FEエンゲージ イルシオンの希望   作:あじさいファン

78 / 90
第11章-3:希望・その3

 重装兵ローダン。

 クレマチス辺境伯領にある、小さな村の生まれだった。

 

 

 

 隣国ブロディアとの絶え間ない小競り合いにより、当時の国境付近には孤児が溢れていた。自分もまた、その一人となった。だが、村を焼き払い、大人たちを惨殺したのはブロディアの兵ではない。残虐な盗賊たちであった。

 

 辺境伯領を中心とする国境地帯には、盗賊団が跋扈(ばっこ)していた。彼らのほとんどが、己の略奪をブロディアの仕業に偽装し、各地を治める領主の目を欺いていたのである。

 

 そうして自分も、故郷を喪(うしな)った。家族を失い、明日を生きる寄る辺まで奪われたことには、身を裂かれるような悲哀を覚えたが……。

 

 それ以外の要素については、むしろ『村が消え去ってくれて良かった』と、幼馴染のアビューム共々、心の底で安堵していたのも事実だった。

 

 その理由は、他でもない。大人たちの目の届かぬところで、村の子どもたちがアビュームを標的にした陰湿ないじめを繰り返していたからだ。

 

 当時のアビュームは非常に気弱で、少しでもつらいことがあれば、すぐに泣き出してしまうほど繊細な少女だった。その気質を、まだ分別のつかぬ子どもたちは残酷な玩具(おもちゃ)として面白がったのだ。

 

 だが、自分はそれを決して許さなかった。弱者を虐げる行為に激しい憤りを覚え、アビュームへ浴びせられる罵声を、振るわれる暴力を、常に彼女の前へ立って受け止め続けた。

 

 すると必然的に、誹謗(ひぼう)の矛先は自分にも向くこととなる。

 

 

『やーい! かたい、つよい、おそい! 悔しかったらつ(・)い(・)げ(・)き(・)出してみろよ、つ(・)い(・)げ(・)き(・)!』

 

 

 どれだけ殴られてもへこたれず、腕っぷしは強い。しかし、ノロマで足も遅い。そんな自分を、陰険な子どもたちは声を揃えて揶揄(やゆ)し続けた。

 

 それは、この世界に伝わる『紋章士シグルド』の系譜に由来する嘲笑だった。

 

 かつてシグルドに付き従ったという一人の重騎士。偶然にも、その騎士と自分の名がひどく似通っていたせいだろう。彼が同僚たちから投げかけられていたというからかいの文句を、子どもたちはそのまま自分を貶(おとし)めるための刃として利用していたのだ。

 

 しかし、その伝承を偶然知る機会があった自分は、彼らの嘲笑を内心で強く軽蔑していた。

 

 シグルドに従ったその重騎士は、最期まで主君への忠義を貫き、どれほどの悲劇に見舞われようとも愚直に戦い抜いた誇り高き男だ。それを、安全な村で虚仮(こけ)にすることなど許されるはずがない。

 

 当時の自分は、打たれ強さには自信があっても、腕力はさほどでもないと思っていた。足の遅さに至っては、紛れもない事実だった。それでも、その伝承に語られる重騎士の在り方を、自分は密かな目標としていた。

 

 この『かたさ』がいつか、己の大切な者を守る役に立てば……。そう願いながら、日々、アビュームを庇って生きていた。

 

 盗賊が村を焼き払い、家族を失いながらも、自分たち二人が生き延びられた理由。それは皮肉なことに、子どもたちによる凄惨ないじめのおかげであった。

 

 襲撃の夜、自分とアビュームは森の木に太い縄で縛りつけられ、放置されていたのだ。

 

 暗闇の中で怯え、泣きじゃくるアビュームを必死に宥(なだ)めながら、自分も己の恐怖を押し殺した。縄が皮膚に食い込み、血が滲(にじ)んでも、二人を縛るそれを解こうと足掻き続けた。

 

 抜け出せたのは、翌日の朝。

 

 だが、村へ戻った自分たちの目に飛び込んできたのは、すべてが灰燼(かいじん)に帰した凄惨な光景だった。村人は殺され、残虐な盗賊たちもまた、ことごとく討ち果たされている。イルシオンの正規軍によって、すでに鎮圧された後であった。

 

『殿下! 子どもたちがいます!』

 生存者の捜索を行っていた兵士の一人が、声を上げた。

 

 盗賊を討伐し、この焦土で指揮を執っていたのは──第二王子ハイアシンスだった。いずれ王冠を戴く兄である第一王子を支えようと、彼は国の実情を知るためにイルシオン各地を奔走していたのだという。

 

 ハイアシンス様は、泥と涙にまみれた自分たちへ駆け寄ると、自らも涙を流しながら、優しく手を差し伸べてくれた。

 

 

『すまない。我々王族が不甲斐ないばかりに、君たちには辛い思いをさせてしまった……』

 

 

 そう言って幼い自分たちを抱きしめたハイアシンス様の腕は、凍えきった心を溶かすほどに温かかった。肉親のそれよりも、遥かに。

 

 自分と両親との関係は、険悪ではなかったものの、決して良好とは言えなかった。いじめられて顔が腫れ上がって帰ってきても、「男の子なんだからこれくらいは当然だ」と、大して心配すらされなかったのだから。

 

 アビュームに至っては、気弱な性質ゆえに両親から明確に煙たがられていた。だからこそ、ハイアシンス様から無条件に与えられたその温もりこそが、彼女が生まれて初めて知る『親の愛』に等しいものだった。

 

 

──生き延びたこの命は、この王子のために使いたい。

 

 

 自分も、アビュームも、まったく同じ想いを胸に刻み込んだ。必ず強き騎士となり、この絶対的な恩義に報いるのだと。

 

 二人が泥だらけの顔でその誓いを口にすると、周囲の兵士たちも温かな激励の言葉をかけ、王子もまた、慈しむように自分たちの頭を撫でてくれた。

 

 

『ならば、城下の小さな孤児院に住むかい。十三からは、学園卒業相当の教育も施してくれる。君たちが優秀なら、十四には従騎士にもなれるだろう』

 

 

 王子は、一時の無責任な同情を向けるだけでなく、確かな『生きる道』すらも与えてくれたのだ。

 

 その孤児院には、盗賊の襲撃やブロディアとの争いで生まれた戦災孤児たちが多く集められ、やがて国を支える文官や騎士となる者も少なくないという。すべての子どもを収容する余裕はないが、ちょうど空きが出来ているから二人なら入れると、王子は微笑んだ。

 

 自分もアビュームも、ただただ感涙するしかなかった。

 

 村の大人たちは、よく口々にこう吐き捨てていた。「王族など、平和な王城から高見の見物をしているだけのお気楽で邪悪な連中だ」と。しかし、目の前で自らの非を悔いて涙を流すハイアシンス様を見ている限り、到底そのようには思えなかった。

 

 衣食住を保証し、絶望の淵にあった自分たちに未来すら与えてくれた。その奇跡に深く感動し、この日から二人は、王子への絶対の忠誠を誓った。

 

 必ず王城へ上がり、いずれ宰相(さいしょう)となるであろう彼を、命を賭して守り支えようと。

 

 

 

 ……そうして、王都の孤児院での新たな生活が始まった。院長を始めとする教師たちは厳格だったが、深い優しさを備えており、いじめなどという陰湿な真似を起こそうものなら、痛烈な罰を与える気概を持っていた。

 

 いやがらせが起きたら必ず報告するように、と念を押されていたことから、かつてはそうした事例もあったのだろう。しかし、自分たちが暮らしていた間、そのような卑劣な真似はただの一度たりとも起こらなかった。

 

 平穏な環境の中で、臆病だったアビュームも生来の明るさを取り戻していった。活発で気前が良く、やがて新しく入ってくる幼い子どもたちの頼れる姉貴分として、深く慕われるようになった。

 

 自分も彼女に負けじと、必死に学問へ取り組み、血を吐くような鍛錬に励んだ。その傍(かたわ)らには常にアビュームがいて、共に汗を流す彼女の身体にも、徐々に戦士としての筋肉が備わっていった。

 

 十四歳になると、約束通り従騎士として取り立てられた。学問に励む傍(かたわ)ら、城下の警邏(けいら)任務に就くようになった。

 

 自分が選んだ兵種は、やはり『重装兵』だった。あのシグルドの伝承に出てくる、最期まで忠誠心を貫いた彼のように、絶対の盾となるために。

 

 着実に経験を積み、自分が十五歳になると、アビュームもまた従騎士として後に続いた。彼女の性質ならば軽装の兵種を選ぶのだろうと思っていたが、なんと彼女は、自分とまったく同じ重装兵の道を選んだのである。

 

『ローダンとずっと一緒に居たいんだもの。当然でしょ?』

 

 イルシオン重騎士団に入っても、ずっと隣に居続けたい。はにかみながら、彼女はそう言った。

 

 アビュームは教育を受ける中で、騎士社会を生き抜くため、男のような無骨な口調で話すようになっていた。それでも自分の前でだけは、昔と変わらぬ柔らかな口調のままだった。

 

 彼女から寄せられる深い信頼。そして何より、この絶対的な忠誠心を、二人揃ってハイアシンス様に捧げられることが、自分にとっては無上の喜びだった。

 

 そうして、十六になる年の春。学業を修了し、王城直属の従騎士として、ついに憧れの王城で働くことが決まったのである。

 

 

 

 

 

 自分が王城に上がり、従騎士としての歩みを始めたのと、ほぼ同じ頃。イルシオン王宮は、次期王位を巡る醜悪な派閥争いの渦中にあった。

 

 当時の国王──『ハイアシンス様の御父君』の治世は長きにわたったが、いよいよ死期が近づき、王冠の行方が取り沙汰され始めていたのだ。

 

 そこまでなら、歴史上どこにでもある権力闘争で済んでいたはずだった。だが、その諍(いさか)いは、さらにそ(・)の(・)次(・)の(・)王(・)を(・)誰(・)に(・)す(・)る(・)か(・)という問題にまで波及し、事態を泥沼化させていた。

 

 火種となったのは、当時まだ八歳ほどであったアイビー様の生母──すなわち、第二王子ハイアシンス様の『正室』である。

 

 彼女は、長きにわたりイルシオンを支え続けた不可欠な大貴族、ディケントラ公爵家の令嬢であった。

 

 その絶大な権力に逆らえる者は王宮内に誰一人としておらず、彼女はまだ王女ですらなかった自らの娘の未来を確たるものにしようと、後宮で我が物顔に振る舞っていた。

 

 娘に王位を継がせるためには、まず夫であるハイアシンス様を王座に就かせる必要がある。だからこそ彼女にとって、正当な後継者であるハイアシンス様の兄、第(・)一(・)王(・)子(・)の存在が邪魔で仕方なかったのだそうだ。

 

 自分としては、命の恩人であるハイアシンス様が王位に就いてくださること自体は、心から嬉しかった。第一王子よりもハイアシンス様を推す派閥も、公爵家出身の正室の威光を後ろ盾として、圧倒的な力を有していた。

 

 ハイアシンス様には、アイビー様よりも年長の男子──側(・)室(・)と(・)の(・)間(・)に(・)生(・)ま(・)れ(・)た(・)長(・)男(・)がおられた。順当にいけば、彼を『次の次の王』に据えればいいという声も上がったらしい。だが当然、権力欲の権化である正室が、それを許容するはずもなかった。

 

 長男と、その生母である側室に向けられた虐(しいた)げは、かつて自分やアビュームが村で受けた子どものいじめなどとは比べものにならぬほど苛烈で、陰湿を極めていた。

 

 ハイアシンス様は、なぜこれほど冷酷な女を正室に迎えたのか。

 

 最初はわからなかったが、城で過ごすうちに理解した。高貴な身分同士の結婚というものは、平民のそれとは違い、個人の感情でどうにかなるものではなかったのだ。

 

 見ている限り、ハイアシンス様の愛情は確かに正室である彼女にも向けられていたが、それよりも、オルテンシア様の生母へ向けられている情の方が、ずっと深いように感じられた。

 

 ハイアシンス様には何人も側室がおり、表向きは全員を分け隔てなく愛しているように見えたため、自分の気のせいかとも思ったが、同僚の騎士たちも皆、そのように囁いていた。

 

 しかし、これほどまでに権力へ執着する正室が、なぜ最初から次期国王である第一王子に嫁(とつ)がなかったのか。末端の自分には、その理由だけはついぞ理解できなかった。

 

 結局、事態は正室の思惑通りに推移した。

 

 新たな王には第二王子であるハイアシンス様が即位し、正当な後継者であったはずの兄君は、王城から逃げるように出奔してしまったのである。

 

 そして、ハイアシンス様の実子である長男もまた、その時期に生母と共に行方知れずとなった。凄惨ないじめから逃れるため、第一王子の出奔(しゅっぽん)による城内の混乱に乗じて逃げ出したのだと、誰もが噂した。

 

 これに完全に味を占めたのだろう。正室は、実娘であるアイビー様以外の血筋を城から消し去ろうと、暴虐の限りを尽くし始めたのだ。

 

 自分が従騎士として経験を積み、やがてアビュームが王城入りを果たしてからも、その陰湿な行いは続いた。城の誰もが疲弊していた。

 

 当然、直接の標的となり続けたハイアシンス陛下の側室たちの心労は、相当なものだった。一人、また一人と城を去り、最後にはオルテンシア様と、その強き母君だけが残された。

 

 自分が騎士として叙勲を受けたのは、二十歳の時だった。

 

 その翌年、自分を追うように、アビュームも正規の重装兵として叙勲を受けた。だが、間もなくしてオルテンシア様の母君が亡くなった。そのときのハイアシンス王の落ち込みようは、見ているこちらまで胸を締め付けられるほどだった。

 

 更にその翌年。ついに、あの正室までもが亡くなった。

 

 突然の死ではあったが、公には病死と報告された。不可解な点は多々あったものの、自分たち重騎士にとっては、不敬ながらもむしろ喜ばしい死であった。

 

 何しろ彼女は、重騎士団の戦い方など知りもしないくせに、『鎧を脱いだ方が身軽に動けるから強くなる』だの、『魔道国家なのだから、魔道を使えない連中はいらない』だのと机上の空論をほざき、現場を困惑させ続けていたからだ。

 

 だが、正室の死を境に、ハイアシンス様の様子は決定的におかしくなっていった。国教の崇拝対象である邪竜を、もっと心から崇めるべきだと、狂信的に唱え始めたのだ。

 

 邪竜には死者を蘇らせる奇跡がある。願い続ければ、その願いも叶うかもしれない──と。

 

 すべての妻を失い、それでもなお巨大な王権を独りで握り続けなければならぬ王の変貌。皆が一様に驚いた。だが、その絶望の深さを思えば無理もないと同情し、狂信へ傾いていく王を、誰も強く諫められなかった。

 

 やがて王は政務を官吏(かんり)に任せきりにして、何かの研究へ没頭するようになった。得体の知れない者たちと、密談を交わす姿も目立ち始めた。だが、重騎士団の末端である自分にも、アビュームにも、王を救う術は何もなかった。

 

『陛下が困っているなら、我々が命を賭してでもお力になりたい』

 

 アビュームの痛切な言葉に、自分も無言で首を縦に振った。

 しかし、王は自分たちに何も命じてはくださらなかった。

 

 敵の来ない平和な王城を守り続けるのみで、ブロディアとの激しい国境戦にさえ駆り出されない。自分たちは恩を返すに足る功績も挙げられぬまま、無為な時間だけを積み重ねていった。

 

 

 

 

 

 状況が激変したのは、今年に入ってすぐだった。

 

 王は自分とアビュームを呼び出し、紋章士の指輪を簒奪(さんだつ)する作戦へ駆り出す部隊の指揮を、それぞれに命じたのだ。

 

 自分はフィレネへ。アビュームは、王の傍(かたわ)らにいる怪しい連中と共に聖地リトスへ。

 

 どうしてそのような事態になったのか、詳しい話は聞けなかった。王と親しげに接していた、物々しい連中の正体を問いただすことも許されなかった。

 

『お前達の忠誠心を評価しての采配だ。しっかり励めよ』

 

 王にそう言われ、嬉しい反面、どうにも複雑な気持ちになった。なぜ末端の自分たちに、これほどの大役を与えるのか、と。

 

 アビュームも同じ戸惑いを抱いていたが、それ以上に、王からの信頼を勝ち得た喜びが勝っているようだった。

 

『やっと恩返し出来るときが来たね。絶対に成功させて、陛下を喜ばせよう』

 

 そんな言葉を否定できるはずもない。自分もアビュームに賛同し、共に海路を利用して、それぞれの戦地へと向かった。

 

 

 

 胸の内に巣くっていた不安の正体は、海上で自らに与えられた部隊を見た瞬間に判明した。

 

 そのすべてが、異形兵だったのだ。

 

 ある程度の命令には従うようだが、会話すら成り立たない、意志なき化け物の群れ。戦闘能力は確かに高い。だが、これらを操って他国を蹂躙(じゅうりん)しろという王の命令に、自分は言葉を失った。

 

 確かに、世界各地に異形兵が現れ始めたという噂は耳にしていた。王はすでに、化け物どもを戦力として使役する術を確立していたというのだろうか。

 

 その疑問に対する答えを与えられぬまま、自分たちはフィレネの港町フルルへと上陸した。

 

 自分に与えられた使命は、すでにフィレネ王城へ向かっている先遣隊の後方支援。万が一、城から王族が逃げ出した際、その足止めをすること。そして、船で逃げるという考えを抱かせぬため、見せしめとして港町を襲うこと。

 

 無抵抗な住民を殺すという行為には、どうしても心が痛んだ。そのため、ひとまず王族が来たときの退路を断つべく、橋をひとつ破壊することにしたのだ。

 

 だが、異形兵は橋を破壊する一方で、逃げ惑う人々を見つけるや否や、獣のようにそちらへ襲い掛かっていく。

 

 一度標的を定めた連中は、こちらがどれほど制止しても止まらなかった。仕方のないことだと割り切り、町の機能を停止させるための算段を立てていると──。

 

 やけに絢爛(けんらん)なドレスをまとった愛らしい顔立ちの少女が、重装兵と天馬兵だけを引き連れ、無警戒にも姿を現した。

 

 事前の報告にあった容姿と一致している。フィレネ第一王女、セリーヌだった。

 

 物陰に潜み、彼女たちの会話から重要な情報をひとつ掴み取った。どうやら、聖地リトスに第一王子アルフレッドがいるらしい。彼に急報を伝えるため、王女自ら城を脱出し、この港町までやって来たとのことだった。

 

 自分に与えられた役目は、それを阻むことだ。

 異形兵に指示を飛ばし、彼らを完全に包囲させた。

 

 セリーヌ王女は、自らの命よりも他者の命を優先する甘い気質の持ち主だと聞いていた。だからこそ、こうして追い詰めれば、彼女は側近たちを逃がすために自ら孤立する。容易に分断できると考えた上での策だったのだが──。

 

 フィレネの騎士たちが、主君の命を最優先にしないはずがなかった。自分たちを置いて先に行けと、彼らはセリーヌに強く促した。彼女もまた、苦渋の末にそれへ従い、走り去ってしまった。

 

 思い描いていた形とは違うが、仕方がない。

 自分は、残されたこの二人の臣下と直接相対することにした。

 

 だが──この二人、どこか異常だった。

 

『御伽噺(おとぎばなし)では正しい方が勝つのよ。町の珍味を失わせるような真似は許さないわ』などと、意味不明な持論を叫びながら縦横無尽に空を駆ける天馬兵。

 

『クロエとセリーヌ様が並ぶ美しい姿を再び見るために、私は生き残らねばならない』などと、恍惚とした表情を浮かべながら、鉄壁の盾を構え、正確無比な槍を振るう重装兵。

 

 その思考は理解し難いが、彼らは恐ろしく強かった。たった二人だというのに、何十体もの異形兵を相手に一歩も引かず、立ち向かい続けたのだ。

 

 それでも、数が違う。時間が経つにつれて徐々に疲弊していく彼らを見て、自分は確実な勝利を確信していた。

 

 

 

 しかし。

 

 

 

『二人とも、無事!?』

 

 

 逃がしたはずの王女が、のこのこと戦場へ舞い戻ってきたのだ。しかも、単独ではない。赤と青の入り混じる髪をした謎の人物を中心とする、精鋭の一団を引き連れていた。

 

 それだけではない。彼らの傍(かたわ)らには、守護霊のごとき三名の存在が浮遊し、異形兵の群れを相手に獅子奮迅の働きを見せ始めた。

 

──『紋章士』だ。

 

 青髪をした、王子のような出で立ちの美しき剣士。

 同じく青髪で、白い馬を駆り、冷静沈着に戦う騎士。

 

 そして。

 

『平和のために、戦うと決めたのよ……。お願い、セリカ! エムブレム・エンゲージ!』

 

 セリーヌが戦場に高らかに吼えた。彼女の近くで浮遊していた、赤髪の高貴そうな女紋章士がそれに呼応し、セリーヌの身体と一体化する。

 

 すると、セリーヌの髪が燃え上がるような炎の色へと変化し、全身から、肌を刺すほどに強烈な魔力が放たれ始めた。

 

 直後。

 彼女の姿が、目の前から忽然(こつぜん)と掻き消えた。

 

 

『わたしに、力を……!』

 

 

 背後から響いた、冷徹な声。

 紋章士の力を借りて空間を跳躍した彼女が放ったのは、逃げ場のない極大の火炎魔法だった。

 

 完全に虚を突かれた自分に、これを避ける手立てなど存在しなかった。

 

 

『正規兵さえ……率いていれば……この……私にだって……』

 

 

 それが、自分の惨めな辞世の句となった。

 

 全身を焼く猛火の中、最後に脳裏を過(よぎ)ったのは、さまざまな感情の奔流(ほんりゅう)だった。

 

 大恩あるハイアシンス王へ報いられなかった、底知れぬ悔しさ。自分を理不尽な炎で焼き殺した、セリーヌ王女に対する強烈な復讐心。

 

 

『アビュー……ム』

 

 

 そして、こんな地獄のような世界で苦楽を共にしてきた、たった一人の幼馴染を残して逝くことへの、深い贖罪。

 

 紋章士を従えている以上、あの一団は神竜に連なる者たちに違いない。果たして、アビュームは無事なのだろうか。神竜の刃から逃げ延びられているのだろうか……。

 

 そんな届かぬ願いを抱きながら、自分は生涯を終えた。

 

 奇しくも、憧れ続けた伝承の重騎士とまったく同じように、圧倒的な炎の雨に包まれ、焼け死ぬという残酷な末路であった。

 

 

 

 

 

 ……だが。

 

 自分には、二度目の生が与えられた。

 

 焼け死んだはずの自分が次に目覚めたのは、薄暗く、厳かな大聖堂のような場所だった。後に、そこが『デスタン大教会』であると伝えられた。

 

 邪竜の娘、ヴェイル様。

 

 あの方の底知れぬ魔力により、自分は『意志を持つ異形兵』として、再びこの世に蘇らされたのである。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。