体中の血が沸騰したかのように熱くなり、血管が浮き上がって肌が赤く染まっていく。
全てのステータスが大幅に上昇し、見える物全てを敵と認識して自我を失う。
それが……ラシアのかかってしまった狂化だ。
その瞳は何も映してはおらず、捉えた者全てが敵となる。
「ラッ、ラシアさん?」
ノアが話しかけるが反応はなく……その圧力に皆が言葉を失う。
ティーガーだけは即座に撤退を考えた。
だがラシアなしでフェリスロステの元へ戻った場合、どうなるか分からない。
何よりラシアをこの場に残して戻るのはマズい。
「皆、不用意に動くなよ……狂化状態になると近くの者から襲う」
ラオメが盾を構え、皆を守るようにラシアの前へ立つ。
そして……ラシアの一番近くにいたのはヴェユリテスアだったので、最初のターゲットは決まった。
地面がえぐれ、飛び散った小石が木や岩に突き刺さるほどの踏み込みで一気に加速し、ヴェユリテスアへ接近する。
硬い甲殻を素手で簡単に突き破り、そのまま重さなどないかのように持ち上げる。
そして地面へ叩きつけ、赤く光るプラティディオンハンマーを振り下ろすと、ヴェユリテスアは簡単に蒸発した。
だが……超級ダンジョンのボスが、これで終わるわけがない。
総合的な能力ならコアラキングの方が強い。
だがヴェユリテスアもフェリスロステも、元は同じものだ。
だから同じ力を持っている。
近くにいた黒い妖精の体が膨れ上がり、ヴェユリテスアが何事もなかったかのように復活した。
この能力はゲームでも同じで、黒い妖精が一匹でも残っていればヴェユリテスアは復活する。
だから先に黒い妖精を全て倒し、その間にヴェユリテスアを仕留めるのが基本だ。
戦闘中に横湧きや再召喚された場合も、ボスへの攻撃を止めて先に妖精を叩くのが鉄則になる。
だが……今のラシアには、そんな攻略法を考えることなどできない。
狂化は混乱に近く、自我などほとんど残っていないからだ。
そしてヴェユリテスアは再び黒い妖精を召喚し、ラシアの攻撃の巻き添えにならないよう一度下がらせる。
「いっ、今! ラシアさん倒したよね!?」
「ラシアの言っていた……妖精の女王は死んでも他の妖精がいれば復活するというヤツか……」
いくらラシアが狂化状態になっているからといっても、ヴェユリテスアは超級ダンジョンのボスモンスターだ。
決して弱くはない。
攻撃すればラシアに傷を負わせることができ、魔法を使えば吹き飛ばすこともできる。
その上、復活もすれば回復もする。
そしてラシアが吹き飛ばされた先が、運の悪いことに……仲間達の近くだった。
ラシアのターゲットが切り替わった。
それに気付いたラオメが、レクトアへ指示を出す。
「レクトア! 狂化状態を解除する魔法を使え! ここなら届く!」
返事をするよりも早く、レクトアがラシアの狂化を解除しようとする。
だが……それよりも早かったのが黒い妖精達だ。
仲間達の周囲には黒い鱗粉が撒かれており、狂化を解除する支援魔法は拡散されて消えた。
だからもう……ラシアは止められない。
「ラシアさん!!」
ノアが叫ぶ。
その声が、少しだけ届いた。
狂化は、かかった者のあらゆるものを大幅に引き上げる。
能力だけではない。
感覚も、心もだ。
だからノアの声も、僅かだがラシアへ届いた。
「敵を見失うなよ相棒!」(幻聴)
ラシアの目に光が戻り始める。
「思い出してください戦う意味を! ロマンの意味を!」(幻聴)
「闇を払って光の道へ! 勇気をここに!」(幻聴)
「負けないで!」(幻聴)
「頑張って!」(幻聴)
「ロマンだぜ!」(幻聴)
ラシアの瞳に光が戻り、体が輝き始める。
「そうか……私はラシア・ラ・シーラだ。……おっしゃーーーーー!」
「ラシアさん!?」
狂化状態のまま、ラシアの意識だけが戻ってきた。
そして即座に味方へ指示を出す。
「レクトア! ポータルゲート使え! 私が攻撃するのと同時に、即座にフェリスロステの元へ帰還しろ!」
「わっ、分かりました!」
あまりの迫力に、全員が「はい!」としか言えない。
だがノア、グオン、ティーガー、フウコウは、このラシアの状態に見覚えがあった。
「あかん! これ混乱ラシアと同じやんけ!」
「本当にゃ! 全員すぐに逃げる準備にゃ!」
パルサーやラオメといった者達は混乱ラシアの状態を知らないので、どういうことだ? という顔になっているが、それどころではない。
そんな中、ラシアはヴェユリテスアへ向き合う。
「相棒! こいつは一匹でも残せば再生する! どうする?」(幻聴)
「森ごと潰す!」
ラシアがハンマーを構えると、今までの幻聴とは違う声が聞こえた。
「ならば私を使え!」(幻聴)
ラシアが声の方向へ目を向けると、そこにあったのは、この地へ来た時に仲間へ説明した地面に突き刺さった巨大な武器だった。
「おう!」
ラシアはアイテムバッグから白紙のスクロールを取り出し、空を飛べるようになる魔法、スカイハイを使用する。
そのまま地面に突き刺さった巨大な武器へ接近した。
「私は元は巨人用に作られた武器だが……分かるな?」(幻聴)
「ああ!」
「後はロマンで補え」(幻聴)
「いくぜ相棒!」(幻聴)
「勇者王! 貴方の御業お借りします! クラッシャーコネクト!!」
ラシアは手に持っていたプラティディオンハンマーを、殴りつけるように巨大な武器へ叩きつけ、めり込ませる。
それだけで小さな揺れが発生し、ノア達が驚く。
「ディスラクシオンツール!」
ラシアの目の前に小さなハンマーが現れ、分離した幾つものパーツが地面へと突き刺さる。
そしてラシアは叫んだ。
「プラティディオンクラッシャーーーーーーーーーー!」
ラシアの魔力がプラティディオンハンマーを通して、巨大な武器へ流れ込む。
地響きと共に地面が割れ、ラシアは岩盤ごと巨大な武器を引き抜いた。
先に打ち込まれたディスラクシオンツールにも魔力が流れ込む。
そしてラシアの何十倍もある巨大なハンマーが、空中に形作られていく。
「見せてやろう妖精達よ! これがお前達が恐れた人の力……浪漫を超えた絶対浪漫の力……いや…………勇気の力を!」
「ギガンテックハンド! ムーンライトコンタクト!」
ラシアの腕は巨大化し、その巨大なハンマーをしっかりと固定する。
そしてダンジョン内から、月の光が全て消えた。
次に明るくなった時、その巨大なハンマーは全ての月の光を集めたかのように輝き始めていた。
もうこの時点で黒い妖精達は次々と蒸発していく。
ヴェユリテスアも何かを思い出したように恐怖し、逃げようとする。
だが……残った羽すら蒸発し、飛ぶことはできなくなった。
「ステイク……パルス……エシュピー……はぁぁぁぁぁぁ! コル・クール・パル!」
今のラシアに呼応するように出現した透明な杭も、いつもより遥かに巨大だ。
仲間達がもういないことを確認してから、ラシアは叫ぶ。
「ヴェユリテスアよ! 月夜に沈めぇぇぇぇぇぇぇ!」
その巨大なハンマーは、大きな杭へ向かって振り下ろされた。
もし月が大地へ落ちてきたら、こうなるだろう。
そう思えるほど凄まじい力の奔流が生まれ、全てが光に飲み込まれていった。
……。
…………。
その戦いを妖精を通して見ていたフェリスロステだったが、光が溢れ始めた瞬間に視界が途切れた。
見ていた妖精も、あの光に飲み込まれたのだろう。
近くには、戻ってきたラシアの仲間達がいる。
あれほどの戦いだ。
ラシア自身も、かなり消耗しているはずだ。
倒すのであれば……今が一番のチャンスだろう。
妖精達は世界の全てを手に入れようとは思っていない。
だが……ラシアは危険すぎる。
さて……どうしたものか。
そう考えていると……ティーガーとパルサーが立ち上がった。
「ちょっと……不穏な気配がするけど、なんかする気ですか女王様?」
この者達だけなら相手にもならないが……。
「いえ。我が友が心配なので、少し様子を見に行こうかと」
「なるほど……こちらもラシアのことは心配なので、一緒に行くというのはどうだろうか?」
ラシアが危険な存在なのは間違いない。
だが……救ってもらったこともある。
少なくとも今ここで、恩を仇で返す必要はない。
そう判断してフェリスロステが力を抜いた、その時……背後のポータルが光り始めた。
ラシアが戻ってきた。
全員がそう思ったが……確かに戻ってきたのはラシアだった。
ただし、王冠を被ったコアラに背負われている。
「先の戦いで巻き込まれたかと思ったが、ここにいたのだな。ラシアの友たちよ」
「おっ、王様!?」
「コアラの王様やんけ! ラシは!?」
仲間達の心配する声が聞こえたので、ラシアは手を上げて答える。
「大丈夫ですが……体が動かなくて、キングに運んでもらってます……」
「おみゃー……それは大丈夫とは言わないにゃ」
フェリスロステが手を上げ、魔法でラシアの状態を確認する。
「なるほど……狂化状態で無理をした反動が出ていますね。薬や魔法で回復させることもできますが、一度ゆっくり休ませた方がいいでしょう。こちらには人用のベッドなどもありませんから、あなた方が泊まった宿で休ませるのが良いと思います」
ラシアの仲間達はフェリスロステに礼を言い、コアラキングにも礼を言って、パルサーがラシアを背負った。
「聞きたいことはあるでしょうが、今はゆっくり休みなさい。我が友よ」
もう一度頭を下げてから、ラシア達は宿へと向かった。
離れていくラシアを見ながら、獣の王は妖精の王へ話しかける。
「もう少し尖ったヤツかと思っていたが……そうでもないのだな。妖精の女王よ」
「種族に対しての感謝を忘れるほど、私は愚かではありませんよ。貴方こそ宿敵だったのではありませんか? 討つのなら今だとは思いますが?」
「戦であるのなら、それもよし。だが個人で挑むというならば、正々堂々と戦おう。それに戦いは勝てばよし、というものではないのでな。では我が宿敵が目覚めるまで厄介になるが、良いか?」
「構いませんが……私から仕掛けることはしませんよ」
「そこは信じよう。ただ外の世界というものも気になるのでな!」
「そうですか……では歓迎しましょう。獣の王よ」
「うむ! 感謝する。妖精の王よ」
そして宿へ運び込まれたラシアは、気を失うように眠った。
次に目を覚ましたのは、二日後のことだった