ダンジョンは一つ一つが別の世界であり、階層ごとにも世界が違う断層世界だと言われていた。
だがこの説は天使達によって一部が否定された。天使達は自分達の巣である天城のダンジョンから空を渡り、竜の巣ダンジョンに行き、そこから出てきたからだ。
だからダンジョンの中も一つの世界になっているのでは? という新しい説がある。
その根拠の一つがラシアやリレッサ、ロディーだ。三人ともダンジョンから外へ出た際に記憶が少し欠けている部分があるが、ダンジョンの中の世界で生きていた。その上でこの世界の人間と比べると明らかに強い。
ただし、確認できているのは三人だけなので、それだけで断定することはできない。
それを確認すること自体、ダンジョンの外の住人である人間には難しいのだ。
先ほども言ったようにダンジョンは断層のようになっている。いわば透明なブロックで囲われた世界なのだ。
見えるのに行けない場所がある。
そういうところに人間が行こうとすると、ダンジョンの外に弾き出されるか、ダンジョン内の別の場所に飛ばされる。
それが罠なのか、どうしてそうなるのかは誰も分かっていない。
時間の軸がおかしな場所もある。ロディーがいた星丘のダンジョンでは、まだローウェンテニアは存命だとロディーは言ったからだ。
そのダンジョンだけズレているのか、他も少しズレているのかは確認のしようがないので研究が進まないのだ。
ただ分かっていることは、その世界のルールが適用されることだ。
ダンジョンにはダンジョンのルールが適用され、世界には世界のルールが適用される。
これだけは昔から言われてきた、正しいであろう説だ。
だけどこれも少し間違っている。
錬金術師のガロニアが若い頃に唱えた説がある。魂には魂の記憶があり、体には体の記憶がある。それを混ぜれば体には魂と体の記憶を反映した特徴が現れ始めるというものだ。
ガロニアのところにいるネズミの耳と尻尾が生えた女の子が、その例だ。ロワンテの体にマウスマンの魂が入っているから、お互いの特徴が出始め、混ざる。
これは世界にも当てはまる。良いところも悪いところも含めて、特徴が混ざるのだ。
ダンジョンから出てきた者が何らかのルールを持って出てくると、それが世界のルールと混ざる。
記憶のように欠損してしまう物もあるが……無くならずに混ざる物もある。
天使が持っているルールは、魂が本体で体は入れ物というものだ。
これがあるからダンジョンでラシア達に倒されても、他のモンスターのように記憶が薄くなることもなく、すぐに復活し戦線に復帰して戦闘を継続できたのだ。
このルールを外に持ち出した場合どうなるか? それはやはり体と魂と同じで、世界のルールと混ざる。
王都で戦っているロディー達が天使に苦戦しているのは、これがあるからだ。
ダンジョンのように問答無用ですぐには復活しない。
だがシエルオーテス達、戦女神が人の体を作り替えれば、この世界でも戦いの場にすぐに戻って来られる。
天使の本体は魂で、体は入れ物だからだ。
「うっとうしい! 何匹おんねん!」
「虫ではない。何人と数えて欲しいところだな」
「羽ついとるんやから、羽か匹でええやろ!」
ロディーの攻撃をシエルオーテスが弾き、接敵する。地上ではパルサーが指揮を執り、天使との戦闘が始まっている。
天城のダンジョンでシエルオーテスや天使達と戦ったことのあるパルサーだから分かることがある。
今戦っている天使の方が明らかに強いということだ。天城のダンジョンでは天使だけならもう少し戦えていたが、今は少し押され気味だ。
倒してもすぐに復活するゆえに数で押されているのかと思ったが……そうでもない。
明らかに強いのだ。
よくダンジョンからモンスターを連れ出してはいけないと言われている。
どうしてか? それはとても簡単だ。
人がダンジョンに入ってモンスターを倒すと強くなるのと同じように、モンスターもダンジョンから外に出ると強くなることがある。
これはもう間違いない。ロディーやリレッサがこの世界の人間より明らかに強いことからも分かる。
今までダンジョンのルールにとらわれていた強さが解放されるかのようだ。
そして戦火は貴族街へも広がっていっている。
天使達が何かを狙い王都に来ているのは分かっている。デゴットも精鋭を連れ、貴族街に流れ込んでいる天使の討伐に向かっている。
天使達の狙いはボスモンスター名鑑だろうからだ。
「デゴット様!」
数体の天使を倒して進んでいるところで、その名を呼ばれ一度その場で立ち止まった。
「ん? お前らか……というかダンジョンに行ってなかったか?」
「はい、行っていましたが……デゴット様。今の状況は? こちらはラシア様、リレッサ様に頼まれ戻り、この地区を守るように言われています」
デゴット達と合流したのは、獄炎のダンジョンから帰還した者達だ。
ダンジョンの中でラシア達に出会い、天使達が攻めてきていることを読んだラシアに送り返されたことを伝えた。
「来るだろうと思ってこちらも動いていた訳だが……助かるな。お前達はこのままこの貴族街の防衛を行ってくれ。中央付近での戦闘が激しいが、全ての兵をそちらに回す訳にはいかんからな」
「分かりました」と返事をして、その聖騎士はデゴットに尋ねる。国が攻められているのなら、どうしてラシア達も一緒に戻ってこなかったのかということだ。
超級ダンジョンを踏破したような精鋭だ。いるだけで戦況などひっくり返るはずだが……ラシア達はまだダンジョンにいる。
「いくつか考えはあるが……まずは騎士団と聖騎士を信用していることだな。パルサーもティーガーもよく言っているが、ラシアは何かと騎士団とか聖騎士を褒めてるそうだ。強いってな」
「そうなのですか?」
「ああ。自分は殴るだけだが、この国の騎士や聖騎士は連携を取り、足りないところをちゃんと補って戦えると言っているそうだ。だからこの程度の連中なら任せても問題無いと判断したんだろう。カオスドラゴンの時は動いてくれたからな」
「…………」
そして話は続く。もう一つの理由としては、今の状況で王を決めるために争っている場合ではないということだ。
大公や騎士団がアトラスの陣営にいる時点で勝ちは決まっている。その上で難癖をつけて戦っている場合ではないのだ。勝てる戦いで死者を出す必要は無いのだ。
「ラシアが『どうして帰って来たのかと聞かれたら自分にやられたと言っていい』と言ったんだろう? それにもちゃんと理由があるぞ」
帰って来た者達に文句を言える者も存在しない。なぜなら国を危機から守るために帰って来ているからだ。誰も文句など言えるはずもない。
言おうものなら、ただの国家の反逆者だ。だから誰にも文句を言われずに、無事に帰還できるタイミングは今だったのだ。
「ですが……それならラシア様に批判が集まりませんか?」
「それが集まらないんだよな。ラシアはただの冒険者だ。リレッサ王女殿下も冒険者だ。キング陛下も書類上は使役されているモンスターだ。法で見ても何の落ち度もない。そして何か言われた時のためにティーガーを連れて行ってるからな」
「そうか。冒険者が言ったとなれば社会的な信用が危ないところもあるが、聖騎士のティーガーが証言すれば……良いのか」
「ああ。お前達の雇い主に何か言われたら、主のために死ぬ気で戦い全滅したところを送り返されたと言えばいいからな」
こうなると、こちらの都合の良いように説明できる状況しか残らない。どちらにしても筋は通るのだ。
ダンジョンから戻ってきたら国が襲われていたから、力を振り絞って国のために戦った。
ダンジョンで戦っていたが、国の危機と聞き急遽帰還し戦いに参加した。
実際に国が天使によって襲われているのだ。文句を言おうものなら、スパイと言われてもおかしくない。
ラシアやリレッサという強者がダンジョンに行っている時に襲撃に遭っているのだ。
「反乱分子を誘い出すことにもなるかもしれませんね」
「あるだろうな。こちらの陣営にはデルパロア大公がいる。国に損害を与えそうな者がいたら問答無用だろう」
その話を聞いていた者達全員が、ゴクリと唾を飲み込む。
これが白の騎士であり、ローウェンテニアの死神とまで言われた者の力なのかと、改めて思い知らされる。
「あとは何も起きないなら、それで構わないが……天使達には何も持って帰らせるなよ。何がどう作用するか分からんからな」
「はっ!」
聖騎士達がもう一度気を引き締め、強く返事をしたタイミングで自分達にかかる圧力が変わる。
空には剣の戦女神ソールシエンテと弓の戦女神バリスティオンが出現していた。
「人間達にもなかなか強い奴がいるようだ」
「そのようだ」
その戦女神のことはラシア達から詳しく聞いていたので、デゴットも知っている。中央にはシエルオーテスが一体なのに対し、こちらには戦女神が二体いる。
そこまで読んでラシアがこちらに支援を送ってくれたのなら、本当に頭が上がらないなと笑ってしまう。
「中身一般人とかよく言っているが……一般人ならここまで正確には読み切れんよな。さてと……天使共よ。騎士団長のデゴットだ。こちらも忙しいからな。さっさと死んでくれ」
デゴットと数人の騎士、聖騎士で二体の戦女神を受け持つ。他の者達には貴族街にはびこる天使達を処理するように命令を出し、戦いはさらに激化していった。