「海王よ! 水底に沈めぇぇぇぇ!」
白金色の巨大なハンマーが振り下ろされ、触れた場所からモンスターは小さな泡となって消滅した。
「ふぅ……あぶな」
ラシアは大きく息を吐き出した。
「ラシア。大丈夫ですか?」
そう言ってリレッサが回復魔法を唱え、傷を負ったラシアを癒やした。
ラシアが怪我をしたのは、五階層から六階層に降りた直後、時間湧きのボスであるブルーマーリンと海王・ポセイ丼が同じフロアにいて、一斉に襲いかかってきたからだ。
ブルーマーリンの方はティーガーやグオン達ならなんとかなる。ほぼ適正だからだ。だけどラシアが倒したポセイ丼は、超級に出てくるモンスターだ。
だから攻撃力だけなら、このダンジョンのボスよりも強い。そんな奴に範囲攻撃魔法なんか使われたらどうなるか分からないので、初撃からクランメンバーを守ってタゲを取り、一対一に持ち込んだ。
その時に魔法が直撃し、ダメージを受けた感じだ。
鎧のおかげでかなりのダメージを軽減できているが、それでも鎧を突き抜けた衝撃でダメージを負った。
(うーん。我慢はできるけど、ゲームと違うからダメージ食らいまくると動けなくなるかも)
ゲームだとHPが満タンでもHPが1でも行動に差は出ないが、この世界は現実なのでそういうわけにもいかない。ただ、そもそもHPとは何なのか? という疑問はまだ残っているので難しい話だ。
ただ今はそんなことを考える場合ではないので、リレッサに礼を言ってポセイ丼が落としたアイテムを回収し、時間湧きのボスと戦っているクランメンバーの元へと急ぐ。
時間湧きのボスはブルーマーリン。格好いい感じの名前が付いているが……マグロマンの系統なので、半魚人が魔法使いの格好をしていると想像すると分かりやすい。
ホン・マグロマンが前衛タイプなのに対し、このブルーマーリンは後衛といった感じだ。
魔法攻撃力なんかは先ほどラシアが倒した海王・ポセイ丼の方が強い。それでもボスモンスターというだけあって、HPなどはブルーマーリンの方が遙かに高い。
ラシアとリレッサは見守る側だ。
騎士団と聖騎士のお兄さんお姉さんズも参戦している。これだけの戦力がいてなお、ダード達の命が危険に晒されるようなら……天城ダンジョンへは連れて行けない。その場合は参加するメンバーを選び直すことになる。
ここでつまずくなら、天城ダンジョンの天使やヴァルキリーを相手にするのは確実に無理だからだ。
今のラシアのように遠目から観察すると……ゲームの時との違いが明確に見えてくる。
ゲームだと攻撃への対処は、防御するか躱すかが基本だ。アイテムや魔法で反射や軽減もできるが、それも防御の内だろう。
だがインペリアルナイトのアトラスやロードランサーのヘッジは、ブルーマーリンの魔法を斬っている。タイミングを合わせれば魔法を無効化できるようで、水で作られた剣や槍を斬り伏せて消滅させていた。
それはグオンにもできないようだが、グオンはグオンで器用に盾を使い、仲間のいない後方へと魔法を流している。
この辺りがゲームとの違いだなーとラシアは思う。ゲームのような適正レベルも、絶対的なものではないらしい。
ダード、ビエット、エリエスの三人も、レベル差があるはずなのに倒れず善戦している。エリエスのアースアーマーや紅珊瑚のお守りでダメージを軽減しているとはいえ、ゲームなら範囲攻撃には耐えられなかったはずだ。
ゲームに比べてモンスターの自由度も高いが、人の自由度も高いといった感じだ。
ただし悪いところもある。躱しさえすれば格上とも戦えるが、ゲームと違って全ての攻撃に死がまとわりついている。
安物のナイフでも頸動脈を切られれば死ぬし、目に当たれば失明する。魔法も急所に当たれば、一発で沈むことがあるという話だ。
「うーん。当たり前と言われれば当たり前だけど、色々と難しい」
「ラシアが前に言っていたゲームの世界? という世界の話ですか?」
「あー、そうです。元の世界、この世界、ゲームの世界と三つなので、全ての世界で違いがあるので。元の世界には魔法がなかったですが、この世界にはありますからね」
「なるほど。ちなみに四つなので混乱しますよ。私達がいたローウェンテニアがありますからね。ローウェンテニアとこの世界も似てはいますが、違いはあるので」
「そうか……ローウェンテニアの世界もあるのか……」
「そうですね。といっても、このダンジョンという世界がローウェンテニアに近いとは思いますが……私もほとんど外には出なかったので、難しい話ですね」
「姫様は生粋の箱入り娘ですからね」
「そういうことです。ただ分かっているのは、いる場所のルールが適用されるということですね。ダンジョンの中ならダンジョンの、外ならその世界のルールといった感じです」
「あー……モンスターがまさにそれですね。中と外で生態が違うみたいな」
「はい。私も、たぶんラシアもそうですが、連れ出されるとその世界に合わせて作り替えられることはあると思いますよ」
もしかしたらダンジョンの外ではほとんど使わないが、スキルなども探せば違いがあるんだろうなーとラシアは考える。
「まぁ世界という大きな物差しで見ていますが、その家にはその家のルールがある程度に考えて大丈夫だと思いますよ。気にしすぎたところで変わるものでもありませんから」
「たしかに……」
妙に納得したところで、ブルーマーリンと戦っていた仲間達も決着を迎えた。
パルサーの槍がブルーマーリンの頭を貫き、その体がボロボロと崩れていき、魔石とアイテムが残った。
「あーーしんどっ!」
大きな声を出して、ダード、ビエット、エリエスの三人はその場に座り込む。レベル差で考えたら、仲間がいたとはいえ大善戦だ。
「ラシから聞いとったけど……知らん月齢の王と戦うのは骨が折れるなー。何回か危ないところあったわ」
「確かにな……かといって月齢の王も数ヶ月に一度湧く程度だから、何度も戦えるものではないがな」
皆が集まって今の戦闘の反省会などをしている間に、グオンがドロップしたアイテムを拾ってラシアの元に持ってくる。
運が良いとブルーマーリンが持っている潮騒の杖という装備が手に入るのだが……今回は運がなかったようで、魔石と換金用のアイテムばかりだった。ラシアが倒したポセイ丼から出た物の方が遙かに良かったぐらいだ。
「そういえばグオンさん。狩猟祭の時って、手に入れたアイテムは全て提出なんですよね?」
「強制ではありやせんけどね。それがポイントになるといった感じですね」
「マジか……レア槍出たけど、返ってくるのか?」
「さすがにXランク冒険者の持ち物を盗む奴もいないと思いますよ?」
みたいなことを話していたら、ルーンランサーのパルサーとロードランサーのヘッジを先頭に仲間達が興味津々にやってきた。
ラシアが手に入れた装備は、ポセイドンといえばトライデントというぐらい定番の三つ叉の矛だ。
「ラシア……疲れているのは分かるが、これは腕輪で槍ではないぞ」
「失敬な。海の王様が使う槍なので、私達が思う槍とはひと味もふた味も違うんです」
「どんぶりやったけどな」
ラシアがその腕輪をはめて魔力を流すと、どこからともなく水が吹き出した。それが固まり、半透明のとても美しい槍が作られた。
その槍で地面を叩くと、金属より遙かに硬い音が響き渡る。
聖と水の二つの属性を持つ槍だ。
興味津々に二人が見ているので、ラシアが使ってみます? と尋ねると、二人は大きく頷いた。その後は取り合いになり、最終的にはヘッジが勝ち、パルサーは二番手になった。
二人の感想は、ラシアがレアと言うぐらいの装備だけあって、今使っている物より遙かに格上の武器だった。
「ラシア殿。この武器はいくらなら売ってもらえる?」
「なに!? ヘッジ様! 抜け駆けはズルいですが!?」
「いや、ズルくない。お前が買っても絶対にデゴット様が権力を振りかざして奪うからな。先にこちらで確保しておく」
「ぐっ!? 否定できない!」
ラシア的には自分もクランメンバーも使わないので、全然売っても良いと思う。その辺は騎士団で話し合ってほしいところだ。
そしてこのダンジョンも、ほかのダンジョンと変わらない。基本的に月齢の王こと時間湧きのボスモンスターが一番強いので、最大の難所はもう越えた。
あとは七階層へ行き、欲しいアイテムが出るまでボスを倒し続けて踏破といった感じだ。
七階層に向かう途中では、様々なモンスターが出てくる。キハダ・マグロマンや、カツオマンの進化形であるカツオ武士だ。
出てくる種類が多いので狙って狩るのには向いていないが、それでもレアアイテムを落とすモンスターが多い。
サケカスからはランダムだが、全ての酒がドロップするので、出たレア酒はおやっさんへのお土産だ。酒ではないがティアへのお土産もちゃんと確保し、七階層のクジラマンへと挑んだ。
場所が場所だけに、ほかのパーティーはいない。だからここで欲しい物が出るまで挑むといった感じだ。
そしてようやく六戦目にして。
クジラの空笛を手に入れることができた。