ラシアは用意された紅茶には一切手を付けず、超級ダンジョンの資料を読んでいる。
自分が紅茶に毒を入れたとでも疑われているのが面白いのか、大公は一人で紅茶を飲みながらニヤニヤと笑っていた。
相手をしたら負けなのだが……こいつ腹立つなー、というのがラシアの感想だ。
ただ今のラシアはツインテールメイドなので、その姿が面白いのだろうと思うことにした。
改めて資料へ目を通すが……書かれている内容は、ラシアがゲームで知っている物と同じだった。
ただ……国もそこまで本腰を入れていないのか、超級ダンジョンの踏破状況は一階層や二階層までが多く、一番開拓が進んでいる聖陽でも五階層ほどだった。
どれも高難度で十五階層、物によっては二十階層まであるので、仕方がないと言えば仕方がない。
「感想を聞かせてもらえるかね?」
「思ったよりは……進んでないという感じですね。今回のことじゃないですけど、竜の巣のカオスドラゴンや、古代のダンジョンのテリヤキ……じゃなくて、ボスまで行けるなら、もう少し進めそうな気もしますけど……生活するだけなら行かないんですね」
「人は夢を見るが、夢の中では生きられんからな」
「大公は、人は夢を見て夢に死ぬ生き物だって言葉を覚えておいた方がいいっすね」
「なるほど……だらだらと無駄に生きるなら、夢を追いかけてさっさと死ねということか。さすがは白の騎士様だ」
「何でもかんでも悪い方向に捉えるのは、さすがは大公っすね」
大公の扱いはこれぐらいでいい。
ラシアの中では、それが一つの答えだった。丁寧に接しようが雑に接しようが、この人は変わらない。
たぶん、そういう人なのだ。
それから丁寧にまとめられた資料を全て見終えたが……深淵のダンジョンに関する情報はなかった。
他の超級ダンジョンについても、ラシアが知っている範囲の物ばかりだ。狩猟祭であれだけ苦労した割には、労力に見合ってなかったなーというのが感想だった。
ただ負けていれば、デルパロア家の専属冒険者になっていた。
お金や装備など、もっと無難な願いにしておけばよかったというのがラシアの感想だ。
「……誰も楽しめない祭りだった」
「国民は楽しんでいたぞ」
「娘さんが危険な目に遭って、リュートリアさん達も危なかったのによく言えますねって感じですけどね」
「まったくだ。今回のことを反省し、次回があるのなら考えて気を付けるようにしよう」
反省しているなら、もう少し態度に出せとラシアは思った。
だが、それを言ったところで大公は「行動で示す方が大事ではないかね?」と言いそうなので、色々と諦めた。
これ以上ここにいても仕方がない。礼を言って大公との話を終え、ラシアは部屋を出た。
(うーん……入れるからといって、すぐに踏破できるわけでもないけど、目標の深淵がないのはどうしよう。というか、ダンジョンってどうやって探すんだ?)
そんなことを考えながら大公宅を歩いていると、エリゼの専属メイドであるメニスが前方から歩いてきた。
ラシアも暇な時にはリレッサに頼み、メイドの歩き方のようなものを教えてもらっている。今はツインテールだし、こちらから話しかけなければ案外このまま素通りできるのでは? と思いながら進んでいく。
すれ違う時に軽く会釈をすると、メニスも返してくれた。
たぶんラシアだとは気付いていない。
そして門が見え始め、もう少しで出られるというところで、ものすごい勢いでメニスが後ろから走ってきた。
「ラシア様! 少しお待ちください!」
振り返るとメニスは肩で息をしていた。このまま帰るのも忍びないので、ラシアは少し話をすることにした。
「はぁ、はぁ……」
「大丈夫ですか?」
「少々お待ちください……」
仕事をしている最中、どこかで見たことのあるメイドだと、すれ違った時からずっと考えていたらしい。ようやく答えが出たので、慌てて追いかけてきたそうだ。
といっても、急ぎの用事があったわけではない。
エリゼのことを謝り、こちらには揉めるつもりがないと伝えたかったとのことだ。
「どちらかというとティーガーさんに私もフウコウさんも巻き込まれた側ですし、私から喧嘩を売ったわけではないので、特に気にしないでもらえればと思います」
「ありがとうございます。そう言っていただけると……」
自分が関係したことでエンブレント家の令嬢が行方不明になり、百人近い冒険者が犠牲になった。そのためエリゼ嬢は割と落ち込んでいるとのことだ。
ただ話を聞いていると、冒険者には死が付き物だと考えている部分もやはりあるらしい。
ラシアが今すぐ会いに行くほどではなさそうだった。
……今回のことに関しては、ラシアにも少し責任がある。
ラシア自身の功績が大きすぎた。それが皆に無茶をさせたのだ。
竜の巣での騎乗用ドラゴンの発見や、箱船ダンジョンへの侵入と踏破……これに勝とうとすれば、並の方法では勝てない。
だから皆、無理をした。
目に見えて分かる大きな手柄。未踏破ダンジョンの踏破や、ドロップアイテムという宝の山だ。
そのため普段ならしないような無茶をして、適正レベルを超える場所へ向かった。
騎士や聖騎士のZランクであれば、踏破できたかもしれないが……。
「騎乗用ドラゴンの情報を渡せ」「誰も持っていないような装備をよこせ」という程度なら、勝ちを譲ってもよかった。
元の世界でゲームをやっていた者なら、誰でも知っているような知識だ。
だが、デルパロア家専属の冒険者になるのだけは絶対に嫌だった。
デルパロア家が嫌というより、この国の貴族の考え方が無理なのだ。だから専属冒険者になることなどあり得ない。
仲間にも迷惑がかかる。それこそ、元の世界へ帰るというラシアの目的まで果たせなくなる可能性がある。
あの祭りで負けることはあり得なかったのだ。
ただ……死んだ人達の上に今の自分がいると思うと、中身が一般人のラシアからすれば何とも言えない気分にはなる。
だが、どうしようもないことではある。
「ラシア様。大丈夫ですか?」
「大丈夫です。デルパロア家に来て気分が悪いだけなので」
これぐらい言っても罰は当たらないだろうとラシアは思ったが、メニスにはとても困った顔をされた。
そして少し話は変わり、エリゼが無事で、まぁそこそこ元気だということは分かった。
心配なのはリュートリア達のことだ。生きているとはいえ、今も目を覚まさないそうだ。
「そこまでひどい状態なんですか? 必要なら回復薬などは出せますが……」
「ありがとうございます。ですが不思議なことに、王都の名医にも診てもらっているのですが……どこにも外傷がなく、異常状態でもないとのことで……」
「なるほど」
医者が診ても分からないのなら、素人のラシアが見ても分かるはずがない。興味本位で見たいというのも違うと思い、やめておくことにした。
「うーん……ボスまで行ったって話だからカオスドラゴンなんだけど……そんな特殊攻撃あったかなー?」
ゲームでは何度か倒したことがある。だがボスのいるフロアまで行くのに時間がかかるため、全てのボスモンスターの能力をラシアが覚えているわけではなかった。
ただ……何かそういうことが公式ファンブックに書かれていたような気がする。
思い出そうとしていると、メニスの声に思考を遮られた。
「何か思い出されましたら、また教えていただければと思います。私達も他国の冒険者に助けてもらわなければ死んでいましたので」
「メニスさんも大変でしたね。どこの国の冒険者さんなんですか? 私は他国には全く詳しくなくて……」
「名前も、どこの国の方なのかも教えてもらえませんでした。ただ……五人の女性パーティーで、立派な鎧が特徴的でした。リーダーの方は立派な盾を持っていたので、パラディンやその系統だとは思います。かなりの実力者でしたね」
五人の女性と立派な盾と言われれば……天城ダンジョンの戦女神達を思い出す。
だが、さすがにそれはないと思い、ラシアはその考えを振り払った。
「他に何か特徴はありました? 羽が生えてたとか……」
「いえ、これといって特には。さすがに羽が生えていれば気付きますし、鎧も普通に人が着用する物でしたよ」
何か引っかかるなーとは思うが……考えることは多い。
他国の冒険者である可能性の方が高いので、その話はそこで切り上げることにした。
「ラシア様。お嬢様がまたお話ししたいと言っておられましたので、時間がある時にでも来ていただければと思います」
行きたくないが……行きませんとは言えない。
ラシアはのらりくらりと躱し、話を終えてデルパロア家を後にした。
せっかく王都まで来ている。それに他国の冒険者や滅んだ国のことも少し気になるので、ラシアはパルサー宅へ向かった。
用事があるのはデゴットなので、いればよし。いなければ帰るぐらいの気持ちで屋敷へ向かうと、いつもの門兵がいた。
デゴットがいるか聞くと在宅しているとのことだったので、面会を申し出る。
屋敷の中を歩いている途中、ガラスに映った自分を見てツインテールのままだと気付いた。
この姿を見られてまた爆笑されると長くなりそうなので、いつもの髪型に戻しておいた。
門兵がドアをノックすると、中から返事があった。
ラシアだけが部屋へ入ると、デゴットが見慣れた槍を持っていた。
昨日、オークションにかけると言っていたトライデントだ。
「……娘さん、その槍を欲しがってましたよ」
「あいつら、人がいない時に騎士団と聖騎士で仲良くオークションなんぞ始めたからな。乗り込んで金に物を言わせて俺が買った。どうだ、似合うだろう?」
髭が生えており、おやっさんよりもがっちりした体格なので……何というか、確かにポセイドンという感じだ。
似合っていると言えば、確かに似合っている。
「それはまぁいいが……金でも取りに来たのか? 明日には持っていかせようと思っていたが」
「別件っすね。世間話半分と、巷で聞いた滅んだ国のことを聞きたくて」
「それならちょうどいい。俺もそのうち、その話でそっちへ行こうと思っていたからな」
デゴットはラシアがメイド姿だというだけで、二人分の飲み物をラシアに用意させてから話を始めた。