本日のラシアは……宿の二階を吹っ飛ばしたので、掃除と片付けの手伝いだ。前から気になっていた魔導工法での修理が見られるので、少し嬉しいのは内緒だ。
ちなみに昨夜は宿として使えなかった。他の宿がいくつか良い感じに空いていたので、全員が別の所に泊まった感じだ。
ティアなどは他の宿に泊まったことがないので、嬉しそうにしていた。
だいたいの片付けが終わった頃、久しぶりにおやっさんの弟さんを見かけたら「また壊したんですか?」と言われてしまった。
修理代を払うのはラシアだが、魔法を使って家を建てたりする人と仲が良いのは弟さんの方だ。話をそちらに通してもらった方が、色々と早いらしい。
ちなみにラシアがいない時にはちょくちょく来ているらしい。おやっさんもセレットと再婚し、仕事も忙しいので、放っておいても問題ないだろうと思っていたとのことだ。
「へぇー。そんなに忙しかったんですか?」
「市長から、都市の方でお金を出すから病院を大きくしないかという話がありまして。了承したら、他の町医者が集まるような大きな病院になってしまって、とても忙しく……」
「な、なるほど……」
いつの間にかこの都市にも大きな病院ができていた。医者が忙しいのは何処の国でも同じかと思いながら片付けを続けていると、ようやく作業が終わった。すると弟さんと一緒に来た職人さん達が、色々と計測して修理を始める。
その作業をラシアが見ていると、フェリスロステとその護衛兼監視役のラオメとレクトアがやってきた。
「武具に特殊能力がある物は知っていたが……空から大岩を落とす物もあるのだな」
「違う物もありますけど、モンスターが持っている物ほどそういう武器は多いですね。ラオメさんのそのヴァルキリーシールドも+10でなんか発生したはずですし、デゴットさんのトライデントも+1ごとに雷が落ちる確率が上がったはず」
「そういう話を聞くと……強化したくなるが、壊れるとどうしようもないから難しいな」
「+10ヴァルキリーシールドを目指しましょう。ロマンですよ、ロマン」
「はっはっはー。私は現実主義だからな」
ラオメとそんな話をしていると、レクトアから相談というかお願いというか、依頼を受けた。それは難しいことではなく、フェリスロステが奴隷を連れて国に帰るので、それに同行してほしいというものだった。
「もう帰るのかと思ったけど……フェリスロステって女王様だし、それはそうか」
ラシアの呟きにフェリスロステが答えた。
「はい。元々は急に呼ばれた身ですからね。そろそろ戻っておこうかと。この国から各国に話が行っているはずなので、あの都は本格的に妖精の国になりますからね」
なるほどと納得しながら、ラシアはフェリスロステと魔導工法で修復されていく宿を見ている。壁は魔法によって土が生き物のように地面から動き出し、目的の場所まで来ると圧縮されて壁になる。
柱の補修では、運ばれてきた材木に魔法をかける。すると材木が生き物のように動き、立っている柱へ絡みついて強度を高めていく。
「ああいうのも元は破壊の力?」
「そうですよ。少し方向は変わりますが、生き物に魔法をかけた種を打ち込み、内部から急速に成長させて破壊する魔法の応用ですね。石や木などは魔力を流しやすいので、木材に加工されてもあのようなことができるのです」
「なるほど……いつ戻るの?」
深淵のダンジョンのこともあるので、その辺も相談したかったと思っていると、フェリスロステに先手を取られてしまった。
確証はないが、深淵のダンジョンに人が入るためにどれだけの魔石が必要か簡単に計算したところ、前に使ったような巨大な魔石が四つもあれば良いとのことだ。
それだけあれば一人でも多人数でも入れるとのことだ。ただし帰る時にはポータルが塞がっているので、帰還石か別のポータルで帰らなければいけないとのことだった。
「じゃあ、あの大きな魔石が四つ集まったら呼びに行く感じでいい?」
「それで問題ありません。と言っても、この街の場所は覚えましたので、一度は帰りますがいつでも来られます。来た時に声をかけてもらっても構いませんよ」
「やろうと思えばいつでも攻め込めるのは怖すぎる……」
「それはそうでしょう。全ての人間が悪とは思いませんが、全ての人間が善とも言えません。こちらもやられたらやり返すぐらいの気概はありますからね。奥の手ぐらいは作っておきますよ」
「そう考えたら……ゲートポータルって怖すぎる魔法だ。場所さえ知っていたら相手の拠点に兵を送れるんだから……」
「便利だからと言って、迂闊に使うのは避けた方が良いという教訓でしょう」
キングも一緒に帰るのかと尋ねたが、こちらで色々と売ったりするのが楽しいらしいので残るそうだ。
そんな話をしている間に宿の修理が終わり、ラシアもおやっさんに許してもらえたので、フェリスロステの帰還に同行することになった。
フェリスロステがゲートポータルを開き、ラオメとレクトアと共に王城へ渡る。この日に帰ることはあらかじめ決められていたようで、百人近い奴隷や移住希望者が準備を整えていた。
その人達について詳しく聞くと、犯罪を犯した者は特にいなかった。親から不当に売られた者や借金を肩代わりして返せなくなった者、奴隷ではなく天使の国から流れてきた者や新天地で生きていきたいという者ばかりだった。
ただ、国王が妖精ということもあり、人々の表情には怯えや恐れが浮かんでいた。こればかりは仕方ないと思うし、奴隷以外は嫌なら行かなければ良いのだ。
「国の人材は流れてしまうが……流石に犯罪者の奴隷を友好国に渡せはしないからな」
「確かに。パッと見た感じ、奴隷って言っても普通の人と変わりませんしね」
「まぁな。犯罪を犯していないなら普通の人と変わらないからな。ただ、天使の国の方で少し動きがあったようだから……冒険者の多くは流れてくるだろうな」
その辺も本当にどうなるんだろうなーとラシアは思う。だが天使が碌でもない連中というのは分かり切っているので、喧嘩を売ってきたらやり返すだけの話だ。
そして全員の準備ができたので、フェリスロステが巨大なポータルを開き、妖精の国へ移動した。
ラシアもラオメもレクトアも久しぶりの妖精の国だが……前に来た時よりも少し雰囲気が変わっていた。
なんというか全体的に緑が多くなっている。人が住んでいるであろう建物は手入れされているので大丈夫なのだが、そうでない建物は蔦や葉に覆われている感じだ。
「……どうしてこうなった?」
ラシアの呟きに、フェリスロステは笑いながら答えた。それは魔法による作物の成長促進などを試した結果の副産物とのことだ。
「私達妖精はそこまで食料を必要としませんが、人は別ですからね。魔法を使ってこの国で植物などを育て、他の国に販売しようかと考えている所です」
なるほどとラシアが納得していると、この街で市長のようなことをやっている男性が現れた。フェリスロステに挨拶をしたあと、ここに来た人達を連れて街の案内へ行った。
これでラオメ、レクトア、ラシアの仕事は終わったのだが、フェリスロステから話があると言われ、ラシアは城へ行くことになった。
ラオメとレクトアは、この国の人達がどう過ごしているのか気になるとのことで、許可をもらって調査へ向かった。
生きた木で形作られた城の中をラシアは歩く。前に来た時よりも城が育っているので……城の中なのに森にいるような感じだ。
その辺に小さなトカゲがいたり、虫が飛んでいたりする。
「これ……人を招いたりするの無理なんじゃ? めっちゃ偏見だけど、貴族とか虫嫌いそう」
「来たくなければ来なければいいんですよ。こちらから協力が欲しいなら私が行きますから、問題ありません」
フェリスロステがいなくなったら、この辺は森に還るのだろうなーとラシアは思う。
そして幾人かの妖精達とすれ違って挨拶を交わし、ラシアはようやく玉座へたどり着いた。
「それで? 話とは?」
「そうですね。一つ面白いことがあったので、貴女に伝えておこうと思いまして」
それは本当に興味深い話で、こちらの世界で新しく生まれた妖精は、人にも負けるほど弱かったとのことだ。
「えっ? マジで?」
「はい。本当のことです。保有魔力も力も、全てがかなり低いです。まるで赤子のようですよ。妖精に赤子はおらず、生まれてすぐに戦えるはずですが……こちらの世界ではそうではないようです」
なるほどと思いながら、ラシアには一つ思い当たることがあった。たぶんだが、この世界のルールが適用された妖精で、レベル1にあたる者達なのだろう。ダンジョンにはダンジョンのルールがあるように、この世界にもこの世界のルールがあるということだ。
そのことをラシアがフェリスロステに伝えると、フェリスロステも図書館で似た話を読んだことがあり、たぶんそういうことなのだろうと同意した。
「この世界には獣人と呼ばれる者達がいるでしょう? 私が読んだ本によれば、かの者達のルーツはダンジョンから出てきたモンスターです。その者達がこちらの世界に合わせて進化し、言葉を覚えて人に混じり生きているのです」
「確かにそんな感じはしてたけど……やっぱりそうなのか。ってことは、新しく生まれた妖精はもうこの世界の住人ってことか」
「そうですね。ですから私の配下が持っているような能力は持っていません。魔法も使えませんからね」
みたいなことを言ってくるが……前からいる妖精が強いのは分かっているので、今更フェリスロステと揉めようとは思わないのだ。
「妖精の軍を作るなら……ダンジョンに通って新生妖精を鍛えてください。ルインエルデに初心者ダンジョンと初級者ダンジョンがありますから」
「ええ。その時はここのポータルから繋ぎます……そしてここからが面白い話で、きっとこのルールは天使達にも当てはまりますよ」
それでフェリスロステもキングも、天使が国を作ると聞いて慌てていなかったんだなと納得した。
ダンジョンから召喚された奴は別だろうが、新しく生まれた天使のレベルが1なら相手にもならないからだ。
「ありがとうございます。国の方には報告しておきます」
「はい。戦うなら今ということになるかもしれませんが……果物を食べたいからといって種を植えた所ですぐには実らないので、どうするかはゆっくりと考えた方が良いでしょう」
そしてラシアはフェリスロステに一つ質問する。ゼレストニアはどうするのかということだ。
その質問にフェリスロステは力強く答える。
会ったことはあるし、出てきてちょっかいをかけられても何の問題もないと。
「主神などと大層な二つ名があっても、所詮は別の世界の生き物。私達妖精が負ける道理はありませんよ。数で押されれば敗北もあるかもしれませんが……それができないからこそ、私達は生き残っているのです」
妖精なんてレベルで言えば八十オーバーで、フェリスロステに至っては100なのだ。普通に戦ったらゼレストニアに負けることはない。
「向こうが干渉しないなら、こちらも干渉はしません。個人的にはダンジョンから出てきていると思うので、動きがないとなると悩んでいるのでしょう。違いは多いですからね」
ラシアもそれは思っている。ボスモンスター名鑑が奪われて、天使の国へ渡ったのだ。使わないはずはない。
だからフェリスロステの考えと同じで、ゼレストニアはダンジョンから出てきているというのが正解なのだ。
「私は……平和が好きなんですけどね。戦うなら本当にどこか知らない所でやってほしいって話ですよ」
「ローウェンテニアの死神様がよく言うとは思いますが……その未来は遠くないかもしれませんよ」
それから少し世間話をしたあと、ラオメやレクトアの調査も問題なく終わったので、フェリスロステにポータルを出してもらい、ラシア達は街へ帰っていった。
それから数日後、世界には大きな動きがあった。
その一つが、妖精の国フェアリヘムルと天使の国セイントオーヴェという、二つの国の誕生だった。