根負けし形だけでも護衛する事になったラシアはティーガーさん宅の窓から外を眺めている。
面倒くさいとまでは言わないが何処の世界も人付き合いは大変だなーと思うのが本音だ。ただ鼻歌でも歌いそうな様子で屋敷を出て行くリドル嬢を見ると受けて良かったかな? と思えるので不思議な物である。
「にゃー。よっぽど嬉しかったみたいにゃ。侯爵家の令嬢がスキップしてるにゃ」
そう言うフウコウの言葉通り、リドルは屋敷の外で待機しているエンブレント家の護衛と思われる人達に向かって手を振ったりしている。
ここまで声は聞こえないが……音声をつけるなら「やりましたわ! 私はやりましたわ!」みたいな感じの事を言っているのだろうなーと思っていると、護衛の人達が丁寧に頭を下げ、その後に掘削令嬢は帰っていった。
話し合った内容もラシアが絶冬に行くタイミングに合わせるという事なので、日程が決まったら教えて欲しいぐらいの話だった。
「ラシは断るかなーと思っててんけど、受けたんやなー」
「受けると思ったから通したんじゃないんですか?」
「さぁどうやろな~。流石にそれは気のせいちゃうかな?」
「まぁいいですけどね。というよりも切羽詰まっていたのかも知れませんが、よく一人で上位の冒険者のところに乗り込んできましたよね。私はできないので凄いなーと」
「いや、そうでもないぞ」とパルサーが言った。
ラシアがロディーと話している時に屋敷の外をウロウロする不審な人物がいてそれがリドルだったとの事。
「で……パルサーがその不審者を襲撃しに行って半泣きにさせて連れて帰ってきたらリドルさんだったの」
「ノア。そういう事は言わなくて良い。私は何もしていない。勝手にリドルがびびっただけだ」
「にゃー。たぶん帰る時に見たらいいにゃ。きっと道に穴が開いてるにゃ」
きっとパルサーの十八番である投擲でもして襲撃したんだろうなーとラシアは思う。
もうそろそろ日が傾き始め、夜が顔を出し始めていた。ロディーとティーガーに夕食に誘われてラシア達はご馳走してもらう事になり、護衛の話や絶冬について話し合った。
そして宿に戻りお風呂にも入り、ラシアはベッドの上でゴロゴロしていた。すると少し寒くなってきたのか、リドルとのやりとりで思う事があったのか、リレッサがラシアのベッドに潜り込んできた。
流石のラシアも慣れてきたので少し横に避けてリレッサが入れるスペースを作った。
月の光を受けて輝いて見えるリレッサの髪は、女性の体になってしまった自分でも綺麗だなーとラシアは思う。
ラシアの隣に収まったリレッサはラシアの癖毛を触りながら質問をする。
「今日のリドル嬢の依頼ですが……私は断ると思っていましたが……どうして受けたのですか?」
いつものラシアなら断っている。少しリドルが面白くて根負けした所もあるが、一応は理由がある。
もう深淵のダンジョンは見えてきた。踏破して願いが叶うのならラシアは本当に帰る。もし帰れなくても冒険者はやめるつもりだ。
ラシアの冒険者としての活動は深淵のダンジョンを踏破するまでだ。だけどノアにしてもグオンにしてもダードにしても、彼らはまだまだ冒険者を続けるだろう。
ラシアがリドルの依頼を受けた理由の一つもそこにある。何かあった時に頼るまではいかなくても権力を持った者と顔を繋いでおけば良いこともあるかもしれない。
もちろんその逆もあり得るが……ティーガーやパルサーを見ていると貴族が根っからの悪という感じは全くしないし頼りになる。
できた縁をどう使うかはその人次第ではあるが……あまり役には立ってないとはいえ、人の生き方の上に乗っているのがクランマスターだと思う。だから自分が帰った後の選択肢を少しでも多くしておこうという考えだ。
自分が帰った後の事だとストレートに伝えるとリレッサが泣きそうになるので、その辺は少し濁して先の事を考えての判断だとラシアは告げた。
「……そうですか。見た目はラシアで中身は違うと聞いていますが、ラシアはあまり変わりませんね」
「それは結構言われますね。元々性格が似ていた上に魂と体の両方に記憶があるという話ですから、混ざって似たような感じになるんでしょうかね?」
「そうかもしれませんね」
それからしばらく話をしているとラシアが先に寝てしまったので、リレッサは布団をかけ直してからラシアの髪を触りながら思う。
いつも言おうとして言えない言葉がある。
「ラシアは私が『行かないで』と言えばこの世界に残ってくれますか?」という言葉だ。
言えばラシアはきっと悩んでくれる。だけど……変な所は今のラシアも昔のラシアもそっくりだ。
だから引き留めようとしても帰れるのならラシアは帰ってしまうだろう。それに引き留めた事によりラシアから拒絶されるのも怖い。
ただ……ラシアの帰りたいという気持ちが、リレッサにも少し分かる様になってきた。ティアやノア、おやっさんにセレットを見ていると本当に家族とは良い物だなと思う。国王であった父は厳格ではあったが、リレッサもその父や優しく美しい母にもう一度会いたいと思う事が増えてきた。
だからラシアも家族に会いたいのだろうと思う。この世界は本当に別の世界だからだ。
「本当にままなりませんね……自分がここまでわがままだったとは思いませんでしたよ」
そう言ってリレッサは隣で寝ているラシアの頬をつつく。
頬をつつかれたラシアは、夢でも見ているのか声にならない寝言をつぶやく。それを見てリレッサは笑ってしまう。
「それは今でなくてもいいですが……お互いにいつかは選ぶ時が来そうですよ。ラシア」
そう微笑んだ後にリレッサはラシアの頬にキスをしてから目を瞑った。
……
…………
そして次の日を迎え本日はクランメンバー全員集合での話し合いになる。食堂の方が混んでいるのでグオンが借りている家で打ち合わせとなる。
と言ってもラシアはダンジョンの事には詳しいが、どの街から繋がっているか等は殆ど知らない。その辺はエンブレント家との話し合いで教えてもらう事になる。街の名前などはグオンやノアが知ってはいるが、行った事はないのでどういう街かは知らないとの事だ。
「それで? ラシアにグオンにノアに姫様は絶冬に潜るとしてLLLの他のメンバーはどうするんだ? 街の観光でもしてればいいのか?」
そう質問するのはキノコ怪人が定着しつつあるダードだが……絶冬へは全員で行く事になる。
そうラシアが言うと全員が驚いて声を上げるが、全員で行くのには理由がある。
「全員で行くのがエンブレント家の依頼内容というのがありますからね」
上級のダンジョンならまだなんとか行けるが流石に超級は無理じゃね? という声がチラホラと上がるが……無理して特攻する様な話ではない。
絶冬には他の超級ダンジョンに比べてモンスターが弱く数が少ない傾向があるからだ。
ボスも時間湧きのボスモンスターもレベルは100だが……弱く、たまにいる雑魚モンスターの方が強い場合もあるぐらいだ。
雑魚モンスターもレベルが八十台半ばという感じのものが多いので、無理さえしなければ全員で行って問題ない。
「そうなってくると、何が原因で超級ダンジョンの区分に入れられているんですか?」
エリエスの質問にラシアは答える。それにはちゃんと理由があるのだ。
ゲームの話だが絶冬ではその環境が一番の敵になる。まず液体の消耗品、回復アイテムは凍り付く為に使用できない。
その上であまりにも寒い為に対策をしていないと凍り付いてまともに動けなくなるし、装備が体に張り付き、装備の交換が不可という仕様なのだ。
前に集めてもらった火炎茸を使って、後でセレットさんに甘酒という体を温めるアイテムを作ってもらう。それを飲まないと凍り付いて動けなくなる。
この凍結は支援の有無にかかわらず起こるので、絶冬に行く時には甘酒が必須なのだ。
ノアが炎系の魔法使いなので現実目線で考えたら大丈夫に思えるかも知れないが……ゲームなら炎も凍り付くほど寒いので、炎の魔法も役立ちにくいのだ。
「ラッ、ラシアさん! 私行かない方がよくない!?」
「ノアさんはフレディムに魔法を教えてもらっているので絶対に必要ですよ。支援職の魔力回復に回ってもらわないと前衛はちょくちょく凍結すると思いますから」
「私寒いの嫌いだから大変そう!」
「でも、それだと姐さん。何処で仮眠取ったりするんですか? それだけ寒いと階層移動の周辺で寝泊まりはしんどすぎやせんか?」
「はい。今回も踏破が目的ですからもちろん降りていきますが、階層の所々に洞窟があるのでそこを使用します。大方の位置は覚えていますので無理せずそこで休憩しつつ行こうかなっと」
「わかりやした」
ゲームではその洞窟が休憩所になっていた。絶冬ではMMOでよくある「戦闘していない時にHPとかMPが自動でゆっくり回復していく」という仕組みが全て止まるのだ。
だから休憩する時は空いた洞窟に入る必要があるのだ。敵もいないので本当に安全な場所となる。
そういう感じでクランメンバーと話を詰めていっていると、お昼を少し過ぎたぐらいにセレットがラシアを呼びに来た。
何事かと思って宿の方に戻ってみると立派な馬車が停まっていた。リドルの父親が、娘が世話になった事への感謝を告げに来たのだった。
流石に依頼主であるのでラシアは少し話をするが、侯爵という割には腰が低くしっかりした人というイメージだ。
まぁ自分が知っている凄い権力持ちの貴族はデルパロア大公になるのでそこと比べると他の貴族が普通に見えるのは仕方が無い。
最後に「娘をよろしくお願いします」と頭を下げられ、ラシアも宿に戻ってきたメンバー全員の紹介をした。そしてエンブレント侯爵は……おやっさんから調味料をいくつか買い取って帰宅した。
そのタイミングでフウコウが帰って来て教えてくれた。
「一応、補足しておくとエンブレント家は美食で有名にゃー。食事会でラシアも食べてた魚の頭が生えたゼリーを出したのもエンブレント家にゃ」
「……美食とはなんぞや?」
「あれは……美味しかったにゃー」
なんて事をフウコウが言うので味を思い出すが……美味しかった記憶がない。魚料理なら何でも美味しいというのかと思うと目前の猫怪人が可哀想になってきた。なのでラシアは迂闊に「もっと美味しい物を作りましょうか?」と言ってしまった。
ラシアの料理が美味しいのは皆が知っているし、ちょうど厨房も空いていて話し合いも終わっていたので、今日はそのままラシアが料理を作る日になってしまった。
そしてそれから様々な準備をし、ラシア達LLLが絶冬へ向かう日がやってきた。