本日のラシアは前に作ったパウンドケーキみたいなケーキを作っている。食べたくなったのもあるが、獄炎のダンジョンでティーガーが自分の為に炎神フレディムに質問してくれたので、そのお返しも兼ねている。ケーキでも焼いて、良い感じの消耗品もいくつか渡しておこうという感じだ。
その事はティーガーにも伝えてあるので、向こうに行ったら世間話をしながら感謝を伝えれば良いと思っている。
後は天使の国の事や封印された天使についても聞ければ良いなーという感じだ。ゲームとかアニメを見て育った世代なので、封印=出てくるみたいなイメージがどうしてもあるのだ。
で、今は焼いたケーキの粗熱を取って味見をする段階だ。キングとティアにも切り分け、世間話をしながら一緒に食べている。
「うーむ。ローウェンテニアの死神がケーキを焼いてそれを我が食べているのだから、世の中は本当に分からないものであるな!」
「私も喋るコアラと一緒にケーキ食べる人生があるとは思わなかった」
「ラシアさんとキングさんはお友達? ラシアさんは知らない人と殆どお話をしないから」
「うむ。盛大に殴り合った事はあるが、まさしく友であろう」
「そっかー。ラシアさんと友達の人は分かりやすくていいね! お話してるから、私もお友達!」
そう言って笑うティアの頭をキングが撫でる。それを見ながらラシアは思う。
ほぼ確実にゲームと同じ別の世界が存在していて、ゲームのシナリオと同じ出来事があったという事だ。
リレッサやキングに話を聞いたので、たぶん間違いないというのが感想だ。
ゲームの中ならキングは時間湧きのコアラキングとしてラシアと何度も戦った。だがキングの記憶では、人間達と揉めに揉めた末にラシアと戦い、キングの負けという形で決着したとの事だ。
あとはゲームにはなかった時代があるという事だ。
獄炎のダンジョンから戻ってきてリレッサがノアに土偶と埴輪の違いを教えていたので、ラシアもその辺の歴史を聞いていた。そこで分かったのは……ちゃんと世界に過去があったという事だ。
ゲームでは描かれていなかった時代も、リレッサ達の世界にはちゃんと過去が存在している。
ただ分からないのはラシアというか自分の事だ。
別の世界から来た魂がラシアの体に入って混ざったというのなら、記憶も混ざるはずだが……元の世界の記憶しかない。ラシアという人物の過去に関する記憶は全くないのだ。
この辺が一番の謎だ。リレッサやロディーの中には昔のラシアに関する記憶があるが……ラシアの中にはない。
ただ話を聞く限り、この体の身体能力の高さなどはラシアのものだ。それならラシアの魂は何処に行ったのか、となるのだ。
だけど正直、魂のようなよく分からない物が混じったとして「ここからが前の自分の記憶で、ここからがラシアの記憶です」と言われてもたぶん分からない。混ざった事すら分からず今の状態になっているとかも十分ある。
少なくとも飛行機が空を飛び、自動車が走っている世界の事は思い出せる。
ただまぁ、昔のラシアの記憶が無いのなら無いで仕方がないというのもある。もう深淵のダンジョンは見えてきたのだから、そこを踏破して願いが叶うのなら帰れるし。
前にも考えていたように元の世界の体にラシアの魂が入っているって事もあるだろう。
目の前のコアラが器用にナイフとフォークでケーキを食う世界だ。たぶんきっとある。
「そういえば、王都でキングはモンスター殲滅したり怪我人助けたり、瓦礫の撤去手伝ったりしてたけど、それに関するような報酬ってもらったの?」
「そういう話はデゴットから出たが断っておいたな」
「お金に困ってる様には見えないけど、理由を聞いても?」
「様々な理由はあるが、まずは『こちらはこれだけの事ができるぞ?』という牽制の意味もあるからだ。ラシアが妖精の女王に見せたのと同じだ」
「こっちからは仕掛けないけどやってきたらこれぐらいはやり返すぞ的なヤツか」
「うむ。後はこちらの世界に来ると強くなるというのは天使を見ていれば分かったのでな。それを試す場にちょうど良かったのもある」
その辺りは本当にそれだとラシアは思う。キングもちゃんと強化されている。ゲームと同じように見えるかも知れないが、ゲームの画面がコアラで埋まるのと現実の視界内がコアラで埋まるのは天と地ほどの差がある。
キングがやる気ならこそっと街に忍び込んで軍勢を召喚すればその時点で詰みなのだ。
「それに怪しいコアラが人語を話し、公園でクッキー売っているのも見逃してもらっているのだ。これ以上何かをねだるなど王の威信に関わるわい」
豪快に笑うキングにティアは拍手を送る。まぁ確かに怪しいコアラがクッキーを売っているのにお咎め無しだから、キングの言う事にも一理あるんだろうなーとラシアは思う。
そんな話をしている内に良い時間になったので、ラシアはパウンドケーキを持って宿を出た。
いつもの様にルインエルデの冒険者ギルドから王都へと渡り、歩いてティーガーの家へと向かう。
本日のラシアはメイド服ではなく軽鎧なのだが、ティーガー宅の門を守る門兵はその姿を見ると怯え始める。真面目にどういう教育をしているのだろうとラシアは思う。
「ラッ、ラシア様。すぐにティーガー様の元にご案内しますので、わっ、私の後ろについてきてもらえればと思います」
ラシアは静かに頷くが……兵士の教育はロディーよりデゴットの方が上だなーと思う。無駄に話はしなくて良いとは思うが、そこまでびびらなくてもいいんじゃね? という感じだ。この兵士達を鍛えたであろうロディーには切実に文句を言いたい。
目的の部屋にたどり着き、兵士が扉をノックすると中から返事があった。兵士達は逃げる様に帰って行ったので、ラシアは「お邪魔します」と言って中へと入った。
「邪魔するんやったら帰って!」
「ティーガー。ラシアも暇ではないんだぞ」
部屋にはパルサーも遊びに来ていた。
「パルサーさん。天使との戦いで大怪我したって聞きましたけど、大丈夫です?」
「ああ。膝から下が切り落とされたが、それを持っていってレクトア様に頼んだらくっついたな。リレッサに教えてもらった回復魔法だから良く効く。ラシアの方も大丈夫か? 獄炎のダンジョンで大火傷したんだろう?」
「私の方はその魔法を教えた姫様本人がいるので大丈夫でしたね」
「炭化した腕を大丈夫と言うのはちょっとおかしい気もするけど、まぁええか。ほんでパルはレクトア様には『様』をつけるのに、姫は呼び捨てになったんけ?」
「本人から強い希望があってだな……こちらも頑張っているといった所だ」
ノアは普通にリレッサリレッサと呼んでいる。パルサーもなんだかんだで仲が良いので、同じ様に呼ぶよう強要されているのだろう。
そんな事を考えながらラシアは作ったケーキと、回復アイテムなどの消耗品の詰め合わせをティーガーに渡し、感謝を伝えた。
「ラシはケーキとかも焼けるんやなー。すごいもんやな。ちょっとお茶の準備するから、待ってな。パルはいるんか?」
「もちろんもらうが?」
「昔みたいに『ティーガーお姉ちゃんちょうだい』って言うたらやるわ」
「おいこら! ティーガー! 昔の話はやめろ!」
「騎士団の令嬢がおいこらやで? ラシどう思う?」
「変な事言ったら私が怒られるのでノーコメントで」
「それが正解だ。余計な事は言わなくていいぞー」
なんというか意外に姉妹に見えるのが少し面白いなーとラシアは思う。その間にティーガーが紅茶を淹れ、ケーキを切り分けて皆の前に置いた。
「後でおかんにも食べさせたいしな」
「はやめに食べる分には大丈夫だと思いますよ」
そしてティーガーに渡した消耗品の詰め合わせの効果などを説明した。この世界にはまだ無い物もあったので、その辺は内緒という事になった。
その後でラシアは天使の国や封印された天使の事、王位継承がどうなったかを尋ねた。
天使の国に関しては天使がいなくなっただけで、今の国王が宗教国家として統治していく方針だという事だ。
「まぁ噂では、羽の生えた子供が生まれたって話やからそれを上手いこと使うんやろな。まぁたぶん人と天使の合いの子やろな」
その辺はフェリスロステの言っていたレベル1の妖精と同じでレベル1の天使なのかなーとラシアは思う。敵対するのなら将来的には倒すが、赤子の頃から育てるとどうなるのかは少し気になる所だ。
「でもその国ってここと敵対国家になるのでは?」
「んや? そもそも天使がおらん時点でここと敵対なんか無理やで。攻撃しようもんならやり返されるしな」
その辺は確かにそらそうかという感じではある。騎士団にしても聖騎士にしてもガチで強いので、敵に回す国は普通はいないだろうという感じだ。
そして封印された天使の事については、パルサーの方が詳しかった。
「私も専門ではないが、出るのは不可能だろう。ガロニアが言うには人が白ナマズになった時と同じ事なので死ぬ時はそのまま死ぬとの事だ」
「なっ、なるほど……」
「それで天使達を封印した実験だが、国というか大公から研究を続けるよう依頼があったそうだ」
「その時点ですっごい駄目な気がするから流石大公」
「ほんまやな!」
「これは極秘の話だが、封印された天使達はその状態でも微量ながら魔力を発しているらしい。だからそれを使って人工の魔石を作れるかどうかを試すとの事だ。もちろん魂は必要となるが改心しない様な極悪人を使ったりするそうだ」
「モンスター使えよ。大公……」
「私もそれは思ったが、天城ダンジョンが空なのが答えだな。モンスターが本当にいなくなったらこの世界は成り立たないからな」
魔石があってこそこの国も周りの国も成り立っているのだから、確かにそうだなーという感じだ。
天使は悪だが、モンスターは自然の一部で人には必要な資源なのだろうとラシアは思う。
ティーガーもパルサーもラシアの作ったケーキを美味しいと言ってくれ、そのまま国王の話になる。
第二王女の陣営が手を引いた事により、アトラスが新しい国王になるとの事だ。もちろんずっと騎士団にいたので国政などは分からない。そこは大公やデゴットなどが手助けするとの事だ。
「思ったより王女陣営も素直に退きましたね? 顔は知らないけども」
「そらー。ラシのお陰やろ。あそこで追い返したから退き所ができたんやしな」
「私は何もしてませんけどね」
「って言うてもパーティーのリーダーはラシやったんやからパーティーの行動はラシがやった事になるんやで」
「そうですけども……」
「その繋がりで、第二王女に付いてた貴族達がラシに礼言うとったで。あそこで追い返してくれてありがとうやで、困った事があったら言うてやーって感じで」
絶対にティーガーが言う様な軽い感じではないとラシアは思うが、その場所にはパルサーもいたそうで、本当にそんな感じだったらしい。
「なんかラシから伝えとく事あったら言うとくで?」
「特にないですけど……言いたい事もあるでしょうけど仲良くお国の為に尽くしてもらえれば、みたいな事を言っておいてもらえればなと」
「分かった。歪曲せずに伝えとくわ!」
「……パルサーさん。ティーガーさんだけだと歪曲して伝えそうなのでその時が来たら良い感じに伝えといてください」
「分かった。ティーガーはそういう所あるからな。私が責任を持とう」
「なんでや! 私の方がお姉ちゃんやで!」
戦いが終わり久しぶりにゆっくりした時間を過ごしているなーとラシアが思っていると、ロディーが帰って来たらしく部屋に顔を出した。
深刻そうな顔はしていなかったが、ケーキを食べながらラシアに相談事があると話した。