王都にある王城は主こそ不在だが、カオスドラゴンの襲撃で受けた傷の殆どが修復され、壮大で美しい姿を取り戻しつつあった。
しかし、その姿に似つかわしくないほど、中では揉めに揉めていた。
理由は簡単だ。新たな国王が決まらない上に、隣国を制圧した天使達とダンジョン内で戦闘があり、事故とはいえ妖精の女王フェリスロステを召喚して国内へ連れ込んだからだ。
ここまではまだいい。天使はいずれ戦闘になると分かっている敵だ。反対する者も多いが、妖精とは戦わない方針に決まった。
一度決めた方針は、余程のことがない限り覆ることはない。
では、何を巡って揉めているのか。それはローウェンテニアの王女がこの世界に、それもルインエルデにいるということだ。
話し合いに参加している宰相達は、そのことを全く知らなかった。知っているのはデルパロア大公と騎士団長のデゴット。そして元家臣であり、現聖騎士長のロディーだけだ。
「どうしてそのような重要なことを黙っていた!」
そんなもの、デゴットからすれば噂の姫君とラシア・ラ・シーラに敵対せず、恩を売るためだ。あれだけの強さを持っている者と敵対しても何の得にもならない。ラシア自身がこの件に無関心でも、敵対しない関係を保てるだけでこちらには十分なメリットがある。
そんなことも分からない奴へどう説明したものかと考えていると、意外なところから助け船が来た。
「先に言っておく。現場に出て騎士や聖騎士の仕事をしているデゴットやロディーでさえ気づけたのだ。城にいて調べる機会はいくらでもあったのに気づけなかった貴様が無能だ。阿呆め」
顔を赤くして息を切らしながら、宰相は反論する。
「ならばお前が我々に伝えればよかろう! こちらの怠慢は認めよう。だが! 知った情報を共有するのも重要なことだぞ! デルパロア!」
「ルインエルデの子供ですら姫様と呼び、知っていることだぞ? 我々も暇ではない。この国の中枢にいる人間がお前程度まで落ちたら、この国も終わりだと思っておけ」
さらに顔を赤くした宰相は、気分を切り替えるために、自分の前に置かれた飲み物を口にした。
すると……泡を吹いて目をひっくり返し、そのまま絶命した。
誰もがその光景に息を呑んでいると、デルパロア大公は立ち上がり、残った者達へ声をかけた。
「お前達は覚えていないかもしれないが……父が殺され、私が大公の座を継いだ時に言っただろう? 無能は殺すと。あの時笑っていた者達は、何人生き残っているのだろうな」
皆が言葉を失って下を向いている中、ロディーは立ち上がってデルパロア大公の胸ぐらを掴んだ。
「お前はいつまでこんなことすんねん!」
大公が「それが分かれば苦労しない」と返すと、ロディーの平手打ちがその頬へ直撃した。歯が何本か折れ、大公はそのまま吹き飛んだ。
ロディーはそのまま何処かへ行ってしまい、デゴットは吹き飛ばされた大公に回復薬を渡してから立ち上がらせた。
「まだ会議は終わっていないのだがな」
「まー、ロディーの気持ちも分かるわな」
大公が毒殺した宰相の遺体は部下に処理させ、話は続く。
今でこそましになったが……この国の中枢にいる人間にとって、死は冒険者達よりも身近にある。無能であれば死に、有能なら生き残る。そんな場所だ。
だから宰相が一人いなくなったところで、大した問題ではないのだ。
そんな空気の中で話し合いは進み、天使達への警戒度を数段上げることになった。また国王はいないが、王城へフェリスロステを招き、一度話し合いをする方向で決まった。
「笑い話に聞こえるかもしれないが、コアラの王様はどうする?」
「無関係とは言い難いな。本人がよければ連れてくればいいだろう。ダンジョンへ戻るにしろ、こちらに残るにしろ話は聞きたい」
そこまでは揉めることなく決まったのだが……やはり揉めるのはリレッサ・ロード・ローウェンテニア王女のことだ。
この国の新しい王になってもらった方がいい。もしくは次期国王の花嫁になってもらった方がいい。この国はこの国、ローウェンテニアはローウェンテニアなのだから関係ない。そう主張する者もいる。
また、その騎士であるラシアのこともある。変に敵対関係になるくらいなら、現状維持が一番良いという意見もあり、本当に決まらないのだ。
「迂闊に刺激して敵対するのだけは避けたいところだが……全員の意見に納得できる分、タチが悪い話か。無能であれば放置でいいが……武力、知力ともに優れているからな」
「敵対するのだけは避けたいって、お前が言う台詞ではないと皆が思っているぞ」
「話をややこしくしたのはエリゼだからな」
「お前は本当にいい性格してるな。それで? エリゼ嬢やエンブレント家の令嬢の処罰はどうする? 責任とまでは言えないが……あれらのせいで天使やカオスドラゴンが出てきたんだぞ」
「狩猟祭を開いた国王のせいだとも言えるがな。まあ、花壇に埋められた程度で許されようとは思わん。だからこの際だ。言っておく。エリゼやエンブレント家の令嬢が気に入らないというなら殺せ。デルパロア家は一向に構わん」
そう言われても、今から殺しに行ってきますなどと誰が言えるのだろう。全員が大きくため息をついた。
ある程度話がまとまったところで、一人の貴族が質問する。先ほど大公が殺した宰相のことだ。
死んでしまったものは仕方がないが、あの宰相は無能というほどではなかった。あれで無能なら、自分の方が先に殺されているのではないかという話だ。
「ああ、それか。今から話そうと思っていたが、あまりいい話ではないな」
「俺はお前がいい話をしたところを聞いたことはないが?」
「する必要がないからな」
大公が笑って手を叩くと、何処からともなく配下の者が現れ、大公の前に二冊の本を置いた。
デゴットはその本自体に見覚えがあったわけではない。だが、同じ特徴を持つ物を知っていたため、思わず変な声が出た。
「おい……大公。これはあれか?」
そこには二冊のボスモンスター名鑑があった。
「ああ。ガロニアにも確認させたが、これがボスモンスター名鑑だそうだ」
「何処にあった?」
見つかったボスモンスター名鑑は全部で三冊だった。目の前の一冊は錬金術ギルドの倉庫に眠っていた物で、もう一冊は親子何代にもわたって冒険者を続けてきた家が所有していた物だ。そして残る一冊は、大公家の倉庫から見つかったとのことだ。
ガロニアの記憶を読み取ってその形を転写させ、言い値で買うと触れ回ったところ、目の前の二冊はどちらも使い方の分からない物として倉庫に眠っていたそうだ。
錬金術ギルドが五億セルで、冒険者の方が六千万セルで大公に売ったとのことだ。
「……錬金術ギルドの規制を強化しとくか?」
「構わん。私は欲しい物などないからな。たまには金を使わないとな」
「まあいいか……で? 三冊あったんだろ? 試しに使ったのか?」
「だったら良かったんだがな。そこで先ほどの話につながる」
その場にいた全員が、酷く嫌な予感を覚える中、大公は言った。
奪われた、と……。
その強奪を手引きした者が……先ほどの宰相だ。宰相は何処からともなく情報を仕入れ、ボスモンスター名鑑が王都へ運び込まれるところを狙わせた。
「はぁ!? …………それで? 何処に行ったのかは分かるのか?」
「普通に考えて、天使の国だろうな。スパイの数も少しずつ減ってはいるが、何か情報があればすぐに入ってこよう」
妖精の女王やリレッサより、そちらの方が重要な話だろうと全員が思い、頭が痛くなる。だが、本当にこういう奴だから仕方がないと皆の心が一つになり、諦める。
「しばらくはこちらから動けないといったところでしょうな。まずは妖精の女王と獣の王との話し合い。天使達を倒すのに協力してくれれば良いが……」
「話だけ聞けば、それだけの強さを持っているのであれば、こちらと敵対せず中立でいてくれるだけでもありがたい。だが、この国のことを他の王に頼るというのもおかしな話ではある。時と場合によるが……」
ある程度の話が決まっていく中、デゴットは大公に質問を投げる。この二冊のボスモンスター名鑑をどうするのかということだ。
これに関しては大公も考えているようで、一冊は厳重に保管し、もう一冊は実験として使ってみるとのことだ。
「と言っても、二冊とも試してみたいがな」
絶対に開かない扉の奥で召喚すれば、そのまま封印できるのか。奴隷を使って海へ沈め、そこで召喚させたらどうなるのか。そういった実験だ。
数が多ければ様々なことを試せるが……無駄にできるのは一冊のみ。他に持っている者もいるかもしれないが、現状は手元にある二冊だけなのだ。
だから有効に使える方法を考えなければならないという話だ。
「ただ、無駄にできる一冊は、召喚した後も同じボスモンスターがダンジョンにいるのかを調べるために使うことになるだろうな。召喚されたものがダンジョンの個体とは別物だった場合は厄介だからな」
「ダンジョンはボス不在だとどうなるんだろうな? というか天使が奪ったのなら、ゼレストニアとかいうのを召喚するだろう? ゼレストニアが現れてから天城ダンジョンの調査へ行けばいいんじゃないのか?」
「それもそうか。だが、そうなるとまたローウェンテニアの死神様に頼むことになるぞ?」
「そうなんだよなー。あいつも誰かと一緒で欲しい物がないからな……物では釣れんし頼みにくい。金持ちだしな……というかもう、あいつが騎士団長になってくれ」
「では、お前が騎士団を引退して国王になるか?」
「なるか! それも問題だけどな……いつまで国王不在の国になるのか」
そのことについては、その場にいた者達も同じように考えていたが……大公だけは少し意見が違う。
確かに国王というのは国の顔だ。だが……いなくても国は回る。国王がいないからといって、国が動かないわけではない。
ルインエルデのように選挙を行い、国王とは異なる形で国を代表する立場を作ればいいと大公は思う。時代は流れているのだ。一つの血筋だけが国を作っていく時代ではない。
ただ、そんなことを言おうものなら、まとまりかけている話がまたややこしい方向へ向かうので、言いはしないが……。
そしてこの日から数日後、妖精の女王フェリスロステと獣の王キング、そしてローウェンテニアの王女リレッサが王城へ招かれ、それぞれとの意見交換の場が設けられる事になった。
ここでこの章は終わりで次回から新章になります。