最初に異変へ気付いたのは、騎士団と聖騎士だった。
確実に何かがおかしい。
ロディーとデゴットは、それぞれの自宅で飛び起きた。
すぐに鎧に身を通し、ロディーは相棒の火竜と空へ上がる。
デゴットは騎士団へ向かい、騎士と聖騎士を集めた。
そして空へ上がったロディーが見たのは、家よりも大きく、黒よりも暗い一つ目のドラゴンだった。
「ッ!? 一つ目の黒竜……カオスドラゴンか? なんで王都におんねん!」
その情報を伝えるため、ロディーは一度、動き始めている騎士団と聖騎士の元へ戻った。
「ロディー! 何があった!」
空を飛んでいるロディーを見つけたデゴットが、近くのガラスが割れそうなほどの大声で叫んだ。
ロディーはすぐに声の主の元へ飛んでいき、見たことを共有する。
「診療所の近くにカオスドラゴン出現。ラシア隊長が言うとった特徴と一緒やから、たぶん間違いない!」
「はぁ!? あの冒険者達が呼んだのか!?」
「そんなん分からんけど、討伐が先や! 動きはどんな感じや!」
「アトラスとヘッジ達が先に向かっている!」
「分かった。そっちと合流して攻撃仕掛けるわ!」
そう言ってロディーが再び空へ上がると、カオスドラゴンも動き始めた。
高台から街を見ていたので、ある程度は状況を把握できたのだろう。
竜という生き物は、人と比べても頭がいい。
竜同士でコミュニティを形成したり、巣を作ったり、時には落石などの罠を作ったりもする。
人の言葉を話せないだけで、竜同士なら会話ができるほどだ。
その上、体は人の何倍も強靱で力強い。
そんな竜の頂点をなす双璧の二匹が、天竜とカオスドラゴンだ。
だから……街のどこを狙えば大きな混乱を与えられるのかなど、見ればすぐに分かる。
カオスドラゴンは立ち上がり、ブレスを放つために力を溜める。
辺りを包んでいた夜の黒が、一気にカオスドラゴンの口元へ集まっていく。
一瞬だけ、世界から黒という色がなくなったかのように辺りが白くなった。
そしてカオスドラゴンは、最大の攻撃であるカラミティブレスを、騎士や聖騎士を無視して王城へ向けて吐き出した。
……。
…………。
「ラシア殿! 私は戦いに参加しなくて大丈夫なのか!?」
「ラオメさんとフウコウさんは、何が何でもさっき言ったように月を見ていてください。こっちは何とかできますから!」
「わっ、分かったにゃー! 危ないけど、やばくなったらすぐに言うにゃ!」
ラシア達は夜の森で戦っている。
相手はMr.フェンリルだ……ただし一匹ではない。
ラシアが三匹を相手にし、パルサー、ティーガー、ノア、グオン、レクトアの五人で一匹を抑えている。
ラシアもきついが、五人の方はまだ余裕がある。
自分が相手をしている三匹を早く倒して応援へ行きたいところだが、ラシアにも多少は余裕があった。
ラシアより五人の方がレベルは低いが、戦闘経験は遥かに長い。
その経験で、レベル差による足りない部分を補っている。
だがモンスターもレベル80台後半ともなると、そう簡単には倒せない。
ラシアの肩へ噛みついたMr.フェンリルの頭を握力だけで握り潰し、残り二匹となったが……さすがは超級ダンジョン。
噛まれた場所から血が滴り、ラシアもまともにダメージを食らい始めている。
グオンも大きな体と盾で皆を守り、攻撃を受け流そうとする。
だがMr.フェンリルの方が圧倒的に素早く、力も強いため簡単に吹き飛ばされていた。
「クラックフォール!」
戦っていた二匹のMr.フェンリルをその場へ足止めし、五人の元へ援護に行こうとしたタイミングでフウコウが叫んだ。
「ラシア! 月から糸が降りてきたにゃ!」
ラシアは即座に指示を出す。
「フウコウさんは矢よけの踊りを! ラオメさんはフォースシールド! レクトアさんは射線上に絶対にいるので、それをポータルキャッチでここに!」
皆が力強く返事をしてスキルを使用した瞬間、凄まじい光がラシア達を包み込んだ。
あまりの光の強さに、巻き込まれたMr.フェンリルは一瞬で蒸発する。
そして光が通り抜けると……一直線に木々をなぎ倒した道ができていた。
レクトアはラシアに言われた通り射線上へ目を向ける。
蟻よりも小さく見えるほど遠くに、それはいた。
「ポータルキャッチ!」
ポータルキャッチは、指定した者を近くへ呼び寄せる魔法だ。
先ほどの狙撃手が、レクトアの目の前へ出現する。
豪華な着物に身を包み、魔法の矢を放った際の余剰魔力を体外へ排出しているため、袖からは金色の粉が舞っている。
静かな夜を集めたような美しい黒髪に、白いウサギの耳と尻尾が生えている。
そして何より特徴的なのは、その白く大きな美しい弓だ。
ラシアがやっていたゲームに登場する全モンスターの中で、最も長い射程距離を誇るモンスター。
カグヤちゃんDX。
こいつがいるから、地星のダンジョンは中央突破ができない。
中央にいると東西南北、全てのエリアから狙われるからだ。
ラシアはすぐに武器を構える。
こいつの一番楽な倒し方は、今やった通りだ。
カグヤちゃんDXの攻撃は物理と魔法の複合攻撃なので、フウコウの矢よけの踊りで遠距離物理攻撃を無効化し、ラオメのフォースシールドで魔法攻撃を軽減する。
フォースシールドは防ぎ切れなかった魔法ダメージもMPを使ってさらに減らせるので、ラオメの職なら耐えられるはずだ。
そこへポータルキャッチを使えば、近距離まで引きずり出せる。
そして実際に耐えきったので、今はカグヤちゃんDXが目の前にいる。
ポータルキャッチもフォースシールドも白紙のスクロールで代用できるが、踊りだけはできない。
だからフウコウが必要なのだ。
ゲームでソロなら、回復薬を連打しながら接近するか、無理やりポータルキャッチを通すしかなかった。
Mr.フェンリルよりも、カグヤちゃんDXの方が強い。
遠距離型とはいえ、近距離が弱いわけでもない。
加減などすれば何があるか分からないので、ラシアはハンマーを振り上げ、力の限り叩き込もうとする。
だが……聞き覚えのある変な音が聞こえた。
やばい。
ラシアは即座に防御態勢へ切り替えた。
その瞬間、凄まじい衝撃が体中を駆け抜け、近くの木へ叩きつけられる。
「ぐはっ!」
「ラシアさん!?」
洒落になっていない。
ラシアは痛みを我慢しながら、即座に指示を出す。
「こちらはすぐに行きますから、皆はカグヤをお願いします! ラオメさんとフウコウさんも!」
回復薬を飲むこともなく、ラシアはすぐに立ち上がり、攻撃を仕掛けてきた相手へ向き合う。
「……モンスター同士で手を組むとか、どうなんですかね?」
モンスターなので返事はないが……気にしないで、と言わんばかりに笑っている。
ラシアのやっていたゲームに出てくる女の子型モンスターは、異常に強い。
カグヤちゃんDXもそうだが……目の前にいるのは吸血鬼の女の子型モンスター。
ラキュラちゃんAB型。
姿は長い金髪に真っ赤な瞳。
黒と紺で彩られたフルプレートを装備しているが、ヘルメットはない。
左手には大きな盾。
右手には背丈の倍以上もある巨大なランス。
そして何より特徴的なのは、背中に生えた真っ赤な翼だ。大きな翼は魔力で作られており、血を噴き出すような形をしている。羽ばたくたびに変わった音が鳴る。
公式設定ではAB型は血液型とのことだが……そんなことはない。
アサルトのAと、バスターのBだ。
遠距離だけならカグヤちゃんDXの方が遥かに上だが……近距離、中距離、遠距離に加え、防御も回避も全て高水準なのがラキュラちゃんAB型だ。
そして飛んでいるため、ラシアとはやたらと相性の悪いモンスターでもある。
ただ今は、ハンマーが届く距離にいる。
「ムーンライトコンタクト! オーガテックハンド!」
スキルで強化し、白金色のハンマーを叩き込む。
だが左手の盾でガードし、耐えた。
それでもラシアの攻撃を受けた腕は、衝撃で変な方向へ曲がった。
すぐ元に戻ったが……ちゃんとダメージが通ることに少しだけ安心し、ラシアは攻撃を続ける。
こちらは良くても、仲間達が危なすぎるからだ。
一刻の猶予もない。
……。
…………。
そしてそれからいくつもの戦いを経て、ようやく夜が明けた。
まだ油断はできないが……カグヤちゃんDXやラキュラちゃんAB型といったモンスターは夜にしか出てこないので、少しだけ休憩できる。
ラシアは痛みを我慢しながら、仲間達へ最上級の回復薬を配っていく。
カグヤちゃんDXとの戦いは、本当に危なかった。
ラシアもラキュラちゃんAB型との戦いで左腕を折られたが、すぐに倒して仲間の援護へ向かった。
だが……その時にはグオンの腕とラオメの足が切り落とされ、ティーガーも地面へ叩きつけられて気を失っていた。
もう少し遅ければ、誰かが死んでいてもおかしくなかった。
その怪我は回復薬ですでに治ったが、その後もMr.フェンリルやカーツ首領といったモンスターが次々とやってきた。
そうした戦いを何とか切り抜け、今に至る。
そのため今は、全員に回復薬を配っているところだ。
ラシアも胸の辺りがズキズキと痛む。
肋骨にヒビが入っているか、どこかの骨が折れているのだろう。
回復薬を飲むと痛みは消えたので治ったようだが……精神的な疲れは残っている。
ラシアも皆と同じように、その場へ座り込んだ。
(きつい……ゲームでも気を抜くと死ぬダンジョンだと、現実ではここまできついのか……)
ふーっと息を吐き出して休憩していると、フウコウが口を開いた。
「ラシア。さすがにここの踏破は無理じゃないかにゃ? お前でもそんなに苦戦する相手なら、昨夜もそうにゃったけど、ワッチ達には無理にゃ」
冒険者のノアとグオンも頷く。
明らかにラシア以外は、適正レベルを超えているからだ。
ラシアだって帰っていいのなら帰りたい。
だが、ここまで進むのにはちゃんと理由がある。
そう思っていると、ティーガーが息を吐き出してから説明を始めた。
女王がああ言ったのなら、絶対にここは踏破しておかないと駄目だと。
「ラシ。ここって話して大丈夫か? 妖精とかおるんやろ?」
「聞かれても大丈夫ですよ。フェリスロステはそれ込みで頼んだと思いますし、それにもっと北側へ行かないと妖精はほとんどいないので」
「どういうことにゃ?」
「冒険者からしたらあんまり関係ないけどな。女王様はラシの強さを見るために、この依頼を出したんや。ラシも強さを見せるために受けたか、元から倒すつもりやったんやろ」
その辺りはパルサーやラオメ、レクトアにも伝わっていたようで頷いた。
簡単に言えば、お互いがお互いの脅威になり得るからこそ、喧嘩せず仲良くしましょうということだ。
妖精達の強さはもう分かっている。ラシアの次に強いラオメですら、二匹、三匹と同時に来られれば倒されるほどだ。
だから……妖精達には人間側の強さも見せておかなければならない。
私達人間はこれほどの力を持っています。話し合いなら応じますが、殴ってくるなら殴り返しますよ。
そう伝えて、お互いに喧嘩をすれば損をすると思わせておく必要があるのだ。
現状は何度でも蘇ることのできるフェリスロステが優勢だ。
だが、この世界にはこの世界特有の魔法技術もある。
それを考えればフェリスロステも、簡単に攻め込んでくるようなことはしないだろうとラシアは考えている。
「でも、妖精って攻め込んだりするタイプにゃんか?」
「それやったらそれでええねん。でも、こっちはこれぐらいのことができますよっていうのだけは見せとかなあかんねん。パルとグオンの二人で戦って、一人の妖精に負けるんやで? 人間雑魚やなとか思われたら、大変ですまんからな」
「あれって、人の強さを測ってたの?」
ノアが驚くと、ティーガーはたぶんそうやろうなーと頷く。
「あとラシが姫様とおかんの名前出した時、ちょっと顔色変わったからな。姫様とおかんも、ラシと同じぐらい危険やって思ってるんやろな」
だからこの依頼で力を見せておけば、少なくともラシアに近い強さの者が他にも二人いると思ってもらえる。
それがラシアの考えだ。
ゲームとはいえ、妖精の味方をしたラシアだ。
どんな形であれ戦いにならないのであれば、それが一番いい。
「と言っても、騎士団、聖騎士の我々が不甲斐なさすぎて……ラシア頼りになってしまうのは本当に申し訳ないがな」
パルサーの言葉にティーガーは頷く。
国のため、とまではラシアは思わない。
それでも知っている人達がいなくなるのは、とても悲しいことだからだ。
今回の調査もラシアがいなければ、フェリスロステに皆が殺されていた。
そんな話になっていても、十分おかしくはない。
その辺りはラシアの口からは言えないが……妖精は可愛い。
だが、そこまで優しくはない。
動物と人間の間がモンスターなら、虫と人の間が妖精だ。
そんなことを考えていると、フウコウは色々と諦めたように立ち上がった。
「そこまで言うなら仕方ないにゃー。最後まで付き合ってやるにゃ! 騎士団と聖騎士は、ワッチ達に追加料金しっかり払うにゃ!」
「しゃーないな。王都の美味しいご飯あるところで奢ったるわ!」
「ちゃんと金払うにゃ!」
今、一人でも抜けられたら相当きつかった。
良い仲間を持ったなとラシアが喜んでいると、少しだけ地面が揺れた。
ダンジョンで地震?
そう思っていると、今の揺れでフウコウの頭上にあった拳ほどの木の実が落ちてきて直撃した。
「痛いにゃ!」
そしてその揺れは明らかに大きくなり、ラシア達へ近付いてきていた。