その8まで。最近の中では短いが1話ごとの文字数は多い。
少年がロビュスト砦の地下室に連れて行かれ、愛する第二王女から激しい寵愛を受けている頃。
少年の仲間達とオルテンシアが引き連れてきた神竜の軍勢の一部は、互いの傷を見せつけ合うかのように交流を行った。
旧知の仲である者、この戦いで背中を預け合った者、顔を見るのも言葉を交わすのが初めてな者……その関係性は実に様々。
しかし、生の実感を確かに得られるこの交流会は、砦に集う者達にとって暖かなよすがとなるはずだ。
どちらの軍勢も、大規模な戦いを控えている。死と隣り合わせの前に行われる束の間の休息は、戦士達の確かな力となって根付くことだろう。
城での戦いで重騎士と子爵令嬢を救助して以来、獅子奮迅の活躍をしている、少年の仲間達の中で最年少の人物、薄緑髪の弓使い。
オルテンシアによる、これまでの経緯についての報告の最中で彼は気持ちが大きく沈んでいた。
ジーヴル港の戦いの話を聞いた辺りからだ。
神竜リュールとその軍勢は、港町に存在する異形兵を殲滅したのだという。
──それが何を意味するのか、グラディオさんはわかっているのだろうか。
薄緑色の弓使いは、赤髪の兵士がどうしているかを目で追った。
喧騒に邪魔されないように、大広間の片隅で静かに目を閉じて祈りを捧げている風に見受けられた。傍らには、相棒である緑髪の兵士が寄り添っている。
あの様子から鑑みるに間違いない。同じ結論に至ったのだ。
彼の場合、宿場を取り仕切る壮年の男性から顛末を聞かされているのもあり、王女が語った戦いの結果はただただ救いだったのだろう。
だが、薄緑髪の弓使いにとっては違った。だからこそ、どうしても確かめなければならないことがあった。
「あの……す、すみません」
弓使いは手近に居た人物に意を決して声をかけた。
独特な衣装を身に
カゲツとゼルコバだった。
弓使いに話しかけられ、特に大きな反応を示したのはゼルコバの方。
「おお……かわいい『子ども』だな。苦しい『戦い』を強いられ、辛かっただろう。おじさんが『
「えっ」
影に潜む怪物のような男はなかなかの巨躯だ。そんな人物から向けられた優しすぎる笑みと妙に威圧感のある台詞回しに、薄緑髪の弓使いは戦慄を禁じ得なかった。
ただならぬ恐怖が背筋を伝う。妖精の村で異形竜を相手取ったとき以上の、砦の屋上から伯爵軍の兵を射抜いたとき以上の衝撃。
震え上がる彼の様子を見て、隣に居たカゲツは爆笑した。ゼルコバはそんな同僚の態度に不機嫌そうな表情で訴え、薄緑髪の弓使い本人は何が何だかわからないと
「すまんのう! ゼルコバはこういう男なのじゃ。純粋に子どもが好きなだけでな、身柄を確保して人身売買を行うような悪鬼羅刹ではないことは、余が保証しよう」
「……そんなに『怖く』見えるのか?」
「ゼルコバよ。そなたはもう少し客観性というものを身につけるべきじゃぞ」
同僚の無防備な様を見て楽しそうに笑うカゲツに対し、ゼルコバはいつまでも不服そうな目をしていた。
神竜と共に戦っているだけはあり、かなりのいい人なんだ……薄緑髪の弓使いは、目の前にいる漆黒の人物をそう判断した。
互いに自己紹介をした後に、少しばかり間を置いてから、聞き出したかったことを聞き出す。
「……僕はジーヴル港の出身なんですけど。あの、みなさんが戦った異形兵の中に、弓を使う者はいませんでしたか……?」
「弓兵? ふむ。それなりの数が居ったが……」
ジーヴル港での戦いを思い返すカゲツ。
彼自身を含む歩兵部隊は、神竜リュールが敵将であるモーヴとマロンを討たんとするのを阻害されないよう、面倒な厄介者を優先的に排除する任を与えられていた。
ロサードやクロエを始めとする飛行兵たちとの連携。格好の的である彼らを、異形の弓兵や風を操る者たちは優先的に狙おうとした。視線を上に向けた隙を切り伏せる、という作戦。
「そうじゃ。一体、恐ろしく強い弓兵と手合わせしたぞ。的確な狙いに、こちらの攻撃を軽々と避ける俊敏さ。なによりも、的確な曲射の使い手じゃったな。数多の強者と戦った余でも、一人で相手できるものではなかったのう。ラピスやゴルドマリーの援護があり、ゼルコバとの連携で、なんとか倒せ──」
「! カゲツ!」
嬉々として戦果を語る彼に反比例するように表情が翳っていく薄緑髪の弓使いを見て、質問の意図を察してしまったゼルコバが思わず、それ以上語るのを制止していた。
驚いたカゲツもまた弓使いの顔を覗き込む。幼き彼の曇る顔が意味するところを理解できないほど、カゲツは空気の読めない男ではなかった。
「……まさか。余やゼルコバが切り伏せたあの弓兵は」
その問いに弓使いは俯く。戦略的に曲射を用いる弓使いが港に二人といるはずもなく、彼の中では確定的となってしまったのだ。
無言の肯定と言ってもいいその空気感に、さしものカゲツも直前までの自身の能天気さを自省した。
「……すまぬ。あれは……ナスタの家族、父だったのじゃな」
「その『異形兵』が直前まで持っていた『弓』が……ここにある。神竜様に『お渡し』するのをすっかり『忘れて』いたが……『第六感』が働き、このときのために『持参』していたのかもしれないな」
ゼルコバが自前の袋から取り出した、無骨な弓。それは確かに、薄緑髪の弓使いの父が愛用していたものだった。
豪華な装飾を嫌い、あくまで機能のみを追い求めた、実に父らしい逸品。手渡された瞬間、彼の中に父との厳しくも温かな思い出が蘇ってきた。
物心ついた日から、一人でも生きていけるようにと教わった猟の仕方と弓の扱い方。泣き言を言えば叱られた後、大雑把な肉料理を食べさせてもらった。亡くなった妻のように料理は得手とはしていないから、と照れ臭そうに言い訳をしながら。
そんな父のことを、彼は誰よりも敬愛していた。何匹も獣を狩る姿を見て、自分もいつかは父を超える猟師になるのだと誓ったものだ。
だが、父は言った。イルシオン国民には学園に通う義務がある。最速で十三になる年から入学出来るから、四年かけて常識を学び、友人を作るようにと。猟師になるにしても、得た知識や人脈は決して無駄にならないから、と。
決して裕福な家でなかったが、学園に通わせてくれる貯金は溜めていてくれたらしい。そんな父の愛に甘え、来年の4の月から始まる学園生活に胸を躍らせていたのに。
父の弓が、現実を突きつけてくる。
悪夢ではないのだと。父は死んだのだと。この短期間で手が血に染まりきったのだと。
仲間を守るための行為に、後悔などない。しかし、考える余裕が生まれた今ならどうしても思わざるを得ない。
全てが奪われずに済んでいたなら、どれほど良かっただろうか。
「っ……ゼルコバ、さん、ありがとう……ございました……。カゲツ、さんも。父を、苦しみから解き放って……くれ、て」
涙を抑えきれなかった。
異形兵と化した者を元に戻す方法はない。死体となって尚、暴れ狂う父を止める手立ては、その活動を終わらせる以外になかったのは、頭ではわかっている。
父の望みと相反する行為を強要させられていたのを、神竜の軍勢は止めてくれた。そこに感謝をしても恨む気持ちなどあるはずもなかった。
それでも、悲しみは嵐のように身を切り刻む。もう二度と父に会えない事実は、未だ幼い彼の精神にはあまりにも、あまりにも重たすぎた。
「ナスタ……」
ゼルコバは薄緑髪の弓使いを優しく抱きしめていた。双子の弟がちょうど彼くらいの年齢で親共々、賊により殺されており、重ねて見てしまったのだろう。
弓使いは、泣きじゃくりながらゼルコバの抱擁を受け入れていた。胸の中で大泣きし、ゼルコバに優しく頭を撫でられる。
「……『会ったばかり』で何を、と思われるかもしれない。だが、真面目な『提案』をしたい。俺の『養子』にならないか」
「ゼルコバさんの……養子……?」
ゼルコバはフィレネでの戦いで足を失った戦災孤児を見たとき、心が引き裂かれそうな衝撃に襲われたのだそうだ。
港町ジーヴルを見て、イルシオンにも多く戦による被害者がいるであろうことを悟り、こう思ったという。
子どもたちのために自分が出来ることはないか、と。
女王となる主君から離れる気はないが、それでも彼女には出来ない方法で、イルシオンの未来を担う者たちの支えになりたい。
ただ、その具体的な方法が思いついていなかったのだそうだ。ソンブルとの戦いを終えた暁には、各地の復興支援を行いながら、自分のすべき方法は何か、を見つけるつもりと語った。
「『異形兵』だったとは言え、最終的にナスタの父を『始末』したのは俺だ。『償い』という意味ではないが……『何か』したいと思った。もちろん『無理強い』はしない。ゆっくり『考えて』欲しい」
ゼルコバは、その場の感情で言っているのではなく、もっと先を見据えている。弓使いは、直感的にそう感じた。
とても頼もしい申し出だが、今すぐに首を縦に振るべきではないように思えた。時間が経てば、互いに気持ちが変わってしまうかもしれないからだ。
それでも。
拒絶するのではなく、前向きに検討したい……弓使いの彼は切にそう思った。
戦乱が終わり、自分に庇護が必要と感じ、ゼルコバの意志が再会時に変わらなければ、甘えてもいいかもしれない、と。
弓使いはその旨をゼルコバに告げた。
一旦の拒否を、幼き彼の涙を拭ってあげながら、ゼルコバは受け入れる。
「必ず『邪竜』を倒し、イルシオンに『平和』を取り戻す。それまでどうか『生きて』いてくれ」
ゼルコバの力強い宣言に、薄緑髪の弓使いは頷く。一番近くにいたカゲツのみならず、一連のやり取りを見聞きしていた神竜の軍勢は、彼の強い決意に呼応するように、打倒邪竜の意志を内心で固めていた。
*****
「……子どもが居場所を奪われる話は、戦争につきものだよねー。目を背けてたワケじゃないけどさー……」
遠巻きにその光景を眺めていたロサードは、重々しい表情をしていた。
彼は堅苦しいことが嫌いで、出来れば自堕落に過ごしていたい気質。しかし、イルシオンの民が受けている苦しみをどうでもいいと思えるほど冷たい人間ではいられなかった。
オルテンシアへの友情のみを理由についてきた戦い。
所属する軍が変わろうと、ゴルドマリーと共についてこられたのは、年下の親友であり第二王女である彼女を守るという強い意志があってこそ。
邪竜ソンブルを撃滅するための戦いは佳境を迎えつつある感覚が、彼の中にもあった。となれば、次に考えなければならないことはひとつだった。
──戦後、どのように立ち回るか。
折を見て休学していた王立イルシオン学園に復学する。オルテンシアのために騎士となる。この二つは確定事項だが、神竜軍に属した者として他に出来ることはないだろうか。それが彼の悩みだった。
子どものための礎となることを半ば宣言したのも同然なゼルコバの心意気に、当てられてしまったらしい。何もせずブラブラするような人生を送ってはならないと考えたのだ。
己の武器と言えるのは、妖精としての強さと不変の可愛らしさ。それに、絵の腕前。全てを余すところなくイルシオンの未来のために奮いたいと、ロサードは熱望した。
「……なあんて。オレもずいぶん変わっちゃったなー。以前までのオレなら、絶対こんなこと考えなかっただろうにねー」
妖精の村の空気に流されず、あの空間を抜け出て両親が隠し持っていた財産を使って学園に入学したのは、単に外の世界が見たかったからだった。年がら年中、保守派と急進派の対立に巻き込まれるのにも
だが、それだけだった。国法で認められた四年間を終えた後は何をするかなど考えてもいなかったから、勉学に対する態度も適当だったくらいだ。
物思いに
「やれやれ。さぞかし、貴様の両親は困惑していることだろう」
不意に己に向けられた声に、ロサードは覚えがあった。
学園に入学して以来、一度も妖精の村には戻っていないから、実に四年ぶりに聞く声なのだが、記憶はとても鮮明だ。
そして、その記憶は正しかった。身を男物の服で包み込んでいる、透き通るような白髪と燃えるような赤の瞳が特徴的な、少々無骨ながら面倒見の良い男装の麗人。
横には村の中でも抜群の剣術を用いる薄赤髪の剣士。現村長の付き人であり、女性と見紛うようなふわりとした空気感と物腰ではあるが、れっきとした男性である彼が付き添っている。
「やあ、アデルファにアザレア。元気にしてたー? 二人とも相変わらずカワイイね、さっすが妖精の村が誇る美人二人だよー」
「世辞は要らん。それよりも、何をしていたのかと思えばイルシオンの第二王女と同行していたとはな」
わざとらしく大きな溜息をついてみせる男装の麗人。
彼女は一旦怒り始めると、物凄い剣幕で相手を詰り始めるか長時間淡々と詰め寄るかの二択になる。多分今回は後者になるだろうと踏み、ロサードはその場から逃げようと背中を向けた。
だが、思いっきり掴まれてしまった。脇に控える薄赤髪の剣士はこういうとき割と助け舟を出してくれるはずなのだが、一向に動く気配がない。
「安心しろロサード。おれは怒ったりしない」
「あはは、目が据わってるよー。説得力ゼロだねー」
「悪かったな。生まれつきこうで」
無理矢理笑顔を作り、にじり寄る男装の麗人の剣幕に青ざめるロサード。かつて雷を手に収束させていたセピアと対峙したときよりも、遥かに強い恐怖が襲い来る。
呆れたような仕草を見せ、薄赤髪の剣士がその辺にしておくようにと彼女の手を振り払ってくれた。
「……でも、貴方の両親がずっと心配してたのは本当でしてよ。長期休みがあるのなら、何度か帰ってきても良かったのではなくて?」
「ごめん。ホントのこと言うね。ハッキリ言って帰りたくならなかったんだよー」
常に村の今後をどうするかで喧嘩になっているような有様では、村の外に憧れていようがいまいが外に出たくなるのは必然だという主張。
ロサード自身は確かに、外の世界がどうなっているのかに純粋な興味を持っていた。暇さえあれば仲間の似顔絵や風景画を描くのが趣味な彼にとって、村の外の刺激に触れることは貴重だったし、自分の一部として根付いた以上、今後も各地の絶景や仲間の絵を描くだろう。だがそうなった経緯には、いつまでも同じ話し合いばかりを繰り返す村の空気への呆れが、一番の理由であったのは確かなのだ。
「でも、オルテンシアの彼氏くんが全てを解決してくれたんだね。イルシオン王家に対する確執まで。ほんと凄いなー。アザレアはともかく、前までのアデルファなら、オレが王女のために戦っているなんて知ったら噴火してただろうしねー」
「それはそうですわね。アデルファの保守的思考は、村の中でも随一でしたもの」
便乗する薄赤髪の剣士はくすくすと笑っている。
それを言われると言葉に詰まってしまうしかない男装の麗人。思い返せば、先祖代々から受け継いできた王家への怒りを保とうとするあまりに、意固地になりすぎていた面は大いにあったのだと自省する。
「しかし、斧はわかる。貴様の父も斧で戦う戦士だからな。しかし飛竜乗りになるとは……。あんな恐ろしい生き物にリボンをつけているとは」
「カーミラちゃんは恐ろしくなんかないよ! 絶対に人を噛まないし、カワイイし! オレの親友なんだ!」
飛竜カーミラは現在、騎兵の馬やペガサス、グリフォンと共に砦内の片隅でその巨大な羽根を休めている。
将来の明確な道筋を定めていなかったロサードだが、持ち前の旺盛な好奇心に従い、閉鎖的な村では決して得られない経験を求めて学園での日々に臨んでいた。その一環として彼が魅了されたのが、飛竜への騎乗訓練。
ロサードは飛行兵として、また飛竜を手懐ける乗り手として非凡な才能を秘めていた。鮮やかな紫色の鱗に覆われた愛騎カーミラは、イルシオン王立学園の
カーミラと仲を深めた上で、共にオルテンシアを守るべく戦場を駆け回ってきた……というのが実情なのだと、赤裸々に語った。
それ以上は発言を控えようとしたロサード。自らの不出来な過去について余計な口を滑らせるつもりはなかったのだ。
だが。その隠しておきたかった事実を、背後から不意に現れた相棒があっさりと暴露してしまった。
「ロサードはその辺りの才能があったんですけど……座学の成績は酷いものでした。しばらく授業を放棄していた時期もありましたし、何をしに学園に来ていたのかと……」
「ちょっとゴルドマリー! な、なな、何を言い出すんだよー!」
ロサードは慌てて彼女の言葉を遮ろうとしたが、一歩遅かった。同郷の二名は、彼の学園での怠惰な体たらくをはっきりと耳にしてしまったのだ。
薄赤髪の剣士が呆れたように苦笑する一方で、男装の麗人は肩を震わせて激怒した。
「貴様! 村の掟を破って出ているのに、真面目に学業に取り組まなかったというのはどういうことだ!!」
「い、いや、だって……オレ、勉強してなくてもカワイイし……」
まったく筋の通らない自己弁護に、男装の麗人は今にもロサードへ掴みかからんばかりの義憤を露わにする。彼女がこれほどまでに激昂するのは、彼を学園へと送り出す際、残された両親が村の保守派からどれほどの誹謗中傷を浴びせられていたかを知っているからこそだった。彼女は強固な保守派ではあったものの、その罵詈雑言を口にする者たちには加わっていない。
そんな村の事情など知る由もない当人は、自らを窮地に追いやったゴルドマリーへ助けを求めるように
「オルテンシアにダサいと一蹴されていましたよね……」
「やめてよー! 忘れかけてたのに!」
「ふふっ……記憶力が素晴らしい上に可愛くてすみません……」
自らを称えるばかりで微塵も悪びれる様子のない相棒に、これ以上の抗議は無駄だと悟り、ロサードは一際大きな溜息をついた。
溜息をつきたいのはこちらであり、何より貴様の両親だろうと、男装の麗人は深々と呆れ果てる。
「貴様の両親に詫びを入れるべきだが……しかし、あの二人は学園にいる。ロサードは学園にまで寄っている暇はないのだろう?」
「……そうだね。夜が明けたら神竜様の方に戻らないといけないから」
ロサードとしても、本当ならば両親と直接顔を合わせるべきだとは分かっていた。学園で真面目に学んでほしいという彼らの期待とは違う行動を取ってしまったことを、きちんと謝罪したい気持ちは確かにある。
だが、紋章士の指輪を託された別動隊の主力である以上、いつまでも神竜の本隊から離れているわけにはいかなかった。
外の猛吹雪の影響で、王城攻めの進軍に遅れが生じていることは容易に想像がつく。であれば
世界の命運を懸けた重大な局面において、両親への謝罪のために一人だけ学園へ向かうなどという、個人的な感情を優先するわけにはいかない。今の自分は単なる一介の学生や妖精の村の若者ではなく、世界を救うための軍勢を担う重要な一翼なのだから。
「戦うな……などと言う権利は、おれにはない。ロサードたちの加勢には心から感謝している。あのやんちゃだった貴様がよくぞここまで育ったものだよ」
「へへー。アデルファが褒めるなんて珍しいなー。でも、そんなこと言うと、実年齢がバレ……あいたっ」
軽口で茶化すロサードの頭を、男装の麗人は手の側面で軽く小突いた。叩かれた当人は少しも反省した様子を見せず、ペロッと舌を出して悪戯っぽく笑っている。
「だからこそ、絶対に生き延びて戻ってこい。貴様の両親には、その活躍ぶりを報告しておいてやる」
「もうこれ以上誰かが死ぬなんて御免ですのよ。死んだら承知しませんわ。約束を破ったらサボりの話を全部ぶちまけましてよ」
妖精の村を襲撃した異形竜によって命を落とした三名の同胞を想い、薄赤髪の剣士は悲痛に表情を
同郷の二人からの激励と切実な願いを、ロサードは、そして彼の傍らで微笑んでいたゴルドマリーも、真面目な顔つきでしっかりと受け止めた。
将来自分が何を為すべきか、ゼルコバのように今の時点で明確に定めるのもカッコいい。
だけど、まずはこの過酷な戦いを生き延びて、平和な世界を取り戻してから全てを決めるのも悪くない──ロサードはそう、前向きに思い直した。
「大丈夫。オレらは死なないよ。必ず戻って来るから」
「わたしがロサードの背中を守る以上、敗北はありえません……。強くて可愛くて本当にすみません……」
自信に満ちて可愛らしく微笑むロサードと、どんな時でも自己肯定の姿勢を一切崩さないゴルドマリー。
死地へ向かうというのに微塵も悲壮感を感じさせない彼らの真っ直ぐな態度は、妖精の村の二名のみならず、砦内に居合わせた多くの者たちに多大な勇気と希望を与えたことだろう。
10月分はここまで。11月分も予約投稿完了済です。
そろそろ過去の自分に追いつかれそう。