昼食に近い時間に朝ご飯を食べながら、ラシアは昨晩思い出したことを紙に書いてまとめていた。
カオスドラゴン。別名、夢竜。
こいつの固有攻撃である夢幻ブレスを食らうと、蓄積値に関係なく眠ってしまう。ゲームの話になるが、これを食らうと少し戦闘が面倒なことになる。
夢の中と現実、それぞれに現れたカオスドラゴンを、二手に分かれて倒さなければならないというギミックだ。
範囲攻撃ではないので、メンバーの半分が夢の中へ送られる感じだ。どちらか片方のパーティーだけが倒しても、敗北扱いになるという仕様だった。
で、こいつを倒すコツは夢幻ブレスを吐かれる前に倒すこと。もう一つは、ラシアのようにソロで挑むことだ。
一人なら夢側でも現実側でも、自分一人で倒せるからだ。
この辺が一番楽。
だけど上級ダンジョンのボスともなると、いくらラシアでも一発で倒すのは難しくなってくる。天城ダンジョンのゼレストニアも本気で殴ってはいないが、全力で殴っても、たぶん一撃では倒せなかったと思う。
まぁこちらの世界では異常に攻撃力が上がっているので、その辺は不明だ。
夢幻ブレスのギミック自体は戦い方の問題なので、正直割と何とかなる。
問題は、ファンブックに書かれていた意味不明な記述の方だ。
竜ではあるが、その生態は菌類に近く生き物の魂に寄生する。カオスドラゴンに寄生されれば夢を見なくなり、目覚めることもない。
みたいなことが書かれていたはずだ。
ただそう書かれていただけなので、どうすれば目覚めるのか、寄生が進めばどうなるのかといったことまでは書かれていなかったと思う。
「うーん……意味不明」
ラシアが独り言を漏らすと、近くにいたフウコウがその言葉を拾った。
「おみゃーはいっつも難しい顔してるにゃー」
最近はご飯がおいしくて風呂もあるという理由で、フウコウもこの宿に泊まっている。
ガロニアの護衛はしなくていいのか? とラシアは思うが、この街には錬金術師が何人も来ているので、何かと大丈夫らしい。
そのガロニアも今は食堂で、ラシアがローウェンテニアから持ち帰った本を読んでいる。
最近少し変わったことといえば、ガロニアがネズミっぽい耳と尻尾を持つ獣人の子供を連れてくるようになったことだ。
たぶん五歳か六歳ぐらいだと思う。
言葉はうまく話せないようだが、ティアに遊んでもらっているので微笑ましい。
……ただ何となくだが、ロワンテに似ているような気もする。
まぁラシアとしては、耳が生えていようが尻尾が生えていようが、あまり気にすることでもない。
いたずらさえしなければ、何でもいいという話だ。
隣にいる猫怪人も猫耳と尻尾が生えている。
「フウコウさん。何か魂とか、その辺に詳しい人ってどこかにいません?」
「どこに目をつけてるにゃ。その手のエキスパートが目の前にいるにゃー」
「……実はフウコウさんが、その手のエキスパートとか?」
「そういうことにゃ! 魂の錬金術師。それがワッチ、フウコウにゃ! ……みたいなことはなく、あそこで本を読んでるガロ婆がそうにゃ」
こういうノリのよさがティーガーに似ているので、二人の仲がいいのもラシアには納得できる。
だが本を読んでいるガロニアが、その手の話に詳しいといっても……ラシアとしては、どうすればええねんという話だ。
「だからガロ婆に聞くのが一番早いにゃ」
「……どうやって?」
「どうやってって、言葉に決まってるにゃ! 誰も獣人語を話せとか言ってないにゃ!」
「フウコウさんは何か勘違いしてますが……言葉が通じるからって、伝わるとは思わない方がいいですよ。逆に言葉がなくても伝わることもあります。私がどう思ってるか分かるでしょう?」
「にゅうん? 会話したくないとか、そんなんかにゃ?」
「正解。ね、伝わったでしょう?」
「ね、伝わったでしょう? じゃないにゃ! おみゃーはそれでも巷で噂の白獅子かにゃ! さっさと行くにゃ!」
ラシアはフウコウに首根っこをつかまれ、そのままガロニアの所へ連行された。
できる限り頑張って、魂について質問した。
ラシアの話を聞いたガロニアは、キセルの煙をふぅーと吐き出してから答えた。
「そのカオスドラゴンが人の魂に寄生するってのはよく分からないけど、魂にも形がある。それが怪我をすれば、肉体にもダメージを及ぼすよ」
ラシアとフウコウが、どういうこと? というような顔をすると、ガロニアはフウコウに後ろを向くよう伝えた。
「まぁ見てな」
そう言って持っていたキセルを、フウコウの首筋へ押し当てた。
フウコウが「熱ぅ!」と叫ぶ。
「熱っ! 熱いにゃ! ガロ婆! いきなり何すんにゃ!」
いきなり火の入ったキセルを押し当てられたら怪我もするし、怒って当然だとラシアも思う。
だがガロニアは話を続けた。
「よく見な。私がフウコウに当てたのは、咥えていた方だよ。火傷するぐらい熱いなら、咥えることなんてできないだろう」
ラシアとフウコウは驚いてガロニアのキセルを見た後、押し付けられた首筋を見る。
確かに赤くなっていた。
「確実に熱かったにゃ! 火傷した跡もあるのに何でにゃ? ……ガロ婆が咥えた方には変な菌でも付いてたんかにゃ?」
「……」
ガロニアは今度は何も言わず、火の入った方をフウコウの額へ押し付けた。
じゅぅ……と肉が焼ける匂いがした後、フウコウは熱い熱いと言いながら、その場を転がり回った。
「何するにゃ! このクソババア!」
フウコウを無視してガロニアは話を続ける。
「最初に赤くなったのは、魂が怪我をして、その傷が後から肉体に出たからだね。本当なら肉体には全く熱が加わっていないのに怪我をした。魂が勘違いして、肉体まで怪我をしたんだよ」
元の世界にも何かそんな感じのことがあったなーと思いながら、ラシアは話を聞き続けた。
そしてその話から、HPとはたぶん魂の総量のような物だと分かった。
肉体の傷を治しても動けないのは、戦いによって魂の総量が減っているかららしい。そこで無理をすれば、治したはずの傷がまた現れるとのことだ。
ゲームでは攻撃を受けても傷のグラフィックなどは表示されず、HPだけが減る。
その辺はゲームが現実になった名残だとラシアは思う。
「魂は肉体に守られてるけど、戦闘になれば魂自体も怪我をする。肉体が傷付けば魂も怪我をするし、魂が怪我をすれば肉体も怪我をする。今みたいに勘違いだけで肉体に傷が出ることもある。それほど不安定な物が魂ってことだよ」
「ってことでまとめると……リュートリアさん達がカオスドラゴンに何かされていたら、肉体にも影響が出るって感じですか?」
「そうだけど、基本的に魂は見えないからね。難しいのは、今見えている姿が肉体の形によるものなのか、魂の形によるものなのか、それとも両方が影響しているのか分からないことだね。私は三つ目を推すけどね」
そう言ってガロニアは、ティアと遊んでいるネズミの獣人の女の子を見た。
「あまりいい感じはしないので、カオスドラゴンの情報と一緒にデゴットさんへ渡しておきます。魂に異常があった時、分かる方法はあるんですか?」
「現状はない。魂だけを見る道具でもあれば別だがね」
そんなアイテムはラシアも知らなかった。
現状では魂の異常を確かめる方法がないと分かり、教えてくれたガロニアに礼を言った。
「じゃあ報酬として、あそこにある本をもらうよ」
「駄目ですよ。何気に面白いので私も読むので……というか、あれって貴重な物なんですか?」
そう言うとガロニアもフウコウも、呆れた顔でラシアを見た。
詳しく聞くと……最初の数冊だけが世に出回っており、続きを読みたい貴族が冒険者を雇い、本の置かれていたダンジョンを探させたが、続きは見つからなかったとのことだ。
それでも続きを読みたい者達が、想像で続きを書いた本が王都やルインエルデに出回っているらしい。
つまりラシアが持ち帰り、無造作に宿へ放置している本が、超貴重な全巻セットということになる。
「それでラオメさんやレクトアさんが熱心に読んでたのか……それなら絶対に高いので、割に合わなくありません?」
「あんたは何を言ってるんだい。錬金術師の実質的なトップによる講義だよ。それぐらいの価値はあるよ!」
「ラシア。ガロ婆の言うことは無視でいいにゃ。最近ボケてきたにゃ」
そしてまたガロニアがフウコウの頭にキセルを押し付け、肉が焼ける匂いと共に喧嘩が始まった。
今度ダンジョンへ行った時に、珍しい物を拾ったらガロニアへ持って帰ってくる。
それを報酬にするということで、話はまとまった。
そんなことをやっていると、休憩に入ったセレットがやってきた。
「何か珍しい組み合わせだけど、何かあったの?」
「いやー……ガロニアさんって、ちゃんとセレットさんの先生なんだなーと思ってたところで……」
「ラシアちゃん。急にどうしたの?」
翌日、ラシアは分かる範囲でまとめた情報をデゴットへ伝えた。
何かあった時に備え、いまだ目を覚まさないリュートリア達は隔離された場所へ移されることになった。
さらに騎士団と聖騎士の合同演習があるから一度見に来いと誘われた。
そして後日、ラシアは合同演習の日を迎えた。