滅びた街か、もう妖精が住んでいるので妖精都市か。どっちでもいいのだが……ここに来て三日目となる。
フェリスロステに頼まれていた栽培や畜産に関する書物も見つかり、今はフェリスロステがそれを読んでいる。
ダンジョンから出てきた者が、いきなりこの世界の文字を読めるのかと思うが、ラシアもリレッサも読めたので、神様がサービスしてくれたのだろうとラシアは思うことにした。
「栽培や飼育に関しては妖精でもできますが、搾乳や加工といった作業は効率が落ちますね」
「基本的に……人間用に作ってますので、サイズの問題がありますからね」
「ラシア。何かいい案はありませんか?」
「魔法でどうにかなりませんか?」
「牛の乳を搾ったり、麦を小麦粉にしたりする魔法はありませんよ。人の世界の魔法は知りませんが、魔法というのは本来は破壊の力です。環境を整えたり、便利にする力ではありません」
ラシアがへーと感心していると、近くで妖精に作物の育て方を教えていたノアが驚きの声を上げた。
「えっ!? そうなんですか!?」
フェリスロステがノアを見て、この人は誰? というような顔をした。
ラシアがクランメンバーであり、泊まっている宿の娘さんだと紹介しようとすると、ノアが先に口を開いた。
「私はノア。ラシアさんの恋人です!」
「違います」
「ラシアさんの反応が早い! 妄想でももう少し楽しませてほしい!」
「何か……妖精のような娘ですね」
「えっ? そうですか? お褒めいただきありがとうございます!」
「ノアさんは魔法の使い方とか上手いので、妖精並みに凶悪ですからね」
「ラシアさん違うよ! 妖精のように可憐とか可愛いっていう意味だよ!」
妖精のように騒がしい娘という意味だったが……本人が気付いていないなら言う必要はないと、フェリスロステは笑った。
そして先ほどの魔法の話に戻り、フェリスロステはノアへ説明を始める。
「世界に初めて魔法が生まれた時、最初の魔法は火でした。そしてその火を消すように水が生まれました。武具で例えるなら剣が生まれ、それを防ぐために盾が生まれたのに近いですね」
「へー……そうなんですね」
「はい。ですから最初の魔法から見ても、何かを燃やすという破壊の力なのです。次に生まれた水の魔法も、火に水をかければ消えるでしょう? 火の魔法を破壊しているので、破壊の力なのです。そして一本の苗木が大木になり、そこから枝分かれしていくように、魔法も今の形になっていったということです」
「そうだったんですね。ということは……回復魔法とかも辿っていけば違うってことですか?」
「そうです。見せた方が早いですね」
ラシア達が今いる場所には蔦や草花はあるが、屋根がない。
そのため小さな鳥達が空から降りてきて、何かをついばんでいる。
その一匹へ向けてフェリスロステが魔法を唱えると、翼が切り飛ばされた。
そして続けて魔法をかけると、傷はすぐに再生し始め、新しい翼が生えてくる。
だが一枚だけでは終わらず、二枚、三枚と翼が生え始め、体が歪になっていった。
フェリスロステが魔力を調整すると元の姿へ戻り、鳥は驚いたように空へ飛んでいった。
「今のように傷口から介入して、元の姿を破壊するのが回復魔法の本来の姿ですね。あのまま続けると生きた肉の塊になります。傷を治す方が消費魔力も少なく使いやすかったので、その形に定着したということです」
「こっ、怖い!」
回復薬も似たようなところがあるなーと、ラシアは納得する。
少し前、セレットにあげたミミックボックスが、なぜかおやっさんの言うことだけを聞かなかったことがある。
セレットやティアには従うのに、おやっさんのことは完全に舐めていた。
そして色々あっておやっさんがキレた結果、ミミックボックスをロープでグルグル巻きにし、液状の回復薬を鍋で沸騰させ始めた。
「ラシア。いいこと教えてやる。回復薬ってな、沸騰させても効果は変わらん。だけどな、沸騰してるから熱い。これをかけるとどうなると思う? 治りながら火傷するんだ。最後には火傷の跡だけが残る。ミミックにかけるとどうなるんだろうな!」
「ヒエッ」
「俺も宿の主人だ。鼻から入れる拷問はしねーが……謝るなら今のうちだぞ? ミミック君? 縛られてるから動けないって? 謝る気があるなら縛られててもできるわな!」
あれから上下関係を叩き込まれたので、今ではすっかりおやっさんの言うことも聞いている。
その時の話とは少し違うが、元が破壊の力なら、回復薬を使っても怪我の痕が残ることがあるのは、治す力より破壊の力が優先されるからなのかなー、とラシアは思った。
「だから魔法は便利ですが、万能ではないということです。何かいい方法はありませんか? 今ならこの国にある物は資源として使えますから」
「それだったら……人を全員追い出したのは失敗なのでは? 妖精が苦手とすることは、人にやってもらった方がいいような気はしますけど……」
「なるほど。一理ありますね。ですが人の上に妖精が王として立っていれば、気に入らないという者も多いのでは?」
その質問にノアは、大昔に獣人が王になるとなった時、かなり揉めたという歴史があったそうなので、そういうことはあり得ると言った。
だがラシアは、そうは思わない。
戦える者はそうかもしれないが、戦えない者達は多分……上に立つ者が誰なのかより、自分達の生活を守ってくれるかの方が重要だ。
もちろん暴君や無能なら話は別だが、生活も住む場所も守ってくれるのなら、そこまで文句はないだろう。
それでも不満なら出ていけばいい。
何かを作ったり製品にしたりする仕事は人に任せる。
妖精が苦手とする仕事をしてもらう代わりに、妖精が人を守る。
共生のようなものなので……上に立つ者が気にならない人達からすれば、かなりの好条件になるのではないかとラシアは思う。
街の外は魔物でいっぱいだからだ。
「妖精って回復から戦闘までできますから……人が怪我をしても簡単に治せますからね」
「妖精さん凄い!」
「なるほど……ここを妖精の街としても、人という種族がいても良さそうですね。駄目なら雇用ということもできそうですからね。となると……街に残っている貨幣なども集めて、物の価値を知っておいた方が良さそうですね。多少は分かりますが……」
「その辺は、フェリスロステがどういう国にするかを考えながら決めればいいと思います。私がいる国のように人や獣人がいる国でもいいですし、妖精が至高の存在だと考える妖精至上主義の国でもいいですしね」
「牛の乳を搾ることに困っている妖精が、自分達を至高と思うほどうぬぼれてはいませんよ。ですが……国の方向を決めるというのは大事ですね。ありがとう、我が友よ」
「どういたしまして」
「そして一つ頼み事をお願いできますか?」
人とは違う妖精とはいえ、一国のトップだ。中身一般人のラシアが頼み事をされたら断る方法はしらないので、フェリスロステの頼み事にはあまりいい予感がしない。
だが聞いてみれば、こちらにも都合のいい内容だった。
地星のダンジョンのボスである、ヴェユリテスアを倒してほしいというものだ。
「ラシアは何度か倒していると妖精達から聞きましたので、難しい話ではないと思いますが、どうですか? 私がこの世界に来た今、あれとどうつながっているのかが気になっています。倒すとどうなるのかも知りたいのです」
「分かりましたが、いくつか確認させてほしいのと、協力してほしいことがあります」
確認したいことは……ダンジョンにモンスターとして出てくる妖精を倒していいかということだ。
ゲーム時代のラシアのことを知っているなら、はっきり言って今更ではあるが、女王から直接聞いておきたい。
「ええ。それは大丈夫ですよ。ヴェユリテスアの瘴気に当てられて、見た目は妖精ですが妖精とは別物になっていますからね。いわば蝶と蛾のようなものです。気にしないでください……というか今更ですね。ローウェンテニアの死神さん?」
「うぐっ……それは置いといて。後はヴェユリテスアはダンジョンのボスモンスターという扱いになるので、倒してもすぐに復活しますけどいいですか?」
「ええ。その辺りは故郷に来た冒険者に聞きました。もちろん別のダンジョンというものの話ですが……それで? 協力というのは?」
「はい。妖精達が使う、矢よけの踊りと勝利の踊りを仲間のフウコウに教えてもらえればと思います」
「あの面白いキャットマンですね。確か踊りもスキルと呼ばれ、見れば覚えられるのでしたね。問題ありません。そのキャットマンの近くにいる妖精に頼めばいいでしょう」
そこまで知っているとなると……かなり前から冒険者達と付き合いがあり、この世界へ出てきたのも最近ではないのだろうとラシアは予想する。
「それと、ヴェユリテスアに近づくと妖精は自我を失うので、手伝うことはできません。そこは覚えておいてください」
「分かりました。では早速、準備して向かおうと思うので仲間達に伝えてきます」
「分かりました。よろしくお願いします」
そう言ってラシアとノアが外へ出ようとすると、ノアと話していた妖精が皆の元へ案内すると言って飛び上がり、先を飛び始めた。
最初に見つかったのはグオンとパルサーだ。
街の広場で妖精に稽古をつけてもらっているようで、一人の妖精と戦っていた。
近くにはティーガーや他の妖精達もおり、グオンとパルサーを応援している。
「グオン! パル! 気合い入れんかい! 妖精一人に負けてどうすんねん!」
「頑張れー」
「避けて避けてー」
レベルで考えると、グオンが60台前半でパルサーが後半ぐらい。
対する妖精は80台後半となる。
グオン達の攻撃は全く当たらず、妖精だけが一方的に攻撃を当てている。
「おおぅ……妖精さんつぇぇ。グオンさんとパルサーが手玉に……」
この旅でノアとパルサーは仲良くなったそうで、ノアはパルサーを呼び捨てにするようになった。
二人の戦いが白熱しているので、ティーガーに事の顛末を伝えて次へ向かった。
次は近くの家の中にいたラオメとレクトアだ。
二人のところへ行くと、すでに妖精から話が伝わっている様子だった。
今は簡単にだが、貨幣の価値と、その辺にあった地図を使ってこの辺りの地形を教えているとのことだった。
ラシアが、それって大丈夫なの? と思っていると、表情から読み取ったのかラオメが答えてくれた。
「教えたところで地形は変わらないし、こちらには敵対する理由はないと伝えておこうと思ってな。ただ国境をどうするという話は出てくる。この国の首都はここだったんだが……フェリスロステ様が言うには、そこまで広い土地はいらないそうだ。この街の大きさで、妖精が住むだけなら十分とのことだ」
「加工とかは人にやってもらいたいって話があるので、その辺は後々決まるんじゃないですかね?」
「国の関係者が残っていれば話は早かったが、難しいな。地星のダンジョンに関しては了解した。こちらがやっておくことはあるか?」
「大丈夫ですが、レクトアさんに一つ覚えてもらいたい魔法があるんで、後でお願いします」
妖精達にお金のことなどを教えているレクトアが手を上げて「分かりましたー」と言ったので、ラシア達はフウコウの元へ向かった。
聞くと川で妖精達と魚を取ったりして遊んでいるらしい。
遠目からでも分かるほど妖精が集まっているので、フウコウの居場所は分かりやすい。
何かフウコウは妖精にモテる。
見ていて面白いらしい。
鳥が上を飛べば高確率でウ○コを落とされ、水辺に近づけばなぜか落ちる。
見かねた妖精が幸運値を上げる花の冠を作って頭に載せたら、急に突風が吹いてどこかへ飛んでいったなどなど……。
今までこんなに不幸な目に遭う者がいなかったようで、妖精達にはフウコウを見ているのがとても楽しいらしい。
そして本日の夕食用の魚を釣っているフウコウの元へ行くと……川に落ちたようで、びしょ濡れだった。
「ワッチのモテ期が来ているにゃ。妖精にモテモテにゃ」
「その割にはあまり嬉しくなさそうですね」
濡れているフウコウの頭をタオルで拭いてあげながら聞くと……こういうことがある時は決まって、悪いことが起こる前兆なのだと教えてくれた。
当たっているかどうかは分からないが……フェリスロステの依頼を伝えると、フウコウは膝から崩れ落ちた。
「超級ダンジョンの入り口の調査って聞いてたから来たのに……いつの間にボスの討伐とかいう話になってるにゃ!」
「さっきの間ですね……でも妖精達から踊りを教えてもらえるようになったので、道中は楽ですよ」
「……それならよかったにゃーー……にゃんて言うかにゃ! 道中は楽ってことはボスは大変にゃ!」
まぁまぁと言いながら、ラシアはフウコウをなだめる。
ボスの方が楽なんです……道中の方がしんどいんです、とラシアは知っている。
ただフウコウに来てもらわないと話にならないので、そんなことは言わずに頑張って二つの踊りを覚えてもらった。
そして準備を終えた翌日。
ラシア達はフェリスロステに見送られながら、地星のダンジョンへ入っていった。
「女王様ー。ラシア達は大丈夫そう?」
「ええ。問題ないでしょう。さて……その気配、その魂。変わっているようですが、見せてもらいましょうか? ローウェンテニアの死神さん。貴女が私達妖精の脅威になり得るかどうかを」