階段を下りきると、初心者ダンジョンと同じように大きな門が開いていた。
その門の前で四人でパーティーを組んでいる冒険者が準備をしている。ゲームだとプレイヤー間のルールとして、門の前にパーティーがいたら一声かけてから入るという暗黙のルールがあった。
だから待っても良かったが、どうしようかなと考えているとリーダーであろう男性冒険者に話しかけられる。
「あんた……一人でボスに行くのか?」
「……はい。皆さんはもう入りますか?」
「少し待ってくれ」
背中にクロスボウを背負っているので職はレンジャーだろう。このレベル帯だと取れるスキルは少ないので強さ的にはそこそこだ。どんな型なのかまでは分からない。
この冒険者には、本体より鷹の方が強いとか言われるロマン職に就いて欲しいなーとラシアは考えていると仲間との話し合いが終わった様だった。
「行ってもらって大丈夫だ。こっちは回復薬の残りが少ないが、もう少し休憩したら魔力も回復する。それから挑む事にする。流石にまた来た道を帰るのはしんどいからな」
ボスを倒せばポータルが使えるからすぐに帰還できる。歩いて帰れば一日近くはかかるだろう。ここまで来られた冒険者なら倒して帰った方が速い。
ラシアはお礼を言ってから中へと入って行く。
扉を抜けると広い草原の空間が広がっており、中央には突起物の生えたくすんだ茶色の球体が浮いていた。
そしてラシアが近づいて行くと縦に亀裂が入り、その大きな目玉が開かれた。
どのタイミングでどの状態異常を使ってくるかはわからない。ラシアはノアに教えてもらったように麻痺直しの薬を奥歯の奥に仕込む。
「麻痺になってもたぶん死なないけど……かかりたくないな。毒でも何でも嫌だけど……というかこいつ物理耐性あったな」
目の前のオールド・アイは、この世界に来て初めて見る異形のモンスターだ。毛や羽毛があるわけでもない。骨があって肉がついている生き物でもない。本当にモンスターという感じの生き物だ。
だから元の世界には絶対にいない形の生き物に、ラシアはかなりの不快感を覚える。
様子見もあったが、最初の攻撃はオールド・アイだった。
大きな瞳がラシアを捉え、秘中の魔眼による状態異常がラシアを襲う。
気味の悪い気配が体を突き抜ける。
なんだ? と思った瞬間、ラシアの体を味わった事のない吐き気が襲った。
あまりの気持ち悪さにラシアは膝をつき、意識がもうろうとなり始める。
(これは何だ……毒、毒か? かっ……体は動くから麻痺ではないはず)
視界がふらつき、幻聴が聞こえはじめる。
ラシアのかかった状態異常は『混乱』だ。
この世界に来てストレス過多の状態だった為、抵抗が落ちていた上にオールド・アイの必中で混乱状態になった。
その隙にオールド・アイはラシアに攻撃をする。
だが攻撃は弾かれ、当たる事はなかった。
魔力が極限まで高められていく。
その中でラシアはゆっくりと立ち上がる。
長い髪は巻き上げられる魔力によって逆立ち、綺麗な紅緋の瞳は命を灯し輝きを見せた。
「ライトアーマーパージ!…………こい! 聖銀鋼の鎧よ!」
その声に反応するように着ていた軽装は分離するように体を離れ、白く輝く銀色の鎧は生き物のようにラシアの体に装着されていく。
そして声が聞こえる。混乱状態でストレス過多だからだ。
『こいつには物理攻撃が効きづらい!』
『私達を使うのです!ラシア・ラ・シーラ!』
「イレ! イザ!…………おっしゃぁぁぁぁぁーーーーーー!」
ラシアの魔力がさらに高まっていく……
「……見せてやろう! オールド・アイ! 最強を超えたロマンの力を!!」
「シュトルクトゥーア・オーバーーーリリーヴゥ!!」
体中の血液が沸騰し、命がさらに輝きを増す。
「ギガンテックハンドォ!」
気力も魂も勇気も浪漫も乗っている。使用されたギガンテックハンドはいつもより大きく、さらに強大だ。
最強を超えたロマンの力。これは混乱状態だから言った訳ではない。
ゲームの周年イベントで、どれだけダメージが出せるのかという祭があった。
その当時最強と言われていた攻撃を、ラシアが発見した方法で約1.5倍ほどの差をつけて上回った。
その時よりラシアのようなクリティカル特化型が日の目を見はじめたのだ。
今ではさらに最適化され、もっと凄まじい攻撃もあるが、それでもロマン砲と言えば名が上がる程には有名だ。
その攻撃が異世界で再現される。
「イレイザーハンマァァァァァァァァァァァ!!」
ラシアの声に反応し、赤と青で構成されたシンメトリカルなハンマーが出現する。
「アカシックコンタクト!!」
普通の魔物ならそれだけで圧死しそうな勢いでハンマーを握る。
ハンマーを握ると巨大な魔法陣が現れ……
物理攻撃力を魔法攻撃力に変換する。
物理攻撃が効かないのなら、魔法攻撃に変換してしまえばいい。
それだけの話だ。
「むんっ!」
青い鎚で地面を力の限り叩く。
……見える全ての物が凍り付く、永久氷域のフィールドが展開される。
オールド・アイも氷漬けになり、動く事はかなわない。
「ステイク……パルス……エシュピー……はぁぁぁぁぁぁ! コル・クール・パル!」
凍り付いたオールド・アイに透明な杭が現れる。
「オールド・アイよ! 無に還れぇぇぇぇぇぇ!!」
そして炎をより熱く、赤い鎚が透明な杭に振り下ろされる。
永久氷域のフィールドの上に、溶岩のフィールドが形成される。
オールド・アイは一瞬だけ炎と氷に挟まれる形となり、そこを中心に小さな光が出現する。
アカシックコンタクトで魔法攻撃に変換し、イレイザーハンマーの効果で氷と炎のフィールドダメージを足して二で割り、その数値をパーセントとして魔法攻撃に乗せる。
中心に現れた光は、全てを吸い込みはじめる。
音も光も……本当に全てを。
そして――
凄まじい光の奔流が全てを飲み込んだ。
……
………………
一人で入っていった女性冒険者を、同業者の男はその扉を眺めていた。気になった仲間がその事を話題にする。
「さっきの人、一人で大丈夫か?」
「わからん。ただここまで一人ならボスも一人でいけると思うが……状態異常くらうと治す時間がないかもしれんが……」
「一人でやってるぐらいだし対策はしてるか……」
「強そうだったからウチのパーティーに誘うのもありだな」
そんな事を話していると、突然ダンジョンが揺れはじめる。
「えっ!? 地震だ!」
「おいおい! ダンジョン内で地震とか聞いた事ねーぞ!」
立っている事もできない程の凄まじい揺れだった。
他の階層でも地震はあり、モンスター達も初めての経験に慌てふためいた。
その震源地である場所にラシアは立っていた。
オールド・アイが倒された事で混乱が解けたからだ。
冷静になって自分と辺りを見る。
そして何も言わずに聖銀鋼の鎧を軽装に装備し直し、イレイザーハンマーをエルダーハンマーに持ち替える。
そして十回ぐらい深呼吸した後、辺りを見渡す。
確か草原だったはずだが……どこを見ても草など生えていない。
灰色の砂漠が広がっているだけだった。
目を擦ろうが何をしようが……やはり現実の方が速かった。
遠くにはポータルが見えている。
これに入れば帰還できるが……ここで帰っては駄目だと本能が告げている。
知らん顔するなら戻って話を合わせる。
……これに限るとラシアは回れ右をする。
ダンジョンのフィールドも基本はモンスターと同じだ。木を切ろうが岩を潰そうが一日あれば戻る。
ボスは扉から入れば何度でも挑戦できる。倒してしまったら他のプレイヤーが戦えないという事を避ける為だ。時間湧きのボスもいるが今はいい。
ラシアは先ほどいた冒険者がまだいる事を祈って扉へ戻る。
慌てた様子の冒険者がいてほっとする。
「おっおい。あんた地震があったが大丈夫か!?」
地震があったことは知らないが……適当に話を合わせる。
「はっはい。地震があったので砂漠で足を取られて危なかったので一度引き返してきました! 皆さんは大丈夫でしたか?」
生活と命がかかっているなら嘘ぐらい簡単につける。
「ん? 砂漠ってなんだ? そんな場所あったか?」
「ん? ここは砂漠のフィールドでは? 聞いていたのと違いましたが、オールド・アイはいたのでそんな物かと思いましたが……」
話がかみ合わないので、リーダーの男はすぐに戻ってくると言って扉の中に消えていった。
それから先のラシアの記憶は曖昧だった。混乱の悪影響が残っていたのだろう。
草原だったボスのフィールドは灰色の砂漠になっていた。
オールド・アイも復活していたので臨時でパーティーを組み、必中の麻痺をくらって苦戦しながらも良い感じにパーティーメンバーが倒してくれた。
そしてすぐに冒険者ギルドへと戻り、灰色の砂漠の事を報告した。
ダンジョンのフィールドは一日で戻るので、急遽、中級・上級の冒険者でパーティーが組まれ調査に向かう事になった。
それから数日が経ちボス部屋も元に戻ったが、掲示板には三つの今話題の依頼があった。
一つは白の騎士の検索。
一つは水晶の泉の調査、解明。
もう一つは灰の砂漠の情報とダンジョンに発生した地震の調査だ。
そんな依頼を見てラシアは思う。
別の世界から来て混乱しない訳がない。
だから見えている依頼も、幻惑などで本物ではないのだろうと。