天城ダンジョンから戻ったラシアだったが……心身共に疲れ果てていた。そのまま冒険者ギルドへ行って説明し、長時間拘束されるのが嫌という以前に、本当に無理だったので全員で宿へ帰還した。
パルサーとティーガーもおやっさんの宿に泊まり、お兄さんお姉さんズも近くの高級宿に泊まることになった。
全員が泥のように眠り、次の日の昼を過ぎてようやくラシアは宿の食堂で昼食を取った。
「帰ってきたと思ったら死んだように眠ってたが……どこに行ってたんだ?」
おやっさんが料理を運んできてくれたので、ラシアは礼を言ってから答える。
「未開拓ダンジョンに調子に乗って行ったら……大変な目に遭ったんすわ。簡単に言えば、モンスターが人語を喋るわ、徒党を組んで襲ってくるわ……フロアを移動してくるわで……大変を通り越してやばかったですわ」
「あの面子で狩りに行って、お前がそう言うってどんな凶悪な所だよ。というか、モンスターが人語を喋ったのか?」
「喋ったっすねー。もう二度と行かない。それ以前に封鎖してほしい……というか、しないと駄目だ。あそこは」
数日宿を離れていただけだが……なんとも懐かしい味に、ラシアの心は癒やされる。
ボスであるゼレストニアとの戦いも、ラシアの圧勝に思えたが……実はそうでもない。相手の策にはまり、勝ちを急いだので、あちこちに傷を負っていた。肋骨が折れ、足にもひびが入っていた。
リレッサの魔法のおかげで完全に回復しているが、今までで一番苦戦したダンジョンとなった。
シエルオーテスの攻撃反射もかなり痛かった。
「今まで生きた中で……この狩猟祭とかいう祭りが一番クソかもしれない」
「お前がそこまで文句言うとか、よっぽどだな。まー、ダード達もその辺で死んでるがな」
おやっさんが指した方を見ると、宿に置いてある長椅子にはダードが横になり、ビエットとエリエスもテーブルに顔を埋めるようにしてくたばっていた。
今回連れて行ったのは、自分の判断ミスだなとラシアは思う。至る所でダード達には死が付きまとっていた。生きているのは運が良かっただけだ。
今の実力では、天城ダンジョンと同等か、それ以上のダンジョンへ連れて行くことはできないというのがラシアの考えだ。
「パンを食べたらお皿がもらえる祭りぐらいが、私にはちょうど良いっすわ」
「ほー。そんな祭りもあるのか。面白そうだな」
そんなことを話しながら、デゴットやロディーに今回のことを話さないといけないので、二人はもう王都へ戻ったのかと尋ねると……王都へ戻ってもつまらないから、まだこちらにいるとのことだ。
「ルインエルデの祭りって、私達が潜っている間に終わりましたよね?」
「おう。王都の方は狩猟祭が終わるまであるから……うるさいし鬱陶しいから、こっちに避難してるんだと。お前が言う『お兄さんお姉さんズ』こと、アトラス様やレクトア様がいる宿で寝泊まりしてるぞ」
「なぜ……おやっさんまで様付けか」
「俺からすれば、どうしてお兄さんお姉さんズと呼べるかだがな。というか、あの人達にまでおやっさんと呼ばれる俺の気持ちを考えろ」
「しゃーないな。おやっさんだし」
そして朝ご飯という名の昼食を食べ終え、少しゆっくりしていると……フウコウがラシアの元へやってきた。
もう少ししたら拾ったアイテムを整理し、パルサーとティーガーを連れて冒険者ギルドへ行く予定だったので、フウコウが来るには少し早い気がする。
ラシアがフウコウにどうしたのかと尋ねると、その手にはティーガーを踊らせたサンバの腕輪が握られていた。
「ラシア。先に言っておくにゃ。お前のことだから分かっているとは思うんにゃけど……この腕輪は報告する前に、さっさと破壊しておくにゃ。もしものことが起こる前に、こんなのはない方がいいにゃ」
フウコウの言うことは、ラシアにも分かる。人を相手にするなら、この腕輪があれば……無傷で勝てるからだ。ただ、勿体ないという気もある。
「ワッチぐらいの実力でも、この腕輪があったらラシアや姫様の命に届くとなると、こういうものはない方がいいにゃ。ろくでもない奴の手に渡ったらマジで大変にゃ」
「それはそうですよね」
「まー、ラシアが持ってるものをそう簡単に奪えるかといえば難しいから、その辺は任せるにゃ」
その辺りは、ラシア的には十分に起こり得ると思う。
実力を隠して近づかれ、腕輪を見せてくれと言われれば、ラシアも何かの拍子に見せてしまうかもしれない。その時に踊らされれば……もうそこで詰みだからだ。
ラシアはフウコウに礼を言ってから腕輪を受け取り、その場で握り潰して破壊した。
「ティーガーを踊らせたぐらいの価値で留めておくのが、一番無難で笑えるにゃ」
「フウコウさんが一番被害を受けてましたけどね」
「今度は実力で泣かすにゃ!」
そこでやめておけば良いものを、調子に乗ってシャドーボクシングのような動きを始め、ティーガーの悪口を言い出したので、背後から接近する気配に気づいていなかった。
「ティーガー、かかって来るにゃ! ワッチがぶっ飛ばしてやるにゃ!」
「おー。ウチの娘にそこまで啖呵切って喧嘩売る奴も珍しいな! なかなかのガッツや! ウチがセコンドについたろか?」
「おかんがセコンドにつくなら、ええ勝負できそうやんけ! フウコ! きっちり相手したるわ!」
「にぎゃ!?」
そしてラシアが止めるよりも早く……ティーガーはフウコウに関節技を仕掛け、一瞬で勝敗が決まった。
「ふっ……不幸にゃ」
このやり取りも見慣れたなーとラシアが思っていると、パルサーとデゴットもやってきた。
ダンジョンへ行った全員が勢揃いしたので、ラシアはアイテムや魔石を受け取り、パルサー、ティーガー、お兄さんお姉さんズと冒険者ギルドへ向かうことになった。
ちなみに天城ダンジョンのことは、デゴットとロディーに報告済みらしい。二人はこのまま王都へ戻り、大公やその辺りのお偉いさんへ報告するとのことだ。
ただ……現状ではラシアがいなければ行けない。上も嘘だとは思わないだろうが、判断には困ることになるだろうとのことだ。
「良いところとしては……現状の天城ダンジョンは、狼の皮が楽に取れるダンジョンって認識だからな。閉鎖したところで損をする奴がほとんどいないってのが一番いい。あとは出てきた時にどうするかだが……現状はまだ分からんとしか言えんな」
その辺りは、もうデゴットやロディーに任せるしかないのだ。
モンスターは自力でダンジョンから出られないかもしれないし、出たところで何もできないかもしれない。
想像だけならいくらでもできるが、確証がない以上、国も動きにくいのが本当のところだと思う。こういう危険がありますよ、ということだけは頭に入れてほしい。
そしてデゴットと、なぜかおやっさんと仲良くなったロディーは、また遊びに来ると言って王都へ帰還した。
ラシア達も冒険者ギルドへ向かい、天城ダンジョンで手に入れたものを提出した。
それからが本当に大変だったが……天城ダンジョンほどではなかったので、なんとか乗り切れたといった感じだ。
狩猟祭はまだ一週間以上残っていたが……さすがにあれだけのことがあったので、残りの日程は全て休息日ということになった。
なんというか衝撃的すぎて……全員が勝敗のことはどうでも良くなっていたというのが、本当のところだ。
そんな日の夜、ラシアはリレッサに一つの質問を投げた。
「リレッサ。彼らは出てくると思います?」
ラシアの質問に、リレッサは少し考える。
天使や戦女神の生態も考え方も分からないので、確かなことは言えない。それでも自分なりの考えを教えてくれた。
「私でしたら……出たいですが、かなり悩みますね」
「どうしてです? 向こうの方が有利だと思うんですけど……」
「有利なだけですからね。ラシアや私に確実に勝てる方法を、彼らは知っています。彼らには寿命という概念はないでしょう。私達にはあります。七十年、八十年と待てば……私達はこの世にいません。ラシアなら、急ぐ理由がないとしたらどうしますか?」
「待ちますね……」
「それに、出たところですぐに人を襲うことはないでしょう。きっとどこかの国家に入り込み、長い時間をかけて準備し、力を付けますよ。いくら強いといっても数が少ないですし、今ならラシアもいますからね」
「なるほどー……警戒しすぎかもしれませんね」
「かもしれません。ですが、ロディーのこともあるので、天使と言うか、ああいうのモンスターは調べておいた方が良いかもしれません。復活して襲ってきて大変でしたから」
この世界に来て友人ができ、楽しいことも増えた。
だけど帰るためにダンジョンを攻略しているのに、攻略すればするほど問題が増え、帰りにくくなるのは……なんとも言えない気分になる。
そして狩猟祭の最終日を迎え……本当に楽しくない祭りは、ラシア達LLLの勝利で終わった。
ラシア達と競っていたエリゼ嬢やエンブレント嬢だが……やはり、ろくなことにはなっていなかった。
エリゼ嬢は十五階層からついていけなくなって、休憩所で休憩した所、他国の五人の冒険者に助けられメニスと共に帰還したとの事だ。
残った冒険者達は竜の巣のカオスドラゴンに到達したそうだが……壊滅。
五十人近くいたパーティーのほとんどが死亡した。リュートリアを含めた十人程度はなんとか生き残り帰還石で帰還したものの、今も昏睡状態だそうだ。
エンブレント令嬢は……行方不明。
エンブレント令嬢もエリゼ嬢と同じくボス戦には同行せず、十一階層にある休憩所で待機していたとのことだ。
冒険者達は、ボスを倒した後にエンブレント嬢を迎えに戻り、共に帰還すると話していたらしい。だが、その冒険者達はボス戦で全滅した。
一人だけなんとか帰還石で戻り、そのことを冒険者ギルドへ伝えた後に亡くなったとのことだ。
エンブレント嬢はまだ生きている可能性があるので、エンブレント侯爵が国に頼み、騎士か聖騎士を派遣して生死を確認するそうだ。
一人娘だったそうなのだが……ラシアの感覚からすれば、どうして行かせた? となる。
貴族の皆様はプライドの塊らしく、負けるぐらいなら死を選ぶそうだ。
まぁ……死を選べていないからこそ、周囲に迷惑をかけて生死の確認へ向かわせているんですよね、という話だ。
今回の祭りでは、かなりの数の冒険者が亡くなっている。しかも上位勢だ。
これは確実にどこかへしわ寄せが来るが……どこに来るかは分からない。XやZといった最上位クラスも減っているからだ。
思うところは山ほどあるが……こんなに楽しくなく、後味の悪い祭りは生まれて初めてだな、というのがラシアの感想だった。