ラシアは休憩エリアに戻ってくると、大きく息を吐き出した。
「ふぅ……」
「ラシア、大丈夫ですか?」
そう言ってリレッサが泉の水を汲んでくれた。ラシアは礼を言ってそれを飲むと、疲れていた体が一気に回復するのが分かった。
「ラシがあそこまで怪我するってなると……ウチらではキツいか?」
「いや……ラシアも言っていたが、戦い方次第だろう。シエルオーテスと言ったか? あのモンスターの魔法がキツいだけというのもあるはずだ」
「あんなのがいっぱいいるって、誰がこんな所を踏破できるんにゃ……」
パルサー達がそんな話をしているが……ラシアにとっては、そこまで手に負えない相手ではない。多少怪我はするが、十分に倒せる。トロッコⅤよりは硬く、ギュスターヴよりは弱いぐらいだ。
問題はそこではないとラシアは思う。
先ほど倒したシエルオーテスだが……次のエリアへ移動すると復活していた。時間湧きのボスでも通常のボスでもない、普通のモンスターなのだから、ゲーム的には何らおかしいことはない。
それでも次のエリアでまた現れた時は、本当に驚いた事があった。
「自分が死んだことを覚えているというのは……なかなか気味が悪いが、存外に悪くない」
「なっ……どうして」
「言わなかったか? 地の利はこちらにあると」
驚きはしたが、ゲームで考えれば当たり前のことだった。この天城ダンジョンには天使がいっぱいいる。
だがシエルオーテスのような戦女神は何種類か存在し、それぞれ一体ずつ必ずいる設定になっている。倒しても、すぐにどこかのエリアへ復活するのだ。
人の言葉を話せたことも驚いたが……ラシア的には、言葉を話す者はどこかで出てくるだろうなーと思っていたので、まだ想定できた。
一番驚いたのは……復活したシエルオーテスが、一度目に倒された時の記憶を持っていたことだ。
「うーん……冷静に考えると、撤退して国とかに報告した方が良いような気がしてきた」
クランメンバーも、安全にいくならその方が良いと言ってくれた。だが騎士団や国の立場から考えれば、報告は少し待った方が良いとパルサーが言った。
「ラシアのことだ。狩猟祭の勝ち負けは、今はどうでも良くなっているだろう。だからその話は置いておく。国はこの天城ダンジョンのことを一切知らない。好きに動けるのは今だけだということは、頭に入れておいた方が良い」
「そやな。中途半端に戻って報告ってなると……調査に入らなあかんしな。こんな危険がありますって言ったら、ほんならホンマに危険か見なあかんなって感じやな」
「まー、それはそうですよね」
危険だから深緑ダンジョンのように封鎖してほしいと報告しても、今のままでは情報が少なすぎる。
だから何をするにしても、このダンジョンの情報は必要になる。
「倒された後に復活して、こちらを覚えてるのは……こちらの戦い方を対策されると思うけど……仕方ないか」
ラシアの一番の心配はそれだ。記憶があるなら対策されるということだ。
シエルオーテスは弱い相手ではない。そんな者達が人と同じように戦い方を考え、対策してきたら脅威は大幅に増す。
対策されるなら、戦わない方が良いということもある。
ラシアが悩んでいると、一番年上のグオンが口を開いた。他のダンジョンのモンスターは話さないが……ラシアが危惧していることは、実はすでに起こっているという。
ラシアが驚いて質問すると、グオンは初心者ダンジョンのボスであるラットマンを例に挙げて教えてくれた。
「あいつってね。俺が冒険者になった頃は、盾を持ってるのに一切防御したりすることはなかったんですよ。だけど今は盾で受けて剣で突き、下手な冒険者より良い動きで戦っているんですよ」
ラシアは自分が戦った時のことを思い出すが……ゲームとの違いに驚いたことをよく覚えている。
「だから強い弱いの差や、話す話さないはありやすけど、姐さんが危惧してることはダンジョンが現れてからずっと起こってると思いやすよ」
「なるほど……」
「ガロ婆も、なんか似たようなこと言ってたにゃ。なんかダンジョンは世界が固定されているとか、なんとかにゃー」
「でもダンジョンの人達を殺したら、記憶がリセットされてましたよね?」
「そうにゃんにゃー。人とモンスターの違いもあるんじゃにゃいか? そもそもダンジョンに住んでる奴を好き好んで殺す奴はいないにゃ。あの村は除くにゃ」
「ってなると……情報不足って感じですね」
色々な面で危険だとは思うが……それでもパルサーやティーガーが言うように、情報が少なすぎるのも事実だ。
だからこの場合は変に悩むより、当初の目的であるダンジョンの踏破を目指した方が良いなとラシアは考えた。
そのことを伝えると、仲間達は力強く頷いた。
悪いことというか、想定外のことは続いたが……良いこともあった。
それは、シエルオーテスが持っていたレア装備、ヴァルキリーシールドが出たことだ。
これは本当に出にくい装備で、一度入手すれば超級といった高難易度ダンジョンまで十分に使える。それほど強い盾だ。
この盾はすぐに使えるほど強いので、アークパラディンのラオメに貸し出して装備してもらう。使っていた盾が壊れたからだ。
「ラシア。少し質問なのですが、グオンが持っている竜素材の盾をラオメに貸し、ヴァルキリーシールドをグオンに装備させては駄目なのでしょうか?」
ラオメの防御は現在でも足りているのだが、グオンはたまに怪我をすることがある。リレッサはそのことを言っているのだが、これには理由がある。
ラオメが就いている系統の職は、魔物素材の武具も装備できる。だが聖属性寄りの職業なので、魔物素材の武具では本来の力を引き出せなくなるのだ。
職によって武器や防具の適性が違うことは、実はラシアも確認済みだ。暇な時にダード達へ協力してもらい、実験していた。
目隠しをした状態で、職に適性のある武器とない武器を机の上に置く。すると何も見えていないにもかかわらず、ほぼ百パーセントの確率で適性のある武器を選び取った。
剣士なら剣、魔法使いなら杖といった感じだ。これは冒険者でも騎士でも聖騎士でも同じで、適性のない武器は絶対に装備していない。
解体用のナイフなどを持っていることはあるが、魔法使いが剣を装備していることはない。
「なるほど。それでラシアは、見ただけでどの職か当てられるわけですね」
「多少の勘はありますけどね」
そしてラオメにヴァルキリーシールドを渡すと、礼を言ってそれを装備した。
「おぉ……凄い盾だな。これを売ってもらえれば……どこかの竜に乗ってる聖騎士のように、騎士団や聖騎士の間で自慢できるのだがな」
「なるほど! おかんのことやな!」
「絶対にティーガーにゃ」
休憩を終えると、ラシア達は当初の予定通り、天城ダンジョンの踏破を目指して再び進み始める。
この天城ダンジョンには、ボスを除いて十五種類のモンスターがいる。
目無き天使、足無き天使、腕無き天使、顔無き天使、心無き天使、体無き天使、耳無き天使、口無き天使、鼻無き天使、感覚無き天使。
名前に対応する部位が半透明になっている天使が十種類。そして……。
盾の戦女神シエルオーテス。
剣の戦女神ソールシエンテ。
弓の戦女神バリスティオン。
魔の戦女神レイテルパシオン。
生の戦女神ライフィルシエステ。
この五体が、雑魚とは呼べないが通常モンスター扱いの戦女神だ。それぞれ防御、近接戦、遠距離攻撃、魔法、支援に特化している。
ステータスで見れば横並びだが、それでもプレイヤーのビルドでは得手不得手がどうしても出てくる。
ラシアにとって相性が悪いのは、盾の戦女神と弓の戦女神になる。シエルオーテスは物理反射を持ち、バリスティオンはラシアが苦手な遠距離攻撃を使うからだ。
あとは時間湧きのボスが、女神セレ・ロ・ネレ。
最後はこの天空の城の主である、主神ゼレストニアとなる。どちらも強いが……ゲームなら一人でも踏破できる。
ただ現実では危険もあるといった感じだ。
注意するべきなのは、このダンジョンでは時間湧きのボスより、玉座にいる主神ゼレストニアの方が強いことだ。
襲ってくる天使を倒し、フロアを移動すると……恐れていたことが起こった。
「さて、第三ラウンドといこうか。ローウェンテニアの死神」
「久方ぶりに見た顔ではあるが……鬱陶しいことこの上ないな」
「ほんとだねー」
「ここで潰す!」
「賛成」
一つのエリアに五体の戦女神が集結し、他の天使達もいる。
逃げても……たぶんフロアを移動してもついてくる。
だから戦う。総力戦だ。
ラシアが二体、リレッサが一体。ラオメ、アトラス、ヘッジの三人で一体。パルサー、ティーガー、フウコウ、ノア、グオンの五人で一体を受け持つ。
レクトアは周囲を見ながら支援に回り、ダードやビエットといった残りのメンバー達は他の天使達へ向かう。
こうして戦いが始まった。