本日のラシアの朝もゆっくりだ。次の目標は獄炎ダンジョンの踏破なので、誰を連れていくか悩んでいたところだ。
リレッサとキングに相談し、人の上に立つ者なら迷わず進めと教えてもらった。
ラシアの中身は一般人だ。だから迷いながら進むことにした。
それが良いのか悪いのかは誰にも分からないが……進まないと話にならない。それで良いとラシアは思った。
そして昨夜リレッサと話し合った結果、正式にLLLへ加入してもらった。今までは宙ぶらりんな立場だったが、これでリレッサも冒険者の一員となった。
リレッサ自身は少し思うところがあったようだが、今回はラシアの意見を通してもらった。
もう深淵のダンジョンは見えてきた。
つまり、ラシアが元の世界へ帰れる可能性も出てきたということだ。
深淵のダンジョンを踏破して帰れなかったら、別の方法を探すか……この世界で生きていくことを決める。
ただし、帰れるのなら何があっても確実に帰る。
その時、この世界に残されるリレッサが路頭に迷ってはいけない。少しスパルタだが、超級ダンジョンへ連れていく。そこで戦えるなら、あとは知識さえあればやっていける。
この国の王になるもよし、この宿で働くもよし、冒険者になるもよし。選択肢は多い方が良いとラシアは思う。
選ぶのはラシアではなく、リレッサだから。
そんなことを考えながら顔を洗い、一階へ降りていくと、麗しの姫様が頭を悩ませながら「ぐむむ」と唸っていた。
お相手はティーガーで、以前ナットンから教えてもらったテーブルゲームで遊んでいる。
ティーガーの顔は明るく、リレッサの顔は暗い。どうやらティーガーが優勢らしい。
「姫様、ティーガーさん。おはようございます」
「……おっ、おはようございます」
「ラシも元気そうやな。おはようさんよりはおそようさんって感じやな。もうすぐお昼やしな」
「おっ、起きてはいたんですよ?」
「ホンマか? さっき来た時に姫が起こしに行ってくれたけど、寝とる言うとったで?」
「うぐっ……」
朝の挨拶を交わし、先におやっさんへ朝食を頼みに行くと、ラシアの背後からリレッサの「参りました」という声が聞こえた。
新しく始まったゲームの行方を眺めていると、朝食が運ばれてくる頃には今度はリレッサが笑顔で、ティーガーが難しい顔をしていた。
というか、今日のティーガーは遊びに来る時の動きやすい服装ではなく、聖騎士の仕事着だ。リレッサと遊んでいて大丈夫なのかと尋ねると、あまり良くはないらしい。それでも多少の融通は利くとかなんとか。
まぁラシアとしても、よほどの用事ならゲームなどせずに言うだろうと思い、先に朝食をいただいた。食べながら待っていると、ようやく決着がついた。
今回はリレッサが立ち上がって小さくジャンプを繰り返し、ティーガーがテーブルに崩れ落ちているので、そういう結末だ。
「それで? 今ってどっちの方が強いんですか?」
「うーん……同じぐらいですね」
「ウチが言うんやったらええけど、姫が言うたらあかんやろ! ウチの方が二つ勝ち越しやな」
「誤差ですよ誤差」
「僅差での勝利であって誤差ではないで!」
「ぐむむ」
ゲーム時代のリレッサを覚えているだけに……ずっと空ばかり見ていたお姫様に、ティーガーやノアという友人ができた。今こうして一緒に遊んでいる姿には、何かこうグッと来るものがある。
そう思いながら、ラシアはティーガーがここへ来た用件を尋ねた。
リレッサと遊んでいたので、大した用事ではなく少し寄った程度だと思っていたが、そうでもなかった。
「今日持ってきたニュースやけど、ええことはウチが元気なことぐらいやな」
「確かにそれは良いことですね」
「せやろ。ラシも元気そうで良かったわ。ほんで本題やけど、最近天使の国に密入国してたんやけど、ゼレストニアがダンジョンから出てきとったわ」
「マジですか?」
「マジやで! 最近ずっと天使の国で色々調べとったからな~。遠目からやったけど、そこの国の王様と一緒に歩いとったわ。天城のダンジョンで見とるから、さすがに間違えんで」
寝ていた自分も悪いが……ゲームより、その話の方が重要だと思う。とはいえゼレストニアが出てきている可能性は考えていたし、慌ててもどうしようもない。そう考えると、ラシアも割と冷静でいられた。
「まー……公園にクッキーを売りに行ってるコアラの方が脅威度高いですからね」
「それは分かる。なんか圧がちゃうもんな。ほんでデゴット様のお願いで、ちょっと天城のダンジョンに行って、ダンジョンがどうなっとるか見てきてほしいんやと」
確かにダンジョンのボスが外へ出た場合、そのダンジョンがどうなるのかは気になる。キングは時間湧きのボスモンスターで、フェリスロステはボスと同等の力を持つNPCだ。どちらもゼレストニアのような正式なダンジョンボスではない。
明後日か明々後日には獄炎へ行こうと思っていたので、見に行くなら確かに今が一番楽だというのはある。
「私も気になるので全然行きますけど、遠距離担当が若干心許ないかも。LLLの遭難組とグオン組は雪見茸を採りに行ってますし。私、姫様、ティーガーさんの三人でもダンジョンには行けそうですけど、鯨に乗って移動するとなると……」
「そやなー。ラシの言うお兄さんお姉さんズも今、忙しいしなー」
レベル的には問題ないので、普通に頑張れば三人でも行けると思うのだが……安全面を考慮するなら、どうしても遠距離担当が数人欲しい。
「ちなみにデゴット様は緋闇のダンジョンに行ってるしなー。どうする? 適当に冒険者ギルドで雇っていくけ? まぁ適当に騎士か聖騎士を連れて行ってもええやろうけども」
調査するだけなら今日の夜には帰ってこられるだろうし、天城のダンジョンが本当にどうなっているのかはラシアも気になっていた。
ゼレストニアがいたとしても倒せないモンスターではないので、特に問題はないのだ。
「じゃあ、騎士か聖騎士の人についてきてもらう感じで向かいましょうか」
「そうしようか。騎士か聖騎士やったら、ウチが話して連れて行くだけでええから、冒険者ギルドで余計な手続きせんでええもんな」
さすがはティーガー。図星を突かれたラシアは思わずむせた。
リレッサの準備も終わり、ラシア達は王城へ向かった。その道中も世間話は続く。
「ゼレストニアが出てきたのは悪いニュースですけど、他にも悪いニュースってあるんですか?」
「全然あるで。悪いってほどでもないけど、ニュースではあるな。まず来週、国王と第一王子が亡くなったことをようやく発表する。カオスドラゴンの襲撃に遭ったことは正直に明かすけど、最近までは大怪我で寝込んどったって方向やな」
「まー、なんで言わなかったってなりますからね」
「そういうことやな。ほんで、国王の長女で第一王子の妹にあたる第一王女が、次の国王に名乗りを上げるらしい。ただ実力不足なうえに良い話も聞かんから、騎士も聖騎士も『お前は応援せん』って方向やな」
「そこまで言われるってよっぽどですね」
「良くも悪くも普通やな。王族ってだけやで分かりやすく言うたら、駄目なエリゼって感じやな」
それで納得してしまったので、ラシアは心の中で最近見ていないエリゼ嬢に謝った。
国の形が変わり選挙制になるなら、騎士団も聖騎士もそれで良いと思っていた。だが無能な者が王になるというのなら、対抗馬を出すしかない。そこで第二王子であり、かつて王位継承権を放棄したアトラスが立つことになった。
「……えっと、お兄さんお姉さんズのアトラスさんって第二王子? ……私、もの凄く不敬だったのでは?」
「今さらやしなー。まぁそれは冗談やけど、本人も昔に王位継承権を放棄したしな。やけどそんなもんは時と場合による。大公とかデゴット様とかは第一王女対抗陣営やからな。強制的に王位継承権を復活させた感じやな」
「国王不在の緊急事態ですからね。アトラスさんに会ったら土下座しとこう」
「余計に気を使われそうやけどな。まー、ラシ的にもアトラス様が次の国王になる方がええかもな。顔も実力も事情も知ってるしな」
あとはラシアとアトラスが知り合いだということを、王女陣営は面白く思っていないらしい。
ラシアはローウェンテニアの王女直属の騎士であることを抜きにしても、超級ダンジョンを踏破できるほどの実力者だ。
だから現状はアトラスが優勢で、第一王女が不利といった感じだ。ちなみにロディーを筆頭とする聖騎士の派閥は「選挙の方が良いんじゃね?」という立場で、誰を支持するかは個人の判断に任せている。
「ロワンテのこととかもあったからな。『しばらくは大人しくしとくか』が聖騎士の本音やな」
「なるほど」
「で、面白いのが、一介の冒険者とは言わんけども、ラシが超級ダンジョンを踏破したことやな。王女陣営は『お前のところは弱いから、そんなんでけへんもんなー』って煽られて、超級ダンジョンの踏破に行きだしたところや」
「ティーガー……人の命がかかっているのですから、あまり煽ってはいけませんよ」
「ウチちゃうわ!」
ラシアもティーガーが煽ったのだろうと思ったが、話を聞くと煽ったのは大公らしい。それで王女陣営が「それぐらいできらぁー!」となり、獄炎ダンジョンに挑み始めたとのことだ。
「なるほど。それで二階層へ続く階段に、人がいた痕跡があったんですね」
「ラシも行っとったんか」
「下見ですけどね。ってことは、あれからけっこう経ってるから、もうかなり下かな?」
「いや、一回撤退してきたで。姿は見てへんらしいけど、一階層で空から大岩を無差別に落とすモンスターが出てきたんやと。それが階段の方に近寄ってきたから撤退したんやて。そんなモンスターおるんけ?」
「ナマケモノマンとかメテオゴーレムとかが、そういう攻撃をしてきますね。レベル的にも、その辺まで行く人なら血塗られた契約書を使って召喚できますね」
「なるほどな~。ほんなら、快く思ってないヤツが召喚したんかもしれへんなー」
それ、ラシアなのでは? とリレッサは思うが、ローウェンテニアの王女は空気も読めるので余計なことは言わないのだ。
そして城にたどり着き、騎士団と聖騎士の弓兵部隊に声をかけたところ……怪我人が出るほど揉めに揉めた末、ようやく同行する十人ほどが決まり、ラシア達はもう一度空の城へと向かった。