ラシアとティーガーが地下遺跡で全く関係のない話に盛り上がっている頃、パルサーはデルパロア家の庭で大きくため息をつき、二人の令嬢へ忠告していた。
「お前達二人がやったことを考えれば、これぐらいで済んで良かったんだから……これ以上、話をややこしくするなよ。とくに食人令嬢のエリゼ」
「パルサー! 名指しで呼ぶな! というか何であの馬鹿は、エンブレント家の者が和解に来ていると知っていたのよ!」
「本当ですわ! この私が謝りに来たというのに、どうして花壇に埋められなければならないのですか!」
パルサーも、お前達が悪いとしか言えなかった。しかもティーガーに教えたのがデルパロア大公本人だとは、流石に口にできない。
パルサーも人の子であり、デルパロア大公は怖いのだ。ただ父親のデゴットが大公と仲が良いため、花壇から令嬢達を掘り返しても文句は言われないのだが……。
「お嬢様……あまり動かれると、お顔に薬を塗るのが難しく……」
「お父様も! 普段は笑いもしないくせに、娘と侯爵令嬢の顔に蜜を塗る時だけあんなに笑って! あーもう、腹立つわね!」
大公も埋めておくだけではつまらなかったらしく、令嬢二人の顔に虫が好んで寄ってくる蜜を塗っておけと使用人達へ命じたそうだ。だが大公令嬢と侯爵令嬢という年頃の女性にそんなことはできないと、使用人達は懇願したらしい。
すると大公は、それなら自分で塗るかとフットワークも軽く街へ出かけた。何か甘ったるい液体を買ってきたと思ったら、二人の顔へ塗り始めたとのことだ。
効果は覿面で……エリゼは蜂に刺され、エンブレント嬢は何かの虫に挟まれたとかなんとか。
二人は風呂で汚れを落とし、今はメニスに顔などへ薬を塗ってもらっている。
「それで? エリゼは忠誠心ゼロだから仕方ないとしても、ドリル嬢はエンブレント家から護衛の者を連れてきていただろう? どうして埋められたんだ?」
「誰の忠誠心がゼロよ! ちゃんとあるわよ!」
「リドルです! ドリルではありません!」
二人から詳しく聞くと、小さな竜が空を飛んでいるのを見つけ、護衛を含めた全員が上を見ていた。そこへ横から奇襲を受け、全員が一撃で戦闘不能にされたそうだ。
ティーガーより強い者は、聖騎士の中にも何人かいる。それでもティーガーは確実に上位へ入り、そのくせ頭も切れる。
そんな者に奇襲されたと考えると、ぞっとする。ちなみにメニスも巻き込まれたそうだ。
そしてティーガーは護衛全員を気絶させた後、どこからか持ってきた大きな袋へ令嬢二人を頭だけ出した状態で入れ、花壇に穴を掘って埋めたとのことだ。
「お前達二人はいいが……メニスも護衛の人達も災難だな」
「パルサー。あの馬鹿虎を一回泣かせたいから、あいつより強い騎士か聖騎士を教えてちょうだい」
「私もですわ!」
「お前達よりティーガーの方が人気あるからな。手を貸してくれる奴はいない。諦めろ。というか反省しろ、お馬鹿令嬢共め」
「リドルと一緒にしないで!」
「エリゼと一緒にしないでください!」
「本当に私の人生、最近どうなってるのよ! ルインエルデに行けば野盗に襲われ! まあ結果だけ見ればラシア様と知り合えたから良かったものの……」
「知り合いというか、お前が一方的に知っているだけだな。ラシアの知り合いになるのは大変だぞ」
パルサー達がそんなやり取りをしている頃、噂のティーガーはラシアを見て笑っていた。
子供の頃から母に聞かされていた騎士様は、強く、余計なことは一切話さず、命令があれば問答無用で遂行する人物だった。
だが目の前のラシアは人見知りではあるものの、普通に姫にも嘘をつき、昼前まで寝ている人だ。その違いが何だか面白かった。
「別にそんなに頭を抱えるようなことちゃうやろ」
「いえ。大公に命を狙われたらどうしようかと……というか、そんな重要なことを言わなくても良かったのでは!?」
「大公やったらやりそうやけど、大丈夫ちゃうか? 知ってる奴がマジでおらんからなー。もう一人ぐらい知ってても問題ないんちゃうかな?」
「そんな人ごとみたいに……」
耳に入ってしまうと気になるので、ラシアはティーガーへ質問していく。
詳しいことまでは分からないらしいが、ロディーがこの世界へ連れてこられて困っていたところを助けたのが大公とのことだ。
正式には結婚していないが、互いに何か惹かれるものがあったらしく、その間にティーガーを授かった。ただ……仲違いしたわけではないが、当時の大公だったデルパロア大公の父親が殺されたことを境に、デルパロア大公は今のようになり、二人は次第に離れていったとのことだ。
「それなのに、よくロディーがティーガーさんに教えてくれましたね」
「教えてくれへんかったで。おとんって誰やろうってなって、自分で調べ始めて分かったのが大公やったからな。分かった時のおかんと大公の顔は、今でも忘れられへんな!」
「ってことは……エリゼさんって、ティーガーさんの妹になるの!?」
「そやで。って言うても腹違いやしなー。エリゼの方のおかんは全然分からん。興味もないしな」
「なるほど……でもティーガーさんって、エリゼさんのこと嫌いじゃありませんでしたっけ?」
今でこそティーガーはこんな感じで話しやすいが、初めて会った時は本当にきつい目つきをしていた。冗談や比喩ではなく、肉食獣のような目だった。
それよりもさらにきつい目になるのが、エリゼと一緒にいる時だ。食事会の時の目つきはまさにそれだった。
「直そうとは思っとるんやけどな。今でこそマシになったけど、ほんまに殺したろかって思っとったからなー。何でお前みたいなカスに父親取られなあかんねんって思っとった。まあ今更あいつが死んでもって話やねんけどなー」
冗談のようにも聞こえるが、以前からティーガーにはそういうところがある。ラシアには、本気で言っているのだと分かった。
だが他人の家のことに口出しできるはずもなく、何と言えば良いのかも分からない。ラシアは別の質問を投げかけることしかできなかった。
「じゃあ……ティーガーさんって、大公令嬢になるんですね」
「そやで。ウチ次第やとは大公に言われたけど、エリゼが何かで死んだら、デルパロアの跡継ぎになるかって話は出てるな。まあ大公も、自分の代でデルパロアは潰すんとちゃうかな? エリゼは無理やし、ウチは聖騎士やっとる方が楽しいしな」
「何というか、流石は大公って感じですね……この世界も凄いですけども」
「ほんでラシは、ウチに転生者みたいな話をしとったんやなー。まさか中身まで別の世界の奴やとは思わんかったわ!」
そう言って笑うティーガーを見て、ラシアは忠告というほどではないが、一つだけ伝えておく。
「ティーガーさん。エリゼさんが嫌いなら嫌いでいいですけども……手を出したら駄目ですよ。こう、私の秘密を知っている友人がいなくなるのは寂しいので」
ラシアにそう言われ、ティーガーは少しきょとんとした後、とても良い笑顔で笑った。
「流石はラシって感じやな! ラシに免じて勘弁したるか。めっちゃ嫌いやけどな!」
「そうしてもらえると……」
「そのくせ自分は、そんな友達を置いて元の世界に帰ろうとするんやから、ラシもなかなかに悪党やな!」
「うぐっ……」
「さてと! お互いのつまらん話は置いといて……いい加減ここを調べよか。何かおもろいもんがあったらええねんけどな」
ラシアもこれ以上さっきまでの話を続けるのは嫌だったので、ティーガーと一緒に遺跡を調べていく。
空間自体はかなり広いが、造りは降りてきた場所や通路と同じような材質でできており、至るところに残骸が落ちていた。
さらに奥を調べていくと、どうやらここはゴーレムなどを作る工場のようで、割れた魔導エンジンなども落ちていた。
「ゴーレムやけど、ナットンにも似とるな」
「ナットンは、ボルトルデがゴーレムを解析して新たに作ったものなので、似ているところは多いと思いますよ。王都にいるゴーレムはナットンの劣化版なので、セレットさんが調べたがってますね」
「なるほどなー。分かり切ってることやけど、ローウェンテニアがあった世界の方が、スキルにしても技術力にしても遥かに上やな」
「ですね。……だからコアラキングは良いですけど、天使とか妖精が出てくると対処ができないんですよ……」
その辺りは騎士団も聖騎士も動き始めているようで、フウコウのような少し変わった職の者やダンサー系の者を探し、戦いの幅を広げていくそうだ。
しばらく二人で探していると、文字は読めないものの、書籍が並べられた部屋を見つけた。調査のため、書籍も持ち帰ることにした。
ほかにも壊れておらず動く魔導エンジンが幾つも見つかった。それらも回収し、二人は帰ることにした。
「さてと、帰ろかー。ラシ。今日ここで話したことは……お互いに内緒にしとこや」
「ですねー。言い触らすことでもないですし」
そんなことを話しながら、ラシアは白紙のスクロールを使って帰還しようとしたが、何も起こらなかった。どうやらこの辺りは魔法が使えないエリアのようだ。ラシアは少し驚きながら帰還石を使用し、冒険者ギルドへ帰還した。
ルインエルデの冒険者ギルドへ戻り、本などを提出してから宿へ向かった。
宿に着く頃には夜になっており、皆も戻ってきていた。ラシアと一緒に帰ってきたティーガーを、リレッサが何とも言えない顔で見ている。
「姫様。どうしたん? ラシは無事やで?」
「いえ……前よりティーガーとラシアの距離が近いなと」
そんなことはないとラシアは思うのだが……ティーガーはラシアとリレッサの顔を眺めた後に少し笑い、ラシアの手を取った。
「姫様。それは内緒やな! ええ女には一つぐらい謎があるもんやで!」
その瞬間、ラシアには見えた。リレッサの顔は笑っているが……背景にピシッとひびが入るのを……。
そしてリレッサは笑顔のままティーガーへ近づき、その頬をつまんだ。
「ティーガー。ラシアから離れなさい。貴方を信用して送り出したのに、どうしてそういう話になっているのですか」
「姫様! 痛いで! 何でやろな! ウチにも分からんな!」
そんな感じで夜なのに盛り上がり始めたので、ラシアはそそくさとその場を逃げ出した。おやっさんに夕食を作ってもらい、静かに食べ始めたが、その顔は笑っていた。