ハイアシンスの兄の近衛として長年国を支え続けた『雷霆』と『聖剣』。この老練なる二名が邂逅を果たしたのは、現役を退き、リンデンの妻が死去して以来のことだった。
リンデンは、かつての相棒が騎士としては到底動けぬほどの重い腰痛に悩まされていることを知っていた。そのため、先程の戦いにおいて、全盛期に勝るとも劣らぬ獅子奮迅の活躍を見せていたことに心底驚かされたのである。
「私としてはリンデンが
「魔道兵は有無を言わさず戦えとお達しじゃったからの。従わねば、子どもたちがどうなるかわからんかった」
リンデンには三人の実子がいるが、全て成人済みであり、とうに独り立ちし、家庭を持っている。
各々が思い思いの職に就いているが、激務に追われていた父のように忙殺されたくない一心からか、騎士や
子らが誰も要職を選ばなかったことに対し、思うところがなかったわけではない。だが、国がこのような悲惨な事態に陥った今となっては、痛感せざるを得ない。子どもたちの意志を尊重しておいて本当に良かった、と。
もし無理に王城勤めを勧め、その通りになっていたとしたら。セピアの悪辣な謀略に巻き込まれ、三人のうちの誰かが、あるいは全員が無惨に死んでいたかもしれない。そう考えると背筋が凍る思いだと言って、リンデンは深く安堵の息を吐いた。
「私も安心いたしました。リンデンのお子さんたちがどうしていたか、ずっと気がかりでしたから」
老騎士はリンデンより早くに結婚したが、子宝には恵まれなかった。そのため現役時代、時折王城へ遊びに来る相棒の子どもたちを、まるで我が子のように目に入れても痛くないほど可愛がっていたのだ。
現状では、彼らの生存が確実に確認されたわけではないため、安心するのは早いかもしれない。しかし、王都より南側や東側はセピアによって直接
リンデンの優れた魔道の才覚は三人ともに受け継がれているのだから、降りかかる火の粉くらいは自ら振り払えるはずだという旧友の言葉に、老騎士はひとまず胸を撫で下ろすことにした。
「しかし……ペラルゴ様が異形と化しているとはのう。あれほど平和的解決を唱えた辺境伯も歴史上では珍しい傑物じゃったのに。どうしてそんな、お
リンデンもまた老騎士と同様、クレマチス辺境伯家には先代の頃から、若き日より非常にお世話になっていた。
とっくに故人となっている先代は、歴代の当主と同様にブロディアへ容赦のない苛烈な男だったが、その子である現在の当主は心優しき高潔な人物であり、老騎士もリンデンも深い畏敬の念を抱いていたものだ。
「……ご子息であるジェラニウム殿が健在であり、我々の味方なのは不幸中の幸いですね」
「まさか、いつ見ても顔が青白かった男の子が、あそこまで
リンデンは、離れた場所にいる辺境伯の息子を視線で追った。
吟遊詩人に扮した軽薄な格好をしている彼は、あろうことか、今まさにフィレネ第一王女セリーヌを甘い言葉で口説き落とそうとしている最中だった。
老騎士と合わせて厳しく注意すべきかと悩んだが、王女の
「元気が良すぎるのも困ったものじゃのう。かつて病弱だったとは思えないくらいじゃ。失礼じゃが、別人ではないかのう?」
「ほっほっほ。しかし、目先の利より国を想える気高き精神は確かにペラルゴ様譲りですよ」
彼のあまりの軽薄ぶりに呆気に取られるリンデンを諭すように、老騎士は朗らかな笑みを浮かべた。
クロエが羽虫を払うように彼を冷たくあしらっても、まるでそれが極上のご褒美であるかのように表情をだらしなく緩めているその様は、先程までの頼もしい強力な魔道士、いや、自称天才的な大魔道士としての姿が幻だったのではないかと思えるほどだ。
「……そんなに、かつてのゼラ殿は弱々しい方だったのでしょうかな?」
それまで二人の話を黙って聞いていた救護班の老人が、不思議そうに口を挟んだ。現在進行形で城に勤め続けている彼もまた、当然ながらリンデンたちとは旧知の仲である。
しかし、国境付近の最前線へ出向いたことはあまりなく、王城で訓練に励む兵たちを回復するのが主な仕事だった彼は、クレマチス辺境伯の人となりは噂に聞いていても、その息子が幼少期にどのような人物であったのかは直接知らなかったのである。
「私たちも、子どもだった彼と最後に出会ったのは十五年ほど前でしてね。それも、二度ほど見かけただけですから、会話をしたことはなかったのですが……」
「外に出るのが危ういほどフラフラしておったな。おお、そうじゃ、杖をついて歩いておったのう」
もはや明日生きているかどうかもわからないほど、儚く危うい状態だったということだ。それが今や、戦場を駆け回り、所構わず女性を口説き回るほどの活力を得たのだから、まさに生命の神秘と言うべきかもしれない。
辺境伯も、さぞ息子の快復を喜ばれたことだろう……と、そこまで想像した辺りで、救護班の老人はどうしても自身の気分が暗く落ち込んでいくのを止められなかった。
「軍師殿は、ペラルゴ様を討つと仰せです。異形兵なのですから、正しい判断だとわかっているのですが。しかし、国にとっての功労者を討つと改めて考えると……」
一旦は胸に宿したはずの決意の炎が、こうして得られた一時の安息という穏やかな風を前に、弱く消え入っていくような感覚。
このままでは、若き者たちのための礎となると宣言した手前、示しがつかない。再度己の心を奮い立たせようと試みるが、意識すればするほど、かえって上手くいかないものだ。
老いによる怯えなのだろうか……と自嘲して深く俯く救護班の老人の弱さを、旧知の友たちは否定することなく、優しく温かに受け止めてくれた。
「嬉々として人を殺められる方がどうかしています。あの少年も、あくまで国を優先する選択をしているだけのこと。迷いがあっても理解してくれますよ。多角的な意見があるべきだ、とね」
「リフレクサよ。無理に変わる必要なんてないのじゃ。特にあんたは戦場に立った経験なんて皆無だったのじゃからな。戦争となれば、どうにも他人を殺しているという実感が失われてばかりでいかん。そういう迷いに囚われてもならぬが、捨て去ってもいかんとわしは思うぞ」
同年代でありながら、戦場という一点において彼らとの経験差は歴然としている。それでも、修羅場を潜り抜けてきた二人は彼を見下すことなど決してなく、その人間らしい迷いを真摯に尊重してくれている。
戦友たちのそんな優しさに、救護班の老人は思わず感涙した。同時に、自分がこのまま感傷に浸っていてはイルシオンの未来のためにならないという、現実的な思考もまた静かに湧き上がってくる。
やはり、早朝にあの少年へと告げた決意が覆ることはなさそうだ。辺境伯殺害という重き大罪は、老い先短い自分たちこそが進んで請け負わねばならないという確固たる想いが、直前まで抱えていた迷いを完全に飲み込み、強く膨れ上がっていく。
「重たい業を背負うのは、我々のような老体が良いというのは確かですがね。ペラルゴ様は元より強かったお方ですが、異形兵と化した以上その実力は未知数。ここでの戦いのように、我が『聖剣』の奥義をもって……おっと」
高揚感が、老騎士を普段以上に饒舌にさせていた。そこまで口を滑らせてから、しまったと思い至り、慌てて自らの口を右手で物理的に塞いだが。
かつての相棒であるリンデンは、信じられない言葉を聞いたとばかりに老騎士の顔を覗き込み、完全に硬直した。そして、みるみるうちに激しい怒りをその
「ガランサス! あんた、もしかしてここでの戦いで使ったのか!? 『
リンデンの怒号は、憩いの喧騒を引き裂くように大広間の内部へ轟いた。一瞬、砦内の時が止まる。痛烈な叱咤を浴びた老騎士は、ひどく都合が悪そうに視線を床へと泳がせ、相棒の顔を直視できずにいる。
「あ、すまんのう皆の衆。ちょっと思い出話に花が咲き過ぎてしまってな」
血相を変えたリンデンが周囲へそう言い訳をして取り繕うと、思い思いの反応が集団からわずかに湧き上がった後、大広間は再び元の騒がしい安息の状態へと戻っていった。
だが、その会話の端々に強い興味を惹かれた二名が、こちらへ近寄ってきてしまった。砦の裏口における死闘にて、直に老騎士の放つ『奥義』を目の当たりにし、感嘆の声を上げていた者たちである。
「ガランサスさん、凄かったぜ。光の十字が炸裂する感じで。俺らには歯が立たなかった異形の重装連中を一瞬で消し飛ばしたんだ」
「……あまりの威力に、さすがは伝説の『聖剣』と感服いたしましたが……。禁忌の秘術だったのでしょうか? おいそれと人に見せてはいけないような」
赤髪と緑髪の兵士の二人組だ。
老騎士は、無邪気に感嘆する彼らの口を即座に閉ざすことはできなかった。これに対し、リンデンは呆れ返ったように深々とため息を吐き、怒りの眼差しを相棒へ向けたまま、自分が何ゆえこれほど激昂しているのかを静かに説明し始めた。
「こやつが使ったのは『戦技』と呼ばれるもの。武器の消耗が激しくなる代わりに、高威力の技を繰り出すのがほとんどじゃが、イルシオンに住まう精霊の力を借りて放つ『奥義』の代償はそれだけに留まらぬ」
「リンデン。そこまでです。それ以上の説明は──」
「断る! その説明をせずに、ペラルゴ様との戦いに用いようなどと、そうはいかんぞ!」
リンデンによるその詳細な説明がなされる前から、赤髪と緑髪の兵士には、その威力の代償に関する「もしかして」という最悪の直感が働いていたのだが。
「代償は命じゃ! 生命力を威力に変換するから『奥義』なのじゃ。それを知ったわしは、二度と使うなと、あれほど口を酸っぱくして言ったのに……!」
老騎士がその禁忌とも言える奥義を放った回数は、彼の長い人生においてもさほど多くはない。
しかし、そのような大掛かりにして必殺の攻撃に、相応の代償がないはずもない。体力に絶対の自信を持っていた全盛期の彼でさえ、二連発までは放てても、三度目になると激しい息切れを起こし、四度放った際には、駐屯地で二晩寝込むほどの重い反動に苛まれた。
リンデンは、そんな相棒の肉体的負担を少しでも軽減できないかと模索し、最終的には自身の故郷にそびえ立つ膨大な書庫『知識の塔』の古文書に当たることにしたのだという。
その塔には、
邪竜の手により他国からの隷属から解放された古の時代より存在する由緒正しき施設であり、その地を治める公爵家が王家より委託され、子孫代々に至るまで番人を務め続ける神聖な場所であった。
玉石混交の圧倒的な情報量の中から狙いの知識を見つけ出すのは骨が折れ、相当な時間を要したが、最終的に導き出されたのは、ある絶望的な結論であった。
──精霊の力を借りる奥義は、使用者に破滅をもたらす。精霊が喜んで力を貸すのは、生命力を吸い取るからである。
数多の文献を血眼になって漁ったが、この精霊の悪辣な代償を最小限に抑える方法など皆無だった。大いなる力には大いなる代償がつきものなのだと、リンデンは痛恨の思いで悟らざるを得なかったという。
その残酷な事実を、リンデンは正直に相棒へと伝えた。奥義を使わずとも『聖剣』の威光が消え去るわけではないのだから、二度とあのような力に頼るなと若き日に釘を刺し、以後、老騎士は律儀にその約束を守り続けていたはずなのだ。
「『妻を一人にするわけにはいかないから』……あんたは、そう言っていたはずじゃな。まだ奥方はご存命なのじゃろう! 結局、悲しませることを選んだというのか!?」
激昂し、己の両肩を掴んで激しく揺さぶるリンデンに対し、老騎士は反論の言葉を失い、ただ痛ましげに深く俯き続けていた。
奥義の真実を知り、絶大な衝撃を受けた赤髪と緑髪の兵士。
特に直情型である赤髪の兵士は、拳を強く握り締めてわなわなと震えていた。己の命を削ってまで道を切り開いてくれた老騎士の無茶に、底知れぬ戦慄と畏敬の念を覚えたのだ。
「ガランサスさん……あんた……」
「グラディオ殿」
「二回使ったよな!? そんな危険な代物を……命を失いかねないような技を、短期間に二回も!!」
一度目は、裏口で苦戦を強いられている彼ら若き兵士二人の救援に駆けつけ、群がる重装兵の群れを一瞬にして消し飛ばしたとき。
そして二度目は、敵将ローダンを仕留めようとしたときだ。後者はネルーケの用いた『チェインガード』によって不発に終わっているが、それでも奥義自体の発動が為されている以上、肉体へ跳ね返った負担は計り知れない。
短期間に二度も放ったという事実をリンデンが耳にしたのは、この瞬間が初めてであった。命を捨てるに等しい旧友の壮絶なる覚悟を突きつけられ、彼はもはや怒りを通り越し、ただ唖然とするほかなかった。
「あんた……そこまでして、奥方を絶望の淵に追いやりたいのか……」
「……リンデン。貴方も騎士だったのなら理解できるはずだ」
喉から絞り出すようなリンデンの震え声を受けて、老騎士はなんて見当違いなことを言うのだと言わんばかりに、相棒以上に激しい怒りをその瞳に宿して睨み返した。
そして、両肩に置かれた手を力強く振り払い、ようやく重い口を開いて反論を開始する。
「騎士たるもの! 最優先にすべきものはなんでしたか!? 知らないはずもないでしょう!」
「……国を最優先にするのが騎士の務め。じゃが、あんたはもう引退をした身じゃろう」
「それを貴方が言うのか! 私より先に現役を退き、それで尚、神竜軍に身を置く貴方が!?」
激しい言い争いに発展しているのを、もはや誤魔化す余地はなかった。少年の仲間たちも、神竜軍の面々も、そして寝返った伯爵軍の兵士たちも、この老兵たちの悲痛な
救護班の老人は慌てふためき、しどろもどろな言葉で場をなだめようとしながら、顔を真っ赤にして荒い息を吐く老騎士の背中を、優しくさすって落ち着かせようとしていた。
少し考え込んだ後、緑髪の兵士が静かに己の私的な意見を述べてみせた。
「……そうですね。騎士がこうだと言われてしまえば私にも口を挟む余地はありません。私がガランサス殿だったとしても、喜んで奥義を使うでしょう。愛するイルシオンという国の滅びを阻止するためなら、自分の命など安いと考えて」
自国を愛し、王家に忠誠を誓う誇り高き騎士であれば、誰もが同じ結論に至るだろうと彼は断言。
同じく騎士だった者としての純粋な立場から言えば、自分も同じことをするだろうとリンデン自身も考えていた。たとえ亡き妻が存命だったとしても、子どもたちがまだ庇護を必要とするほど幼かったとしても、自らの命を賭して国を守れるのが確実だと言うのなら、選ぶべき道はひとつに決まっているのだ。
だが、リンデンは長年の人生経験と老いを経て、個人的な感情や家族への愛をおざなりにするべきではないと考えるようになっていた。どれほど見上げた忠誠心であろうとも、それは温かな命があってこそのものなのだと。
「……命を棄てることと、命を懸けることは違うのじゃ」
「存じています。だからこそ私は命を懸けている。貴方がそうしているようにね、リンデン」
神竜軍に属して戦うリンデンが、もしこの渦中で命を散らせば、故郷にいる三人の子どもたちは深い悲しみに暮れるだろう。彼ら自身にすでに守るべき家族がいる現在であっても、親を凄惨な戦場で失う精神的な痛みは計り知れない。
それでも、母国イルシオンのためと言って、老体に鞭打ち王女たちや神竜へ付き従うべきと選択したのは何故か。その理由は、相棒も同じだということか。
「貴方は、私のかあさんを絶望の淵に追いやりたいのかと言いましたね。逆です。愛する者をイルシオンごと守るために、私は再び『聖剣』となる道を選び取ったのです」
愛妻と共に王城へ逃げ込んだ数日前、老騎士は何もできずに逃げ惑う自分の情けなさに打ちのめされそうだった。かつて国境線で無双の活躍を見せた騎士が、こんな無様な生き恥を晒し続けることになるのかと。
しかし、だからと言って無駄死にをするわけにはいかなかった。共に生きると誓った妻を置いて死ぬなんて出来るはずがないし、妻を置いて自分一人が生き延びるなど、騎士の誇りにかけてもっと有り得ない。
そんな自罰の念に囚われていた己に再び戦う道を差し示したのは、王家の侍従をやっているというあの無力な少年だった。彼が同僚を変質させられ目の前で喪ったことは後に聞かされたのだが、そんな絶望的な背景を抱えているであろう凄惨な雰囲気は老騎士も察しており、それでも尚『全員生存』を掲げて死の運命に真正面から立ち向かうその姿を見て、深く触発されたのだ。
──年齢のせいにして戦えないと、自分の限界を決めてしまうことは恥だ。
よって、手段は選ばなかった。自分の身体と近いサイズだった兵の死体から鎧を剥ぎ取り、落ちていた武器を拝借して戦うことを決意した。平時ならば、これほどおぞましい行為は決してやらなかっただろう。
「奥義により生命力が削られるのだとしても、私は生きます。最後まで人として抗うために。そう決意したのです。私を突き動かしているのは生への執着。決して、かあさんやリンデンを悲しませるためではない」
奥義の反動にその身を灼かれようとも、必ずや生き延びて天寿をまっとうしてみせるのだと、老騎士は力強く宣言。そこに、死に場所を求める自殺志願者のような仄暗い影など微塵も存在しないのだと、リンデンははっきりと悟った。
若かりし頃の老騎士には、確かにその手の危うさがあったのも事実だ。国のために命を捧げることこそが騎士の至高の本懐であると信じて疑わなかった。先ほど最優先がどうのと言い始めたとき、リンデンは『やはり三つ子の魂百までなのか』と内心で呆れそうになったが。
しかし、それは違った。彼は己の命を無為に投げ捨てるために騎士の本分を説いたのではない。あくまで、愛する妻や仲間たち、全ての尊い命を守り抜くために、泥臭く吼えたのだ。
己の家族を誰よりも大事にするため、あえて死地に踏み込んで無理をするのだと言われれば、さしものリンデンも深く納得せざるを得ない。何せ、愛する子どもたちの未来を守るためという違いはあれど、今リンデン自身がやっていることと全く同じなのだから。
「……わしはのう、最近、腰痛に効く魔法を編み出しておる。神竜軍におる老体仲間にも施した術じゃ。後でかけてやろう。どうしてもまたアレを放つなら、最高の威力であった方がいいじゃろう?」
「リンデン……」
「ただし、条件がある。あんたの奥方を置いて死なぬこと。そして、可能なら共に逝くことじゃ」
最愛の妻と共に逝く──それが叶わなかったことだけが、リンデンにとって人生で唯一の深い後悔であった。今生きていることに不満はないが、出来るならば、長年の友には己と同じような悲しみを背負ってほしくないというのが、偽らざる人情というものだろう。
控える対辺境伯戦という死地において、決して死ぬなという古き友との固い約束を反故にするまいと、老騎士は自らの分厚い胸をどんと叩いてみせた。
「誓いましょう。『聖剣』と『雷霆』の友情にかけて」
老騎士の確かな決意を秘めた勇ましい言葉に、救護班の老人が、そして赤髪と緑髪の兵士も続いて、己の決意表明を口にしてみせた。
「このリフレクサもお供致しますぞ。ガランサス殿には、必要以上に無茶はさせませんからな」
「いっそ俺が『聖剣』を継いでやるくらいの勢いで臨むぜ。だから、リンデンさん、安心してくれよな!」
「こら、失礼だよグラディオ。……しかし、ガランサス殿の補佐は我々が行います。必ずやイルシオン王城に吉報をお届けしましょう。リンデン殿も、どうかご無理をなさらぬよう」
気高き老人たちの意志を確かに受け継がんとする若き魂たちに、リンデンは眩いほどの光を見た。イルシオンは今や崩壊の一途を辿っているが、この若者たちが生きる限り、必ずや国の復興は果たせるだろうと。
──諸悪の根源たる邪竜ソンブルを完全に打ち滅ぼした暁には、今度こそ一切の憂い無く現役を引退し、イルシオンの未来をこの頼もしい若者たちに全て託そう。
リンデンが静かに辺りを見回すと、その熱気と覚悟に当てられたかのように、砦に集う仲間たちの精神に闘志の火が次々と燃え移っていくのを感じられた。老練な魂が、次代へと確かに受け継がれた何よりの証拠であると認識する。
老騎士ガランサスと賢者リンデンは、強く握手を交わした。人生最後となるであろう過酷な『無茶』を、互いが了承し合うように。