空を飛んでいたリレッサとノアも地上へ降りてラシアの支援に回り、三人は起き上がったカオスドラゴンと対峙する。
ステータス的には超級のボスであるヴェユリテスアやコアラキングに劣るが、それでも竜種の中で最強格なのが、このカオスドラゴンだ。
強い上に、ここは都市の中心部だ。ラシアが全力を出そうものなら、簡単に辺り一帯が更地になってしまうので、到底全力など出せはしない。
リレッサや騎士団が協力して一度倒してくれたことで、分かったことは多い。ゲームでは幻夢ブレスを受けなければ現実側だけで倒せたが、この世界では夢の中にいるカオスドラゴンも倒さなければ、誰かへ寄生して復活してしまうらしい。
ゲームでの仕組みを知っているラシアだからこそ対応できるが、初見で対応しなければならないこの世界の人達からすれば無理ゲーじゃないかと思う。
「それでラシア。どうしますか?」
「私が夢の中にいるカオスドラゴンを倒しますので、姫様とノアさんは、こっちのカオスドラゴンをお願いできますか?」
そう言うとノアが「どういうこと?」と言ったので簡単に説明する。カオスドラゴンも前回の戦いにはいなかったラシアを警戒しているようで、すぐには動かなかった。
「ラシアさん。それって大丈夫なの?」
心配するノアに大丈夫だと伝えるが、夢の中の戦闘より、眠っている間の体の方が心配なのだ。体はきっと眠ったままになる。その間に戦闘へ巻き込まれたら、どうなるか分からないからだ。
うーんと悩んでいると、上空から「生きとるかー」と声がして、ティーガーがやってきた。
「ラシもノアも姫さんも無事っぽいな。どんな感じや? 騎士団も聖騎士もこっちに向かってるわ」
ラシアも説明しようとしたところで、カオスドラゴンもそんな悠長に待ってくれるわけもなく、長い尻尾で先制する。
ラシアはそれを先ほどと同じように弾いてから、ティーガーに説明した。
「なるほどな。分かった。ラシが寝たら、ウチが責任持って一回ここから離脱するわ。それはええけど、一人で大丈夫か?」
「たぶん大丈夫だと思います。何かあっても、一人の方が動きやすいこともありますから」
「ローウェンテニアの死神様やしな! ほんだらその作戦やな」
友人にまでその二つ名で呼ばれ、変な声が出そうになりながらも、三人に作戦を伝えてからラシアはカオスドラゴンへ接近する。
夢の中に入る方法は、カオスドラゴンの幻夢ブレスを受けることだ。これをくらうと強制的に夢の中へ入り、パーティーでも全員がくらえば敗北となる。
ゲームではソロのラシアでも幻夢ブレスを避け、夢の中へ入らずに倒せていた。だが今回は、あえてブレスを受けなければならない。その辺りにもゲームと現実の違いが如実に現れている。
まあ、天使も妖精も色々やってくれたおかげで、本当に今更だ。
そして接近してハンマーで殴り、カオスドラゴンをよろめかせると、反撃と言わんばかりにカオスドラゴンが溜めに入った。
この動作はゲームと同じで、ラシアの待っていた幻夢ブレスだ。もしカオスドラゴン最大の攻撃であるカラミティブレスの方だったらどうしようと考えたが、期待した通りのブレスだった。
黒いブレスがラシアを覆うと、視界が大きくうねり、夢の中へと落ちていった。
そして眠ったラシアを狙うようにカオスドラゴンが尻尾を上げ、攻撃しようとした瞬間、虹竜に乗ったティーガーが空から急降下してラシアを回収した。
「さすがにハンマーは重たくて無理やな! ノア! 姫さん! 頼んだで!」
ティーガーはハンマーをその場に残し、ラシアだけを抱えて一旦離脱するため、リレッサとノアへ声をかける。
「分かった! 任せておいて! リュートリア達の仇はここで討たせてもらうよ! 妖精の女王に教えてもらった私の新魔法! メテオストーーーむぐっ!」
ノアが新しく覚えた魔法を発動させる前に、リレッサがその口を手で塞いだ。
「ノア……仇を討ちたいのは分かりますが、王都のど真ん中で広範囲殲滅魔法を使うのはどうかと思いますが?」
顔は笑っているが、明らかに声が笑っていないので、ノアは素直に謝った。
「いやー……ラシアさんみたいに攻撃に重きを置きたいなと……」
「言いたいことは分かりますが……時と場合によります。シャインセイバー」
リレッサが呪文を唱えると、人の背丈よりも大きな光の剣が幾つも現れ、重力に引かれるようにカオスドラゴンへ向かって降り注ぐ。
「ノア。ここは私達で倒しますよ」
「分かった!」
そしてラシアを安全な場所へ避難させたティーガーが戻り、パルサーや騎士団も合流して、再び王都での戦いが始まった。
ノア達の戦いが始まった頃、ラシアも夢の中で意識を取り戻した。
意識を取り戻した場所は、ラシアにとって見慣れた街だった。足下にあるのは土ではなくアスファルトで、今いる世界のように風が吹いても草木の匂いはしない。代わりに漂ってくるのは、排気ガスなどの匂いだ。
周りには様々な人達が忙しそうに歩いている。
ただ、夢の中だと分かるのは、誰もラシアを見ようとせず、その存在に気づいてもいないからだ。
「まあ、こんな街中でデッカイハンマーを持ったコスプレ女がいたら、誰も声なんかかけないよな。それでカオスドラゴンはどこだ?」
横断歩道の上からカオスドラゴンを探すが、周囲には車やバスが走っているだけで、黒い大きな竜はどこにもいなかった。
これ、歩いて探し回らないといけないパターン? と思っていると、また世界が切り替わる。
次に現れた景色もラシアがよく知るもので、幾つもの墓が並ぶ墓地だった。
「ノアさんにそういう話をしてたから……夢に出てきたのかな?」
夢にしては少しリアルな気もする。そのおかげで、ここに妹の墓があることも分かった。ラシアは墓参りにも行けていないことを思い出し、せめて手だけでも合わせておくかと、そちらへ向かった。
すると、そこには二つの人影があり……どちらもとてもよく知る人物だった。
その二人はラシアの父と母で、静かに手を合わせている。妹の死を機に離婚して長い時間が経ち、もう付き合いなどなくなっていたと思っていたが、そうでもなかったのだなとラシアは少しだけ嬉しくなる。
「父さんが墓参りに行ってたのは知ってるけど……母さんもまだ行ってくれてたんだな」
ただ少しおかしいと思ったのは、妹が亡くなって十年は優に経っているのに、二人がまるで昨日のことのように悲しそうな顔をしていたことだ。
ここは夢の中なのだから、それも仕方がないとラシアは思う。両親が墓に向かって何かを話している。車の音も、遠くで犬が鳴く声も聞こえるが……両親の言葉だけはラシアには届かなかった。
その時、ラシアは背後に気配を感じた。振り返ると、そこには黒い竜がいた。
ラシアが静かにハンマーを構えると、また景色が変わり、何もない黒い世界へと切り替わった。
カオスドラゴンはラシアを見て、低いうなり声を上げている。それに対してラシアは静かに話しかける。
「私は……リュートリアさん達のことはほとんど知らないし、亡くなった街の人達のことも知らない。お前達モンスターは生きたいだけだっていうのも分かる」
「グルルルルル……」
「だけど、動物に縄張りがあるように、人には人の縄張りがある。だから入ってきたのなら、倒す以外にはないんだよ。……そのくせに、人間はダンジョンへ入っていくのにな」
ラシアは最後に一言だけ謝った。それと同時にカオスドラゴンがカラミティブレスを放ち、戦いが始まった。
ブレスを簡単に躱し、ラシアはプラティディオンハンマーをカオスドラゴンの顔面へ叩きつける。
夢の中ではあるが……殴った感触は現実と変わらない。先ほどのブレスも躱したつもりだったが、わずかにかすった箇所は黒い火傷になっている。
強いのは間違いなく強い。だが……カオスドラゴンの厄介さは、夢と現実の両方で倒さなければならないことだ。だからそれさえ分かっていれば、地星のダンジョンにいるヴェユリテスアよりも弱い。
地面が簡単に抉れ、その体がめり込むほどの攻撃を受け、カオスドラゴンの一つ目は潰れて出血が増していく。
これ以上は長引かせても仕方がないと判断し、ラシアはスキルを併用して巨大なハンマーを振り下ろし、カオスドラゴンにとどめを刺した。
「いくら魔物といえども、いつまで経っても慣れないな」
そう呟くと、景色は先ほどの墓地へと切り替わり、両親はもう帰るようで外へ向かっていた。
そんな二人に、ラシアは静かに話しかける。
「父さん。母さん。二人のあんまり自慢じゃない息子は、異世界で頑張っています。私が帰る頃には、仲直りしてくれてると嬉しいなー」
聞こえているとは思わなかった。だが……二人は同じタイミングで振り返り、何かを言おうとした。その瞬間、ラシアは夢から覚めるように現実へと戻ってきた。
ラシアが目を覚ますと、どこかのベッドの上に寝ていた。朝日が差し込み、小鳥達が鳴いている。
カオスドラゴンを夢の中で倒したのも覚えているし、ノアやリレッサに現実の方のカオスドラゴンを任せたのも覚えている。
街中で戦っていたなら援軍も来たはずなので、負けてはいないと思いたいが、それでも心配にはなる。起き上がろうとしたところで二人分の足音が聞こえ、ノアとリレッサがやってきた。
二人に詳しく話を聞くと、ここは診療所で、カオスドラゴンはちゃんと討伐できたとのことだ。
「こちらで倒した後に魔石などが出たので、もう復活しないとは思いますが……相手がモンスターなので断定はできませんね」
「魔石も出たので大丈夫そうですけどね。警戒は必要でしょうけども……」
ラシア的にはもう大丈夫だと思っていると、少しだけ元気を取り戻したノアから礼を言われた。どうやら最後のとどめはノアが刺したようで、リュートリア達の仇を討てたとのことだ。
「ラシアさん。リレッサ。改めてありがとう! リュートリア達の仇も討てたし、これからまた頑張るよ」
この人は悲しんでいるより笑顔の方がよく似合っているなとラシアが笑うと……リレッサが呆れたように言った。
「だけどノア。街中で広範囲殲滅魔法を使うのは感心しませんよ?」
「え? ノアさん、そんなことしようとしたんですか?」
「しようとしたけど、今それを言う!? リレッサだって魔法でカオスドラゴンを吹き飛ばして、家を壊してたじゃん!」
「ぐ……あれは仕方ありません。誰かが巻き込まれたわけではなく、建物だけですから」
そして二人が軽い口喧嘩を始めたので、ラシアは何とかなだめ、起きたことをデゴットやロディーに報告しに行った。二人からはとても感謝され、宿に戻れたのは夕方になっていた