今日もエリゼ・デルパロアは父親の仕事の手伝いをしながら、シエルオーテスにもらった宝玉を眺めている。
王都を襲った天使からもらった物だ。碌でもない物だというのは自分にも分かる。なんというか……見る人が見れば禍々しくも映る。
ただこれを手に入れたからと言って本当に体調に変化があったとかは一切ない。本当に変わらない。
もしもの事を考え、メイドであるメニスにも自分では気がつかない様な変化があった場合は教えて欲しいと伝えてある。それで大丈夫とは思うが……今の所本当に何も無い。
強いて言うならばこの宝玉の光が生き物の様に蠢いて見えるぐらいだ。
こう素人が勝手に病気の判断などをしてはいけない様に、これも自分だけで判断せず誰かに相談すれば良いとは思うのだが……誰に相談するというのだろうか?
父は自分に殆ど興味は無し、母は大昔に殺された。メイドであるメニスでも良いが基本的に物事を大げさにしすぎる。
この宝玉だって一度専門家に見せた方がいいとかそう言うのだ。見せても良いが、その専門家がデルパロア家の敵ではないとは言い切れない。
唯一の友人であるパルサーでも良いのだが……あれも基本的に問答無用だ。少しでも問題があるとなれば即座に破壊しそうな気がする。
そうなって来ると本当に人が居ないのだ……変な言葉遣いの聖騎士の顔をエリゼは思い出すが、自分の事を馬鹿にしてるのが分かるので本当に重要な仕事以外は頼まない様にはしている。
その宝玉を見ながらエリゼは大きくため息をつく。
「はぁ……本当にどうしろって話なのよ。まぁ別に何かしろって思って渡してくれた訳でもないでしょうけども」
本日の仕事はもう終わったのでエリゼは専属のメイドであるメニスを呼び出すベルを鳴らす。
チリン、チリンと小気味の良い音が鳴った後にメニスがすぐにやってきた。
「お嬢様。どうなさいましたか?」
「メニス。仕事も終わったから出かけましょう。貴方に仕事が残っているなら別だけど」
「大丈夫です、エリゼ様。私の仕事も終わり今は他の仕事を手伝っている所ですので問題ありません」
「そう。なら出かけましょう」
そう言ってエリゼはメニスに馬車の準備をさせて、屋敷を出て王都へと向かっていく。
そんな馬車の中でメニスが気になっているのはやはり自身の主人であるエリゼがシエルオーテスから譲り受けたというあの黒い宝玉の事だ。
メニス自身もシエルオーテスには竜の巣で助けて貰った記憶がある。確かに人では無いかも知れないが……悪い人物には思えなかった。
ただしそれは自分が勝手に思っているだけの意見でしかない。王都へと攻め込み街を焼くなどダンジョンやその辺にいるモンスターよりもタチが悪い。
そんな者からもらった物など碌でもない物だとは思うが……自身が忠誠を尽くすエリゼが大事にしているのだから強く言うことはできるはずがない。
本当に危険な物かさえも自分には分からないのだから。
「お嬢様……いつもの宝玉ですが、何か変わった事はありませんか?」
「全然ないわね。私自身も特に何もないし、あの宝玉もただ光っているだけ。本当になんなんでしょうね」
「お嬢様。そう思うのであれば捨てればよいのでは? 綺麗なだけの宝石ならいくらでもありますし……旦那様も宝石の一つや二つ買った所で何も言いませんよ?」
「そうかも知れないけど、どういう物かは気になるじゃない? お金を出して買える物ならそれでもいいけど、あの宝玉って見た事無いでしょう? だから私は気になるの。あれがどういう物かなーって」
「それが人に害をなす物だった場合は?」
メニスの問いかけにエリゼは目線を外に向けながら少し考えて答えた。
「私ね。ラシア様に傷を治してもらって分かった事が一つあるの。昔から私の周りには人が居なかったけど……結局、傷が治っても一緒。誰かがいる訳でもないの。それは私が悪いならそれでもいい。だけど周りに理由があると言うのなら……別にいいんじゃない? だって私自身、他人を傷つけられる程の力も無いし」
「お嬢様……私もいますし、旦那様もいます。ご友人ならパルサー様もおります故に、どうかその様な考えはおやめください」
「はいはい。分かってますよー。私が勝手に言っているだけで、誰かに何かしたりする様な度胸も力も私には無いわよ」
メニスは気づいていなかったが……エリゼの瞳には、ティーガーとパルサー、それに獣人であろう娘達が映っていた。
エリゼ本人はそう思っていないが、エリゼとティーガーは似ている事があると言われる。あの余計なことをあまり話さない父にも言われた事がある。
似ているのは容姿では無く考え方との事だった。言われたのは今より何年も前の事で、子供心に何処が似ているのかと思っていたが、その疑問は今でも変わらない。何処が似ているのだろうと……。
「メニス。私とティーガーって前に似ていると言われた事があるけど、何処が似てると思う? 女性で二足歩行な所ぐらいしか似てる要素ってなくない?」
身体的な特徴を挙げるなら目元がよく似てるとは思うが……それを言い出したらデルパロア大公とティーガーが似ている事になる。だからその程度の特徴を持つ人は多いと思うが……長年、エリゼのメイドをやっているメニスだからこそ分かる事がある。
確かにふとした瞬間にエリゼとティーガーは似ている事がある。
考え方なども特にそうだ。貴族や下の者に対する考え方はよく似ていて、両方ともキツい。例えば人を殺した者がいるならば、二人の考えは問答無用で殺せとなる。
だけど、その後に続く理由が変わってくる。
例えばティーガーの場合は殺人鬼を野放しにしたら街の人や他人に迷惑がかかるからとなる。これは聖騎士であり、国を守る者の考え方だからだ。
だけどエリゼは殺人鬼を野放しにしたら自分やこの家に迷惑がかかるとなる。
確かに二人に似ている所はある。だが……根本的には大きく違う。自分の為であるか、他人の為であるか。
どちらが正しいとかはない。
エリゼの考え方も、まずは自分がいない事にはどうしようも無いというものだ。ティーガーの考え方も、他人がいないとどうしようも無いというものだからだ。
「正直に申し上げますと……私から見た所ではあんまり似ていませんね。ここだけの話ですが、私はティーガー様が嫌いなので」
「あなたは昔っからそうよね。明らかにティーガーが来た時とパルサーが来た時で対応が違うものね」
「はい。自分の主を馬鹿にされて喜ぶメイドはいません」
「うーむ。その心、大儀である」
それからエリゼは復興が殆ど終わった王都で買い物などを楽しんだ後に屋敷へと戻った。
そして珍しく食事の時間が一緒になったこともあり本日は父親であるデルパロア大公と一緒に夕食をとる事になった。
母親が生きていた時からそうだが、特に父親と食事をしたからと言って何か話をする事も無い。話しかければ返事は返ってくるが、特に何も無く終わるのが親子の食事だ。
それでも返事が返ってくるだけマシだとエリゼは思いながら、今日手伝っていた仕事の内容を質問する。
それは王都やルインエルデにある貧民街への支援やその地区の修繕に関する内容だ。国家の予算から出ているだけなら言うことは無いが、デルパロア家からも結構な額が支援されていたからだ。
仕方なく弱者になってしまった者を支援するのはまだ分かる。だが、いつまでも何もせず行動も起こさずずっとそこにいるような者達を支援する価値はあるのだろうかという話だ。
そんなスラム街のような場所は潰してしまって何も問題は無いと思える。
「では、潰したとしてどうする? そこに住む者は?」
「強制的に働かすなり何かさせれば良いと思います……それこそ罪がある者や借金などがある者は奴隷にでもして貧民街など潰しても良いかと」
エリゼの質問が面白かったのか、デルパロア大公は笑いながら言った。全面的に正しいと。
「お前の言っている事は正しい。ではどうする? 明日からでも全員追い出してお前が思っている通りにやってみるか?」
まさか正しいと言われるとは思ってなかったのでエリゼは驚きながら自分の言った事をすぐに否定した。
「いえ、今日明日すぐにという話ではないのですが、どうしてそうなっているのかなと思いまして」
「そうだな。貧民街、お前が言うスラム街の人達は街の人が持っている様な物を持っていないから、あのような場所にいる。だが人なら誰でも持っている物、それだけは持っている。それが何か分かるか?」
少し時間をもらいエリゼは考えたが分からなかったので答えを尋ねた。
「それは誰でも持っていて誰でも簡単に使える暴力という力だ。冒険者を雇い制圧するにせよ、騎士や聖騎士を使い制圧するにせよ、最後に残った暴力を使おうとする者は弱くない。それ以外何も無いからな。そういう者達と戦って国や冒険者は無傷であると思うか?」
「騎士や聖騎士はそこまで弱くないのでは?」
「怪我だけではない。排除するとなると無抵抗の赤子まで殺すと言う事だ。闘えない者の中に闘える者がいたとして、見分けがつくか? 多分無理だろう。それに貧民街の冒険者は多い。そちらにつく者も多いだろう。そうなって来ると全てを排除するよりも放置までは行かずとも少しでも支援しながら捨て置く方が無難なのだよ。限界まで来れば行動もしようが……今の生活に満足している者も多いものだ」
「そうですか……」
「そして一つだけ覚えておけよ。暴力を使い物事を解決したら、それはいつかは確実に自分に返ってくるぞ。お前の祖父も前国王もそうなったのだからな」
自分はそこまで激しくは生きられないとは思うが……父親がそれを言うかとエリゼが思っていると顔に出たのか笑われてしまった。
「私の最期は絶対に誰かに殺されると分かっているし、今更生き方など変えるつもりも反省するつもりもないからな」
「……お父様らしいですね」
「もし何かをしたい、わがままを通したいと思うのであれば……力をつける事だな。お前が世界で最も強くなった時、誰も止める者はいなくなる。罪や罰を作ったのは人間だ」
それは確かにそうだなと思う……国の上層部が間違った事をしていても揉み消される事などいくらでもある。間違った事をするのが国のトップや法を作った者となると……本当にそうなんだろうとエリゼは思う。
そして食事も終わりエリゼが部屋に戻りいつもの様に宝玉を眺めると……いつもと違う変化があった。