ドッペルゲンガーは最弱でも最強でもあるモンスターだ。どこのダンジョンにも現れて……プレイヤーと同じ姿になる。
特徴は、そのダンジョンにいる者に化けること。なぜかは不明だが、すでにプレイヤーに化けた別のドッペルゲンガーがいると、それに好んで変身する。
ラシアも巻き込まれたことがある。重課金者にドッペルゲンガーが化けてしまい、大変なことになったのは良い思い出だ。
それはゲームの世界の話だが、こちらの世界でもそれほど変わっていないのなら、このドッペルゲンガーは、メンバーの中から一人をランダムに選んで変身する。
最悪なのはラシアに変身することだ。それ以外ならラシアが倒せるが……ラシアVSラシアになると、手加減しなくて良い分モンスターの方が強いはずだ。
「パルサーさんは前に、ドッペルゲンガーが出たら倒しに行くと言ってましたよね?」
「ああ。私は人とモンスターの見分けがつくからな。冒険者に化けていることが多いから倒せるが……今回はほぼ全員が実力者だ。誰に化けられてもきついな。ただこれだけの人数がいる。よほど運が悪くないとラシアにはならないだろう」
「レアアイテムって言うから期待したのに、ろくなアイテムじゃないにゃ!」
少し間があったあと……全員が同じタイミングでフウコウを見た。
「にゃんで……おみゃーら、わっちを見るにゃ?」
たぶん全員の心が一つになった。こちらにはフウコウがいると。
皆がドッペルゲンガーの方を向くと……今のドッペルゲンガーには目がないはずなのに、ラシアと目が合った。
そしてドッペルゲンガーはゆっくりと形を変えた。
体は美しい曲線を描き、頭からは少しくせのある髪が腰辺りまで伸び始める。体を守るように影が集まり始め、鎧となった。
そして……影に手を入れて引き抜くと、白金のハンマーではなく、黒金に光る大きなハンマーを手に取った。
顔や鎧の形はラシアと同じだが、髪は白く肌は褐色で、鎧は聖より闇を思わせる。そして黒金のハンマーを持ったラシアがそこにはいた。
メンバーは白髪のラシアだ! と盛り上がるが、ラシアはパッと見た感じ褐色肌なのでギャルっぽいと思う。だが……そんなことを言っている余裕はない。
ラシアの知るドッペルゲンガーとは違うからだ。ドッペルゲンガーは本人とそっくりになるが、目の前のこいつにはラシアとの明らかな違いがある。
ゲームでもラシアは出会ったことがないが……ドッペルゲンガーの進化形に、ドッペルマンというモンスターがいる。
目の前にいるこいつは、たぶんそれだ。ドッペルマンとドッペルゲンガーの戦闘能力に大きな違いはない。だが……設定では見た目はもちろんアイテムも心もコピーするため、プレイヤーと同じ扱いになるとのことだ。
PVP可能なエリアなら攻撃できるが、普通のダンジョンではドッペルマンはプレイヤーと同じ扱いになるので攻撃できない。同じ理由で、ドッペルマンもプレイヤーに攻撃してこないという話だ。
そのため何処に現れたとか何処で倒された等は本当に分からない。噂では運営の設定ミスという話が出ているが、その辺も謎だ。
目の前のこいつもどうして色違いのラシアになっているのも不明。
「ラシア……こいつは本当にドッペルゲンガーか? お前の妹か姉とか言わないよな?」
「だったら良いですけど、もしかしたら負けるかもしれないので、戦闘が始まったら屋敷のダンジョンから出るぐらいの勢いで逃げてもらえますか? 帰還石でも可」
「……さすがにお前を置いては帰れないからな。屋敷のダンジョンの入り口まで下がることにする」
ラシアが「ありがとうございます」と礼を言うと、目の前の黒ラシアは体の感触を確かめるように手を開いたり握ったりしたあと、戦闘態勢に入った。
「ムーンライトコンタクト」
声まで一緒かとラシアは思うが、ため息すらついている余裕はない。ラシアもすぐにムーンライトコンタクトを使用し、条件を同じにする。
そして黒ラシアが先制で黒いプラティディオンハンマーを振り上げ、襲いかかってきた。ラシアはその攻撃を相殺するように、白いハンマーを叩きつける。
その衝撃は凄まじく、近くにいたパルサーとフウコウは簡単に吹き飛ばされ、家具なんかも簡単に消滅した。
「パルサーさん。ラシアさん大丈夫そう?」
ノアは心配するが、戦っている二人との実力差がありすぎるので、パルサーにもどちらが優勢なのか分からない。
ドゴン! ドゴン! 凄まじい音と衝撃波が発生する度に、建物は削れて消えていく。
もうこの時点でパルサー達がラシアに近づくことは不可能なので、屋敷のダンジョンの入り口まで撤退することになる。本来なら帰還石を使って撤退するのが一番安全なのだが……今のパルサーには、ラシアを置いて帰るという選択肢はなかった。
部屋が崩れ、建物全体が揺れている中、パルサー達は運悪くこの屋敷の主であり、ボスモンスターでもあるヴァンパイヤロードと出くわした。
「……倒せなくはないが、さすがに鬱陶しい。総員、戦闘態勢に入り速やかに排除するぞ!」
「なんでこんなことになったにゃ!? 真面目にわっちのせいのような気がしてならないにゃ!」
「ま、間違いなくフウコウさんのせいじゃないかな!? なんでベル鳴らしたの!?」
「ちゃんと説明しなかったラシアが悪いとは言わにゃいけども! こう、本能的に音が出る物を持ったら鳴らしたくなるにゃ!」
「やったことの責を問うつもりはないが、真面目に戦ってくれ!」
そしてヴァンパイヤロードは、十数体の巨人より大きなコウモリを召喚する。このモンスターはブラッドバットと呼ばれ、モンスターというよりはヴァンパイヤロードが血によって作り出したものだ。
強さはレベルで考えても50あるかないかぐらいになるが……気をつけるのは、全ての攻撃に吸血効果があることだ。攻撃を食らえば、ヴァンパイヤロードのHPが回復する。
そのため適正レベルで戦うと、かなりの長丁場になったりもする。
ただパルサー達は適正レベルより上なので、よほどのことがない限り負けることはない。
皆が構えを取り、攻撃しようとしたタイミングで……十数体いたブラッドバットは、黒い光に巻き込まれて蒸発した。
それに少し遅れて、ラシアが吹き飛ばされて膝を突く。
(きっつ……まぁ、そりゃ見た目以外全て同じなら……加減しなくていい分、向こうの方が強いか……)
これは戦う前にラシアが言った通りで、周りのことを考えながら戦うラシアと、周りを気にせず戦える黒ラシアなら、圧倒的に黒ラシアの方が強い。
その影響は装備にも現れ、今まで傷一つつくことがなかった聖銀鋼の鎧にヒビが入り、欠けているほどだ。
そんなラシアを見て、パルサーはタイミングを見計らって話しかける。
「大丈夫そうか?」
「正直、相当きついですね……パルサーさん達は大変なことになる前に撤退した方が良いかも」
パルサーが返事をする前に黒ラシアが殴りかかってきたので、ラシアはハンマーをぶつけて相殺する。するとまた凄まじい衝撃波が発生し、簡単にパルサーを吹き飛ばした。
「パルサーさん、だ、大丈夫!?」
ノアに心配され、パルサーは大丈夫だと言って立ち上がる。ここにいてもラシアの足手まといになるのは分かっていたが……撤退するタイミングを間違えたのは確実だった。
まだいるヴァンパイヤロードを放置して帰還することはできないからだ。
だったらどうするか? 即座にヴァンパイヤロードを倒すしかないのだが……ヴァンパイヤロードもこのダンジョンの主であるモンスターだ。簡単に倒させてくれるわけがない。
ヴァンパイヤロードの目が赤く怪しく輝き始める。
そして一度目をつぶったあと、真っ赤な光がラシアも黒ラシアも、パルサー達も飲み込んだ。
使われた技はミッドナイトカオスという魔法だ。盛大な名前がついてはいるが、パーティーメンバー全員を混乱状態にする魔法だ。
もちろんヴァンパイヤロードが使ってくるのはパルサー達も知っているので、全員が混乱無効のアクセサリーを装備している。
光が収まり、パルサーが辺りを確認する。誰も混乱にはかかっていないように見えたが……ラシアと黒ラシアは同じように膝を突き、一歩も動かなくなっていた。
目の前にヴァンパイヤロードがいるが、それを無視して皆がラシアを心配する。
「ラ、ラシア。大丈夫か?」
「……ラシアさん大丈夫?」
「めっちゃ嫌な予感がするにゃ……」
その声に反応するように、ラシアは「大丈夫だ」と言ってゆっくりと立ち上がる。
パルサーは今の魔法で自分の耳までおかしくなったのかと思うが……「大丈夫だ」と聞こえた声が二つあった。
「ヴァンパイヤロード! 私達が相手だ!」
ラシアの金に近い紅い髪は凄まじい魔力の奔流によって巻き上げられ、欠けた鎧もまた、命の輝きを見せるかのように光り始める。
ラシアの今の状態は混乱だ。
どうして混乱無効のアクセサリーを装備していたにもかかわらず混乱したのかは……簡単だ。
ラシアの鎧は、この世界では妖精のポーチでしか手に入らないほどの凄まじい性能を持つ課金装備だ。その鎧すら欠け、ヒビが入るほどの激闘だったのだ。
その辺に売っているアクセサリーが壊れないはずはない。
だからラシアは混乱にかかってしまった。
「総員! 即座に屋敷のダンジョンから出ろ! ヴァンパイヤロードは無視して構わない!」
混乱したラシアを知っている者達は本気で逃げる。その恐ろしさを知らない者達に説明している時間ももったいないため、背を押すようにして一緒に走らせた。だがノアだけは、ラシアの言葉を思い出した。
「あれ? ラシアさん、さっき私達って言わなかった?」
それはパルサーもフウコウも気になり、一旦足を止めてラシアの方を向く。
すると黒ラシアもゆっくりと立ち上がり、ラシアと同じように凄まじい魔力で近くの木片や小石を巻き上げていた。
「あれ? ドッペルゲンガーも混乱してない?」
「しているな……」
「これどうなるんにゃ?」
三人が少し足を止めて観察していると、まるで本物のラシアがもう一人いるかのように、黒ラシアは話し始めた。
「いくらこの体が偽物でも、ここにあるロマンの心、いや正義の心は私の物だ! 吸血鬼の王よ! お相手願おう! ゆくぞ兄弟!」
「応!」
ドッペルマンはコピーした者と全てがそっくりになる。だから……混乱にもかかり、こうなる。
ノア、パルサー、フウコウは何も言わずに回れ右をして、本気で駆け出した