玉座からラシア達を見下ろし、このダンジョンのボスである主神ゼレストニアが口を開く。
「面白い者が来たと……報告があったが、まさか貴様だとは夢にも思わなかったな」
戦女神達が話していたのだ。ここのボスであるゼレストニアが話したところで、今更驚く者は誰もいない。
「こちらも同じようなものですが……どうしてこの世界にいるのか伺っても?」
ラシアがそう尋ねると、隣にいた女神セレ・ロ・ネレが代わりに答えた。
「これが罰なのか、私達に罰を与える者がいたのかは不明ですが……いつの間にかこの世界に捕らわれていた、といった方が正しいでしょう。この世界には時間はありますが、時はありません。封印されているといったところでしょう」
「なるほど……」
「ローウェンテニアの死神。一つ取引をしましょう」
「取引?」
それはセレ・ロ・ネレかゼレストニアのどちらかをここから出してくれるのであれば、自分達の力でラシアを元の世界に戻すという取引だった。
「貴女も知っているように、私達は別の世界から来た者。他の者を別の世界へ送り返すことぐらいできますよ」
「嘘くさいのでお断りします」
ラシアの返答は早かった。それができるなら、すでにここから出ているだろうし……ラシアが思っている元の世界と、こいつらが思っている元の世界はきっと違う。
スマホや車がある、ラシアが元いた世界になら帰りたい。だがローウェンテニアのあった世界なら……行く必要はない。モンスターは強く、何より滅んでいる。この世界より悲惨だからだ。
それにこいつらが口にしたのは、「帰りたい」ではなく「出してほしい」だった。
……こいつらはここから出たら、たぶん人を襲い始める。この世界はゲームの設定とは違い、人、魔族、天使の三すくみにはなっていない。
この世界の人間は弱く、魔族がいないので、こいつらのやりたい放題になるだろう。
それに本当に帰れたとしても、返せない恩がある人達がいる。そういう人達が不幸になるような種をまいて、はい、さようなら! なんてことはできないのだ。
だからラシアには、断る以外の選択肢はない。
そもそも本当のことを言っている保証すらない。彼らがラシアのように別の世界から召喚された被害者なら、話し合うこともできる。
だけど……侵略者であり開拓者だ。やるか、やられるかの関係しかないのだ。
勝った方が生き残り、負けた方が滅ぶ。それだけだ。
「貴女の考えはよく分かりました。もう少し話ができるかと思いましたが……残念です」
「自分達がやったことが返ってきただけですよ。天使達が焼いた村や町のことを覚えていないでしょう?」
「自分達が新しく住む家に虫がいたら……貴女もその巣を壊すでしょう? それと同じですよ。それに、その虫が厄介なら先に排除するでしょう?」
「虫で例えるなら……害虫と益虫の違いぐらいは、知っておいた方が良いと思いますけどね」
「ならば交渉は決裂ですね。私達が責任を持って貴女を冥府へ送りましょう。二対一ですが、卑怯とは言わせませんよ」
今まで座っていた主神ゼレストニアも立ち上がる。
人間が羽の生えた侵略者に、天使や神という名を勝手に付けただけだが……それでも神と名がつくだけのことはあり、ラシアへ向けられる圧力は相当なものだった。
ラシアもハンマーを手に取り、マスクに魔力を流して完全に素顔を隠す。するとリレッサが、ラオメ達四人と共にやって来た。
「私が一体請け負いましょう。ラシアはゼレストニアをお願いします」
「え? ……大丈夫だとは思いますが、大丈夫ですか?」
ラシア一人でも、たぶん戦える。その上、ラシア自身の職と同クラスであるリレッサなら問題はないはずなのだが……まだ実際の強さは未知数なのだ。
「ラシアは心配性ですね。私自身、どこまで戦えるか不透明ですからね。セレ・ロ・ネレ辺りが、ちょうど良い相手でしょう」
リレッサの言葉が聞こえたようで、指名されたセレ・ロ・ネレは笑っている。
「私達もいるからな。ラシア殿はゼレストニアと言ったか? そちらに集中してほしい」
お兄さんお姉さんズが出てリレッサと共に戦うなら、ほぼ問題はない。それなら任せても良いかなとラシアが思っていると、リレッサから待ったがかかる。
「私とラシアのタッグマッチですからね。皆様はあちらで待機ですよ」
一斉に「えっ!?」と変な声が上がる。
「リレッサ様……さすがにそれは……」
「一国の姫君に戦わせる騎士が、どこにいるのかと……」
「そうかもしれませんが……私は姫ではなく、一介の冒険者なので何の問題もないのでは?」
「そう思うのであれば……もう少し冒険者らしく振る舞っていただきたい」
「立ち振る舞いが、もう王族のそれですよ。リレッサ様」
ラシアは五人のやり取りを見て思う……絶対に両方とも譲らないパターンのやつだ。
リレッサが下がって四人が戦えば……ギリギリ勝てるかどうかぐらいだ。四人が弱いのではなく、相性の問題だ。
だから女神の相手を任せるなら、ラシアに次ぐか同等の実力を持つリレッサが一番安定する。ただし先ほども思ったように、リレッサは未知数なのだ。
五人で戦えば良いのでは? とも思うが、不安要素が残っているので、リレッサかお兄さんお姉さんズのどちらかを残しておきたい。
ラシアは一度上を見て少し考え、仲間の方を見るとティーガーと目が合った。
すると少し考えた後に……何かを言い出した。
「なるほどな! そういうことか……やったらアトラス様達はこっちにおった方がええな。代わりに……パルとノアでどうや? 二人やったら姫様の護衛も問題ないやろ」
ラシアは驚く。何か勝手に勘違いしたようだったが……セレ・ロ・ネレの弱点属性はノアが得意とする炎だし、パルサーも前衛として申し分ない。
「ラシ! 確実にそっちの方がええやろ!」
一人だけ自分は分かってます! という顔をしているが……ラシアを含め、皆の頭の上に疑問符が浮かぶ。だが次に納得したのはリレッサだった。
「なるほど……そうなると私が戻った方が良いとは思いますが、ノアとパルサーが来るなら、そちらの方が安定しそうですね。さすがはラシアですが……もう少し言葉足らずなのは直した方が良いですよ?」
アトラス達から見ても、パルサーとノアは実力者だ。二人が出るのならと、渋々引き下がった。
「私が出て大丈夫!? 確実に足引っ張るよ!?」
「私も弱音を吐くわけではないが……ついて行けるとは思わないが」
「大丈夫ですよ。ノアに至っては、こっちにいないと少し危ないですからね」
だが、そのタイミングでモンスターが悠長に待ってくれるはずもなく、ゼレストニアの魔法がラシアめがけて飛んでくる。
ラシアはその魔法をハンマーで軽く打ち消すと、咄嗟に間合いを詰め、ゼレストニアとの一対一の戦闘へ持ち込んだ。
ラシアがゼレストニアと戦い始めたことで、セレ・ロ・ネレの相手はリレッサ、ノア、パルサーの三人になった。
「何を話していたかは知りませんが……問答無用で倒させていただくので、どうぞよしなに」
「はい。問題ありません。こちらもそのつもりのメンバーですから。シールド・オブ・スローネ」
開幕でリレッサは即座に盾を持った天使を三体ほど召喚し、自分達三人を守るように浮かばせた。
「なんかリレッサの魔法が凄い!」
「姫様。こちらはどう動けば良い?」
「はい。支援はこちらでしますので、パルサーはいつも通り前衛で大丈夫です。ただ大きな攻撃はノアや私に任せ、手数で攻めてください。ノアは私より後ろから、炎の魔法で攻撃してください」
「分かった! じゃあリレッサ、前線は任せるね!」
作戦が聞こえていたセレ・ロ・ネレは、口元を隠してクスクスと笑う。
「ローウェンテニアの神童が、その程度の戦い方しかできないのも面白いですね」
「言い返すつもりではありませんが……単純なものほど壊れにくく、突破しにくいということは頭に入れておいた方が良いですよ」
そして強者達の戦いが始まり、その余波が少し離れているティーガー達のところまで届き始める。
「さてと……どっちも優勢やから放っといてもええけど、そろそろやろなー。ラシも抑えて戦わなあかんし、大変やな」
「リレッサ様が想像以上に戦えるといったところか……」
ティーガーとアトラスは、いつでも戦闘に入れるほど闘気を高めている。そんな二人を不思議に思い、フウコウが話しかける。
「にゃんでそんなに高ぶってるのに……応援に行かにゃいんにゃ?」
「ん? ラシの作戦やからなー。というか、後で苦労したくなかったら、もうちょい気張ってた方がええで?」
ラシア達が戦っている最中なので、フウコウも気は緩めておらず、いつでも戦える。だが頭には疑問符が浮かんでいた。
そこでラシアのハンマーがまともにゼレストニアを捉え、吹き飛ばす。仲間を巻き込まないように加減しているとはいえ、そのダメージは相当なものだ。
ゼレストニアは目も眩むような凄まじい魔法を放ち、一度ラシアから距離を取る。
「さすがに死の神と言われるだけのことはあるな」
「……どうも」
「やはり、どうしてもお前だけは倒しておきたいところだな」
ゼレストニアがもう一度魔法を使うと、天井が崩壊し、頭上に大空が広がった。
そしてそこには、このダンジョンにいる全ての天使と戦女神がいた。
ラシアが警戒していたのはこれだ……他の天使達はフロアを移動する。絶対に戦っている最中を狙ってくるとは思っていた。
だからリレッサかお兄さんお姉さんズのどちらかを、ティーガー達の方に残しておきたかったのだ。
そのことを伝える前に戦闘へ入ってしまったのが心残りだったが……ティーガー達なら、ゼレストニアを倒すまでは耐えてくれるはずだ。
シエルオーテスが、竜の背に乗っているティーガーに話しかける。
「殺し合いだ。卑怯だとは言ってくれるなよ? お前達を狙えば、死神の注意も逸れるだろうからな。人質になってくれるなら、後で苦しまずに殺してやるぞ?」
「大丈夫やな。ラシはお前らの作戦なんか読んどったしな。ぶっ殺す相手に卑怯もへったくれもないから、気にせんでええで。虹竜! エレメントブレス!」
ラシアから上空に注意するよう指示され、いつでも動けるように待機していたので、先制攻撃はティーガーだ。
五つの属性が混じり合ったブレスが天使達を襲い、弱い者達はそれだけで焼き払われる。
「なるほどな……さすがはローウェンテニアの死神といったところか。だが、ここなら私達はすぐに蘇り、お前達が死ぬまで戦えるぞ?」
「大丈夫や。ラシがゼレなんとか倒す方が速いからな!」
ティーガーの声が少し大きいので、ゼレストニアと戦っているラシアのところにも聞こえる。
警戒は確かにしていたが……それはティーガーさんの勘違いなんです、とラシアは大声で言いたかった。