブを被っていた当時のヴェイルと、後に自分を雷で撃ち殺すことになる忌々しい魔竜族の女──セピアを伴い、牢へ現れた。

 

『三十年も騎士団から逃れ続けた腕と、その明晰さ。お父様の野望を果たすための、大きな戦力になるでしょう』

 ヴェイルの言葉を受け、ハイアシンス王は自分を牢から解き放った。

 

 そして、イルシオンの将として才を振るうよう命じた。若い盗賊たちを束ねていた実績を買われ、部隊まで与えられた。

 

 そればかりか、戦果次第では爵位さえ授けると囁かれた。人を殺し、奪うことしか知らなかった、この薄汚い自分に、だ。

 

 天は、自分へ味方した。これまで歩いてきた泥水のような人生は、すべて、ここから成り上がるための布石だったのだと確信した。

 

 ハイアシンスのためではない。ヴェイルやセピアのためでもない。邪竜へ傾倒し、目の焦点すら合っていない王も、得体の知れないローブの小娘も、高慢な魔竜族の女も、内心ではクソくらえと思っていた。

 

 ただ、己が這い上がるための踏み台として、いくらでも利用してやるつもりだった。

 

 王の命令は、何でもこなした。兵は駒のように使い潰し、手柄は余さず自分のものとした。

 

 そして最後に命じられたのが、フィレネ王城襲撃という大役である。女王が厳重に保管する『慈愛の王女の指輪』を奪え、という指令。人間へ一切の手加減をしない残忍な気質を認められての大抜擢なのだと、自分は理解した。

 

 フルルの風車村では、子供が『父の大切にしている果樹園だ』と喚いていた場所を、構わず焼き払った。

 

 それによって国を混乱させ、後から来る異形兵の小部隊へ陽動を押しつける。その部隊を率いていたのが、ローダンだったらしい。今にして思えば、二人の奇妙な因縁は、あの時から始まっていたのだ。

 

 自分は、任務を見事にやり遂げた。四狗(しく)の援護すら受けず、付き従う兵を利用し、自らの手でフィレネ王城の制圧へ成功した。

 

 これほど危険な橋を渡ったのだ。王からは伯爵程度の地位を貰わなければ割に合わない。制圧した王城の玉座へ座り、そうほくそ笑んだものだった。

 

 ただ──肝心の指輪だけが見つからなかった。フィレネ第一王女セリーヌが、城外へ持ち出していたためだ。

 

 逃げたはずの王女が、のこのこと城へ戻ってきたところまではよかった。問題は、彼女が『神竜』なる存在を伴っていたことである。

 

 連中は、セリーヌの指輪を含む三つの力を引き出し、三人の紋章士を顕現させた。ほんの僅かな人数でありながら、圧倒的な力で、自分が率いる大部隊を蹂躙(じゅうりん)してしまったのだ。

 

 部下を盾にして、どうにか王城から逃げ延びた。だが、その先ではセピアが待ち構えていた。

 

 指輪を奪えなかったことに苛立つ女へ、『指輪は神竜の軍勢が持っている』という情報を手土産に差し出し、手打ちにしようと交渉した。

 

 しかし、セピアは冷酷だった。

 

『次はないわ。失敗したのなら、わかっているわよね?』

 そう言い放ち、逃げようと背を向けた自分を、無慈悲な雷魔法で背後から刺し貫いた。

 

 

 ……こうして、自分は一度死んだ。

 

 

 だが、ヴェイルの温情により、意志を持つ異形兵として、再び泥の中から這い上がった。

 

 ローダンは、自身が死体であることに気づいていなかったらしい。しかし、自分は最初から、己がどのような存在へ変えられたのか理解していた。

 

 ヴェイル様は、こんな自分へ二度目の機会を与えてくださった。ならば今度こそ、その恩義へ報いなければならない。そう、鼓動のない冷たい心臓へ誓った。

 

 半月ほど前から、同じく意志を持つ異形兵である辺境伯と、密かに連絡を取り合った。来たるフィレネとの大戦へ向け、準備を進めるためだ。

 

 同時に、『自分へ一泡吹かせたあの男の逃げ場を奪い、じわじわといたぶって殺したい』という、セピアの悪趣味な望みを叶えるべく、裏で盤面を整えてきた。

 

 ヴェイル様より新たに授けられた、武闘僧(マスターモンク)の力。斧を捨て、不慣れな杖の扱いも、死者の身体で短期間のうちにものにした。

 

 時には辺境の村へ赴き、異形兵の素体を作るため、無力な民を素手で殴り殺した。その時は、斧を使うより効率がよく、愉快だとさえ感じた。

 

 そして──今回の作戦が幕を開けた。

 

 ロビュスト砦へ逃げ込んだ連中を、辺境伯の息子の合図に合わせて挟撃する。逃げ道を奪い、絶望の淵へ立たせてから、一人残らず皆殺しにする完璧な算段だった。

 

 ところが、砦で待機し、内部から民を殺戮するはずだった辺境伯の息子が裏切った。ローダンが不審に思い、単身で確認へ赴いたため、ようやく異常を察知した。やむなく作戦を変更し、砦ごと圧殺しようとしたのだが。

 

 東から現れた援軍によって、その確勝の策すら瓦解させられた。その一団へ混じっていたのが、セピアが憎悪する『一泡吹かせた男』──軍師気取りの侍従の小僧だった。

 

 あの小僧のために、策を何度も躓(つまず)かされた。そして最後には、避けようのない炎に焼かれ、死ぬしかなくなった。

 

 いや。あの小僧一人の力で、すべてを覆されたわけではない。周囲の連中が、あいつの無茶な策を信じた。そして、その策を命懸けで実行できるだけの実力と、互いを支える『絆』を持っていたからだ。

 

 誰かを信じる力。それは、自分が三十数年の人生で、ついぞ得られなかったものだった。

 

 ……あまりにも眩しい。目を背けたくなるほどに、眩しすぎる。

 

 決して、他人から褒められるような人生ではなかった。盗賊の末路など、この程度のものだ。一度目と同じ、当然の報いを受けるだけ。

 

 それでも、完全なる死を目前にして、考えずにはいられなかった。

 

 もし、自分にも誰かを信じることができていたなら。誰もが正しいと思う道を選べていたなら。この結末とは違う場所へ、辿り着けていたのだろうか、と。

 

 最後の最後で、ローダンという男だけは信じてみようと思った。

 

 ただの気まぐれだ。融通の利かない、いけ好かないほど愚直な男。だが、自分とは違い、あの男には、その帰りを必要として待つ者がいる。たとえ互いに異形兵へ成り果てた後であろうと、帰る場所が残されている。そのことだけは、少し羨ましかった。

 

 ローダンは、自分が死んだところで心を痛めはしないだろう。盗賊上がりで、威張ることしか能のない薄汚い男を、好きになる者など、この世のどこにもいない。

 

 それでも、短い間ではあったが、悪くない相棒だった。できることなら、この忌々しい連中をしっかりと潰し、その後は、アビュームとやらと幸せな余生を送ればいい。

 

 背中から撃たれ、惨(みじ)めに終わった一度目の死と比べれば、なんと綺麗で、上等な死に方だろう。

 

 誰かの盾となって死ぬ。騎士や、国へ忠誠を誓う者にとっての、最良の死に様。己の出世欲と生存本能しか持ち合わせなかった自分には、永遠に無縁のものだと思っていたのだが。

 

 

──らしくねェな、俺。

 

 

*****

 

 

 迫り来る死の火球を避ける術(すべ)はない。ネルーケは、静かに運命を受け入れた。

 

 

「カカカ……じゃあな、相棒。楽しかったよ、なァ?」

 

 

 轟音と共に、強烈な炎がネルーケへ激突した。魔力によって生み出された業火が、盗賊上がりの男を、周囲の雪もろとも焼き尽くしていく。

 

 ネルーケは、惨(むご)たらしく命乞いをして叫ぶことはなかった。

 

 人を人とも思わず、自らへ牙が向けば喚き散らすような三下の男。そんな彼は、この燃え盛る死の瞬間、歪んだ形でありながら、本物の『将』としての矜持(きょうじ)を得たのだ。

 

 強烈な魔力が、異形兵としての限界を迎えさせる。足元から灰へ変わり、やがて、その全身が炎の中へ消え去った。

 

「……ネルーケ……」

 その背後で、ローダンは、相棒の死が遺した残滓(ざんし)の前へ立ち尽くしていた。

 

 生前、騎士団へ所属していた頃。あのような薄汚い男が将へ取り立てられたことを、嘆かわしく思っていた。いくら味方とはいえ、死んで当然の屑。そう見下していたはずだった。

 

 なのに。何なのだ。この、身を引き裂かれるような悲しみは。

 

 この戦いで、まともに意思を交わせる相手が、彼しかいなかったからか。それを失ったことによる、戦略上の損失を憂(うれ)えているだけなのか。

 

 違う。

 

 そうではないことを、ローダンは理解していた。

 

 この短い戦いの中で、彼を相棒として、友として、確かに信頼し始めていたのだ。胸の内へ広がる寂寥感(せきりょうかん)。自分まで灰となって崩れてしまいそうなほどの喪失感。それは、戦力を一つ失っただけで生じる痛みではなかった。

 

「……貴様の死は、無駄にはしないぞ」

 

 あの男が、自分を魔法から庇って死んだ。歪みながらも美しい献身へ報いるため、為すべきことは一つしかない。

 

 こんな場所で、敵に殺されてはならない。勝利を確信する連中の首を、必ずや取らねばならない。そのためには──。

 

 

「オオオオオオオオオッ!」

 

 

 ローダンの全身へ、甲高い音を立てて亀裂が走った。

 

 今の状態では、何もかもを捨て去らない限り、潜ませている七百体の異形兵を引き出せない。それでも、呼び出せる数がゼロというわけではなかった。

 

 残る全霊を振り絞る。この場を切り抜けるため、最も確実な手段。

 

 それは、逃げることだ。

 

 いかなる状況にあろうと、騎士は敵へ背を向けてはならない。イルシオン重騎士団へ配属され、最初に叩き込まれた絶対の訓戒である。盾を持ち、民を守る者は、何があろうと敵へ盾を、武器を向け続けよ、と。

 

 ならば、その教えを真っ向から否定してやろう。騎士のように誇り高く死んだネルーケとは、正反対の道を選ぶ。生き延びることによって、確実な勝利を手にするのだ。

 

 悲痛な召喚に応じ、姿を現したのは、僅か五体。ローダンの両脇を固めるのは、二体の武闘僧(マスターモンク)だった。杖すら所持していないが、『チェインガード』を発動させるための兵である。二体合わせ、二度までならば、いかなる攻撃も防げる。

 

 残る三体は、飛竜へ跨る異形兵。上空の天馬兵を足止めし、弓使いや辺境伯の息子の注意を引きつけるための囮だった。

 

「泥を啜(すす)り、地を這ってでも生きる。そう言っていたな、女。ならば私も、そうさせてもらおう」

 ローダンは、背へ括りつけていた誇りの大盾を、雪へ深々と突き立てた。

 

 重装の枷(かせ)となる盾を捨て去り、二体の武闘僧(マスターモンク)と共に敵へ背を向け、全速力で走り出す。炎の壁が視界を隔てる今が、逃亡の好機だった。

 

 この火も、間もなく消える。ネルーケが命と引き換えに生み出した僅かな時間を、無駄にするわけにはいかない。その後の算段は、既に立てている。今は、脱出だけを考えればいい。

 

「逃がさねえよ、バカが!」

 上空から天馬兵が吼えた。

 

 手槍を投げようと構えるが、斧を振り回す飛竜兵から強襲を受け、対応を余儀なくされる。迎撃へ集中せざるを得ず、逃げるローダンを追う余裕はない。

 

 二人の弓使いによる射撃で、一体の飛竜が撃ち落とされた。だが、まだ二体が残っている。ローダンが距離を取るには、十分だった。

 

「……暫(しば)しの安息を得るがいい。だが、このまま勝てるとは思うなよ」

 

 時間を稼ぐ囮を一瞥(いちべつ)し、ローダンは、軋みながら崩れゆく身体の警告を無視した。そのまま村へ、そして森の奥へと、姿を消していった。

 

 

 

「くッ……追撃を……! すみませんが、私に代わってローダンを……!」

 先ほど不発に終わった奥義の反動により、老騎士は馬へ乗ることすら満足にできなくなっていた。

 

 幾日も続いた睡眠不足と疲労。強靱な肉体も、ついに活動の限界へ達していたのだ。

 

 指示を受け、赤髪と緑髪の兵士が、馬の腹を蹴って追跡へ移ろうとする。だが。

 

「くそッ! 馬が炎に怯えて、前へ進んでくれない!」

 

 回り道さえできれば、馬の脚ならば重装のローダンへ追いつけるはずだった。しかし、消え残る業火の熱に軍馬たちが嘶(いなな)き、進むことを頑なに拒む。

 

 火から十分に離れて迂回すれば、さすがに距離を開けられすぎる。たとえ追いつけたとしても、その場でローダンが破れかぶれの咆哮を上げ、周囲の異形兵を呼び寄せれば、今度は二騎が返り討ちに遭うだろう。

 

 

 

「……すまない。いくら天才のボクでも、今のでほとんど魔力が尽きた。飛行兵の相手だけで限界だ」

 砦門の付近では、吟遊詩人も肩を落としていた。風魔法の応用で空へ浮かび、上空から追跡することもできない。

 

 当然だった。ここへ至るまで、彼は魔道書すら使わず、強力な魔法を放ち続けている。毒にも侵され、睡眠不足の極限状態で、なお戦い抜いたこと自体が奇跡に等しかった。

 

「仕方があるまい。残る飛竜兵どもを撃ち落とし、砦へ戻ろう」

 男装の麗人が下した決断に、薄緑髪の弓使いも頷いた。

 

 上空で猛攻を躱し続ける天馬兵へ誤射しないよう、細心の注意を払いながら、二人がかりで矢を放つ。

 

 すると、残る二体のうち一体が、天馬兵への執着を捨てた。二人の弓使いへ向け、上空から急降下を仕掛けてくる。

 

 吟遊詩人も、魔力の搾りかすからなんとかして風の刃を精製、それを放ち牽制するが、あまりにも弱々しい上に狙いが逸れた。肩を激しく上下させる様子からも、限界は明らかだった。

 

 矢を何本受けようと、飛竜と異形兵は意に介さず突進を続ける。だが、低空飛行へ移った一瞬の隙を突き、薄赤髪の剣士が雪を蹴って跳躍した。

 

「はああああっ!」

 回転から繰り出された鋭い剣技が、飛竜の翼と首を正確に切り裂いた。

 

 奇声を上げて絶命し、霧へ変わり始める飛竜。雪上へ墜落した異形兵は、深雪をクッションとして、なお起き上がろうともがいていた。

 

 しかし、無骨な重騎士が、その隙を見逃すはずもない。重厚な斧を高く振り上げ、起き上がりかけた胴体へ、無慈悲に叩き込んだ。

 

「ぬんッ!」

 

 異形兵は断末魔と共に痙攣(けいれん)し、その身体を霧へ変えていく。

 

 同じ頃、上空の戦いも終わりを迎えた。天馬兵の槍が、最後の一体を両断する。飛竜も、その背の異形兵も真っ二つに裂かれ、燃え盛る炎の中へ落ちて灰となった。

 

 

 

 燃え移る対象を失った業火は、やがて静かに鎮まっていった。気づけば、ローダンの姿は、もう吹雪のどこにも見当たらない。

 

「……追撃をかけるべきでしょうか?」

 薄緑髪の弓使いが尋ねる。

 

 だが、その場の誰もが、もはや追撃など不可能だと悟っていた。

 

「……大量召喚ができないという話は、本当なのでしょう。まだ可能なら、ネルーケが死んだ時点で、とっくに実行しているはずです」

 少年は重い足取りで、砦門の近くまで戻ってきていた。

 

 その情報が最初から確定していれば、ネルーケの怪しい提案など聞かず、問答無用で討ち取れば済んだ。そう考え、己の采配を悔やまずにはいられない。

 

「ごめんなさい、ライラさん……。僕の判断で、危険な目に遭わせてしまいました」

 

「大丈夫よ。私はこうして生きているもの」

 子爵令嬢は、ふらつく足で少年へ近づいた。そして、雪へ膝をついた彼の頭を、優しく撫でる。

「それに、ネルーケの提案へ乗らなければ、ローダンが最後の力を振り絞って吼える前に仕留められたかは分からないわ。おかげで休める時間ができたのだと、喜んでもいいんじゃない?」

 

 あの極限状態で、ローダンまで仕留めきることは難しかった。周囲の仲間たちも、そう言って少年を労(ねぎら)った。

 

 全軍召喚という切り札を見せつけられていた以上、あの時点では、交渉に応じるほかなかった。

 

 何より、子爵令嬢も少年も生きている。その事実を喜ぼうと、皆が異口同音に声をかけた。

 

 ローダンの身体は、既に限界を迎えている。軍勢をまともに動かすことも、もうできないだろう。西から辺境伯の大軍が到着するまでには、まだ二日弱の猶予がある。

 

 つまり。

 ついに彼らは、念願の休息を得たのだ。

 

 強固な砦の中で、食事と睡眠を十分に取り、それから徒歩で学園へ出発すればいい。

 

 ローダンが決死の大召喚を強行する可能性も、ゼロではない。だが、あのひび割れた身体の限界を考えれば、呼び出せても、本当に五十体ほどなのだろう。それだけなら、休息を取った自分たちだけでも十分に対処できる。

 

 いまだ死地にあることは変わらない。勝利の美酒へ酔うには、早すぎる。

 

 それでも、血反吐(ちへど)を吐くような激戦を生き抜いた者たちは、確かな安堵(あんど)と共に、ようやく訪れた束の間の休息へ身を委ねることにした。

突然ですが第1回オリキャラ人気投票・主要キャラのみ。投票期間は2026年8月中。1位のキャラは朱鷺夜が絵にしてくれるぞ!

  • 少年:主人公
  • 子爵令嬢:ライラ
  • 吟遊詩人:ジェラニウム
  • 赤髪の兵士:グラディオ
  • 緑髪の兵士:ローレル
  • 無骨な重騎士:カラバッシュ
  • 青髪の天馬兵:バニラ
  • 老騎士:ガランサス
  • 薄緑髪の弓使い:ナスタ
  • 救護班の老人:リフレクサ
  • 男装の麗人:アデルファ
  • 薄赤髪の剣士:アザレア
  • 幼き侍従・双子の姉:スズ
  • 幼き侍従・双子の姉:ラン
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