FEエンゲージ イルシオンの希望   作:あじさいファン

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第11章-7:希望・その7

 指輪を持つ四名の戦士たちが高らかに叫んだ途端、背後に顕現していた紋章士たちは、彼らの肉体へと吸い込まれるように溶け合い──その姿を劇的に変質させた。

 

 まず、頭髪の色。

 

 ルキナの力を宿すフォガートの髪は薄水色へ。

 リーフの力を宿すスタルークは薄緑色へ。

 エフラムとエイリークの力を宿すロサードは、その中間のような透明感のある色合いへ。

 そして、ベレトの力を宿すオルテンシアは、夜明けの空のような鮮やかな紫色へ。

 

 装いもまた、神聖な気高さを帯びた。細かな意匠こそ各人の個性を残しているものの、全員が一様に、純白を基調とした礼服のような神々しい装束へと変貌を遂げていたのである。

 

 さらに、エンゲージの超常的な力は、彼らが従える騎乗生物の性質にまで影響を及ぼしていた。

 騎兵であるフォガートの背後には、疾風を生み出す青き光の輪が浮遊し、飛行兵であるロサードとオルテンシアの背には、魔力で編まれた光の翼が展開されている。

 唯一の歩兵であるスタルークの頭部にも、同色の光がマフラーのように長くたなびいていた。

 

 スタルークのものを除く、これらの光は単なる装飾ではなく、紋章士の力を乗せて己の機動力を爆発的に引き上げるための器官のようだった。

 事実、フォガートは自らの足で馬と同等の速度で地を駆け、ロサードとオルテンシアは生身のまま空中に浮遊しているのである。

 

 

『愛の力で何でもできちゃいそうだわ。ペガサスなしで、空だって飛べちゃうかもね!』

 

 

 かつて、愛するオルテンシアが自分の想いを受け入れられたと無邪気に喜んだあの日。

 彼女が冗談めかして発した言葉を、少年は思い出した。

 

 あの日の微笑ましい愛の言葉が、今、ペガサスを離れて宙に浮く彼女の姿によって、本物の奇跡として実現しているのだ。

 

 

──これが、紋章士と魂を重ねることで至る、究極の力なのか。

 

 

 少年は、彼らの人智を超えた姿をただ呆然と眺めていた。

 

 直後、戦況は劇的に動いた。

 

 

「運命を変える! 本気でいくよ!!」

 まず、剣を手にしたフォガートが高々とそれを天に掲げる。

 

 すると、周囲で戦う者たちの武器が淡い光を帯びた。

 ルキナの力が味方と共鳴し、各々の戦闘能力を飛躍的に付与したのだ。

 

 強化された仲間たちの怒涛の連撃に続き、最後にフォガートが華麗な剣閃を放つと、眼前の異形兵の群れが一斉に消し飛んだ。

 

 

「戦わなければ……! どんな、ことでも……!」

 次に、スタルークが地を蹴った。

 

 普段の弱気な態度は鳴りを潜め、剣、槍、斧という三種の武器を神速で持ち替えながら、群がる異形兵を瞬く間に粉砕していく。

 そして最後に、彼自身の弓から極太の光の矢が放たれると、一直線に立ち並ぶ敵の群れを一息に貫通した。

 人間離れした一切の迷いなきその連撃は、フォガートの攻撃範囲から漏れた敵を的確に穿ち抜いた。

 

 

「これが……戦! 許さない……!」

 そして、ロサードが宙を舞った。

 

 エフラムの豪槍とエイリークの宝剣を同時に構え、空から急降下しながら凄まじい『飛ぶ斬撃』を放つ。

 二人の紋章士の力が交差して描かれた強烈な二重の旋風は、上空の飛行兵もろとも、地上に群がる敵兵を容赦なく引き裂き、吹き飛ばした。

 

 

 あまりにも強烈で、苛烈な奥義の三連続。

 これで消滅した異形兵の正確な数はわからないが、百、いや、二百は優に下らないだろう。

 

 一度のエンゲージにつき一度しか使えないという絶対の制約がなければ、たった数人で一国を瞬く間に更地にできてしまうのではないか。

 そんな神懸かり的な威力を目(ま)の当たりにし、少年も、そしてこの光景を初めて見るこの場の戦士たちも、戦慄を禁じ得なかった。

 

 

「気を抜かないでください! まだ異形兵は残っていますっ!」

 必死に叫んだのは、黒馬上で戦うクランだった。

 

 ただ圧倒されている場合ではなかった。異形兵たちは仲間の死など意に介さず、死を与えんとばかりに無機質ににじり寄ってきている。

 

 クランの悲痛な呼びかけと、彼が敵の刃を剣で弾く甲高い音にハッと我に返り、少年の仲間たちはすぐさま戦闘態勢へと戻った。

 

 

──勝てる。

 

 

 今の奇跡のような一撃を見せつけられ、疲労困憊だった仲間たちの心に確かな希望の火が灯った。誰もが己を鼓舞するように勝鬨(かちどき)を上げ、眼前の敵に食らいついていく。

 

 剣が、槍が、斧が、矢が、魔道が。的確に敵の残数を削り取っていく。元の数の差など些細なものだ、こちらの方が圧倒的に強いのだと証明せんばかりに。

 

 こうなってしまえば、敵がローダンの文字通り命を懸けた絶叫で多少耐久力を高められていることなど意味がない。少年の軍勢と、オルテンシアの軍勢、そして伯爵軍の一部という協力態勢の前には、もはや敵などいないのだと、そう思わせられる程だ。

 

 奮戦により、更に敵の数が大きく削れた頃。

 

 

「迷いを晴らす! 導いてみせるわ……!」

 

 

 少年の前から離れ、戦地のど真ん中へと浮遊していったオルテンシア。彼女は血生臭い戦場であるとは思えぬ程の優雅な舞を、仲間たちの中央で踊ってみせたのである。

 

 少年はベレトとオルテンシア本人から、事前にその奥義についての仔細を聞かされていた。

 

 あれは『女神の舞』。

 

 ベレトの元いた世界において、神祖たる女神が祈りを捧げる際に舞っていたものが後世にも残されたものであるらしく、その支援の力は折り紙付きなのだという。

 

 聞いている通りならば、変化はほどなくして現れるはずだ。

 

 と、その直後。

 

 敵の動きが、泥沼に沈んだように明らかに遅くなった。戦場慣れしていない兵でさえ全ての攻撃を容易(たやす)く躱(かわ)し、幾度も反撃を叩き込めるほどに、あまりにも緩慢(かんまん)だ。

 

 いや、違う。

 少年は事前に聞いていたからこそ理解できた。

 

 敵が遅くなったのではない。女神の舞の加護を受けた仲間たちの身体能力が、常識を置き去りにするほどの恐るべき超高速へと引き上げられているのだ。効果の対象外になっている敵から今の自分たちを見れば、瞬きする間もなく動いているように見えているに違いない。

 

 その効力の凄まじさを、何度も目の当たりにしている神竜の軍勢はもちろんのこと、少年の仲間たちも伯爵軍の兵たちも、肌で理解を示したようだった。確実な勝機を見出し、この超常の時間が続いているうちにより多くの異形兵を倒すべく、次々に前進していく。

 

 敵から放たれる攻撃は全て鈍い。矢も魔法さえも。今の自分なら、丸腰で戦場に躍り出ても全ての攻撃を難なく避け切ってしまえるのではないか──戦闘能力を有さない少年ですらそう錯覚してしまう。

 

 やがて、女神の舞の恩恵が静かに霧散する頃、戦場を埋め尽くしていた七百の異形兵は、目視で数を数えられる程度にまで激減していた。

 

 おおよそ四、五十といったところか。

 未だ若干こちらより数は多いが、厄介な隠密(シーフ)や飛行兵、騎馬兵はすでに完全に殲滅し尽くしている。

 

 昨日の、三百五十を処理する防衛戦と比べても圧倒的な殲滅速度。

 

 しかし、この紋章士の絶大な力をもってしても、神竜の軍勢は邪竜軍相手に苦戦を強いられているというのだろうか。その事実を想像して、少年はごくりと生唾を飲んだ。

 

 

 そのときだった。

 

 

「少年! 『右』から来ている‼︎」

 

 遠くで敵を仕留めていたゼルコバの、血相を変えた怒号が響いた。

 

 少年がハッとして右前方へ視線を向けると、音もなく死角から忍び寄っていた一体の異形兵が、錆びた剣を振りかぶり、こちらへ斬りかかってきているところだった。

 

「しまっ──」

 

 とてもではないが、避けられない。少年には武器もなければ、俊敏に動ける戦闘経験もないのだ。

 

 少年の仲間たちがゼルコバの声に気づき、慌ててその異形兵を攻撃しようとするが、弓矢や魔道が放たれるよりも、眼前の敵の剣がこちらの喉笛を引き裂く方が先だろう。

 

──油断していた。

 

 自らを無防備な囮にしてでも盤面を動かすと決意したはずだったのに、圧倒的な優勢に気を取られ、自分自身の命を守る警戒を完全に疎(おろそ)かにしてしまっていたのだ。

 

 エンゲージ状態を維持したまま、遠くからオルテンシアが何か悲痛な叫びを上げていたが、その内容は少年の耳には届かない。目先の敵の攻撃をどうするかで頭を回転させても、抗う力を持たない自分には対処法など何もない。

 

──なんてことだ……!

 

 自省しながら、少年は目をぎゅっと瞑り、迫り来る死の刃を受け入れた。

 

 

 

 

 だが。天は、少年に死を許すことはなかった。

 

 前方で炸裂する、金属と金属が激しくぶつかり合う甲高い音。

 

 それが、少年の喉笛を裂くはずだった刃が何者かによって弾かれたことを意味しているのは、少年自身にもすぐに理解できた。

 

 音に弾かれるように、即座に固く閉じていた目を開けると。

 

「! セリーヌ王女……⁉︎」

 

 ローダンの決死の絶叫を至近距離で浴び、先程まで二名の杖使いから懸命な治癒を受けていたはずのフィレネ第一王女が、己の身を挺して少年を庇うように、異形兵と激しい鍔迫り合いを演じていたのである。

 

 ローダンに突き立てた雷の魔法剣ではなく、手にした白銀の剣で、敵の凶刃を必死に受け止めている。その横顔が未だ青ざめていることから、三半規管への深刻な悪影響から十全に回復しきれていないのは明らかだった。

 

 それでも彼女は、抗う術を持たない無力な少年を守ろうと、自らの痛みを捨て置いて立ち上がってくれたのだ。

 

「させない……! この殿方は、オルテンシア王女の……わたしの、かけがえのない親友の! 大事な恋人! 『彼氏くん』なのよ! 命を奪わせないわ……何があっても、絶対に‼︎」

 

 剣を握る手に渾身の力を込めるように、そして本能のみで動く異形兵を威圧するように放たれたその言葉。

 

 少年は理解した。

 

 今この場に颯爽と駆けつけてくれたオルテンシアの仲間達は、単なる戦友というだけでなく、彼女の心からの大切な友人たちであり。何より、他ならぬ自分を死地から救い上げるためだけに、危険を冒して本隊から離れてやってきてくれたのだと。

 

 しかも、彼女はフィレネの王女だ。フィレネ王国がイルシオン軍によって一方的に攻め込まれ、蹂躙(じゅうりん)された惨状を思えば、イルシオン国民である自分など見捨てられても不思議ではない立場のはずなのに。

 

 それでも、友人であるオルテンシアのために、自らの命すらかけて盾となってくれる。

 

 フィレネは平和で穏やかな国であるという印象だったが、それを改めざるを得ないかもしれない。それほどまでに、このセリーヌ王女という人物の行動は苛烈で、気高く、そして誰よりも他者思いであった。

 

 ……だが。やはり、回復しきれていない身体で、異形の異常な膂力から放たれる攻撃を受け止め続けるのには無理があったのだろう。徐々に力負けし、錆びた刃がセリーヌの細い肩へと押し込まれようとしている。

 

「セリーヌ王女……!」

「ふふ……大丈夫、ですよ。絶対に、わたしが守り、ます、からね……!」

 

 気丈な言葉とは裏腹に、セリーヌの防御が崩されるのは時間の問題だった。

 

 もし自分が強靭な肉体を持ち、皆と並んで戦える強者であったなら、すぐさま彼女を助け起こしながら異形兵を倒せるのに。

 いや、そもそも彼女にこんな無理をさせる状況にすら陥らなかっただろうに。これまでのように、己の非力さを激しく呪う。

 

 しかし、彼女が命懸けで稼いだその僅かな数秒が、確かに少年の生命線を繋いでくれた。

 

「これ以上やらせないぞ!」

「退場願おう、この世界からな!」

 

 怒気を込めた二つの声が重なる。薄緑髪の弓使いと、男装の麗人のものだ。二人の放った正確無比な矢が同時に空を裂き、見事に異形兵の背中へと深々と突き刺さった。

 

 激痛に反応したのか、けたたましい叫び声を上げる異形兵。剣を押し込む力が緩んだその隙を突き、セリーヌが渾身の力で相手を押し返すことに成功する。

 

 体勢を崩した怪物の懐へ、少年とセリーヌの背後から現れた人影が疾風の如く走り抜け、鋭い槍でその心臓を貫いてみせた。

 

「セリーヌ様を殺めようとした罪は重いわ。罰を受けなさい」

 確かな怒りを込めて、静かにその人物は呟いた。

 

 セリーヌの近衛である騎士、クロエだった。主(あるじ)の治癒のため、上空から地上へ舞い降りていた彼女は、愛用のグリフォンに乗り直す暇すら惜しみ、徒歩のまま全力で雪原を走り抜け、その勢いをもって異形兵を串刺しにしたのである。

 

 絶命した異形兵は完全に動きを止め、やがて音もなく灰になっていった。

 

「セリーヌ王女ー! クロエー! ホントにありがとー‼︎」

 

 遠くから全力でこちらへ駆け寄り、魔法を放とうと構えていたオルテンシアが、心底ほっとしたように胸を撫でおろしていた。

 少年も、そんな彼女に続くようにして、命の恩人である二人に深く頭を下げる。

 

「僕のせいで……本当に、すみません!」

 

 だが、当然というべきか、セリーヌもクロエも、少年を咎め立てるようなことは一切しなかった。彼が無事であったことに心底安心しているように、優しく、朗らかな微笑みを向けてくれた。

 

「いいのよ。全てが終わったら、砦でお茶でも、しましょう……ね……」

 

 セリーヌの足取りはまだ覚束ない。

 

 前線へ戻って仲間達とともに戦うだけの体力は残されていないはずなのだ。それでも彼女は仲間の元へ向かおうと身を翻(ひるがえ)すが、もちろん、クロエがそれを全力で制止した。

 

「いけません、セリーヌ様! わたしと他の者が、残りを倒しますから。どうしても剣を握られるのであれば、このままオルテンシア王女の恋人をお守りくださいませ。これ以上の無茶は、アルフレッド王子がきっとお許しになりませんよ」

 

 敬愛する兄の名を出されては、セリーヌも大人しく従わざるを得ない。

 申し訳なさそうな顔をして、彼女は前線での掃討を頼れる臣下と仲間たちに託すことにした。

 

「……そうね。お兄様も、同じように仰るはずだわ。ええと……オルテンシア王女の、彼氏くん……って呼んでもいいんですか?」

 

 ……こういうとき、自分に名前がない状態なのが酷く面倒だな、と少年は思わされた。

 

 愛するオルテンシアがかつて呼びにくそうにしていたのも、結果としてあのような気恥ずかしい愛称で呼ぶようにしたのも、今なら痛いほど納得できる。

 

 今更ながら、侍従として城に上がったとき、何か適当な偽名でも名乗っておくべきだったか──などという間の抜けた思考が働いた。

 

「はい、それで構いませんけど……あの、本当に大丈夫ですか?」

「ごめんなさい、頼りなさそうに見える、でしょうか? ふふふ……でも、わたし、これでも剣の腕には、それなりに自信があるんですよ」

「いや、その、そうではなくて……」

 

 まだひどく体調が悪そうなのに、自分の護衛なんてしてもらってもいいのだろうか。

 

 しかし、それをはっきり口にして彼女の気遣いを拒絶するのは不敬かもしれないし、何よりその高潔な優しさを無碍(むげ)にすることになる──そう思い直して、少年は言いかけた言葉をそっと飲み込んだ。

 

「……とても心強いです。お願いします、セリーヌ王女」

「良かった。全力でお守りしますね」

 

 

 

 ……幸いなことに、それ以降、少年の元へと向かってくる異形兵が現れることはなかった。

 

 半刻程度経っただろうか。

 

 神竜の軍勢が到着し、四人同時による『エンゲージ』を開始する前の状況も含めれば、相当な時間が経過している。まだ日は跨いでいないものの、辺りはすっかり深い夜の闇に包まれていた。

 

「よっしゃあ! これで全部だろ!」

 

 前線に立つ赤髪の兵士が、最後の一体を仕留めたことを高らかに宣言する。その声に応じて、この場に立っている皆が、安堵と歓喜の入り混じった声を上げた。

 

 非常に、長く過酷な戦いだった。

 

 自分たちを供物にせんとするダンデライ伯爵軍との死闘から始まり、ローダンが最期の呪いとして遺した七百もの異形兵の群れとの絶望的な戦いに至るまで。

 もし、今この場に集っている全員の力がなければ、そして互いを信じ抜く心がなければ、絶対に成し遂げられなかった殲滅だろう。

 

 一旦は、自らを犠牲にしてでも盤面を動かすと、己の死を覚悟した少年。もし今後、同じような絶望的な状況に陥れば、彼はやはり同じように、自分だけが死ぬことを選択し、仲間達の生存を第一とする道を選ぶだろう。

 

 それでも、今は。こうして無事に首が繋がり、愛する者ともう一度言葉を交わすことができ、仲間達を一人も失わなかったことへ、ただ純粋に、心の底からの喜びと温かさを噛み締めていた。




9月更新分はここまで。なかなかキリがいいですね。
10月分も予約投稿が完了しています。
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