本日のラシアは、相談できる人が増えて嬉しいのか……気分良く昼まで寝ていた。とりあえず顔を洗って一階へ降りたのだが……何というか、人がごちゃごちゃしている。
知らない人が多いとか、そういうことではないのだが……。
フウコウとパルサーはテーブルに倒れ込んでいる。リレッサとティーガーは将棋やチェスに似たボードゲームで遊んでいるというより、真剣勝負をしている。ナットンとコアラの王様は、ラシアとティーガーが遺跡から持ち帰り、ギルドへ提出しなかった本を読んでいる。
おやっさんに何か食べる物を頼む。ナットンを修理した時にティアから借りた魔導エンジンの代わりとして、新しく手に入れた物をティアへ渡す。それからラシアはパルサーに話しかけた。
「フウコウさんはともかく、何でパルサーさんまでくたばっているんですか?」
「ワッチがともかくって何にゃー」
「いやな……あんなお馬鹿令嬢二人のところへ行かずに……私もラシア達について鉱山ダンジョンの地下遺跡へ行けば良かったなと……自分の不甲斐なさを嘆いているのだ」
「壊れていない魔導エンジンとかはありましたけど、読めない本ばかりでしたし、無理して行くようなところでもなかったですよ? モンスターがいるわけでもなかったですし」
「モンスターを倒すことだけが騎士団の仕事ではないんだぞ……もう今度からはエリゼのことは放っておく。あいつが幸せになろうが不幸になろうが、私の人生にそれほど影響はない」
それは結構影響があるのではないかとラシアは思う。だが未だに元気の出ないパルサーは置いておき、隣のフウコウへ話を聞く。
こちらは割といつもどおりで、今日の午後から騎士団と聖騎士によるローウェンテニア宝物庫の調査があり、フウコウもついてくるよう言われたとのことだ。
「何かにゃー。ボスモンスター名鑑があるかもしれないから、お前もついてこいって話になったにゃー」
「そうか。現物を知っている人、少ないですもんね」
「そういうことにゃー。てかそれならラシアでも良いと思うにゃ! ワッチと代われにゃ!」
「嫌ですよ! 何が悲しくて知らない騎士や聖騎士とパーティーを組んで行かないといけないんですか。行きませんよ」
このままここにいたら強制的に連れて行かれそうなので、ラシアは慌てて別の場所へ移動する。
次は部屋の隅で、知らないボードゲームをしているリレッサとティーガーのところだ。ぱっと見た感じは本当にチェスに近いが、ラシアの知らないゲームだ。
リレッサがもの凄く集中して盤面を見ているので、ラシアはティーガーの方へ話しかける。
「おはようございます。なんですけど……それは?」
「おはようさん。なんかな、ナットンがこの都市は娯楽が少ないから、こんな感じのボードゲームを作って売ったらボロ儲けできるんちゃうかと思って、故郷の街にあった物を模倣して作ったらしい。それを遊ばせてもらっとる感じやな」
「へー……というかナットンは何をやってるんだ」
「ちなみに今は二戦目やな。一戦目はウチが勝ったんやで。凄いやろって言っても、姫様もウチも素人やからな~」
「おお、凄い。姫様って何でもできるイメージがあるので、できないことなんてないと思ってましたが、そうでもないんですね」
ラシアの声に反応するように、リレッサがようやく駒を動かした。
「ラシアもそうですが、私のことを神童などと呼ぶ人もいます。ですが……私は所詮、人の子ですよ。さて、ティーガー。これでどうですか?」
「……ぐぁ! もう何処に置いてもあかんやんけ! ま、参りました」
「やった! やった! 勝った勝った!」
ティーガーが頭を抱えた後に負けを宣言すると、リレッサは立ち上がって小さくジャンプしながら喜んだ。その姿を見ると、本当に年相応の女の子という感じだった。
「ふふっ、ティーガー。これでお互いに一勝一敗ですね。次の勝負で決めませんか?」
「ええで。姫様のそういうところ好きやわー。ちゅうわけで、ちょっと本気で戦ってくるから、ラシはその辺でご飯食べといて」
「ラシア、すみません。ティーガーが想像以上に強敵なので」
「いえ。全然……いいんですけど、ボードゲームで戦うとか強敵はそんなに使わない言葉では? 二人とも今日やり始めたんですよね?」
ラシアの呟きは、もう二人には聞こえていないようだ。コイントスの結果、ティーガーが先攻となりゲームが始まった。
何かこう、明らかに近寄ってはいけない雰囲気が出ている。ラシアは諦めて色物のナットンとコアラキングの近くへ避難した。ちょうど昼食もできたので、おやっさんから受け取って近くに座る。
「友よ。先ほどの会話が聞こえていたので補足しておきますが、神童も紅虎も初見ですでに私より強いので、あしからず」
「まあ……あの二人だから、そんな気はしてた。ナットンは本を読んでるけど、二人と戦わないの?」
「私はゲームに勝つのが好きなので、負ける戦いはしません。気分良く結果を楽しみたいので」
「安心した。お前はちゃんとナットンだよ。それで? その持って帰ってきた本って読めるの?」
ボルトルデで使われていた文字の、さらに古い形式らしく、ナットンには読めるとのことだ。ただ内容はあまり良いものではなく、召喚に関する魔法が載っているらしい。
この世界では簡単に解読できるものではない。だが、どの本に何が書かれているか分からないため、ギルドへ提出した本も回収した方が良いとのことだ。
「ただ、これをやるには色々と無理があるのでな。並の人間では、一体を呼び出すだけで限界であろう。我が使う召喚にも似ているが……その系統の魔法の劣化版といったところであろう」
「え? コアラキングはそれ読めるの? というかコアラキングって種族名だから、何て呼んだらいいんだ? 人を人間って呼ぶようなものだろうし」
「いや、読めん。新しくできた友、ナットンに教えてもらってやっとというところだ。今は図を見ているところだな。名はその者を表すであろうが、どんな名であれ我の価値は変わらぬからな。好きに呼ぶがいい」
今日は王冠もマントも身につけていないので、普通のコアラが椅子に座っているだけなのだが……何か本当に王様だなとラシアは思う。
そして毎回「コアラキング」や「コアラの王様」と呼ぶのもあれなので、安直に「キング」と呼ぶことにした。
「うむ。呼びやすくて良い名ではないか。感謝する。では、これより我はキングと名乗ろう!」
コアラキングの名前も決まったので、ラシアは昼食を食べながら本の内容を詳しく尋ねる。魔法というより机上の理論で、自分達が住む世界とは別の世界が存在し、そこへ繋げる方法について書かれているとのことだ。
ただ、先ほどキングが言ったとおり、何をするにしても色々と足りないといった感じだ。神様でもいなければ実現できないほどの話なので、ナットンとしては大丈夫じゃね? という感じだった。
「話だけ聞くと大丈夫そうだけど……キング的には駄目なの?」
「完成形を知っているだけでも違うということだ。我もそこまで長生きしているわけではないが……車輪で例えれば分かりやすかろう。今なら何処にでもあるが、人が生まれてから車輪が生まれるまで、どれだけの年月がかかったのであろうな」
「なるほど……できないかもしれないけど、形だけ知っていれば何処かで完成させられるかもってことか」
「うむ。人の技術や魔法が進み、その先も良い方向にだけ進むとは考えない方が良いという話だ」
元の世界でもそういう感じのことはあった。冒険者ギルドへ提出した本は一度回収し、ナットンに解析してもらおうと考えていると、外から幾つもの足音が近づいてきた。
デゴットを先頭にロディーが続き、アトラス、ヘッジ、ラオメ、レクトアもいる。食事会でも見た上位勢が勢揃いし、合計で二十人近くいた。
「……おやっさんもとうとう捕まる日が来たのか」
冗談でぼそっと言ったのだが、聞こえていたらしい。以前+10まで鍛えた包丁が飛んできて、テーブルへ突き刺さった。
「ラシアも起きているか! 猫怪人もちゃんといるな。というわけでパルサー、ティーガー。さっさとローウェンテニアへ向かうぞ」
パルサーは何とか立ち上がるが……ティーガーは絶賛勝負中だ。
「マジか!? かなりええ感じやのに!」
「ティーガー。流石にゲームと仕事を混ぜては駄目ですよ。私はいつでもいますからね」
「ええこと言うてるように聞こえるけど! 今はウチが勝ってるからな!」
「最後に勝てば良いのです。それも一つの戦略です」
みたいな話が聞こえてくる中、フウコウが怯えながらデゴットに質問する。
「あのー……デゴット様。どうしてワッチの二つ名が猫怪人だと知っているのでしょうかにゃ?」
「ん? 俺はお前の二つ名なんてそれしか知らんし、ティーガーから聞いたぞ」
フウコウはデゴットに礼を言ってからティーガー達へ近づき、ボードゲームをひっくり返して文句を言った。
「猫怪人! 何すんねん!」
「遊びは終わりにゃ! さっさと行くにゃ!」
「フウコウ。よくやりました!」
そんなことを言っている間に、ラシアはお兄さんお姉さんズやロディーと挨拶を交わした。ティーガーから話を聞いてしまったので、どうしてもロディーの顔を見てしまう。
ただ、それでティーガーやロディーに対する態度が変わるわけでもないので、見るのをやめた。
「……ロディー、顔色が悪くないですか?」
「あー、姫様が行くので私も同行するのですが……ローウェンテニアに行くと、鎧なんかを見て騎士達の生前の姿を思い出すのがトラウマで……ラシア隊長は大丈夫でしたか?」
ラシアにはそんな思い出がないうえ、モンスターには問答無用だったので、どう答えるか困っているとキングに笑われた。
「ローウェンテニアの死神が、そんなことを気にすることはあるまい。ラシアからすれば敵=死だ。過去の味方は今日の死だ」
「流石は隊長……本当に流石ですね」
そしてデゴットが代表してキングへ挨拶し、いよいよ出発となったところで、ラシアは顔触れがおかしいことに気づいた。リレッサだけでなく、キングまでいるのだ。
疑問を口にすると、リレッサは里帰りを兼ねて現状を確認するために同行するとのことだった。キングは、困った時には手を貸すとフウコウに約束しており、その護衛として同行するとのことだ。
「そこまで高難易度のダンジョンでしたっけ? ローウェンテニアって……それは良いですけど、私も行った方がいいですか?」
そうデゴットに尋ねたが、返ってきたのは「別の用事がある」との答えだった。詳しく聞くと、昨日行った鉱山ダンジョンの地下遺跡に冒険者が取り残されているため、もう一度大穴を開けてほしいとのことだ。
そう言われて、ラシアは昨日のことを思い出す。あそこでは白紙のスクロールが使えず、帰還するには帰還石が必要だ。だが、あのレベルの冒険者なら帰還石の存在を知らないだろう。
限界まで調べた後に白紙のスクロールで帰ろうとして失敗し、そのままダンジョンがリセットされて閉じ込められたのだ。
「……結構大事なのに、なぜ真っ先に言わないんですか!?」
「死ぬわけではないから、多少は痛い目を見ないと人は学ばないからな!」
「てか、ギルドも呼びに来ればいいのに!」
「初心者や初級者ばかりが利用する冒険者ギルドが、Xランクを呼びに行くなんてなかなかできるものではないぞ。それにラシアの場合は、色々とやらかしているからな」
ラシアがぱぱっと準備をしていると、ティーガーも行くと言い出し、リレッサに頬をつねられた。
「駄目です。行かせません。貴方はこちらです」
「何でや! ウチかて当事者やで! 行く必要あるで!」
「駄目です。フウコウがやらかしそうになった時、止める役が必要なので貴女はこちらです」
「姫様が失礼すぎるにゃ! 何もしないにゃ!」
「そんな正論言われたら反論できひんやんけ!」
「何処が正論にゃ!」
そして全員で冒険者ギルドへ向かう。リレッサ達はローウェンテニアへ、ラシアは受付へ向かった。
受付へ行くと、いつもの受付嬢に本当に喜ばれた。ラシアはすぐに鉱山ダンジョンへ向かい、再び地下遺跡へ続く大穴をぶち開けた。
穴を開けたらすぐ戻ってきて大丈夫と言われていたので、同行していた者達に本気でビビられながら、ラシアはギルドへ戻って報告した。さらに解析へ回すため、提出していた本を全て返却してもらい宿へ戻った。
ちなみに本は一冊も欠けていなかったので、ラシアは少しほっとした。